第69話 言い換えれば深窓のご令嬢
※分割した最終話その②。長いです。
悪霊ストーカーから大きくなれない呪いをかけられたわたし!
だけど、双子の弟たちの一歳の誕生日から三カ月後、去年の年末くらいからついに成長期に!
二年以上の長きに渡って変化がなかったのに、さっき測ったらもう八十五センチ! 一歳の誕生日からだと十センチも巨大化!!
この調子で年に十センチずつ伸びていけば、十年後には一八〇越え! きっと十八歳になる頃には宵司より大きくなってる!!
って喜んだのに、竜胆叔父様の最終予測は最大一六〇センチ。最小だった場合は……知らない! 記憶から抹消!
うう、ひどいよ! 宵司、ゴリラだからヒール込みで二メートルくらいにならないと見下ろせないのに、四〇センチヒールって、竹馬? 憲法に魔道具を作らせてわたしが空中に浮かぶくらいなら、宵司を小型化?
それならいつも通り、宵司を床に這わせて踏みつければいいだけだけど、あれやってるといつのまにか深川少年やホワイト家の面々が床に寝転がって順番待ちするから鬱陶しいしめんどくさいし……。
しかも、四歳だけど二歳児並みの大きさのわたしがかかとの硬い靴で踏みつけても、S級冒険者にとってはぬるいマッサージ。ミルクちゃんと双子の弟たちが三人がかりで飛び跳ねてようやくちょうどいい凝りほぐしだってつぶやいてるし……。
むかつくから、最近クアアに「おおきくなって、しょうじのうえにふせ!」って教えたよ。クアア、身体の大きさだけじゃなくて重量も増やせるみたいで、
『ギブだチビ! いや、真珠! これ、圧が十トン超えてるぞ!? つーか、このスライム、触手生やして的確に俺の鼻と口狙ってきやがる!』
ついに宵司をギブアップさせられた!
ふふん、S級冒険者がどんなに強くても呼吸できなきゃ死んじゃうからね。こっそりクアアに鼻と口塞いでって頼んだよ。だけど、変なもの食べたらおなか壊すから、汚いヒゲゴリラからはすぐに離れてもらったけどね!
クアアに頼めば宵司に逆襲はできる。
だけど、やっぱり自分自身でオーホホホホッて見下ろしてやりたかったのに、この先もあんまり伸びないって……はっ! まさか、わたし、この先ずっと陽玖と星夜よりちいさいまま!?
それって、今日生まれたばかりの弟たちにもすぐに身長抜かされたり……って、ダントラひどい!! 憲法の大バカ!
だから、しくしく月白お兄様のお胸でぐずってたんだけど、竜胆叔父様の言葉でふと思いついた。
「……かあさまみたいなスキル? でも、クアアはからだのおおきさをかえられる。まじゅはクアアのテイマーなんだから、まじゅもからだのおおきさをかえられるのかも!」
あ、わたしは沙華さんのことを「かあさま」と呼ぶことにしたんだよ。わたしの呼び方が他の子にも移っちゃうから、ミルクちゃんや双子も沙華さんのことを「かぁたま」。月白お兄様のことは「おにいさま」。
でもって沙華さんも含めてみんなで、白絹お祖母様のことを「ママ」とか「まぁま」って呼んでる。
闇王パパのことは沙華さんの呼び方に合わせて、「とうさま」に変更。憲法と宵司は言うまでもないね。
「りんどうおにいさま、どうすればまじゅはクアアみたいにへんしんできますか? ダンジョンにいけば、へんしんするまほうにめざめますか?」
竜胆叔父様のことは「りんどうおにいさま」。まあ、父親よりはるかに若い親戚のお兄さんだし、三十近くなっても相変わらず美貌の大学生に見えるからね。
きりっと顔をあげて振り返ったわたしに、竜胆叔父様は苦笑した。
「スライムは元々形が変化する生き物だけど、真珠ちゃんは人間だからね。身体強化の達人でもせいぜい身体の厚みが増えるくらい。身長を伸ばすのは無理っていうか、真珠ちゃん、そんなに大きくならなくてもいいと思うよ」
「じ、じゃあ、まじゅがしょうじをテイムしたら、しょうじをちいさくできますか?」
「いや、だから宵司様、人間だから。人間は身体の大きさ変えられないから」
「でも、しょうじからまりょくをぜんぶうばって、ろうかをかそくさせれば、きっとこしのまがったよぼよぼのろうじんに……!」
「真珠ちゃん、落ち着こう。ほら、宵司様はきみの代理のダンジョン管理人なんだから弱くなったら困るし、宵司様のチビは可愛いって意味だから。好きな子に構ってほしくてついついイジメちゃうガキ大将みたいな……宵司様、真珠ちゃんのことが本当に可愛くてたまらないだけだから、ね?」
チビと可愛いが同義語なんて認めないし、ガキ大将嫌い!
