第072話 マギお兄様はわたくしの乗り物ですわ!
「お、おい。あれって……」
伊方の人々がざわめく。
雨が降る大通りを1台の馬車が猛スピードで走っていた。
馬車……いや、正確には、
「白鳥車?」
馬の代わりに1羽の白鳥が車を引いている。
「しかし白鳥というにはデカいし……」
「間違いなく……アレだよな」
妖怪……とは口にできない町民たち。
無理もない。
白鳥に鞭を打っているのは町長でもあり貴族でもあるマゴなのだから。
「マギバカお兄様のせいで町民にドン引きされてますわ~~!!!!!」
マゴは怒りを兄にぶつけた。
「痛いぞ! 叩かれなくても余は走るのに。……なんなら空を飛ぶことだって……」
「こんなクソキモ妖怪が飛び回ってたら大騒ぎでしょうが! しかもわたくしが妖怪の仲間だと思われちまいますわ!」
「……ところでマゴは将軍陵墓の内部に入ったことはあるのか?」
「そんな不敬なことするわけないだるぉ! 歴代将軍閣下は誰もが尊いお方だし……にしても、なんでよりによってこんなタイミングで将軍陵墓に……」
「?」
言葉に詰まるマゴ。
マギは意図を察せられず、
「まだ余を疑っているのか?」
「巨大な船が将軍陵墓の中にあるというお話には信憑性がありますわ。将軍陵墓は妖怪に狙われがちな場所ですけど、その理由は今まで不明でした。お兄様のお話が本当であれば納得です。ただ……」
「ただ?」
「そもそも船なんて自分達で造ればよいのでは?」
「面倒だからじゃないか?」
「じゃあ普通の船を奪えばよいのではありませんこと?」
「そういう計画はあったらしいぞ」
マギが妖怪皇帝から聞いた話である。
蚊虻教はかつて天弓の翼という豪華客船の船長を勧誘しようとした。
その際に豪華客船も奪おうとしていたのだ。
これは皇帝から幕府に依頼したこと。
もちろん幕府には侵攻という目的は伏せて。
「あの大きさの船とそれを操縦できる人間は貴重だそうだ」
運悪くマギたちが乗船していたため、皇帝の企みは失敗に終わった。
「今度こそ船を手に入れるため、皇帝は本気になっている。詳しくはわからないが、計画を成功させるために強い妖怪を王水門に乗せているらしいぞ」
「なんで妖怪はそうまでして列島を手に入れたいのかしら」
「種の繁栄がどうたら言っておったぞ」
「なるほどね」
生息域の拡大。
天敵除去。
増殖こそ生命の本質。
「信じますわ、マギお兄様のこと」
マゴはいっそう強い力で鞭を振るう。
「ですから必ず民を守ってくださいまし!」
「痛いぞ!」
* *
マギとマゴが将軍陵墓の前まで来た、その時。
「マゴ様、離れて!」
1人の少年が怒声を放つ。
手には大きな斧。
「町長に手出しはさせねぇぞ、デカキモ白鳥の妖怪め!」
「余は公爵ぞ!」
「……えっ?!」
少年は踏みとどまる。
白鳥の声に聞き覚えがあったから。
マゴが溜め息をつきながら、
「恥ずかしながら、これはわたくしのお兄様ですわ」
「恥ずかしがるでない!」
落ち着き払ったマゴ町長の様子を見て、少年は状況を察する。
「失礼しました! 本当に……あの時の公爵様ですか?」
「うむ! クロワ、そちのこと覚えているぞ」
少年の名は突欠クロワ。
前副町長・突欠ヒゾウの息子である。
「恐縮です。あれから色々あって、俺はいま将軍陵墓の守り人をやってます。マギ様も……色々あったみたいですね」
「……うむ」
「瀬良寺様から頂いたこの斧。マギ様から頂いたお言葉。どちらも大切にして生きてきました」
かつてこの地に山鯨が出現した。
苦戦を制した後、マギはクロワに、
「家名より民を守るのが上に立つ者の務めぞ」
と語った。
一方、瀬良寺は神葉に二刀流をやめるよう進言されたため、斧をクロワに託した。
父親が山鯨を町におびき寄せた犯人だった事実に苦しむクロワにとって、マギと瀬良寺からの贈り物は心の拠り所となった。
マギは言いにくそうに、
「父上は元気か?」
「……処刑しました」
クロワの表情が険しくなる。
「俺自身の手で……この斧を使って」




