クラスで1番
むせ返るような緑の匂いを感じるようになった8月の始まり。自由が増えていき楽しさも増える反面、寂しさも一緒に増していく高校3年生の僕は、もう2度と呼び起こされることがない筈であった緊張と不安を携えて登校していた。
「来月からはいよいよ世界で決まりました人口削減計画が実施されます。全高等学校3年生は必ず今日出席してください。なお、対象生徒が欠席の場合は強制的に削減対象になりますので気をつけて欲しい次第であります」
今年1月。全チャンネルでいきなり臨時ニュースが流れて日本中は大混乱に陥った。誰もがご乱心だと思った筈だ。自分の首を締めぬように発言には気をつけているはずの首相からは理解するのには程遠い言葉が無機質に語られたからだ。
人口削減計画とは地球の人口が増加しその結果、異常気象、食糧難、戦争や貧困の超拡大など世界的な大問題が日常になっていた。そしてこの調子のまま右肩上がりに人口が増えていくと、近い未来に人類がこの星に住むことが困難になるとされた。そして人口が増えたのが問題なら減らしちゃおう!と究極的な考えで発案されたのが人口削減計画だ。各国により条件は異なるが、我が国日本では高校に通っている18歳のクラスの中で殺し合いをさせ、その中で生き残った1名に生きる権利を与えることになった。生き残った生徒は死力を尽くし考えて動き生き残るため強く賢く勝ち抜かなければならない。このルールならば同時に、人口削減の中で将来的な若い芽の選別にもなり一石二鳥であるのだ。そしてその肝心の選別方法は某fpsゲームにちなんで無人島を貸し切り、バトルロワイヤル風になっているらしい。
「みなさんおはようございます。今日は記念すべき第一回目の選別です!今日まで生きてきた知識、経験や工夫を最大限発揮して戦ってください。」
担任はいなかった。代わりに黒のスーツを着ているいかにも県庁で働いていそうな人が朝礼の段で喋っていた。今から殺し合いをするらしいクラスのみんなは当然困惑していた。冗談じゃないと気付いてる者と、まだ現実を直視できていない者が半分半分だった。
「おれら本当に殺し合うのかな?実感湧かないな!ドッキリだったりして!」
梅町はそう言った。
「太月は元カノの名前を叫んで戦死しそうだよな!」
「それは面白すぎる笑笑」
「うるせぇよ笑」
いつも通りの友達との会話と流れで不安と困惑の思いは安心に変わっていた。きっと僕らも現実を直視できていなかったのだ。物騒なHRを終え、何気ない会話をした僕らは別室に順番に連れてかれて謎の注射を打たれた後に、目隠しをされどこかへ連れてかれた。段々と思考がまとまらなくなってきた。そして僕らは暗闇の中で2度と帰れないかもしれない遠足が始まった。
ジリジリとした日差しに緑の匂いと潮の匂いが混じり、辺りからは普段は聞くことができない海鳥の声がしていた。どうやら眠っていたようだ。辺りを見回すとヤシの木や手付かずの林、そして蔦に侵食されている民家があった。ここが今朝に偉そうな人が言っていた無人島なのか。民家の中に入ってみると埃と草まみれで人が住まなくなってからかなりの時間が経っているのを感じれた。ふと目をやると、埃を被っているテーブルの脇に一際目立つ真新しい物体を見つけた。
ライフルだった。
「おい!誰かいるなら出てこい!!」
誰かの声がする。おそるおそる顔を出してみることにした。火口くんだ。
「これ見つけたんだけどよ?本物なんかな?」
「これって、、、」
火口はこちらに駆け寄り黒い手の拳ほどの物体を見してきた。手榴弾だった。初めて見たが少しだけ記憶の中の手榴弾とは違ったのだ。あるはずのピンがない。「これ、爆発するかもしれねぇぞ!」
僕はそう叫び反射的に民家に篭り身を隠した。もうあとは出来ることがあるとしたら祈ることだった。その刹那、大気が震え耳をつんざくような轟音が辺りを埋め尽くした。扉は吹き飛び、窓ガラスは粉々に砕け散り、古びた瓦のほとんどが強風に煽られた砂みたいに簡単に剥がれ飛んだ。辺りに埃と煙が充満する。すぐさま距離を取ったので怪我はなかった。耳のキーンとした高音が音階を上げていくと共に、ぼやけていた視界が次第に晴れていった。彼に殺意があったのか、ただの馬鹿だったのかもう知ることはできないが、文字通り爆撃を受けた民家の内装と黒煙、そして彼の肉片がこの人口削減計画は冗談ではないことを雄弁に物語っていた。
