いまさら私を愛する気はないと言われて婚約破棄されました
「エレナ、婚約は破棄してくれ。僕は真実の愛に生きることにしたから」
今日は私たちの誕生日を祝う会です。
私たちと言っても私は脇役ではありますが。
主役は私の婚約者であるリーズ・ヴェルロード王子。そしてその双子の弟であるラーズ・ヴェルロード王子です。
私はリーズ王子の婚約者であり、公爵家の娘であるため、同席してともに祝って頂いています。
リーズ王子は次期国王として教育を受けており、普段から王城にいらっしゃいます。私も次期王妃としての教育を共に受けていますし、婚約者なのでよく話します。
ラーズ王子は次期国王を支えるべく、騎士団に入られていらっしゃいます。この世界には魔法が存在し、戦争があり、悪魔もいるので武力は必要ですから。
ラーズ王子とは昔は一緒に勉強をしていましたが、寡黙……というか私と一緒にいると黙り込んでしまうことが多く、別の部屋で勉強することになってそれ以来疎遠でした。
私とリーズ王子が婚約して10年が経ちました。
婚約してからずっと、リーズ王子と共に育ち、共に遊び、共に学んできたのです。
それなのに突然の婚約破棄宣言。驚きました。そして悲しかったです。
しかし冗談で仰ったのではないようです。その目は決意に満ちていました。
どうしたのでしょうか。この数日会わない間に妙に大人びたような印象もあります。
それは後ろにいる女性のせいなのかもしれませんね。
「私に至らぬことがあったのでしょうか?」
念のため、聞いておく必要があります。
王子のあの目を見れば破棄を撤回するとは思えませんし、この場にはお父様もいらっしゃいます。私自身としては100年の恋も醒めた心境ですが、簡単に諦めるわけにもいかないのです。それが例え国王陛下の許可を取られたものだったとしても……。
「至らぬことなど。そなたは余の目から見てもよくやっておる。王妃や教師の評価も高い。それを突然、余に相談することもなく破棄とはどういうことだ!?」
しかし違ったようです。陛下は許可されていないと。ということは王子の独断専行です。あの冷静で優秀なリーズ王子が?
「父上は私の好きなようにと仰ったはずですが?まぁ、いいでしょう。エレナ。私は思い出したのだ。君と過ごした前世の記憶を」
「はぁ?」
前世?聞き間違いでしょうか?今、前世と仰いましたか?えっと……私にはそんな記憶はないのですが?
仮に王子に前世の記憶があったとして、その時に一緒に過ごした相手が私の前世だとどうやって判断されたのでしょうか?
「お前はまだそのような戯言を言っておるのか?余が好きにするようにと言ったのは、お前がこの想いは変わらぬというから、想いを持っておくのは好きにしろと言ったのだ。王族貴族の結婚は政略だ。想いによって変えるなどありえぬ」
「私は真実の愛を見つけたのです。前世で喧嘩ばかりだったエレナではなく、当時の親の意向で結婚してしまったがために逃してしまったこの聖女だったミリアとの愛を、もう一度取り戻すのだ」
「リーズ王子!♡」
今はしゃしゃり出て来て王子に抱き着く場面ではないのよ?わかってる?いや、わかってないでしょうね。わかる気もないんでしょうけど。
頭の中が疑問でいっぱいです。ミリアという娘にも前世の記憶があるのでしょうか?そして聖女とは?
そもそも聖女の認定とは神託によってなされるものであり、前世で仮に聖女だったからと言って、今生でもそうなるとは限らないのではないでしょうか?
まぁ、未解明……というか解明しようとなどすれば、神に疑問を抱くものとして神殿から怒られるでしょうが。
そもそも思い出されたという前世の記憶だけを頼りに婚約破棄をされるのですか?それはさすがに酷いのでは?
「ただの男爵家の令嬢では許されぬが、前世が聖女だったからと言って許されるとでも思ったのか???」
そして当然ながら国王陛下の怒りは増すばかりです。私の感情というよりは、関係者の立ち位置を考慮しての発言ではありますが、認められないものは認められないと強く仰います。
「陛下はご存じないので疑問を抱かれるのはわかります」
「余が何を知らぬというのだ!?」
「聖女の仕組みについてです。聖女とは神代の魔法である"浄化"が使えるものが任じられるのです。神託とは仕組みであり、"浄化"を感知すればおりるのです」
「!?!?」
突然の宣告に驚きました。周囲のものも皆驚いているようです。
確かに歴代の聖女は"浄化"を行ってきました。その魔法を聖女が使える理由は語られてきませんでしたが、聖女になってから覚えるものだとされていたと思います。
「その娘が"浄化"を使えると?」
「えぇ、そうです。彼女のステータスカードにははっきりと"浄化"の魔法が書かれています」
あれ?それ、私にもありますけど?
