第102話 ◯◯しないと出られない部屋
呆気なく操縦室から追い出され、寸前のところまで追い詰めた将軍を取り逃がした。
悔しさの余り歯噛みをするマギ。
「こんな薄汚い部屋に押し込められるとは屈辱ぞ」
「薄汚い部屋で悪かったっすね!」
マギが部屋に送り込まれたことに驚きもせず、一心に食事を続ける者がいた。
「誰ぞ?」
「そりゃこっちの台詞っすよ」
「余は妖怪皇帝ぞ。ここはどこだ?」
「へー、皇帝なんすか。確かに偉そうっすもんね」
妖怪を目の前にしても動じない老婆。
彼女が神葉の母・ノロイであることをマギは知らない。
「余が怖くないのか? よほどその菓子が美味いらしいな」
「あんたにゃやらんすよ」
「出入り口はどこだ?」
「さっきまではそこに戸があったんすけど……あんたどこから入ってきたんすか?」
「ふむ……想像以上に緻密なカラクリだ。城内の構造をかくまで変えてしまうとは」
「さぁて、食うもの食ったし元気回復っす。どうっすか? わしと殺し合う感じっすか?」
「その必要はない」
マギは【魅了━ファスツィナツィオン━】を発動。
自分への好意を上昇させることで、手っ取り早く事を進められると判断したわけだ。
「洗いざらい吐いてもらうぞ。どうすればここから出られる? 先程から壁をつついているが、どうも硬い。余の力では突破が困難ぞ。どこかしらに通用口があるのではないか?」
「行っちゃダメっす」
ノロイは座す。
マギに対する敵意はない。
しかし要求に応じる様子でもない。
垂れた目でまっすぐにマギを見つめ、
「ここから出て行ったら、あんたは戦うっしょ? 殺して、殺されるんすよ。それがわかっていながら行かせるもんすか」
マギは溜め息をつく。
好意を引き出したことが裏目に出たらしい。
ノロイは続けて、
「命を粗末にしちゃダメっす。人は誰も分相応に生きなきゃいけないっす。たとえ理不尽なことがあっても耐えるんす。人の道を踏み外したらもうどこにも進んでいけなくなるんすからね」
「余は妖怪皇帝ぞ。説教はよせ」
「はいはい、身分が高い高いで、すごいすごいっすね。で、皇帝様は何かできるんすか? 米を作れるっすか? 自炊できるっすか? 本当に偉いのは死なせることより生かすことっすよ」
「ふん。そもそも命に価値などあるか?」
「命をいただかないと死ぬ体なのに命を嗤うなんてマジ幼稚っすね。ま、わしも他所の子に偉そうなこと言えないっすけどね。わしのガキなんて食うことより大事なことがあるだとか抜かしてバカなことやってるみたいっすもん」
埒があかない。
とうとうマギはうんざりして、
「とにかく出口があるなら教えろ! 何も知らないと言うなら殺してやる!」
暴挙に出た。
するとこれが効果覿面。
ノロイは態度を急変し、
「死にたくないっす! 出口はここっす!」
すばやい身のこなしで出口を指し示した。
「ただし安全性は保証できかねるっす」
「人生いつでもそうぞ」
マギは教えられた通りに掛け軸をめくる。
そこには通路があった。
少し前までは普通の廊下だったのだろうが、今は天井が低く横幅が狭くなっている。
おまけに何人もの人間が足を床の中に、手を壁の中に吸収されたように立ちはだかる。
――ここで【無効化━アヌリルン━】を使ったところで事態が好転するとは限らないぞ。むしろ余にとって不都合な形状に変化するかもしれない。
つまり、マギがこの道を進むには、
「こやつらを引き裂いて進むしかないっすねぇ」
ノロイが肩をすくめる。
まるでマギが諦めると思い込んでいるようだ。
「妖怪皇帝様なら人間の命なんて虫けらのように蹴散らせるんじゃないんすか?」
「如何にもその通りぞ」
「……へぇ」
マギは進んだ。
少々の殺人など大事の前の小事に過ぎないのだから。
去り行くマギの背中を見つめながら、ノロイは何もしない。
とっくに【魅了━ファスツィナツィオン━】の影響下から外れているのに。
勝てない相手とは戦わないのが彼女の流儀。
「わしゃ大義のために命を張ったりしないっす。飯を食うため、ただそのためだけに生きるんす」
役目を終えた老人の背中は小さかった。




