第068話 神葉と瀬良寺
夜の闇に包まれた大江戸城。
四方八方から矢が飛ぶ。
「皮肉なものだ」
狙われているのは瀬良寺。
全速力で駆けながら、
「いかなる危険からも将軍閣下をお守りしようと馳せ参じたが、よもや自分が不忠の輩になろうとはな」
鐘が鳴り響く。
江戸の人々に将軍が亡くなったことを告げている。
瀬良寺は腹を切らずに逃げている。
武士として最も恥ずべき行為だ。
――それでも……それでも私は最後にひと目だけでも……。
大江戸城は要塞だった。
「ここにもカラクリか!」
いたるところに、こっそりとカラクリが仕掛けられている。
時として侵入者を除去するために、また時として裏切り者を排除するために。
落とし穴。
壁から飛び出る刃。
空から降ってくる網。
「どこかの迷路で似たようなものを体験したな」
ゆえに回避は容易かった。
だが経験していてもなお対応が難しいものもある。
「やはり出たな、鬼……!!!」
鬼はカラクリ。
金属でできた体には、瀬良寺の棍棒に含まれる毒液が通じない。
――倒せないなら足止めすればいい。
瀬良寺は冷静だった。
帯を外して鬼の体に巻き付ける。
鬼は予想外の事態に戸惑い、もたつく。
この隙に少しでも遠くへ逃げたい。
「そうはいかないっすよ」
「!」
立ちはだかるのは見慣れた長髪中年男性。
「……神葉……!!!」
「お久しぶりっすね、瀬良寺殿」
「もうしばらく幻覚を見ながら寝ててもよかったんじゃないか」
「すっかり完治っすよ。前よりも視界がはっきりしてるんじゃないすかね」
両者、足を踏み出す。
戦いが始まる。
神葉が躊躇なく刀を振り下ろす。
一方、瀬良寺は服装の乱れを気にして、片手を着物に添える。
「わし教えたっすよね」
倒れる瀬良寺。
神葉は刀を鞘に納めながら、
「二刀流はダメだって。戦うか身だしなみを整えるか、どっちかにすべきっすよ」
* *
城の地下の更に地下へ。
一般人には完全非公開のカラクリルーム。
「なぜ峰打ちなんだ?」
車椅子に乗せられた瀬良寺がうつむいたままで問う。
「あんたにはまだ役目があるみたいっすね」
車椅子を押すのは神葉。
平然とした様子である。
「……お前の目的は? 何のために、この狂った幕府に手を貸している? 主君であるマギを裏切ってまで」
「ヒトフリ様のことは裏切ってないっすよ」
「御託を並べるな! お前はどうして……えっ……?」
地下室を進む途中、瀬良寺の目に何かが映った。
決して看過できない何か。
子供の頃にはよく見慣れ、今は心の中で頻繁に思い浮かべる存在。
それが透明な箱の中に入っている。
「待て! 今のは……」
瀬良寺は駆け出したかった。
しかし車椅子に縛り付けられている。
「父上!!!!!」
父・瀬良寺カミルの死体。
瀬良寺は見つめることしかできずに、その横を通り過ぎる。
動悸が激しくなる。
神葉に食って掛かるように、
「どういうことだ!?」
「わしの目的っすよ」
「何ぃ!?」
「わしはあの人を甦らせたいんす」
驚きのあまり、瀬良寺は言葉を失う。
「死んだ人を甦らせるなんてのはさすがにカラクリでも無理らしいんすよ。でも、妖怪だったら?」
「……」
「妖怪には固有能力ってのがあるじゃないっすか。もしかしたら妖怪の中には死者を甦らせる能力を持ったやつがいるかもしれないっしょ? そんな妖怪と出会うために、わしは幕府に協力してるんすよ」
「……ふざけるな……」
瀬良寺は激昂する。
「そんなこと父上は望まない! 命はひとつ。だから尊い。武士なら尚更だ! 形はどうあれ、戦場で死ぬことは武士としての名誉。命にすがりつかせようなど父上の名誉を傷つけることに他ならない! 父上を貶めるな!」
「理屈はわかるっすけど、心に歯止めが効かないんすよね」
「なぜだ!? お前はなぜそこまで父上を生き返らせたいんだ!? 贖罪か!?」
「……わかんないっすかね」
「……嘘だ……」




