第092話 武士は食わねど
「飯! 飯食わせろっす、飯ぃ!」
ヒトフリより〝皇帝〟と接触せよとの命を受けた神葉。
協力者として随伴させたのは母・ノロイであった。
「うっせーんすよ、ババア! さっき軽く飯を食わせてやったっしょ!」
「軽くじゃ足りないんすよ!」
「これから動き回るのに大量に食わせるわけないっしょ!」
「ちっ! 親不孝もんっすね!」
「このババア、マジだるいんすけど!」
神葉親子は口喧嘩をしながら街を走り、逃げ惑う人々の上を跳躍し、ついでに妖怪を退治した。
神葉の身体能力は親譲りであった。
「相変わらず、って言うより昔よりも強くなったみたいっすね」
母・ノロイは素直に感心し、
「こんな強い子が簡単に死ぬわけはないと思ってたんすよ。一体今までどこで何してたんすか」
「色々っすよ」
「幕府に飼われるなんて大出世じゃないっすか。滅茶苦茶羨ましいんすけど。秘訣とかある感じっすかね」
「うっさいっすねー」
「ま、ちゃんと飯は食えてるようで安心っすよ。食うことが一番大事っすからね」
「飯を食うよりも大事なことってあるんすよ」
離ればなれになって十余年。
話は尽きない。
だが港の近くまで来た時、昔話をしている余裕はなくなった。
「余は皇帝ぞ!」
マギが先代皇帝に対する勝利を宣言したのだ。
「仲間割れっすかね」
事情を知らないノロイの推測に神葉は頷かない。
「いや、ただの世代交代っしょ」
「即位したばかりの小僧なら叩きやすいんじゃないっすか。どうっす? 今ここで殺っちゃうってのは」
「そう簡単にいく相手じゃないっすよ。それなりに修羅場を潜ってきた男の顔をしてるっす。下手に手を出せばこっちが食われちまうんじゃないっすかね」
「やけに買うじゃないっすか、あのデカくて薄気味悪い白鳥みたいな妖怪を」
「あの人がわしのご主人様なんすよ……一応ね。それより倒された先代皇帝を回収しに行かなきゃっす!」
2人は急ぐ。
* *
「マギ、嫌い! 絶対殺す!」
「邪魔をするでない! 余はそちのことを殺したくはない!」
リケイカインはひたすらマギに黒鳥を打ち付ける。
「硬っ! 痛っ! やめっ……やめろ!」
リケイカインの固有能【硬質化━ザイフリート━】がマギを苛立たせる。
周囲に控える妖怪たちがその様子を見て、リケイカインを抹殺しようと動き出す。
だが、
「手を出すでない! そちらは自分達の為すべきことを為しに行け!」
マギの命令を受け、彼らは大江戸城に向かった。
新皇帝に対する忠誠心だけが素直さの理由ではない。
超鳥の固有能力のひとつ【魅了━ファスツィナツィオン━】の影響を受けているからでもある。
強力な能力だが、これがリケイカインにはよくない形で作用してしまう。
「どうしてぼくのこと道具扱いするの!」
リケイカインは確かにマギを好きだった。
だが愛情がゆえにマギの思い通りにはならなかった。
――なんとも歯がゆい。この能力で万人の心を簡単に操れるなら、ひどい軍事作戦などしなくて済むというのに。
マギを苦しませているのは、先代皇帝が授けた作戦である。
2人だけしか知らない機密事項。
その内容はあまりに惨いものだった。
「人間を救うためにどうしてもやらねばならないことがある。そちと戦っている暇はない。どうかわかってほしいぞ」
「協力なんかしてあげないもん!」
「だったら力尽くで……!」
マギは固有能力【無効化━アヌリルン━】を発動。
軟化させたリケイカインの体をくちばしでつつく。
リケイカインも負けじと対抗。
両者の体がもつれあい、空中を右へ左へ漂いながら落下していく。
「いい加減うっとうしいぞ!!!」
墜落寸前、マギは怒りを爆発させた。
ろくに相手を見もせずにくちばしを叩きつけた。
「お母さん!」
「……あ……」
女性の悲鳴が響く。
マギは思いがけず人を突き殺してしまった。
戦禍を避けるため逃げ惑う少年を。
「どうして!」
子供を亡くした母親が泣き叫ぶ。




