第71話 ダントラ!も悪くない
※最終話その④ラスト、長いです!
黒玄家のお屋敷には警備のために憲法の開発したストーキング防犯カメラがいたるところに仕掛けられてる。
特にわたし、ちいさいからね。だれかさんみたく、スーツケースに入れて運び出そうって誘拐犯がいるかもしれないから、わたしの部屋には特に厳重な防犯装置があるみたい。どこにあるか知らないけど。
でも、カメラもマイクもないまったく仕掛けられてない部屋もある。月白お兄様や白絹お祖母様や闇王パパの私室とか、ろくに来ないけど一応準備してる憲法と宵司の部屋とか。
わたしが『ないしょでおはなし』と言ったので、月白お兄様はメイドさんに頼んでくれた。
「じゃあ、僕の部屋でお茶にしよう。ああ、真珠と二人でお茶にするから、飲み物と軽くつまめるものをお願い。もう五時近いから、飲み物だけでもいいかな。ノンカフェインのお茶かソイラテで」
歩くのが遅いわたしは月白お兄様に抱っこで運んでもらったけど、それでも病院棟二階の診察室から本館三階の月白お兄様のお部屋についたときにはもう先回りしたメイドさんによってお茶の準備が完了していた。
テーブルの上に並んだティーカップやグラスは数が多い。月白お兄様用のとわたしサイズのちいさめのやつと、二種類あるからね。
飲み物の種類もたくさん。温かい飲み物はカフェインレスの紅茶、冷たい飲み物はイチゴ豆乳とココア豆乳と麦茶。
おやつも添えられていて、つやつや金色に輝く小ぶりのスイートポテト! おいもとバターのいい匂いがほっこり!
「わあ、おいしそう!」
「夕飯前だけどこれくらいならいいか。今日は赤ちゃんの誕生祝いのゴタゴタで、夕飯、七時過ぎちゃうだろうからね」
ちなみに診察室でもわたしの周囲をぴょんぴょんしていたクアアは、自力で階段を上がれる。ピンクなぷにぷにパンダ、飛び跳ねてついてきて可愛い!
月白お兄様と同じソファに並んで座ったら、クアアがじいっとわたしを見上げてきた。
「クアア、はんぶんこしよっか? あ、まだあったかいよ。おいしい? もっとたべる?」
月白お兄様が取ってくれたスイートポテトをクアアに半分あげたら、月白お兄様が自分のを分けてくれた。
「そっちのはクアアにあげて、真珠はあーんして。僕のを半分あげるよ」
なので言われた通り、わたしはお口あーんで月白お兄様と半分こ。
「おいしい! バターのかおりで、おいもがもっともっとおいしい!」
「うん。これ、砂糖使ってないね。真珠のおいもって、焼き芋にするだけで甘いもんね。もう少し食べる? これならもう一個食べても夕飯が入らなくなったりしないだろうし」
しっとり甘くて香り高いスイートポテトはお皿にまだいくつも並んでるけど、違う! おやつ食べに来たんじゃないよ!
