第089話 巡り巡って
「待っれくらさい!」
サクラは神葉に呼び掛ける。
神葉と言えば瀬良寺が師事したほどの人物。
並大抵の強さでないことはわかる。
できることなら衝突は避けたい。
「わらしは平和のらめに戦っれいるのれす!」
自らの立場を簡潔に説明するサクラ。
「みんなのらめなのれあります! 神葉様も死にらくないれしょう?」
「言いたいことはそれだけっすか? じゃ、殺すっすね」
神葉は無慈悲に答える。
絶望のサクラは、
「あぁぁ……。こんな時に瀬良寺様がいれくれれば……」
「いたところで助けにはならないっしょ」
瀬良寺の現状を知らないサクラを笑う神葉。
周囲の穢多に飛びかかり、斬りつけようとする。
その刃を止めたのは木製の杖。
「あんた、変わっちまったっすね!」
ノロイが一人で神葉に立ち向かう。
「昔のあんただったら美味い飯の話には飛び付いてたっしょ。何なんすか、その髪の色は!? 穢多のくせに名字に刀! 己が分際を知るべきっしょ!」
「いつまでもガキじゃないんすよ」
「ふん! お上にたらふく餌付けされたようっすね!」
「まあ、そっすね」
「えっ!!!!」
親子だった。
相手の取り口はもちろん、弱点まで知り抜いている間柄。
神葉はただ最近食べたご飯を紹介するだけでよかった。
「そんな美味い飯を食えるんすか!?」
「しかもお腹いっぱいっす。あんたもこっちに来れば同じもの食えるっすよ」
「う~~~ん……」
ノロイは少し迷ってから、サクラに、
「わし、やっぱ息子に着くっす!」
サクラは愕然としつつも、
「れも親子仲良しのなのはいいころれあります」
と納得。
数秒前まで仲間だった穢多の集団がサクラを囲む。
――失敗しちゃっられありますね。
仲間を失い、これ以上の武装解除作戦を継続することは困難。
思い起こすはビタリアからの指示。
「サクラ、あなたは平和実現のために奔走してください。……もし失敗したら、その時は……将軍閣下を暗殺しなさい。不敬は承知ですが、国難を突破するにはこれしかないのです。もしかしたら私の息子も同じ結論に至って先代の将軍閣下に刀を振り下ろしたのかもしれません」
サクラは煙玉を地面に叩きつけ、煙幕を張った。
命からがら逃げ出す。
将軍暗殺のために。
――囚われらビらリア様のらめにも、処刑された瀬良寺様のらめにも、必ずや!
まさかその瀬良寺が将軍になっているとも露知らず。
* *
将軍の演説会場には多くの人々が詰めかけていた。
「生きてるうちに将軍閣下の御尊顔を拝めるたぁありがてぇ」
大半はお祭り気分だった。
妖怪が列島に向かって来ていることは知っていても、首都は安全だと信じこんでいる。
街には屋台が並ぶ。
真冬ではあるが快晴。
演説日和であった。
「皆の者、よう集まってくれたのじゃ」
将軍が舞台に立った。
* *
「どういうつもりです……?」
ビタリアは困惑した。
牢の扉を開け放たれ、その上、拘束まで解かれたからだ。
「あなたのしたいことをしてください」
平然としている男はヒトフリ。
「幕府を裏切ることになりますよ?」
「じゃあ大丈夫です」
「……事情は存じませんが感謝します」
ビタリアは脱走した。
見送るヒトフリの目は冷たい。
何も善意でしたことではなかった。
妖怪皇帝が蘇生能力を持っていると知った今、彼にとって喫緊の課題は皇帝との取引であり、戦争などもっての他だった。
「頑張って将軍を暗殺してほしいですね」
* *
ヒトフリの期待通り、ビタリアは将軍の暗殺を決意していた。
――わからないことばかりですが、確かなことはひとつ。醜態を晒して生きるくらいなら、いっそ潔く果てた方がマシです。母である私が責任を取ってあげましょう。
将軍の声がする方へ走る。
* *
「人間と妖怪は決して相容れないのじゃ! 土地を、命を、尊厳を、みすみす奪われ踏みにじられてよいものか! いざ、迎撃! 妖怪を滅ぼすのじゃ!」
練習通りに身振り手振りをまじえ、将軍は熱弁する。
宣戦布告に沸く民衆を心の中で笑いながら。
――人間を滅ぼすための戦争になるとも知らずに。愚かな者共じゃ。
* *
沸き立つ民衆。
その中にサクラの姿があった。
――瀬良寺様……?
暗殺対象の将軍。
その姿は恩人である瀬良寺サンそのものであった。
不測の事態にサクラの心は揺れる。
躊躇している間に、別の人物が動いた。
――ビらリア様、ご無事れありましらか!
舞台の袖から現れたビタリア。
小刀を手に、将軍に襲い掛かる。
人々がどよめく。
* *
「本当に良い体じゃ」
将軍は笑う。
鍛え上げられた瀬良寺の肉体は難なくビタリアを無力化することに成功した。
「私が育てましたからね!」
組み敷かれたビタリアが言葉で対抗。
暗殺は失敗に終わった。
涙がこぼれる。
「あなたは私の誇りでした……」
一部始終を見た観客からは歓声が起こる。
頼もしい将軍だ、我らの誇りだ、と。
「どうしてもなの顔が気に入らぬでおじゃるな」
「さっさと殺しなさい」
「ふむ。ながそう申すなら殺してやるのじゃ。面倒な約束もこれでおしまいじゃな」
満足げに笑う将軍。
臣下に持ってこさせた棍棒を握る。
「滅びろ、穢れた血の女め」
棍棒が振り下ろされる。
目をつぶるビタリア。
しかし、痛みもなければ死も訪れない。
代わりに耳に入るのは誰かの呻き声。
「あなた……どうして……」
サクラだった。
ビタリアを庇って頭部を破壊された。
「親子は仲良く……れありますよ……」
サクラは倒れた。
「……赦せない……」
ビタリアはサクラを抱き締める。
「この子は私の娘でした……。サン……いえ、将軍! あなただけは赦せません!!!」
* *
大江戸湾。
漁師たちが窓越しに港を眺めながら酒盛りをしていた。
「おいおい、雪だぜ!」
外に出てはしゃぐ。
「ひっ!」
雪を浴びた漁師が次々に雪だるまになった。
沖弓の固有能力である。
遠くには船影。
妖怪の軍勢はすぐそこまで来ていた。
戦争が始まる。