この一年も会うたび大きくなってるわたしに本気で首をかしげて、
『……何が変わったんだ?』
あのゴリラ態度最低だし、今日も、ついさっきも! 陽玖と星夜を両手に抱えて、わたしとミルクちゃんを見較べた結果、吐いた言葉は、
『だいぶ重くなったな、双子。あぁ? チ……じゃねぇ、真珠は縮んだか? ミルクとまた身長差が……い、いや、大きくなったんだな。ミルクが』
ゲスクズボケナス確定! そのうち陽玖と星夜にスペシャル必殺技教えてみんなで踏みつけてやるんだから!
「それより、真珠、学校のことどうする?」
と、目元にそっとやわらかな感触。ぐずった涙のあとが残っていたのか、月白お兄様がハンカチでわたしの顔を拭いてくれた。
ばあやと同じくらいやさしいその手は、もうすっかりばあやや白絹お祖母様より大きくなったけれど、わたしを絶対に傷つけることはない。
「真珠はこのまま在宅学習でもいいけど、ミルクは学校で他の子と張り合わないと勉強しそうにないからね。保育園だとお山の大将すぎて、食事以外で椅子に座っていられる時間が一分みたいだし」
身長が伸びていないことを気づかせないためか、わたしはこども園や保育園に入園させられなかった。
というか、毎日忙しくてそれどころじゃなかった。
月白お兄様にピアノやお歌で遊んでもらわないといけないし、ミルクちゃんともキャッキャ遊ぶし、クアアとお庭の手入れしたり、白絹お祖母様にお茶やお花を習ったり、すすきさんに体操や護身術みたいなのでゴロゴロ遊んでもらったり、そうこうしているうちに弟が二人も生まれてお姉さんぶらないといけなくなったし!
なので、わたしは家庭教育オンリーだったけど、ミルクちゃんはそういうわけにはいかない。
一緒に遊んでもわたしや弟たちはミルクちゃんほど体力がないし、大人に遊んでもらってばかりだと主体性や協調性がなんたらかんたら、教育方針担当の憲法がね……。協調性って言葉が先天的に欠けてる人格異常者のくせに、ミルクちゃんには保育園が必要だって言い張ったんだよ。
だから、おうちのお引越しとともに巨大要塞黒玄邸で働く従業員専用の私設保育園が敷地内に作られた。
今はミルクちゃんと双子を含めて、ゼロ歳から六歳までの乳幼児が四十人ほど通っているらしい。
意外に子供の数が多いのは、それだけ雇っている人の数が多いからでもあるけど、他にもいくつか要因がある。
最大の功績(?)は憲法の実験。竜胆叔父様と共同開発した魔力の型の分析装置だの、相性診断魔道具だのの実証実験にまず手近なところで参加希望者を募った。その結果、黒玄家で働く人々は一気にベビーブームを迎えたらしい。
夜勤や出張のある従業員の働き方に合わせて、黒玄保育園はもちろん夜間保育やお泊り保育にも対応。必然的に雇う保育士の数が多くなるし、もちろん保育士自身の子供もこの保育園で預かってもらえる。
白絹お祖母様が気前よくお金をかけた私設保育園は、ミルクちゃんをバタンキューまで疲れさせるためにプールからフェイクダンジョンもどきの遊び場まで、設備の充実度が半端ない。月白お兄様も時々、友達と遊びに行くみたい。
しかも保育料から給食費諸経費、武道や体操、書道、音楽、お絵描き教室など参加自由の各種お稽古ごとに関してもすべてが完全に無料。
なので、この保育園目当てに就職希望者が殺到!
