第066話 上府
「ようやく大江戸城が見えてきたな」
瀬良寺サンが目を細める。
征夷大将軍を警護する公儀扈従人になるため、江戸まで歩いてきた。
「もう少しで亡き父上の悲願を成就できるわけか」
「助けてくれー!」
「!」
公儀祓除人の職を辞したとは言え、道中で妖怪と遭遇すれば容赦なく退治してきた。
人々の暮らしを脅かす妖怪を放ってはおけない。
瀬良寺は走った。
「大丈夫か!?」
「お助けください。溺れてしまいます」
取り乱す小汚ない中年男性。
しかしそこは陸の上。
溺れるはずなどない。
それでも苦しそうにもがいているということは、
「幻覚か。山鯨の固有能力だな」
正解。
ただし幼体である。
成体に比べると随分小さい。
「そこの御仁、私の声を聞け! あなたは溺れない! 心をしっかり持て!」
「うぅ……あなたは……?」
瀬良寺は〝捧棒〟鬼殺しを振るった。
棍棒に仕込まれた毒液が山鯨の心臓を瞬時に破裂させた。
「まだまだ私も未熟だな」
瀬良寺は軽傷を負った。
ふと思い付く。
――マギとリケイカインは妖怪の死骸をむさぼって体力を回復させていたな。
真似してみる。
不味い。
傷は癒えない。
――妖怪だけに備わった回復機能らしいな。つまりマギはもう人ではないのか。
瀬良寺は相変わらず幻覚に苛まれるおじさんをおぶって、
「家はどこだ? 送ろう」
「溺れるぅ」
「ここは陸だ。山鯨は死んだ。安心しろ」
「うぅ。私は洗濯人ですぅ」
「城勤めか。ちょうどいい。私も城に向かっていたところだ」
「失礼ですが、ご職業は? ずいぶん泳ぐのがお上手ですが」
「私はいま土の上を歩いてる。今は無職だが、じきに公儀扈従人になる」
するとおじさんは慌てて瀬良寺の背中から降りる。
這いつくばって、
「へへーっ」
「そんな姿勢をとって大丈夫か? 溺れないか?」
「ああ、お美しい方だ。心もお顔も……」
* *
入城した瀬良寺は怪我したおじさんを医師に預けると、準備に取りかかった。
すでに夜半だったが目通りかなうとのこと。
まずは入浴。
次に浴衣にお着替え。
そして案内されたのが、
「こちら貴族院議会になります」
偉い人たちが勢揃いしている。
瀬良寺は一礼し、
「こちら、我が瀬良寺家に代々伝わる〝捧棒〟鬼殺しです」
「うむ。きみを瀬良寺家の令息と認め、公儀扈従人として承認する。皆の者、いかが」
議長に異存を述べる者なし。
満場一致で瀬良寺は公儀扈従人に採用された。
ほっとするやらドキドキするやらの瀬良寺。
「瀬良寺くんに城内の案内をする係だが……」
「じゃあ、私がします」
議長の問いに、一人の男が挙手した。
「大工部ヒトフリです。よろしく」
* *
ヒトフリの後について歩く瀬良寺。
当たり障りのない話題が尽きて、気まずい沈黙。
――腹を割って話したい。
瀬良寺には色々と確かめなければならないことがあった。
「マギに……マギ様にお会いしたことがあります」
「そうですか」
「伊方で偶然に出会ってから御所藩まで同伴させていただきました」
「はい、わかりました」
「御所藩では大変ご活躍でしたよ。蚊虻教なるカルト教団を相手に……」
「なるほど」
のらりくらりと口撃をかわされるので、瀬良寺は勝負に出る。
「蚊虻教の救祖によれば、彼奴らは幕府と繋がっているとか、救祖の正体は大工部家の長男だとか。なんとも不敬な輩でした」
「ここがカラクリルームです」
「へっ?」
隠し部屋は多種多様なカラクリで埋め尽くされていた。
カラクリは製造・使用・所持がかたく禁じられている。
その法を出した幕府の内部がこの有り様。
そしてそれを堂々と見せびらかすヒトフリ。
瀬良寺は真意をはかりかねた。
「あなたは将軍を警護します。幕府の一員です。だから、すべてを知ってもらいます」
「じゃあ、やはり救祖の言った通り……」
怒りと困惑。
思わず棍棒に手を伸ばしそうになる瀬良寺。
だが噴き上がる感情が別の感情に上塗りされる。
瀬良寺の目に入ったのは、カラクリの中で眠る男。
「師匠……!?」