なんか形容詞がついていますが、"浄化"っていうのがあります。
『なるほど。その娘だったか』
「誰じゃ!?」
突然会話に割り込んできた重苦しい、いや、甲高い?……よくわかりませんね。不思議で気持ち悪い声でした。
『くっくっく。我はメルドロウ。誇り高き魔神に使えしもの。聖女は殺す!人間も殺す!!!』
なんと悪魔です。
「「「「「きゃああぁぁあああぁあああぁああああああ!!!!!!」」」」
貴族たちが悲鳴をあげて逃げ惑います。
「きっ、騎士団!悪魔を討つのじゃ!」
「「「はっ!」」」
『くはははは。貴様らごとき、我には一切触れることもできぬだろう。喰らえ!』
国王陛下は騎士たちに戦うよう指示しますが、悪魔が手を振るうと黒い魔法が放たれ、あっさりと全滅してしまいます。
これはまずいですね。
"浄化"を使うべきでしょうか。しかし、私は今まで使ったことがありません。
「待て!リーズ逃げるな!その娘、ミリアと言ったな。"浄化"を使えるなら使え!」
「なっ、父上?あれは悪魔です!」
「だからこそじゃろう!」
「くっ、ミリア。頼む」
「えっ、王子様!?無理です。私……」
「なぜじゃ!"浄化”を使えるのじゃろう!?ならば見せてみよ!そうしなければ誰も信じぬ!」
国王陛下はリーズ王子とミリア嬢に命じられました。
大丈夫なのでしょうか?あの慌てようでは失敗もあり得そうですわね。私も準備しておきましょう。
使い方はきっと普通の魔法と同じで、詠唱し、魔力を渡せばいいはずですから。あと必要なのは勇気だけです。
「さぁミリア!キミの力を見せてくれ!そして僕と真実の愛を」
「無理ですわ!?私は……」
えっと、アワアワしてるだけですが本当に大丈夫でしょうか?なぜ使わないのでしょうか?
『ふん、覚悟は定まったか?ではもう待つ必要はないな。死ね!!!』
そう言うと悪魔が王子とミリア嬢に向かって何かの魔法を放ちました。
悪魔は詠唱すら行う必要がなく、身動きするだけで魔力が動き、魔法を放つ。
伝承の通りのようです。
「ぐぁあ、みっ、ミリア!」
その魔法は王子を切り裂きます。王子はミリアに向かって手を伸ばしていますが……
ぱたり……
なんとミリアは倒れました。えっ?魔法が当たった?……当たったようには見えなかったけど。
うん、全く外傷はありませんね。気絶しただけでしょうか……その周囲に水たまりが……えっ?恐怖で気絶して失禁したの??
『くはははははは。これが"浄化"を持つ聖女だと?あっはっはっはっは』
響き渡る悪魔の笑い声。
ひたすら不快な音です。
そして倒れ込んだミリアに向かって手を伸ばしていたリーズ王子はどうしたらいいのか分からないといった風に腕を右往左往させています。
『まぁいい。全員死ね!!!』
そして悪魔が何やら魔力を溜め始めました。
これはまずいですね。学んだ書物によると、悪魔がわざわざ魔力を溜めるというのは、なにか巨大な攻撃をするときと書いてありました。
人間で言う、大魔法でも使うつもりなのでしょう。
「くっ、退避じゃ!」
国王陛下は今の王子たちの茶番劇の間にも避難を始めていましたが、間に合うかは微妙……いや、悪魔の魔法の威力がわからないので何とも言えませんが、もし王城自体を崩すようなものだったらどう考えても間に合いません。
「エレナ様!」
しかしこのタイミングでなんとラーズ王子が私を守るように悪魔との間に立ちはだかりました。
カッコいいですわね。
その姿を見て私は覚悟を決めました。
もう準備万端ですし。
「"浄化"」
私がその魔法を唱えると、ごっそりと魔力が持っていかれました。
これは凄い。
体の芯から何もかもが抜けていく脱力感。
あぁ……えっ?これ魔力足りますか?大丈夫ですか?
