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白鳥サノバビッチ  作者: えすくん
最終章 〝妖怪皇帝〟SON OF A BITCH
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第093話 心の奥から声がする

「違う……これは違う!」


 必死に弁明をしようとするマギ。


「どうしてうちの子を!」


 目の前で子供を殺された女が怒り狂う。

 どでかい妖怪であるマギに対して臆さず、


「返してよ! 返して!」

「いや……でも……」


 叩かれても、泣かれても、マギにはどうすることもできない。

 死者を甦らせることは誰にもできない。

 唯一それが可能だった先代皇帝はマギ自らの手で屠ったばかりである。


 困惑しながら周囲を見渡す。

 リケイカインはどこだ、と。


 ――あいつのせいぞ。余は悪くない。


 自分の犯した罪をリケイカインに擦り付けようと考えていた。

 運悪く、リケイカインはやや離れた場所に吹っ飛ばされており、どう見てもマギに過失があった。


 急にマギは怖くなる。

 自分より幼い子供を殺してしまったことにだけではない。

 悪い考えが頭をよぎったのだ。


 ――この女を殺してしまえばいい。


 そうすれば簡単に面倒な状況から抜け出せるのだから。


「うわぁぁああぁぁぁ!!!!!」


 最悪な思考にとらわれたことがショックだった。

 自分の中に悪魔がいる。


「逃げるな、人殺し!」


 罵声に背を向けて、マギは飛んだ。

 逃げた。

 妖怪皇帝としての矜持などなかった。

 恥ずかしく情けなかった。

 それ以上にほっとした。

 もう追及されなくて済む。

 目撃者は他にいないだろう。

 なかったことにしよう。

 自分にはやるべきことがある。

 あんな小さいことで時間を無駄にしてはいけなかった。

 そう、間違っていない。

 正しい選択をした。

 そもそも自分は何も悪くないではないか。

 戦争なのだ。

 命が失われるのは当たり前。

 仕方のない事故。

 多数を救うための少数の犠牲。

 よくあること。

 悪いのはリケイカイン、世界、妖怪、つまり自分以外のすべて。

 腐った世界に生まれ落ちただけの自分に非は一切ない。


「だってだって余は皇帝ぞ!」

「たかが人間ぞ」

「!?」


 どこからともなく声がする。

 慌てて周囲を見渡すも、誰もいない。

 ただどこまでも青い空が広がっているだけ。


「気のせい……?」

「気のせいではない」


 声ははっきりと聞こえる。


「どこにいる!?」

「そちの心の中ぞ」

「余の……心の中?」

「余は余。そちと同じ。大工部マギぞ」


 ようやくマギは理解した。

 間違いなく、その声はマギの脳内で響き渡っている。


「そちはたかが人間ぞ。姿は変わっても本質は変わらない。そもそも人間と妖怪の精神性に差異はないが、な」

「……」

「おっと、下手な真似はしない方がよい。そのまま飛び続けろ。そちに危害を加えるつもりはない」

「余はおかしくなってしまったのか?」

「今まで通りぞ。沖弓との戦いの時とて、そちに母上の声を聞かせてやったではないか」

「そんなことあったような」

「そちはバカになってしまったゆえ記憶が不確かなのも仕方ないこと」


 自分に罵倒されて不思議な気持ちのマギ。

 目の前に広がる青空が次第に色を変え、気づけばマギは得体の知れない空間にいた。

 対峙するのは人間の姿の自分。


「余にそっくりぞ!」


 自分も相手も大工部マギ。

 なぜ。


「すべてはあの日、余が自由を求めてしまったから」


 リケイカインに渡された卵を受け取ってしまった。

 父・ヒトフリに人体実験をされて人格が崩壊してしまった。

 リケイカインとの戦いの中で卵を割ってしまった。

 時代に流されるがまま妖怪皇帝となってしまった。


「ただ人間として生きて、人間として死ぬ。それだけでよかったものを。渇望に唆され諦念を放棄してしまったがゆえの必罰であろう」

「難しい……」

「要約すれば、死こそ救済」

「死? 死ぬことが救い? そんなわけないぞ。誰だって長生きしたい!」

「生きて、生きて、この苦しみではないか」


 人間の姿のマギは悲しげな笑みを浮かべる。


「でも、いいことだってあったぞ。はっきりとは覚えていないが幼い頃の余は母上に愛されていた。膝枕とかしてもらったぞ」

「偽りの記憶ぞ」

「えっ」

「父上は妻と子を殴り、母上は我が子の殴られる姿を見て見ぬふりしていた。これが幸福か?」

「そんな……」


 反論しようのないマギだった。

 人体実験の後遺症で、彼は多くの記憶を失っている。


「愛されることを諦めろ。兄上はくだらない欲望にとらわれていた。親に愛されたいがために奴隷になった。余はあんな風にはなりたくないぞ」

「……余はどうすればよい?」

「死こそ救済。死んでしまえ」

「余は妖怪皇帝ぞ。公爵ぞ。民を守る務めをしなければ……」

「人を殺した罪から逃げようとしていたばかりではないか」


 マギは痛いところを突かれて何も言えない。

 もう一人のマギはそんなマギを抱き締める。


「もうよい。死のう。どうしてもそちが作戦を遂行しようと言うなら、それもよい。多くの妖怪を救ってやろう」

「……もう余は……」

「疲れたのだろう? よいぞ。眠れ」


 マギは目を閉じる。

 両者の体は溶け合い、ひとつになる。

 やがて意識は現実に帰る。

 青い空を飛ぶ1匹の妖怪。

 その中身はもう世間知らずの弱々しいマギではない。


「自由を求めたのだが……」


 人格を取り戻したマギが嘆く。


「なんと翼の重いことよ」

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