第064話 〝公儀祓除人〟瀬良寺カミル
「公儀扈従人にご就任とのこと、衷心よりお祝い申し上げます」
ホーマーがカミルに頭を下げる。
大勢の人々に囲まれたカミルは普段なら見せない和らいだ表情をしている。
「なんでぇ、堅苦しい」
「公儀扈従人様に馴れ馴れしくするわけにはいきませんからね」
「ふっ、こいつめ」
カミルがホーマーを小突く。
何も知らない人からすれば微笑ましい友情の一幕。
タマキは黙って見つめる。
はっきり物申すのはビタリア。
「妻としても喜ばしい限りです。なにせ公儀扈従人の地位は瀬良寺家が代々継承しているものですから。私が女として生まれてしまったために果たせなかった責務を、婿養子たるあなたが果たすのです。伝統を正しく受け継いでいき――」
「おめぇは本当に堅苦しいぜ」
公儀扈従人。
征夷大将軍を警護する役職である。
地位の高さは公儀祓除人の比ではない。
「すぐに就任するわけじゃねぇ」
カミルが人々に語りかける。
「江戸に出立するついでに公儀祓除人として最後の大仕事をするつもりよ。っつーわけで、もう少しだけ俺に付き合ってもらうぜ、ホーマー、タマキ」
「もちろんでございます」
即答するホーマー。
タマキは一呼吸を置いて、
「命を懸けるっす」
* *
――どうしてなんすか。
江戸への道中、タマキは憤りをこらえるのに必死だった。
――どうして自分を偽るんすか。奥さんや子供を裏切ってんじゃないっすか。そんなのって正義じゃないっすよ。
身分制度を軽々と超越した男がカミルである。
尊敬する人物の正義と悪の矛盾。
タマキは葛藤した。
「そろそろご教示いただいてもよいのではございませんか?」
駆けながらホーマーが尋ねる。
「あなた様が最後の大仕事とおっしゃるからには、相当の妖怪が相手となるはずでございましょう」
「鬼」
「!」
鬼とは極めて希少な妖怪であるとされている。
公儀祓除人でさえ遭遇したことのある者はほとんどいない。
「いわば伝説のようなものではございませんか」
「俺の餞にふさわしいだろ」
カミルが不敵に笑って、ホーマーは肩をすくめた。
* *
鬼の目撃情報があったのは尾張藩熱田。
かつて宗教施設だった廃墟に潜んでいるとのこと。
満月が夜を照らしている。
「死ぬ気でかかれ。生きるために」
カミルの合図で3人は飛び込んだ。
それぞれ別行動。
「誰だ!?」
カミルが棍棒と刀を構える。
闇の中に気配。
現れたのはタマキだった。
「なんだ、おめぇか」
「いつも二刀流っすね」
「おめぇは向こうに行け。俺はこっちに……」
「一本じゃダメなんすか」
「……おめぇはどうなんだよ?」
爆音。
「鬼っすかね」
「あっちはホーマーに任せたところじゃねぇか! 行くぞ、タマキ!」
駆けつけた先には重傷のホーマー。
全身からの出血。
瀕死ではないものの到底戦える状態ではない。
敵の正体は、
「鬼でございました。並大抵の妖怪ではございません。くれぐれもお気をつけて」
鬼が向かった方へ走り出すカミルとタマキ。
ホーマーは放置せざるを得なかった。
最悪の場合、ここで死に至るかもしれない。
「よくもホーマーを……絶対ぶっ殺してやる……!!」
カミルの怒りは強烈だった。
「いたぞ!! タマキはこのまま突っ込め! 俺はやつの後ろに回る!」
「……うっす」
カミルが冷静でないことはタマキにもわかっていた。
しかし彼の経験と実力を信じた。
「覚悟!」
挟み撃ち。
「硬くないっすか!!?」
鬼の体に刀は通用しない。
困惑するタマキ。
カミルは刀が折れてしまう。
「こんな時のための二刀流よ」
刀を捨て、棍棒を両手で握ったカミル。
「……!!」
カミルの動きが止まった。
鬼が好機を見逃すはずはない。
刀の破片を拾ってカミルに突き刺し、鬼は難なくその場を去った。
タマキはおろおろとカミルに駆け寄る。
「なんで攻撃しなかったんすか!!!」
「得物は命よ。2本も持ってちゃいけねぇなぁ」
「……人それぞれじゃないっすかね!」
「ダメだ、そんな生き方は……。思い知ったぜ。瀬良寺家に代々伝わる棍棒を折られちゃいけねぇ。いざって時に嫁の顔が浮かんできちまった」
「……あんた……」
「介錯してくれや」
やがてその場にホーマーが来た。
体の激痛を我慢することはできても、心の痛みを抑えることはできず、
「どうしてでございますか!!!!」
タマキの〝尊刀〟アレキサンドライトが紅く濡れていた。
「わしが殺しちゃったっす」
「どうしてでございますかと尋ねているのです!!!!」
「わしにもわかんないっすね」
タマキは笑いながら逃げた。
行くあてなど無かった。
ただ夜の闇に紛れていたかった。
涙と笑いが同時にこみあげてくる。
「どうしてなんすかねぇ。どうしてわしじゃないんすかねぇ」