しばらくするとさっきの轟音を聞いたのか誰かが駆けつけてきた。
「なんだ!!今の音は!?」
聞き覚えのある声だった。
「無事だったか!!梅町!」
声の主はクラスではいつも一緒にいら仲良しの梅町だった。この心細い孤独と不安の中に親友が姿を表したことで心が軽くなるのを感じた。そして今ここで起こったこと全てを彼に説明した。
「こんなに簡単に人の生き死にが決まっていいわけがない。おれは絶対にみんなで生き残る方法を見つけるぞ」
彼らしい。この状況でも自分の芯を見失わないことに感動と尊敬を覚えた。本当にそんな方法があるかもしれないそう思えるほどに。
「おれらの仲間のとこに来いよ!殺し合わないでみんなで生きて帰れる方法を探してるんだ!」
どうやら仲間で結託しあってるらしい。なるほど。それでまだ殺し合いに発展せずに、この島全体が静かだったのか。
「ぜひ、仲間に入れさせてもらうよ」
そうして、彼らのアジトに案内された。
彼らのアジトはさっき爆破された民家よりもやや大きめの家をしていた。埃は掃除されていて、余裕で住めるくらいに綺麗だった。彼の仲間は16人いた。クラス全体で32名いるから半数の人数で同盟を結んだことになる。中には太月やよく喋る友達がいた。みんなに歓迎された後、聞いた情報から今の現状を整理してみることにした。まださっきの火口以外犠牲者はいないこと、食糧は必ず一定のポイントで支給されること、島の外には謎の見張り人がいて脱出は困難なこと。そしてこのグループのリーダーは梅町であること。
「今日はまた1人仲間が無事だったし、明日は朝から食料調達だ!早めに寝ようか!」
梅町は震えるような声で言った。どうやらパニックを防ぐために火口が死んだことを隠しているみたいだ。
そうして、長い長い1日を終え僕らは眠りについた。
みんな寝静まり涼しい夜風を喜ぶかのような虫の囀りが聞こえる中、乾いた破裂音が鳴り響いた。下を誰がが照らした。黒く暗い液体が散っていた床には、今までの信頼を引き裂く1発の銃弾が転がっていた。その側には心臓の辺りに穴が空いているだけでいつもと変わらない顔をした脱落者がいた。
梅町だったものだ。
この事件を皮切りに、いきなり投げ込まれたこの非日常の中で僕らを繋ぎ止めていた信頼は無くなってしまった。いや、信頼というより停戦協定というべきだろうか。次は自分かもしれないと恐れた仲間たちはみんな一目散に逃げていった。そしてその半日後には疑心暗鬼から生まれたのか、極限状態をきっかけに人間の眠れていた狂気が顔を出したのか分からないが、今まで全く聞こえてこなかった銃声の応酬、悲鳴が聞こえた。こうして世界が望んだ人口削減計画が本当の意味で始まってしまった。
相変わらず騒がしい鳥の声と早朝の涼しい香り、朝露が落ちる植物に花火の匂いがしていた。32名いたクラスは16名まで減ってしまっていた。貯めていた3日分の食料が尽きかけていた。何かないか探しに森へ行くと、太い木の幹の下で誰かがうずくまっているのが見えた。警戒しながら近づいてみると、なんと丸まっていたのは太月であった。
「何してんだよ、太月大丈夫か?」
声をかけた。
「うわぁぁぁ!!死にたくない!!死にたくない」
彼はかなり怯えた表情で叫んだ。
「やめてくれ!!彼女に会いたいんだ!生きたい!19歳を迎えたい」
錯乱しているようだ。
「お前がなんだろ!!お前がっ!!あのよ」
ナニカ言い切る前に彼の背中から黒光りしたものが飛び出した。太月は何が起こったかわからない様子だ。だが数秒経つと、彼は自身に起きた絶望的な状況を察したようだ。
「ももかぁぁぁぁぁ!!あああ!ももかぁっ!!」
力一杯叫んで暴れ回りだした。しかし次第に元気がなくなり、ついには電池の切れた玩具のようにゆっくり事切れた。あの時の朝、みんなで言った通りにやっぱり死ぬ時には元カノの名前を叫んでるじゃないか。口が三日月を描いていた。そして残りの生存者は残り15名とアナウンスが流れた。彼の胸に真っ直ぐ突き立ったナイフを見ると、決意が固まるのを感じた。そして僕は再び生き残るための道を歩き出した。
