第094話 心の声に耳を傾ける
「見つけたっす!」
神葉が歓喜する。
幸いにも先代皇帝は海ではなく陸に落下していた。
全身にひどい負傷。
神葉は恐る恐るその体に触れ、
「まだ息はあるっす!」
「しぶといやつっすね」
ノロイは杖を振り回しながら、
「やっぱり殺した方がいいんじゃないっすか? こいつの首を獲れるなんて千載一遇っすよ?」
「生かす価値があるんすよ」
「お上の考えてることは全然わかんねぇっす」
「んじゃ、まずは背負ってるカラクリを広げてくださいっす。翼みたいにね」
2人はこれから大きな体の先代皇帝を大江戸城まで運ばなければならない。
輸送手段は空を飛ぶカラクリである。
「おっかないっす……」
乗り気ではないノロイ。
慣れない手つきでカラクリを操作する。
当然のことながら、ノロイがカラクリを使うのは今回が初めてのこと。
「自分達でカラクリ禁止令を出しておきながら裏ではこんなもん作ってたんすね。まったくお上のやることはわけわかんないっすよ。大体、人間ごときが空を飛ぼうなんざ分不相応っしょ……」
「ぶつぶつ言っていないで早く!」
神葉とノロイで重たい先代皇帝を抱え、カラクリを起動。
「ひえぇ」
ゆっくりと空へ舞い上がる。
人生で経験したことのないほどの高所。
ノロイは震える。
「ちょっと傾いてるっす!」
息子に指示を出されても、
「どうしようもないっすよ! 怖いし重たいし、腹が減っては戦はできぬと言うじゃないっすか!」
「さっき食ったばかりっしょ!」
「ひぃひぃ。年寄り使いが荒いっすねぇ」
「ま、楽しいことでも考えてたら落ち着くんじゃないっすか」
「……う~ん、飯のこと考えてたら余計に腹が減ってきたっす」
「飯のことしか考えられないんすか!」
ぎゃあぎゃあ騒ぎながら2人は進む。
途中で妖怪から襲撃されることが懸念された。
だが大江戸城に進み続ける妖怪たちは後方での異常に気づかなかった。
また気づいたところで対処するつもりもなかったであろう。
ほっとする神葉。
「ねえ」
「ほわぁぁああぁぁぁぁ!!」
それゆえに突然目の前に妖怪が現れた時、神葉はらしくもなく奇声を発してしまった。
「ちょっ……なんだ、リケさんじゃないすか。びっくりさせないでくださいっすよぉ」
照れ隠しで早口の神葉。
リケイカインは無表情で、
「もしかして、こいつまだ生きてる……?」
父である妖怪皇帝に疑いの目を向ける。
「どうするんすか?」
ノロイが冷や汗をかく。
空中で荷物を運びながらの戦闘となると完全に未知の領域。
不安しかない。
それは神葉も同じだが、
「ま、大丈夫っしょ。この方はリケイカインってお名前で、要するにこちら側っす」
「あんたにゃいろんな知り合いがいるんすね」
当のリケイカインの心は先代皇帝よりもマギのことで占められていた。
マギと絡まり合って墜落した後、彼は物陰から見たのだ。
人を殺してしまった挙げ句に逃げ出す情けないマギの姿を。
それどころかリケイカインに責任を転嫁する素振りすらあった。
「ぼく、もうわかんない」
リケイカインは飛ぶのをやめる。
先代皇帝の上に乗っかり、うずくまる。
「ちょちょちょ! リケさん、重いっす! 落ちちゃいそうっす!」
神葉の声はリケイカインの心まで届かない。
「ぼく、どうすればいいの。誰を殺せばいいの。今までいっぱい頑張ってきたのに誰もぼくを褒めてくれないもん。もうマジ無理。自殺しよ」
リケイカインは先代皇帝の上に座ったまま翼をはためかせる。
下に向かって力を込める。
飛ぶためではなく、落とすために。
「……っ!」
神葉は焦る。
リケイカインの皮膚に刀が通じないことを知っていた。
戦うことができないなら取るべき選択肢はひとつ。
「リケさん、殻に籠っちゃダメっすよ」
説得である。
「あんたはまだ子供っす。ほしいのは親の愛だけっしょ。今はそれでいいっす。愛をくれるのは親だけじゃないってことは、いつかわかればいいんす」
「……こいつはぼくを愛してなんかくれなかった」
「リケさんの気持ちはどうなんすか? 愛してくれないやつを愛したっていいんすよ。報われなくたっていいじゃないすか。バカな生き方するしかないんすよ。真面目に賢く生きてたら灰色の景色しか見えないっしょ。誰のことも愛さない人生に花は咲かないんすから」
熱心な息子の横顔を見てノロイは何かを察するが、指摘はしない。
リケイカインもまた沈黙する。
自分の心に耳を傾けていた。
このまま地面に向かって落ち続けるべきか?
それとも……
「ううぅううぅぅぅ……。神葉ぁぁあぁぁぁ」
リケイカインは空を見上げた。




