第062話 〝穢多〟タマキ
九州は日向の飫肥藩。
かつてこの地で長期にわたる干魃があった。
雨が降らず、作物は育たず、人々は飢えと渇きに苦しんだ。
「こりゃ穢多ども。サボるな。早く死体を運べ」
痩せこけた役人が座ったまま鞭を振るう。
おびただしい数の死体を処理させられたのは穢多であった。
よそから有無を言わさず連れてこられた穢多たちは、本来の職能をまったく必要としない業務に昼夜を問わず当たらされた。
明るい満月の光を頼りに穢多は働く。
「妖怪だ! 妖怪が出たぞ! 早く討ち取れぃ!」
単純労働ならまだましであった。
警備の手薄になった藩。
警察や公儀祓除人の代わりとして、妖怪の討伐を押し付けられれば、当然のことながら多数の死者が出た。
死んだところで弔われはしない。
金で買われた穢多が補充されるだけであった。
「こんな世界なら生きてる意味なんてないっすよね」
「おい、そこの穢多! 何をぶつぶつ言っておるか! 早く妖怪を退治せぃ!」
「武器は火箸っすか?」
「親しげに話しかけるな!」
「はぁ……。ま、こいつにキレてもしゃーないっすもんね」
「こいつ!?」
その穢多は妖怪の群れを前にしても死を恐れなかった。
「むしろ死って救済じゃないっすか」
喜び勇んで、その男は死地に飛び込んだ。
しかし簡単には死ねない。
「わしを殺せる妖怪はいないんすか!?」
強かった。
ただの火箸で何体もの妖怪を殺していく。
「お次はあんた! わしを殺せるっすか?」
「おうおう、おめぇ強ぇけど知識がねぇな」
「っ!?」
何者かに穢多は肩を掴まれる。
「あれは宝瓶神水っつってな、中にたっぷりと水が入ってんだけどよ」
全身を赤いラバースーツで包む男は木の棒を手に取り、おもむろに地面にお絵描きを始めた。
妖怪の絵を描きながら、
「それはただの水じゃなくってな」
「水だと!?」
説明に食いついたのは役人。
宝瓶神水なる妖怪に向かって駆け出す。
まるで瓶のような妖怪にすがりついて、中に入った水をがぶ飲み。
久々の水分補給。
妖怪の体液はすぐさま五体六腑に染み込み、
「……ぐ……」
役人は血を吐いて倒れた。
「宝瓶神水の中の水は猛毒だぜ。心臓を一瞬で破裂させるくらいの、な」
赤い服の男は平然と絵を描き続けながら、
「だからあいつを叩き割ったら毒水を浴びてお陀仏よ。おめぇ危ねぇところだったな」
「だったら放っといてくれたらよかったのに」
「死んだら楽になれるからってか? やれやれ。〝捧棒〟鬼殺しに使うつもりの毒水は飲まれちまうし、助けたやつには文句を言われるし、散々だぜ」
宝瓶神水の美麗イラストを描き終わると、男は棍棒と刀を構えた。
「どうせ捨てる命なら、おめぇ公儀祓除人にならねぇか?」
「無理っすよ。わし穢多だもん」
「身分なんざ関係ねぇよ。おめぇ見所あるぜ。本気で鍛えれば俺なんかすぐに追い越せらぁ」
「……あんたは?」
「〝公儀祓除人〟瀬良寺カミル。おめぇは?」
「〝穢多〟タマキっす」
* *
タマキは名字と武器と地位をカミルからもらった。
「俺とおめぇが出会った時は綺麗な満月の夜だったからよ、金月って名字はどうよ」
金月タマキは更に名刀を譲り受けた。
「いいんすか? あんた素手ゴロで戦わなきゃいけなくなっちゃうっすよ」
「俺には代わりの〝眩剣〟リヒトがある。これと棍棒の二刀流よ」
「本当にわしが公儀祓除人に……」
「頑張れよ、タマキ」
姓、刀、地位。
いずれも穢多には持つことを許されないものである。
しかしそれを可能にするだけの実力と権力がカミルにはあった。
「俺はそれなりに有名な公儀祓除人なんだぜ。全国各地で活躍してっからよ。……ついでに言うと、いいとこに婿入りしたもんでね」
タマキはもはや死にたいとは思わなかった。
物ではなく人として扱ってくれるのは初めての経験であった。
「わし、命をかけるっす」
〝尊刀〟アレキサンドライトに誓った。