そんな疑問が湧いてきますが、私の中から魔力を抜き取ったそれは……私に向かって微笑んでいるようでした。大丈夫だと。
それを感じて私は意識を手放しました。
『ばかな!?真なる"浄化"だと!!!?ぐあぁぁあぁぁあぁああああああ!!!!!!???』
「聖女さまだ!エレナ様が聖女さまだったのだ!」
薄らと目を開けた時、そんな声が耳に入ってきます。
いえ、私は特に神託も受けていませんし、婚約破棄されたただの公爵令嬢ですわよ!?
「聖女様!」
「聖女さま!!!」
「聖女様!!!!!」
そうして誕生日を祝う会は終わりを迎えました。
私とリーズ王子の婚約は、王子の宣言通り破棄されました。
国王陛下が完全に怒ってしまって、リーズ王子……いや、元王子とミリアはめでたく結婚させられて僻地に飛ばされました。一応、王家直轄地であるグロタリア大火山の麓の生き物の棲まぬ死の大地の領主となったようです。ご愁傷様。
国民はいませんが、稀に冒険者が入ってわずかばかりの税金を払っていくらしく、2人がなんとか生きていけるくらいの収入はあるようです。
なお、今まで王子が貯めて来た財産は全て私に慰謝料として与えられてしまいました。
そして今、私はまた王城にいます。
目の前には渋い顔をした国王陛下と、きりっとしたカッコいいラーズ王子。そして宰相閣下がいらっしゃいます。後ろにはお父様も。
どういう状況かというと……
「では、まずはこれまでの経緯の整理を」
宰相閣下が何やら説明してくれるようです。
「まず、リーズ王子が何やら前世のことを思い出したというのは本当のようです。情報部の魔導士が確認しました」
魔導士が確認した、それも情報部ということであれば、きっと記憶を覗き見るような禁忌に触れるような魔法を使ったのでしょう。
「そして、その魔導士にミリア嬢も調べさせました。わかったことは3つで、1つは彼女も前世の記憶もちでした。2つ目は聖女認定について吹き込んだのは彼女でした。3つ目は彼女は一部嘘をついていました」
嘘?どういうこと?
「嘘は、まずは聖女認定についてです。聖女認定は"浄化"ではなく"真なる浄化"を使えるものを対象としています。つまり、彼女は聖女候補ではなかった。それを王子を使って無理やり聖女に就任する算段だったようです」
そんなことをして何になるのでしょうか?
いや、利点はありますね。王子と結婚できますし、聖女も騙れる。
「なお、"真なる浄化"については後から覚えるつもりでいたようです。その方法は聖女となってからゆっくりと探すつもりだったと」
なるほど。
でも、さすがにあの場面で戦いもせず、気絶して失禁したらまずいんじゃない?
それに、そもそも私とリーズ元王子と男爵令嬢の前世について、なぜ信じたのかがわからないのですが……?
「それから前世についてです。これはもう関係者が思い出した記憶という曖昧なものしかないのですが。どうも話を自己完結させたのはリーズで、それをきっかけにあの男爵令嬢が取り入ったことだけは確かです」
「はぁ……」
「そして、リーズ王子としてはあの令嬢が好みの容姿だったと……」
呆れました。それではただただ軽薄な浮気でしかありません。心の底から軽蔑します。
「わかった。そういうことでな、エレナ。奴らは強制的に結婚させて、僻地に送っておいた。当然立太子もない」
「わかりました」
それでこんなに迅速に処理がなされたのですね。
そして前世云々は……もうどうでもいいですわね。酷い状況に陥らずに助かったと思えば、そうなのかもしれません。
「ここからが本題なのじゃが、聞いてくれるじゃろうか?」
なぜ国王陛下がこんなに畏まられているのだろうか?
たしかに私は酷い扱いを受けたけど……。
「そこからは私が話します」
そしてラーズ王子が私の目の前に……そして手を取られました。
「私と結婚してほしい」
「えっ?」
突然のことで驚きましたが、なんとラーズ王子は昔から私のことが好きだったと。顔を合わせると緊張してしまっていたと、仰いました。
そして私たちは新たに婚約し、幸せな未来に向けて歩み始めました。