第088話 約束は血で塗り固める
「子作りしてほしいのじゃ」
妖怪との戦争を目前に控え、人々を鼓舞するための演説をする予定の将軍。
忙しい仕事の合間を縫って将軍は囚人ビタリアに面会する。
「親に向かって失礼なことを!」
ビタリアは怒る。
「まだわからないでおじゃるか。体はなの息子でも、意識はみのものなのじゃ」
「……カラクリですか? お上が禁じている代物ではありませんか!」
「睨むでない。なの目はあの女に似ておる。非常に不愉快じゃ」
できることならビタリアを処刑してしまいたいと将軍は考えていた。
しかしかつてビタリアの祖先であるベルタと交わした約束がある。
「子は一人しかおらぬそうじゃないか。みはこの体が気に入っておる。手放すつもりはないでおじゃる。ゆえに子作りしろと言うておるのじゃ」
「夫はすでに他界しています」
「ならば新しい男をあてがってやろう」
「バカにするんじゃありません!」
「ほぉ?」
愛を知らない将軍にとって男とは快楽装置に過ぎない。
ビタリアの感情はまったく理解できないものであった。
加えて、子供を作れる体を持っているのに作らないことを不自然に感じてもいた。
「子供はよいじゃろ?」
「サンは私の誇りです。カラクリにはわからないかもしれませんが、人の体や心を無下に扱うことは愚かなことです。人は物ではありません。命を個人的な都合で弄ぶなら、あなたはいつか必ず報いを受けますよ」
「おほほ。これはこれはおかしなことを申す」
将軍は瀬良寺サンの体を撫でながら、
「なは子供を大切にしたでおじゃるか? 自分の息子の性を見つめたでおじゃるか? 夫婦喧嘩を子供に見せはしなかったでおじゃるか? この者の脳を検索する限りでは、なはきちんと子育てできない愚か者じゃ」
将軍の言葉にビタリアは反論しない。
唇を噛み締める。
将軍は鼻で笑って、
「生める体はあるのに育てる知能はないのじゃな」
将軍は演説に向かう。
* *
穢多商人を片っ端から襲撃して、たくさんの仲間を確保した。
武器は足りないが戦力は充分。
さて、問題は、
「具体的にはどうするんすか?」
穢多の老婆ことノロイが問いかける。
「来ないでって言ったって妖怪は来るし、戦わないでって言ったって人間は戦うっしょ?」
「戦えなくするのれあります」
集団を率いるサクラが答える。
「まずは人間の持っれいる武器を壊します。妖怪が来らら、ろこかに閉じ込めます。武装解除が戦争回避の唯一の方法なのれす」
その方針のもと、一行は行動に出た。
大砲の破壊。
甲冑の窃盗。
隙があれば武士たちを戦闘不能になるまで叩く。
作戦は上手くいっていた。
「そろそろ潮時っすよ」
年配者ながら最も活躍を見せたノロイがサクラに囁く。
「まらまられあります!」
「気持ちはわかるっすけど、お上が黙って見てるわけないじゃないっすか。武士たちが本気でかかってきたら、わしらには太刀打ちできないっすよ」
「れもサソリ様やビらリア様ろの約束が……」
「ほら、来たっすよ」
ノロイが指差す。
一人の武士が明らかに穢多の集団に向かって歩いてくる。
殺意を漂わせるわけでもなく飄々と歩く姿。
サクラにもその男が強敵だと感じられた。
「暴れまわってる穢多ってあんたらっすよね」
男は刀を抜く。
いざ戦いが始まる……というまさにその時、ノロイが大声で、
「タマキじゃないっすか!」
「げっ! ババア!」
男とノロイが互いにびっくり。
どうやら知り合いらしい。
サクラが2人の関係を尋ねると、ノロイは、
「わしの息子っすよ。九州に派遣されてから音沙汰ないんで、てっきり死んだかと思ってたんすけどね。あんた、今までどこで何やってたんすか!?」
不用意に近づこうとするノロイをサクラは制止する。
「この人は幕府側れありますよ」
サクラはその男を知っていた。
御所藩の城内にて相対した記憶がある。
「ふぅん。お上に雇われてるんすか。通りでいい服を着てるわけっすね。にしても刀まで持ってるとは……」
ノロイが驚くのも無理はない。
本来、穢多には帯刀など許されないのだから。
そして、姓を持つことも。
「タマキもこっちに着かないっすか? 美味い飯をたらふく食えるらしいんすよ。積もる話もあるし」
「わしはもうタマキじゃないんすよ」
男は刀を構える。
「神葉ギウデ。お上の命を受けて、あんたら謀反者を始末するために参上したっす」