「あの、それより、おはなしがあります! わたし、じつはぜんせのきおくがあるんです!」
ずっとずっと考えていた。
前世の記憶があることを周囲に打ち明けるべきかどうすべきか……。
最初はうまく喋れない乳幼児だったし、不安な気持ちもあった。
別の人間として生きた前世の記憶がある子供。それもダンジョンがないこの世界とは別の世界だなんて、こちらの現実からすれば荒唐無稽な話だし、不気味に思われるかもしれない。
周囲に可愛がられる今のまま、黙っておくほうがいいような気もした。
おまけに日々、記憶は薄れていく。
乳幼児のちいさな身体は歩いたり走ったり、ちょっと遊ぶだけで疲れるし、すぐにおなかもすく。喉も乾く。感情のコントロールができずに無性に泣きわめきたくなることもある。頭の中は食う寝る遊ぶがほとんどで、一日があっという間に終わってしまう。
新たに覚えることもたくさんある。
一番は家族のこと。ようちゃんとせいちゃんも加わって、家族が増えて、みんなで過ごす時間が増えると家族についての新たな発見がある。この三年で月白お兄様のことももっといろいろ知ったし、大好きな家族の声も表情も少しでもたくさん見聞きしておきたい。
家族とすごす時間が幸せで、もっともっと増やしたいのはその瞬間。
日増しに前世のことを思い出す時間もその記憶をどうしようかと考える時間も短くなっていって、最近ではたまにふっと思い出す程度。
でも、だからこそ、伝えなきゃいけないことがある。
他のだれでもなく、月白お兄様に。
すべてを忘れてしまう前に、露茄さんの祈りの言葉、それだけは……。
「わたし、たぶん、あきなおかあさまのおちからでうまれかわったのかもしれなくて、あきなおかあさまはきっとせいじょさまで、とにかく、わすれるまえにあきなおかあさまのことばをいいます!」
黒玄真珠としての毎日が充実するほどに、前世の自分のことや職場のあれこれ、知識も記憶もその時々の感情もすべてはテレビ画面のむこうの出来事のように遠く霞んでいく。
前世でも子供の頃のことなんてろくに覚えてなかった気がするし、共有する人もいない思い出は忘れてしまっても困らない。
だけど、たとえ必要なくても、伝えたい想いがあった。だから思い出すたびに、その人の言葉だけは胸に刻んで忘れないようにしてきた。
◇◇◇◇◇
『巻き込んでしまってごめんなさい。でも、あなたがわたしの大切な赤ちゃんよ。あなたの幸せを祈っているわ、真珠ちゃん』
『もしもあの時ああしたら……って、どんな未来を夢見ても、わたしの未来は変えられない。でもね、真珠ちゃん、あなたがあなたである限り、人類の被害は最小のものになる。だから、わたしはあなたに真珠ちゃんとして生まれてきてほしい。ねえ、お願い、わたしの赤ちゃんになってくれないかしら?』
『ダンジョンによってあなたの世界とこの世界の未来はすっかり変わってしまった。けれど、わたしの夢見る最良の未来は、あなたとともにある。だから、あなたをこの世界に生まれ変わらせることが、わたしに与えられた使命……あなたの未来に祝福を』
『……予知夢を共有しても、ダンジョンのある世界とない世界とでは、こんなに受け取り方が違うのね。ダンジョンのない世界の人々にとって、こちらの世界はただの夢物語。いえ、だからこそ、夢が、想いが強くなる。人の想いが強まるほどに、わたしの魔力は強まるけれど、やっぱりダメね。わたしの夢見の力ではなにも変えられない。この世界を破滅から救えるのは……』
『夢を見るだけではダメ。夢に惑わされない冷静な判断力と相応の実行力。こちらの世界の魔力はあちらの世界の仕事の遂行能力に比例するのね。ええ、だから、真珠ちゃん、生まれ変わったあなたは初めから多くの魔力を備えているでしょう』
◇◇◇◇◇
「……というわけで、あの、でも、いまのことばって、うまれかわるときにきいたわけじゃなくて、一さいのたんじょうびに、ゆめのなかできいたことばで、ぜんせはダンジョンのないせかいで……あ! そうだ!」
思い出せる露茄さんの言葉をぜんぶしゃべったあとで、ダンレン!悪役転生の説明がなかったことに気づいた。
「ちょっとわすれかけてるけど、ぜんせのわたしははたらきすぎでしんだしゃちくだったみたい。それで、かろうしのいちいんになったしごとのできないしんにゅうしゃいんがいて、そのしんにゅうしゃいんが、じつはふくめんしょうせつかで、あきなおかあさまのゆめをでんぱでうけとって、このせかいのことをしょうせつにしたの。『ダンレン! ~ダンジョンのかずだけこいがある~』って、わたしはよんだことないけど、そのしょうせつのヒロインがミルクちゃんで、くろげんまじゅはあくやくおじょうさま!」
一気にしゃべったら喉乾いちゃった。
いまだ二歳児相当な短い手足にはソファとテーブルの距離が遠い。スイートポテトも月白お兄様が取ってくれたくらいだからね。
なので、ソファから降りて飲み物を取ろうとしたら、月白お兄様がささっとわたし用のグラスを手渡してくれた。
中身は冷たいイチゴ豆乳。さすが! 冬だけど暖房であったかいし、変な汗かいたから、甘酸っぱいの狙ってたんだよ。タイミングもばっちり!
