第044話 サソリとルドルフ
「パパもママもうるさいんだよ。早く結婚しろー、早く世継ぎをーってさ」
少し昔。
まだサソリが藩主ではなかった頃のこと。
いつものように城を抜け出し、穢多の村に遊びに来ていた。
その日は土砂降りの雨。
「サソリ様、そろそろ見張りが参ります。お城にお戻りください」
穢多の人たちもサソリの来訪にすっかり慣れていた。
「何言ってんの。サソリも一緒に仕事するよ? 早く服とマスク貸してちょうだい」
「もう十分、助けられておりますよ」
「お菓子も持って来たよ」
「サソリ様、子を持つのも悪くないらしいであります。家が賑やかになって、人生に張り合いが生まれるとか。私にももうすぐ子供が生まれるでありますが……」
「説教なんてしないでよぉ!」
サソリは走って逃げる。
穢多に教えてもらった抜け道を使う。
――人生にも抜け道があればな。
願っても叶わないことだと、瀬良寺家にて痛感する。
剣術の師範をしているのが瀬良寺ビタリア。
毎日、彼女の息子とともにサソリはきつくしごかれる。
ようやく帰宅できるという時になって、その日の反省ついでに、
「サソリ様、男子たる者、家の名誉を後世へと繋ぐことが本懐です」
などと説教された。
逃げるように屋敷を出たところで強風が吹いた。
庭に咲く万年桜の花びらが舞う。
「落とされましたよぉ」
サソリは目を奪われた。
猫背の小さな男。
寝癖のついた髪に、眠たげな表情。
彼が差しのべる手には、
「穢多のマスクじゃん!!」
「どうしてこんなの持ってるんですかぁ?」
「ぎゃー! ちょっと、あんた、こっち来て!!!」
思わずサソリは男を引っ張って行った。
抜け道を通って、2人きりになれる洞窟へ。
「とりあえず、あんた誰!?」
息を切らしながらサソリが問う。
「ぼくは葛ルドルフ。剣術のお稽古に行くところで拉致られましたぁ」
「サソリは通りすがりの一般人で、そこら辺で穢多のマスクを拾って持ってただけで、別に怪しい者ではないので、今日見たことは全部忘れるんだよ? いいね? いいって言いなさい」
「藩主様ですよねぇ?」
「ちちち違うけど!?」
「……」
「寝るな!」
ルドルフは意識を取り戻し、
「ごめぇん、ごめぇん。ぼく、ついついのんびりしちゃうんですぅ」
「……はっ。面白い男」
「えへへぇ」
和やかな雰囲気は一瞬で終わった。
突然、穢多の集団が大挙して洞窟に入り込んできた。
「どうしたの?」
「サソリ様、妖怪が現れたであります!」
「みんな無事なの!?」
「それが……妊婦が逃げ遅れているようであります」
「大変!」
すぐさま助けに行こうと走り出すサソリ。
しかし足が止まる。
「これは飽くまで藩主としての使命だかんね? 決して穢多のみんなと普段から仲良くしてるとかじゃないからね?」
言い訳をしておかねばならなかった。
しかしルドルフは寝ていた。
「あっ。ごめぇん。のんびりしちゃってましたぁ」
「バカチビ!」
走るサソリ。
ついていくルドルフ。
案内されずとも妖怪はすぐに発見できた。
あまりにも大きくて異様な存在感を放っている。
「龍……?」
のようにも見えるが、しかし、それは地面から生えている。
「呑し友駁だ、これ」
サソリは公儀祓除人の報告書などで、その名を知っていた。
それほど強い妖怪ではないことも。
「あんたたち、大丈夫!?」
「サソリ様、逃げてください!」
呑し友駁のツノに捕らわれている妊婦と夫。
食べられる危機に陥っている。
健気にもサソリの安全を願う。
「ここはぼくにお任せを! ……うわあ」
何も考えずに突っ込むルドルフ。
大雨で地面はぬかるんでいた。
ルドルフはこけて、転がり、呑し友駁の口の中に飛び込んだ。
「食べられちゃうよぉ」
「よくやった、バカチビ!」
図らずも、呑し友駁はルドルフに狙いを変えた。
穢多2人が解放される。