結果としてやる気のある優秀な人材が確保できたって、闇王パパは黒玄グループすべてで保育制度を拡充することにしたみたい。
でも、そもそもがミルクお嬢様のために作られた保育園。
保育士さんたちはどうしてもミルクちゃんに気を遣うし、体力を持て余しているミルクちゃんは外での遊びを優先させたがる。
ミルクちゃんにとって『保育園に行く』イコール『フェイクダンジョンに行く』。
毎日、山中に作られた広大な人造ダンジョンを好き勝手に駆け回って、お昼もお弁当や現地調達した木の実や果物で済ませて、朝から夕方まで文字通り『お山の大将』らしい……。
……おかしいな。わたしや双子とおままごとする時はミルクちゃん、とってもおとなしいんだよ。
よくやるごっこ遊びは、わたしがお母さん役で、ミルクちゃんは冒険者のお父さん役、クアアがこどもで、双子はペット。
『ねえ、まって。そこにすわって。わたしはあなたがいないあいだ、こそだてがたいへんなの。だから、ペットのおさんぽはあなたのしごとって、やくわりぶんたんしたわよね? なのに、どうして、おきたらすぐダンジョンにいこうとするの? いい? おきたら、あなたはまずこどもとペットとおさんぽ。そのあいだにわたしはちょうしょくをつくるわ。あさごはんがおわったら、わたしはこどものはみがきをてつだうから、あなたはしょっきのおかたづけをするの。そうしたら、いってらっしゃいって、おみおくりしてあげる』
わたしがお説教しても、ミルクちゃんも双子も黙って静かに聞いてくれるし、おとなしく指示に従ってくれる。
わたしたちが遊ぶのを覗き見している外野の方がうるさいくらい……。
『ミルクも陽玖も星夜も、真珠に任せていれば常識のある大人に育つわね。月白も素晴らしいのに、どうしてあの大きい子供たちはあんな……いいえ、子育ての苦労が嫁と孫で報われたのね。わたくしは露茄さんと沙華さんと孫に出会うために、あの息子たちを産んだのよ!』
『真珠お嬢様が保育園に通うと保育士が楽をしすぎて育ちませんね。沙華様がこれからお産みになるお子様たちのことを考えると、保育士の研修プログラムを練り直してよりいっそうの指導力向上を……』
白絹お祖母様とばあやはぼやいてため息。
『わー、ミルク、いいなぁ! ねえ、次はあたしがお父さん役やっていい? あたしも真珠ちゃんにめって叱られて、いってらっしゃいってお見送りされたい! ミルクは双子とペット役ね!』
沙華さんはいつでも大歓迎だけど、黒玄家三兄弟は異議あり問題発言ばっか!
『やはり黒玄グループは月白と真珠に継がせた方がいいだろう。ミルクも陽玖も星夜もどんなに勉強させたところで、月白や真珠の半分、いや、月白の百分の一も賢くなるとは思えない。もしこの先、子供を授かったとしても、私の血を引く子供は上の子に似る可能性が……』
『あのチビ、明らかにダンジョンの魔生物だろ? ネチネチお小言マシンとか、ガッキュー委員モンスターとか、ババア二世スペシャルとか。あのしつこいエンドレス口撃、後でじわじわ精神ダメージ来るぞ……』
『飴と鞭の使い分けがうまいね。こうなるとホワイト家のダンジョンはすべて真珠名義にして、ダンジョン帝国の女帝たる真珠が利益を下賜する形にした方がいいだろう。まあ結局、その利益を貢がれるのも真珠だろうが』
わたし、大変なお仕事、拒否ですので! 特にダンジョン関連ノーセンキュー!
そもそもわたし、まだ四歳! なのに、見た目二歳!
