第070話 かつて卵と人を運んだ船
「もううんざりぞ」
雲の形をした皇居こと王水門。
その上でマギは妖怪皇帝から直々に授業を受けていた。
来る日も来る日も。
「これでは今までと何ら変わりないではないか」
幼少の頃より家庭で厳しく英才教育を受けてきたマギ。
頭を使うのが嫌いなため勉強は苦手であった。
「知識も知恵もない者が妖怪皇帝になれるはずがない。吾輩が家督を譲るまで、貴様にはありとあらゆる素養を叩き込んでくれよう」
「じゃあ余は皇帝にならなくていいぞ」
「ならば何になる?」
「何にもならずに毎日食っちゃ寝して暮らすぞ」
「穀潰しを受け入れる人間はいるのか?」
「……」
ただでさえ無能のマギである。
加えて完全に妖怪の姿になってしまった。
歓迎してくれる人の顔など浮かぶわけもない。
「……余なんて……余なんて無価値なのか……」
「貴様は素晴らしい」
「本当か!?」
「極めて効力の強い【魅了━ファスツィナツィオン━】。そして類い稀なる固有能力【無効化━アヌリルン━】。貴様ほど優れた超鳥は他におらぬ」
「人間ではなく妖怪としてすごい、ということか……」
がっかりするマギ。
皇帝はお構いなしに授業を続ける。
「歴史のおさらいである。卵とはそもそも人間が開発した科学技術に他ならぬ。かつて人間には変身願望があったらしい。現実の自分の能力に不満足であるがゆえに、超人的な能力を持つことを欲し、創作においてその欲求を満たした」
「……ふむ……」
「やがて人間は人間を超える術を現実世界において発見した」
「……ふむ……」
「それが卵であり、卵によって人間が変身した姿が妖怪である」
「……ふむ……」
「本当に理解できているか?」
「……うむ……」
卵は売れに売れた。
人々は変身することや特殊な能力を使うことに夢中になった。
しかし、
「卵を使用した人間は元の姿に戻れなくなった。同じ種族同士でしか子を成すことはできず、そして生まれた子もまた妖怪の姿である。差異は差別をもたらし、差別は憎悪をもたらし、憎悪は戦争をもたらす。妖怪はやがて人間を相手に戦いを起こした」
「どっちが勝ったのだ?」
「妖怪が勝利した。人間は大陸を追われ、この列島に辿り着いた」
「ふーん……へぶしっ」
冷たい風が吹いた。
季節は冬。
上空は気圧が低いため尚のこと寒さが厳しい。
震える皇太子を見かねて皇帝は、
「体を動かそうか」
授業科目を体育に変更した。
「それでは、いつものように……」
皇帝が固有能力【屍術━ネクロマンティー━】を発動。
王水門に転がる無数の死体が蘇り、マギに立ち向かう。
「むぅ!」
対してマギは無効化を発動。
超鳥たちを死体に戻す。
だが、
「取りこぼしがある!」
「わわわっ」
すべての超鳥を屍に戻すことはできなかった。
「現時点で【無効化━アヌリルン━】の有効範囲は半径10メートル程度である」
「先月よりだいぶ広くなったぞ」
固有能力は訓練によって強化することができる。
「満足するな。貴様の能力は発動している間だけ、範囲内の固有能力を無効化できるに過ぎぬ。決して永続的ではない。つまるところ有効範囲を広げぬ限り貴様など下等妖怪である」
「言わせておけば好き勝手なことを!」
「……っ!?」
マギが怒り任せに【無効化━アヌリルン━】を発動。
同時に王水門が軋み出す。
皇帝の体が震えるのは皇居が振動するからか。
もしくは……
――こやつの能力はあらゆる科学技術に対して効果を発揮するのか?
皇帝の口角が上がる。
「よし、それまで!」
「ふぅ~、疲れた疲れた。体育はこれで終わらせようぞ」
「さて、歴史の授業の続きだが……」
「もう少し体育をしよう」
「人間が大陸から列島まで辿り着いたところまで説明したであろう。では移動手段は何か?」
「泳いだのでは?」
「船である」
皇帝は遥か下方の地上を見つめながら、
「我々はその船を奪いに行かねばならぬ」




