第105話 おてつだいできるもん!
マギは表情を強張らせていた。
人間が張り巡らされた廊下をひたすらに歩き続け、全身が血に染まっていた。
――この苦しみは永遠ではない。
何かに耐えるときに使う言葉を心の中で繰り返しながら。
「光ぞ!」
扉の隙間から光が漏れていた。
暗くて狭い一本道の廊下がようやく終わる。
用心などせず扉をぶち破るマギ。
己の強さを自覚しているマギに怖いものはなかった。
ないはずだった。
「誰かいるか!? 余は妖怪皇帝ぞ……」
偉そうな態度が消え失せる。
体は硬直し声は出ない。
「ああ、最高のクソ女です! やっぱりあなたでなければストレスが発散できないですね!」
「痛い! 痛い! 痛い! なんで私ばっかり殴られないといけないんですか! ねえ、子供を連れてきて! あの子達で我慢してください!」
何もできずにただひたすら堪え忍んでいた日々があった。
今、マギは幼少の頃のように震えていた。
決して甦るはずのないトラウマ。
しかし認めないわけにはいかない。
得体の知れない拷問器具に苦しめられる女は紛れもなく、
――……母上……。なるほど、先代皇帝の【屍術━ネクロマンティー━】が発動しているのか。
極度の緊張状態にありながら、マギは努めて冷静に思考を巡らせる。
すぐに引き返そう。
今なら2人とも自分がいることに気づいていない。
また姿を見られたところで見知らぬ妖怪としか思われないはず。
背を向けたマギ。
ちょうどそのタイミングで母・ナカノがマギを見てしまう。
「待って! 私を殺してください!」
まったく想定していなかった言葉に、マギは思わず立ち止まる。
「な、なにゆえに……殺すなどと……」
「見たらわかるでしょ! 生きてても苦しいだけ! ああああ早く死にたい! 死なせてよ!」
「いや、しかし殺すなど……」
ヒトフリだけは落ち着いていた。
「マギ、手伝いなさい」
息子が妖怪になったことを把握していたので、いつも通りに命令した。
マギは素直に従う。
聞こえないふりをしてもよかったはず。
心は濁り、体は勝手に動き出す。
言われるがままに母を別の拷問器具に固定したり、床をモップで拭いたり、お手伝いをこなした。
「マギちゃん!? マギちゃんなの!? こんなに大きくなって……できれば私のお願いも聞いてほしいんだけど!」
ナカノは最初こそ驚いたものの、すぐに頭を切り替える。
「私を助けて? ね? すっごく痛いから。痛いって意味わかる? ずっと。ずーっと私だけがこんな目に遭ってるの。おかしいでしょ? 今すぐに私と交代して。マギちゃんも苦しまないと平等じゃないでしょ? ね? 聞いてる? おーい。私親だけど。あ、ねーねー、あれしてあげる。マギちゃんが好きなやつ。膝枕! 好きなだけ膝でねんねしていいから、早く代わって! ね、早くしてくれないと膝がなくなっちゃう」
懸念していた通り、ナカノの膝は拷問器具により捻切られてしまった。
絶叫。
マギに対する罵声。
ナカノの憎しみが夫に向けられることはない。
――どうでもいいのか?
マギは不審がった。
――余が妖怪になったことなど……。
父も母も気遣ってはくれない。
妻の体を破壊して満足げなヒトフリ。
次は心を壊してやろうと意気込んで、
「マギ、あれを運んで来てください」
言われた通りに重たい樽を運ぶマギ。
蓋を開けてみると手足を縛られ目隠しさせられた状態の成人男性が全裸でうずくまっていた。
「覚えてますか?」
ヒトフリはナカノに尋ねる。
「あなたの不倫相手の一人です。他は死んでたり遠くに住んでたりで捕獲が難しかったですけど、こいつは運よく江戸にいました。交際時期と出生時期を比べたら、こいつがマギの生物学上の父親に当たる可能性はありますね」
マギは声が出ない。
しかし母は必死で反論する。
「マギちゃん、違うの! 当時はいろんな人としてたから、この人とは限らないからね! そんなことよりなんで私のこと助けてくれなかったの? 痛すぎて逆に痛みは感じなくなってきちゃったけどさぁ」
ヒトフリはまたマギに手伝いを命じる。
この男を拷問にかけろ、と。
見ず知らずの人間。
もしかしたら自分の親かもしれない。
心が痛むか?
「はい、父上」
マギはもう人間の血を見るのが平気になっていた。