その点を一番わかってくれてるのは月白お兄様。
「試しにミルクと真珠だけ外部のこども園に通うことにしてもいいけど、そうすると陽玖と星夜が真珠と同じところに行くって駄々こねて、闇王伯父様がすぐ折れるからね。だけど、双子が一緒だと真珠の年齢が誤解されるし、今よりもっと双子やミルクにべったりされるし」
わたしも可愛がってるけど、ミルクちゃんも双子もわたしのこと大好き! ちっちゃくて可愛いって抱っこ頬ずりし放題!
……違う! だから、わたしが姉! ちっちゃいは禁句!! そこに座って、お説教タイム! って、いくら言い聞かせても、むしろ喜ぶ。
特に双子は油断すると二人掛かりでおしくらまんじゅうだから、わたしが押しつぶされそうになって、すすきさんレスキュー出動! この先の成長を思ったらあの子たち、もっと躾けないとわたしの骨が折れそう。物理的に。
なので、「待て」を教えてはいるんだけど、月白お兄様の対策はスケールが違った。
「だからね、真珠とミルクのための小学校を作って、来年、一年早く入学にすればいいかなって」
「え? しょうがっこうをつくるの?」
小学校って、保育園とは違う規模の話だよね。
だけど、黒玄家や月白お兄様にとっては、庶民にとってのちょっとした贅沢、海外旅行程度の話みたい……。
「もともと黒玄魔法アカデミーを設立した時に僕に合わせた小学校の構想もあったんだ。だけど、ほら、僕はお父様の轍を踏まないように人間修行することにしたから。まあ、世間からセレブ学園って呼ばれてる学校だから、親ガチャ成功を鼻にかける金持ちと血筋自慢ばかりで、どうせ多様性には欠けてたけど」
さすがの辛辣さ!
だけど、血筋とお金持ち度だと月白お兄様が群を抜いてヒエラルキーのトップ。血筋に関しては成り上がりの黒玄家より、縹家とか白絹お祖母様のご実家が由緒正しいとか。
雲の上にお住まいの月白お兄様から見れば、セレブ学園の生徒も一般庶民も等しく下々。むしろ貧乏自慢聞かされてるようなものか……。
でも、それでいくと黒玄家に加えてホワイト家のわたしって、月白お兄様以上に女王様?
いやー、これはまた敵対勢力みたいなのが沙華さんの過去を暴こうとして、どこぞの陰険ストーカーに闇討ちされる構図が見えるような……今も陰でやってるんだろうけどさ。
「ミルクが机の前に三十分以上座って、まじめに運筆の練習に取り組んで、読み書きの基本ができるようになるまで、予想ではこれから三年かかるんだよね。そのあいだに真珠のためのもっと便利な魔道具もできるだろうから、学校の区分けとしてまず五歳から小二までの幼稚部を作る予定なんだ」
予想通り、わたしは沙華さんと同じく文字の認識が困難だった。
そこに文字が書かれているのはわかるけど、前世とは見え方も感じ方も違う。前世はむしろ活字中毒だったのに、今はわけわかんない模様もどき。字がいっぱい並んでるのを見てると目が痛くなって、頭がくらくらしてくる。
だけど、普通の子供と同じように絵本を楽しむことはできる。わたしに大きくなれない呪いをかけた天才天災魔道具師がそのための魔道具をいくらでも献上してくれるからね。
眼鏡型とか絵本にセットする魔道具もあるけど、一番のお気に入りはパンダのぬいぐるみ型。わたしと同じサイズで、近くに置いておくとわたしの視線を感知して、視界に入った文字を瞬時に読み上げてくれる。
この読み上げの声は設定自由。周囲に好評なのはわたし自身の声だけど、わたしが好きなのは月白お兄様の声。
でも、ミルクちゃんや双子と一緒に絵本を見るときは沙華さんや闇王パパの声にする。白絹お祖母様やばあや、すすきさんや竜胆叔父様の声にすることもあるけど、宵司と憲法の声にだけは設定しない! むしろ設定ボタンに選択肢の顔写真があるのが邪魔!
