第049話 卵が空を飛ぶ
「今からこれ全部使って、御所藩の民を妖怪にしちゃいます♪」
救祖が今にも実行に移そうとする。
しかしマギはショックで体が動かない。
――妖怪の卵の中身を浴びたら妖怪になる。それが本当なら余はもう……。
無能な公爵の傍らで、有能な男爵・サソリが毅然と抗議する。
「妖怪になりたい人だけ妖怪になれば? サソリはそんなのになりたくないし、人の自由を無視するようなやり方、絶対に許せないんだけど」
「サソリ様も一緒に妖怪になろうよぉ」
おねだりするのはルドルフ。
妖怪の卵をサソリに押し付けながら、
「妖怪になったら幸せになれるよぉ」
「やめて、ルドルフちゃん! どうしても蚊虻教の味方をするつもりなんだったら、サソリは藩主として……ルドルフちゃんを討たなきゃいけなくなるよ」
「ふえぇ……」
涙目になるルドルフに代わって、救祖が言い返す。
「なんと! 妖怪になれば、卵を産めます」
「サソリは産卵なんかしたくない!」
「ルドルフ様との間に子供がほしくはないですかぁ?」
「……え?」
「妖怪には性別の概念が無いんです。種族が同じであれば、卵を産めますよ。ルドルフ様にお渡ししたのは同じ種族の卵です。ほら、模様が同じでしょ」
救祖の言葉がサソリの心を揺らす。
サソリの政治思想は完全に把握されていた。
「ちなみに階級も無いです。人間みんなが妖怪になったら、穢多制度も同性愛者差別も解消よ? これヤバない? 妖怪にならなきゃ損ですよね」
「……でもサソリは藩主として……」
「じゃあお聞きしますけど、サソリ様はどんな差別解消プランをお考えですかぁ? 差別する人を殺す以外に、あなたにできることってありました?」
サソリが臣下一同を殺したことすら、救祖は知っていた。
そう、サソリは人を殺したのだ。
有事とは言え、自分の臣下すら説得できなかったのだ。
――サソリに偉そうなこと語る資格ないね。
サソリはうつむいた。
「じゃ、卵をばらまいちゃいまーす」
うきうきの救祖。
「させないぞ!」
マギが白鳥を伸ばす。
「もう余には何もわからないぞ! そちに八つ当たりしてやる!」
もちろん、狙うは救祖の命。
白鳥に対抗しうる武器を持たない救祖だが、
「神葉、殺せ」
紅の刃がきらめく。
マギにとってはとてもよく見慣れた〝尊刀〟アレキサンドライト。
その持ち主は、
「神葉!!!!!」
マギが叫ぶ。
救祖を刺そうとした白鳥は刀に弾かれる。
「なにゆえに邪魔をするか! そもそも今までどこに行っていた!!」
「お久しぶりっすね」
「どけ!」
「相変わらず察しの悪い人っすね」
神葉は強い。
白鳥をいなしつつ、着実にマギとの距離を詰めていく。
「こうしている間にも民が妖怪にされてしまいそうなのだぞ!」
「よいしょー」
マギは間に合わなかった。
救祖が天井から垂れる紐を引っ張る。
カラクリ、作動。
無数の卵が飛行する。
卵の一つ一つにカラクリが取り付けられている。
あまりの数の多さに、誰もが為す術を持たない。
無理に叩き落とそうにも、
「割って中身を浴びたら妖怪になってしまうっすよ! マギ様、手を出したらダメっすからね!」
「余は……すでに妖怪かもしれないぞ!」
神葉の忠告を無視して、マギは白鳥で卵を叩き割ろうとする。
しかし、
「たまには言うこと聞いてくださいっすよ!」
神葉に阻止された。
「わぁ♡」
我関せずのリケイカイン。
ニヤニヤしながら窓の外を眺める。
卵が空を飛ぶ。
夜が明ける。
* *
御所藩の人々が目を覚ます。
一日が始まる。
蚊虻教に入信している者は教会に行く。
「妖怪と共存できる平和な世界が訪れますように」
誰もが当たり前の日常を送る。
いつもと違うのは空から降る卵の雨。
「妖怪だ!」
「こっちにも!」
「妖怪はお前だろ!」
「俺も妖怪になっちまった」
「あなた!」
「神様、助けてくれ!」
様々な種類の妖怪。
多様性に満ちた社会。
* *
城の中ではサソリとルドルフが卵を割った。
「妖怪になっても愛してる」
「ぼくもぉ」
離れたところから2人を見つめる瀬良寺。
「どうぞ、ご自分のお好きなように。私も今は立場を忘れたい」
そして瀬良寺は神葉を睨んだ。