「ありがとう! これがのみたかったの!」
料理長お手製のイチゴ豆乳は甘さと酸味のバランスが絶妙ですごくおいしい。
しかも大豆も豆乳も自家製なんだよ。じぃじが畑で大豆、いっぱい作ってくれるからね。夏は枝豆がおいしいよ。黒豆の枝豆も作ってるし、香ばしいきなこも自分ちで作るんだよ。
わたしがコクコク飲み干したのを確認してから、月白お兄様は空のグラスをテーブルに戻してくれた。そして、つぶやく。
「……そういえば、イチゴが最初だったな」
「ん?」
「お母様が死んでから、僕、しばらく食べ物の味がわからなくなってたんだよね。味覚障害に、たぶん嗅覚もダメになってた気がするけど、全部が全部どうでもよくなってて……なのに、夏に抱っこした赤ちゃんの真珠はすごく甘くていい匂いがしたんだよね」
それって、わたしがろくに覚えていない生後半年くらいのことだよね。
「ごめんなさい。わたし、おぼえてない……」
「いや、真珠が寝てる時に抱っこしたから。あの頃は泣かれるのも、紫の瞳を見るのも、なんかいろんなことが不安で怖くて、やたらナーバスになってたし」
当然だよ! 当時の月白お兄様って、学年的には小学一年生。むしろ頭がよすぎて母親の死とか父親の無責任とか理解できる分、悲しみが深い。
なのに……悪いの、ぜんぶ憲法!
「おにいさまもけんぽうにバカっていったほうがいいとおもう!」
くすくす笑いながら、月白お兄様はわたしの頭をなだめるように撫でる。
「それより真珠が聞いたお母様の言葉を秘密にしとくほうが、あとで効果的なざまぁになるよ」
「え?」
「お父様、本来超現実主義者だから。輪廻転生みたいな非現実的な話を信じる人じゃなかったのに、突然、趣旨替えしたのは真珠が原因だと思う」
「それって、けんぽう、わたしにぜんせのきおくがあること、きづいてるってこと!?」
言われてみれば、発言の端々でわたしのこと、ふつうの乳幼児扱いしてなかった! わたしに較べれば神童な月白お兄様でさえ普通の子供だったとか、他者を想う慈愛の精神は露茄さんレベルとか……。
わたしが強い意志の力でクアアをテイムする魔力を作り出したことについても、わたしならあり得るだろうって、憲法だけじゃなく竜胆叔父様もなんだかんだと納得してたし……。
ていうか、月白お兄様もぜんぜん驚いてない……?
「真珠って人生何周目なんだろうねって、僕もお祖母様と話したことあるよ。お祖母様やばあやでも真珠に目配り、気配り、心配りの思いやりで敵わないって思うみたいだから」
衝撃の事実! わたしに前世の記憶があること、周りにバレてた!!
それって、大人メンタルなのにばぶぅな恥ずい奴って思われてたってこと!?
「は、はずかしい! わたし、あかちゃんみたいにあまえて……!」
「逆だよ。真珠が甘えてくるタイミングって、僕や大人が甘えたい時だから。こっちが甘やかされてるなぁって感じだし、真珠、宵司伯父様に対しても仕方なく遊んであげてるからね。まあ、実際問題、真珠がミルクみたいなのだったら、うちの家族、とっくに崩壊してたし」
今でこそミルクちゃんや双子の雄たけびを、今日も賑やかねぇって笑ってスルーしてる白絹お祖母様だけど、ミルクちゃんに最初に会った時の混乱ぶりだと絶縁状態になってもおかしくなかったもんね……。
憲法はおいといて、闇王パパも宵司も乳幼児に近づくと泣かれるから、家族で集まることもなかっただろう。
そうすると月白お兄様が祖母や伯父たちと会う機会はろくになかったはずで、竜胆叔父様とも距離があったかもしれない。
もし露茄さんの夢見た最良の未来が現在の黒玄家の状況だとすると、ダンレン!原作小説の月白お兄様はかなり孤独な立場に置かれていたはず。それこそ、妹の黒玄真珠がヒロインをいじめる悪役になっちゃうくらい!
