第080話 〝降嫁〟大工部マゲ
「救祖、死んじゃった……」
リケイカインは空を飛びながら呆然とする。
自分一人では何もできないとわかっていた。
「……ここにはいられない……」
リケイカインは飛び去った。
* *
「瀬良寺が母上を殺したというのは本当なのか? 悪いやつだとは思えないのだが」
「じゃっかぁしいわ、裏切り者! まるで知り合いみたいな言い方しやがって!」
「うむ」
「……え?」
兄をぶつ手が止まるマゴ。
王水門の上で、マギは瀬良寺との関係を簡潔に説明した。
だからと言って納得してもらえるわけもなく、
「悪いやつばっかと仲良くなってんじゃねーか、クソバカお兄様!」
今や宇和島は土砂の濁流に飲み込まれ、多くの人命が失われていた。
殺人に協力した兄を赦すことのできないマゴであった。
「バカバカお兄様は忘れてるかもしれねーけどよぉ、お母様はお綺麗でお優しくて賢くてモテてちょっと天然でドジで……わたくしはそんなお母様が大好きだった! チクショー! もうてめぇなんかとは縁を切ってやる!!!」
マゴがマギの背中から降りようとした時だった。
「踏むな!!!!!」
皇帝の怒声。
「なななな何を!!?!?!?」
「亡骸が見えぬか」
王水門は皇居。
皇帝の後継者として認められなかった超鳥たちの死体があちこちに落ちている。
「でもマギお兄様は踏んでいますわよー! それはよろしいのですかー!」
「よい。マギは同じ種族であるため」
「でも船の下敷きになってる死体いっぱいありますわよー! それは――」
「よい」
エネルギーを太陽光で賄う船。
雨雲の下では発電できないため、王水門に載せるものやむなしであった。
王水門は雲の上を飛んでいる。
「ってか、この雲の……カラクリ??? これを使えばよかったのではありませんこと!? どうしてわざわざ船を奪うなんて面倒なことをなさったのですか!!?」
「踏ませたくないと申したであろう」
「ちゃんとお墓をつくってあげればいかがかしら?」
「さすが人間。愛を理解している。だが……」
皇帝は固有能力【屍術━ネクロマンティー━】を用いて死体を甦らせた。
死体はマギとマゴを取り囲むように舞う。
「悲しいかな、我が子らは道具である」
超鳥という種族は妖怪を束ねる皇族として君臨してきた。
皇帝はそれを喜ばない。
「増殖こそ生命の本質である。我ら超鳥はそのための道具として使われてきた。誰も我らの犠牲に涙を流さぬ。妖怪には愛が欠如している。だからこそ吾輩は妖怪の殲滅を決意したのである」
「……妖怪皇帝が……妖怪を滅ぼす……?」
マゴには信じがたい主張だった。
しかしマギは、
「皇帝は本気ぞ。ゆえに余は協力をしている。マゴ、そちも余とともに妖怪を滅ぼそう」
「……マギお兄様、わたくしたちはお父様に実験台にされましたわよね」
「うむ……?」
「お聞きなさい、皇帝! 人間の中には自分の子を切り裂き、痛め付けても平気な顔をしていられる者がいますのよ! 人間と妖怪、どちらが愛情深いでしょうね?」
皇帝は納得した。
――それがためにこやつには【魅了━ファスツィナツィオン━】が効きにくいのか。
マゴはマギから降りる。
超鳥に囲われているのを承知の上で死体を踏み散らかした。
これ見よがしに。
マゴなりの決別の宣言だった。
「殺してみろ! 殺してみろ! さあ、わたくしを殺してみなさいな! あなたは同胞を滅ぼして、きっとその次には人間を滅ぼすでしょう。人間だって、あなたのことを尊敬しませんから。民を守る地位にいらっしゃるのがお嫌でしたら平民になればよいものを。所詮、あなたは駄々をこねている子供に過ぎないのですわ。さあ、わたくしを殺して証明なさい! 己が卑怯な小者であることを!」
皇帝は動かない。
「でしたら、わたくしが示しましょう。民を守る地位にありながら、その務めを果たすことができない者による贖罪の方法を」
マゴは王水門から飛び降りた。
即座にマギは助けようとする。
しかし皇帝の動かす超鳥がそれを許さない。
「なにゆえに!?」
「あの者は賢明である。吾輩と同じ苦しみを背負った。増殖こそ生命の本質。吾輩はすべての妖怪に同じ苦渋を味わわせる」
「……人間にも、か?」
「貴様次第である。吾輩の命はそう長くない。吾輩の跡を継いで皇帝となる時、貴様には人間を裁く資格が与えられるのである」
太陽が船を照らす。
「マギよ、闇を照らす光となれ」
* *
とある民家。
決して大きいとは言えない住まいで、一組のつがいが愛を育んでいた。
新聞をめくる。
将軍陵墓を妖怪皇帝が急襲。
宇和島藩で大勢の民が死亡。
凄惨なニュースが並ぶ。
「きみは行かなくていいのか?」
男が問う。
「私には関係ないかなー」
女が答える。
「ぼくみたいな貧しい男と暮らすのか?」
「ダメ?」
「ぼくは幸せだよ。でも、世界のためにはどうだろう?」
「世の中、みーんなバカなんだよ」
女の名は大工部マゲ。
家を捨て、平民の男と結婚した。
「普通に生きることが幸せだって気づいてないじゃん。地位も身分も私を幸せにしなかったよ。私には、この愛がすべて。他には何も要らない」
以後、彼女の名が歴史に記されることはない。