この島のいたるところで銃声が聞こえるため、標的を見つけるのは苦労しなかった。生い茂った緑をかき分け、カブトムシの匂いがする土を踏み締めて銃声の下に駆けつけると誰か2人が争っていてちょうど決着がついたとこだった。これが漁夫の利か。僕は先手を打とうと標準を油断している勝者に向けると、サイト越しに彼の恍惚とした表情と生き残れた安堵が混じっている目がこちらを覗いていた。直後、僕が引き金を引くよりも先に地面が爆ぜた。聞き覚えのある轟音と散弾銃のように弾け飛ぶ土が辺りを包んだ。そして左腕に灼熱のような痛みが走る。僕が標準を合わせたときにはすでに彼は手榴弾を転がしていたようだ。助かったのは運が良かったのかもしれない。右側に生えていた大木のおかげで被害の大部分は防げた。手榴弾の爆風で飛んできた土や鉄片でボロボロではあるが左腕は動く、神経はやられていない。すぐに追撃がくる。ここを離れなければ。すぐに側にあった深い茂みに隠れた。
「仕留め損なった、、くそっ」
先手の先手を打った男は辺りを探している。爆発の粉塵で咄嗟に隠れた僕の姿は見られなかったようだ。そして僕はやっと気づいた。やけに戦闘慣れしているこの男は不登校の筈の一ノ瀬くんだ。僕は相手を殺すことに躊躇がなければ、たとえどんな格上でも勝てると思っている。そしてこの中で躊躇がないのは僕だけだと勝手に思っていた。いや信じていた。だが、この左腕のズキズキした痛みと執拗に動き回る足音が相手に躊躇がないことを教えてくれている。今まで麻痺していた恐怖心が帰省した。怖い、逃げたい。死にたくない。174センチ分の悪寒が走り、緊張で喉が締め付けられ呼吸が荒くなる。だけどやらなければやられる。手元にあるのはは手榴弾一つとライフル、そして13発の弾丸だ。
雲が流れて日影が移り、風が優しく耳をなでる。僕は気配をそっと殺し、静かに弾倉に弾をこめた。そして手榴弾を取り出しピンを抜いた。強い風が通り抜けたその時、手榴弾を一ノ瀬の方とは真逆の方に思い切り投げた。数秒後に約束された轟音が轟く。自分の真後ろで爆音が鳴り響いた彼は反射的に振り向いた。そして警戒が一気に真後ろへ向き僕の目の前に隙が姿を現した。
「今だっ!!」
殺していた気配を解放する。それはすでに殺気に変わっていて僕は躊躇なく引き金を引いた。
真っ青な空と真っ白な雲には似合わない真紅の赤色が混ざる。一ノ瀬が前のめりに倒れた。勝ったんだ!僕は勝ったんだ。安堵からか全身の力が抜ける。膝がぬかるんでいる地面の感触を伝えてくれる。ふと視線を下に落とすと僕のシャツは返り血でまみれている。「この距離で返り血?」
思考が始まるよりも先に、脳にずっと前から発信されていた信号がやっと届いみたいだ。
「っっぐ、、!っっ!」
体の奥まで火傷が届いているような耐え難い激痛が走っていた。その発信地を探し、ふと下に目をやると左胸にぽっかりと穴が空いていた。比喩的な表現ではない。本当に穴が空いている。返り血だと思っていたのは、地面をぬかるませていたのは自分の血だった。地面が起き上がる。胸の辺りを濡らしていた血はいつの間にか土とまみれて茶色く染まっていた。
何が起きたのかわからない。引き金を引いたのは自分だ。しかし、胸を撃たれて死の間際にいるのも自分だ。だんだんと体の感覚が無くなっていき、もう目も開かなくなってきた頃、背後から足音が聞こえた。
「後ろにもしっかりと気を配ったほうがいいぜ。お前が今殺した一ノ瀬みたいになるからな」
男の声が聞こえた。誰の声か認識できる力もない。
「お前が梅村を殺したんだろ。さっきお前を撃ったときみたいに後ろからよ」
男の声には怒りが込められていた。梅村?何を言ってらのか分からない。
「お前のせいで、、お前のせいで!!!お前が殺さなければみんな今頃仲良くしてたのに!」
男の怒りと言葉が強くなるたびに弾丸が放たれる。撃たれたはずの肩や足に痛みはない。それは自分がもう助からないことを意味していた。
蝉が短い命を散らすように切なく激しく鳴いた。シにたくない。なんでシななくちゃいけないんだ?凝縮された時の中で思考だけが加速していた。いきのこりたい。まだじんせいはハじまったばかりじゃないか。
思考が周りの時間との帳尻を合わせる。沈みゆく意識の中、ずっと僕は繰り返していた。
「クラスで1番。クラスで1番になりたい、、、くらすでいちばん」
僕はずっとその言葉を繰り返していた。しかし次第に言葉がバラバラになっていった。
鳴いていた蝉の息継ぎが聞こえた。それが僕とこの世を繋ぐ最期の糸になった。