だから、きっと露茄さんの言葉はわたしではなく月白お兄様にむけられたもの。我が子を想う母の愛を月白お兄様に伝えたかったんだけど、なんということでしょう!
衝撃の告白をしたつもりが、衝撃を受けたのはわたし! さすがダントラ!
「あうぅ……」
でも、よしよしって月白お兄様がいつものように抱き寄せてくれるから、ついついしがみついて胸に顔を伏せて気づく。
「わっ、わたし、だから、あかちゃんじゃないの!」
「うん。一応今は最愛の妹を甘やかす兄だけど、将来的には夫婦で甘え甘えられって関係になるから、真珠が僕に甘える分には問題ないと思う」
「……は?」
「身体が小さくても精神的に大人なら、僕がロリコンってことにはならないよね? 今すぐ婚約して二十歳と十四歳で結婚するには結婚年齢を下げなきゃいけないから、早急に法改正頼んどく」
いや、法改正ってそんな気軽に頼むものじゃないし、二十歳と十四歳で結婚ってなんですか? 今すぐ婚約って、わたしまだ四歳!
……って、だから、そうじゃなくて、そう、これも問題!
露茄さんの言葉を伝えたかったのもあるけど、月白お兄様のわたしへの溺愛っぷりがまずいから、そろそろ前世のこと言わなきゃって思ったんだよ!
「えーと、あの、だから、わたしのぜんせって、すごくおばさんだよ? ごじゅうはすぎてて、ろくじゅっさいがちかかったかも……」
中身が中高年な幼女。すっごい不気味だよね。妖怪呼ばわりされてもおかしくない。言ってて自分で悲しい!
だけど、わたしを見つめる月白お兄様の瞳はどこまでも甘くやさしい。
「僕、メンタル若い女って苦手なんだよね。キャーキャー叫んで僕のこと白馬の王子様扱いして、バラの花束と完璧なエスコートでお姫様抱っこ付きのデートしたいって、身勝手な妄想聞かされると吐きそうになる。だからって、ミルクみたいな野生児のボス猿も論外だけど」
ただし言葉には毒入り!
月白お兄様、小学五年生にしては背が高いし、見た目が父親より竜胆叔父様に似ちゃったからね。黒玄グループのイベントやパーティで正装してヴァイオリン演奏する姿はアイドル顔負け、実力プロレベル。しかも黒玄帝国の御曹司!