だけど、憲法って、ホワイト家の人々がほんの半月で日本語を喋れるようになる秘密兵器を作った魔道具師業界のカリスマだからね……。
将来的にはわたしの脳や視力に働きかけて、文字を楽に識別できるようになる魔道具だかポーションだかを作る予定。
でも、わたしが使う前にホワイト家のおじいちゃんたちが実験に協力して、安全性を確認してくれる。なにしろ、わたし未来ある幼女。また変な呪いで身長伸びなくなったら困りますので!
対して、ミルクちゃんは壁に貼った五十音表の文字をもうほとんど覚えて、読み上げることができる。
だけど、書くのはまだ先が長い。字を書く以前の問題で、ミルクちゃん、食べ物があるとき以外は机の前に座らないから。お箸の持ち方もユニークで夢中になると手づかみ。
筆記用具もきちんと持たないし、教師や闇王パパが強制すると投げる。その場にある鉛筆とかクレヨンだけじゃなく、お道具箱とかハサミとかまで勢いよく投げはじめるから、ミルクちゃんに勉強させるときは結界の魔道具が必須……。
まあ、でも、まだ小学校入学前の幼児だからね。
手先が器用で異常に聞き分けのいいわたしと較べたら可哀相だし、そのうちなんとかなるだろうとミルクちゃんも双子の弟たちも本人の望むまま、自主性、主体性を重視した結果、保育園イコールお山のダンジョン!
ミルクちゃんのみならず、双子の弟たちまで毎日体力が尽きるまで外を駆け回る野生児になってしまったところに、新たな双子赤ちゃん誕生!
黒玄家はお金持ちでベビーシッターや教育係や護衛をそれぞれの子供に対して何人でも何十人でも雇える。だけど、さすがに野生児五人は……っていうか、基本的なお勉強ができなくてあとで恥をかくのは当人。
とはいえ、今の保育園だとミルクちゃんは勉強しない。小学校に入るのは再来年の四月だけど、そうなると小学校入学準備のための学校を作るしかないということになったらしい。
「まあ要はミルクのための幼稚園みたいなものだけど、黒玄学園幼稚部ってしておけば、双子がどんなに泣きわめいても入学できないから」
双子の弟たちは二歳の幼児らしく我が儘。
両親が大甘っていうか、沙華さんはわたしやミルクちゃんにも甘々で、なんでもうんうん。ただ知らないことが多いから、
『うーん、じゃあ、父さまに聞いてみようか? ねえ、闇王様、これってどうなのかなぁ?』
すぐ闇王パパにバトンタッチ。
闇王パパは沙華さんに頼まれたらなんでもOK。
いや、わたしが頼んでも喜んでOKだけど、一応ミルクちゃんや双子が無茶なことを言い出したら止める。さすがにフェイクダンジョンにお泊りっていうのは反対してた。
だけど、『じゃあ、とぉたま、ミルクといっちょにダンダンにとまって!』って頼まれて即、仕事の予定変更。宵司を呼びつけて、野生児三人とゴリラと一緒に二泊三日のお山キャンプに出かけたよ……。
あ、わたしはふかふかのお布団とプライバシーに配慮した個室トイレがあるところしか行きませんので。
しかもニュー黒玄邸のお風呂って源泉かけ流し温泉! 幼児らしく代謝のいい身体は毎日温泉が必要ですので、泊まりで海外なんて論外です。
おうちひきこもりしてるけど、だからこそ、わたしは生活レベルのめちゃくちゃ高い深窓のご令嬢。
野菜や果物は毎日おうちでとれたて新鮮フレッシュ。牛乳や卵やお肉は隣の山のおうち牧場直送、魚介類も漁港から空飛ぶ車でひとっ飛び。
だけど、ミルクちゃんもわたしと同じく何不自由のないお姫様暮らし。なのにお外で冒険が好きで、温泉や綺麗なケーキより川で泳いであけびや山芋のむかごを見つけて食べる方が楽しいみたい。
こういう好き嫌いって先天的に決まってるのかな?
双子の弟たちもミルクちゃん寄りで、お外大好き冒険大好き。おかげで闇王パパも野生児三人を一緒くたに遊んであげるのに慣れて、わたしよりミルクちