第085話 将軍爆誕:序:私を忘れないで
人類が列島に追い詰められるより前のこと。
欧州はドイツの病院内にて、一組のつがいが愛を語り合っていた。
「きみのいない人生は退屈だ!」
見舞いに来た女性はベルタ・瀬良寺。
腹部が少し膨らんでいることから、妊娠していることがわかる。
「今日もベルタはまるで花のように美しね」
ベッドの上に身を起こしている女性がルート・ウール。
にこやかな表情だが、体調は決して芳しくない。
科学技術は日々前進しているが、それでも治療できない病気は存在する。
「だから科学はよりいっそう発展しなければならない! ルートの病気だって、いつか必ず科学が治療方法を見つけ出すさ!」
ベルタは血気盛ん。
そんな妻を微笑ましく見つめながら、ルートは、
「ベルタ、頑張ってるもんね。毎日ニュースサイトや論文であなたの名前を見かけるもの」
「ルートこそすごいよ。きみの努力が人々に幸福を与えてる!」
共に研究者であった。
窓から見える桜は一年を通じてずっと花を咲かせ続ける。
この万年桜を発明した植物学者がルートだった。
彼女の研究は食糧生産や美観の向上に貢献していた。
「万年桜が私の人生の最高傑作かな。花は散ってもまたすぐに開く。いつまでも終わらない美しさ。人はそんなふうに生きられないけど」
「ルート、ダメだ」
「ねえ、ベルタ。もし私がいなくなっても……」
「ルート、私は諦めない!」
ベルタは妻を強く抱き締めた。
「私は医者じゃない。医学者でもない。だけど医学の進歩に貢献することはできる。きっといつか人類は辿り着くんだ。誰もが健やかに生きられる理想郷に。それまで私は絶対に諦めないよ」
「ありがとう、ベルタ。だけど、ひとつだけお願い。……どうか私を忘れないで」
数日後、ルートは植物状態に陥った。
* *
女性が女性の子供を妊娠・出産できるようになったのは生命科学の発展のためである。
主な牽引者はファイト・マンスフェルト。
「ぼくだって残念だ」
彼は苦々しげに応じた。
来客はベルタ。
「きみならルートを助けてやれるんじゃないのか?」
「気合いでどうにかなるものじゃない。きみも科学者。わかるはずだ」
ファイトはあくまで紳士的に対応する。
やり場のない怒りを他人の研究室に持ち込んだベルタ。
せめて相手が正面からぶつかり返してくれれば気持ちはいくぶん晴れただろう。
だから普段であれば決して見せない醜い感情をさらけ出してしまう。
「そう、とても大事な時期だ。わたしとルートの子供がお腹の中ですくすく育ってる。生まれてきたら、真っ先にきみに見せてあげよう。きみには叶えられなかった夢だ。愛する人と子をなすこと。可哀想に、きみの愛は報われなかったもんな」
かつてファイトとルートは恋人だった。
ファイトの聖域を侵しながら、ベルタは高笑い。
「そして今度は彼女の病気を治すこともできない。つくづく間抜けな男だ! ……う」
「……おい? 大丈夫か?」
ベルタが腹部を押さえて苦しむ。
ファイトはベルタの体を支える。
「無理をするな。きみの体はきみだけのものじゃない」
「この子の命が憎いくせに」
「大切じゃない命なんてない」
「……触るな!」
ベルタがファイトの頬を叩く。
「もうきみなんか頼らない! ルートは私が守る!」
「……きみの妻だもんな」
「クソ男め!」
* *
政府はAIの人間化を固く禁じていた。
ベルタはAIの分野における第一人者だった。
「だけど彼女の意識を取り戻す方法はこれしかない」
ベルタは禁断の領域に足を踏み込んだ。