理想の王子様扱いされても仕方ないけど、だからって妄想ドリーム押しつけられるのは確かにイヤかも……。
「え、えーと、でも、わたし、あくやくてんせいなの! ヒロインはこいがいっぱいなものがたりだけど、たぶん、あくやくにとってはわなだらけだから、わたしにとってはダンレン!じゃなくて、ダントラ! ダンジョンのかずだけトラップがあって、わたし、これからも、わなをかいひするためにがんばらなきゃいけなくて……」
「それって、真珠の思い込みじゃないの?」
「え?」
「だって、お母様がわざわざ真珠を選んで転生させたんだよね? ダンレン!って物語の運命を変えるために。それで真珠が今の真珠になったんだから、その時点で最初の運命に仕掛けられていた罠はなくなってるよ」
「…………え? ええっ!?」
目からウロコ! 視点や考え方を変えると、確かに露茄さんは悪役黒マジョの運命を変えるために、わたしを黒玄真珠に転生させた気もする。
それが自分の『使命』とまで覚悟して……。
「ああ、でも、気になるならこれから僕と真珠で運命を変えていけばいい。ダントラなら、二人でダンジョンの数だけ旅をしようか」
「たび?」
見上げた視線の先で月白お兄様は輝く未来へと導いてくれる。
「うん。トラップじゃなくて、トラベル。この世のいいところも悪いところも、色々なものを一緒に見て、様々な価値観を知って、僕と真珠でたくさん思い出を作っていこう。だけど、僕にとって忘れられない味って、やっぱり真珠と最初に食べたイチゴだから、ある日突然、真珠が別の人にならないのは嬉しい」
「べつのひと……?」
「今は脳が大人の記憶に耐えられないから、全部の記憶を思い出すのはもっと先で、ある日突然、真珠が別人になる可能性も考えてたんだよね。それならそれで恋人として新たなスタートが切れる気もしたけど、僕の知ってる真珠は最初から今の真珠だったみたいだから」
ああ、本当に自分一人の頭で考えちゃダメだね。
ものの考え方っていろいろあるし、月白お兄様だけじゃなく、白絹お祖母様やばあややすすきさんも普通の乳幼児じゃないわたしのことを心配してくれてたんだろう。
だけど、その上であるがままのわたしを受け入れてくれる包容力と覚悟!
こんなに恵まれた環境で育ってるのに、ダンジョンの数だけ罠がある転生人生なのかも!?なんて、失礼だったよ。
うん。ダンジョンの数だけ、旅! それってすごくいい!
「あのね、ぜんせのきおくって、あきなおかあさまのことばいがいは、にほんじんのおばさんだったってことしか、よくわからないの。だから、ぜんせのことはそのうちわすれちゃうかもしれないけど、わたし、おにいさまにさいしょにたべさせてもらったイチゴヨーグルトのあじはわすれないよ! あとね、おうちでいちごがりして、いっしょにたべたイチゴもすごくあまくておいしかった!」
まだ幼さも残る中性的な美貌で月白お兄様はふんわり笑った。そのほほえみはまさしく天使! だけど、性格は……。
「お母様が死んで、ある意味死にかけてた僕の嗅覚も味覚も、ぜんぶぜんぶ、今の真珠に出会って再生した。だから、たとえ夫婦の関係になれなくても僕は真珠から離れる気がないし、僕と結婚か、でなきゃ一生独身って選択肢しか与える気はないけど、それだと真珠、困る?」
月白お兄様、しっかり憲法の血も受け継いでるよね……。
でも、月白お兄様と結婚しなかったら、わたし、だれとも結婚しない気がするから、おばさん前世持ちでもいいっていうなら、このままでいいのかな……?
「…………っ、こ、こまらない、けど、おにいさまにすきなひとができたら、わたしにえんりょしなくていいからね!」
「その可能性はないけど、僕は邪魔者を完全に排除する主義だから、真珠は僕以外の好きな人、作らないようにしてね」
うーん、月白お兄様の性格に微妙にトラップある気もするけど、頭のどこかに枯れたおばさん前世が残っていれば、わたしが突然の恋に落ちることはないからねぇ……。
なので、あとはトラップをトラベルに変換しとけば問題なし!
「う、うん。あの、だから、おもいでづくり、いっぱいしよう! わたし、もうふつうにせいちょうしはじめたみたいだから、こんどりょこうにつれてってね!」
「そうだね。まず近場に家族旅行に行こうか。真珠、どこか行きたいところある?」
「え、えーと、ミルクちゃんがゆくえふめいになって、トラベルがトラブルにならないところ?」
「……二人で旅行でいい気がしてきた。お祖母様だけ誘おうかな」
「でも、かあさまはしゅっさんちょくごでうごけないから、ミルクちゃんとようちゃんとせいちゃんもあそんであげないと、かわいそう!」
「これで真珠に前世の記憶がないってほうが無理があるよね。ミルクたちが可哀相なんて発想、お祖母様からも出てこないし。……っとに、メスガキも化粧臭い女達も隙が無くても強引に割り込んできて二人だけの旅行だの秘密だの猫なで声で媚び諂ってきて気持ち悪いのに……」
後半はぼそぼそ聞こえにくくなった月白お兄様の声だけど、白絹お祖母様だって大人数で旅行のほうが楽しいよ! それこそ老い先短いんだから、家族の思い出いっぱい作らなきゃ!
……とかいっても、フランシスおじいちゃんも白絹お祖母様も最近、見た目も言動も十歳以上若返ってるんだけどね。
なんか二人でコントっていうか、フランシスおじいちゃんが白絹お祖母様に言い寄って、毎回邪険に追い払われてる。
白絹お祖母様に年齢の近いホワイト家長男次男もアプローチかけてるけど、白絹お祖母様のあしらい方が宵司に対する冷ややかさ。下っ端、足蹴にする下僕。わたしも真似してるけどね!
「……やっぱりお祖母様と行くなら温泉かな。草津とか熱海くらいなら、ミルクが迷子になっても野生動物の帰巣本能で何とかなるだろうし」
と、ふとそこで気がついたように月白お兄様が言った。
「あ、僕の前ではいいけど、真珠、人前では自分のこと『わたし』じゃなく『まじゅ』って言ってね。急に話し方が変わると、お父様に気づかれるから」
「え? あ、わたし、って、いってた……?」
前世のことを話しはじめて、そういえば自分のことを『わたし』って呼んでたよ。無意識、怖い! そろそろ子供っぽい自称を卒業してもいい気もするけど、憲法の異変察知能力はすごいからねぇ……。
今日のわたしからの『ないしょでおはなし』も、あとでストーキングカメラでチェックして、こっちが忘れたころに何の話をしたのか探りを入れてきそうだし……月白お兄様が笑顔でスルーするだろうけど。
「僕が真珠と結婚したら教えてあげてもいいけど、それまで前世のこともお母様のことも二人だけの秘密にしとこう。もし生まれ変わったお母様が見つかったら打ち明けてもいいけど、どうだろう? お母様、真珠の代わりにダンジョンのない世界に生まれ変わってる気がする」
言われてみればそんな気もする。だけど、露茄さんが別の世界に転生してるなんてことになったら、また憲法がすごいストーカー計画立てそう……。
「けんぽう、じぶんがいせかいてんいしたり、うまれかわったあきなおかあさまをいせかいからしょうかんしたりしそう……」
「ああ、うん、今際の際に教えるくらいでいいかも。でも、そのうち勝手に気づきそうだから、一通りの魔道具製作は教わっておこうかな」
「おにいさま、まどうぐしになるの?」
「公式には黒玄月白は実家の力で学校運営やってる、ひ弱な音楽教師ってことになると思う。でも、ダンジョンで覚醒するスキルが選べるようになったら、こっそり浄化スキルを身につけて、スキルを組み込んだ広範囲魔素浄化魔道具を作ってみたいなって」
まとも! 露茄さんへのストーカー魔道具ばかり考えてた憲法とは発想がぜんぜん違う! 社会貢献! 人類の明るい未来!
「おにいさま、だいすき!」
「うん。僕も真珠が世界で一番大好きだよ。お母様の分も二人で幸せになろうね」
かくてわたしの転生人生はめでたくダントラ! ダンジョンの数だけ旅がある!となりました。
え? 未来のことはまだ予定って? 違う、確定!
だって、この先、わたしがホワイト家のダンジョンの数だけ旅をするのは決まってる。弟たちに名義押し付け……ううん、ダンジョンの権利をプレゼントしていかなきゃいけないからね!
だから、ダントラ! ホワイト家ダンジョンの数だけ権利譲渡の旅がある!
そして、その後はクアアと畑作ってのんびりだらり。ダントラ万歳!
※ここまでお付き合いくださった方々、本当に本当にありがとうございます!
これにて本編は完結ですが、あと一話『エピローグ ダンレン!の夢を見た』を付け足す予定です。が、これから読み返して全体的な誤字脱字を修正してから書くので、また少し先の投稿になります。
そのうちチェックしていただけると嬉しいです!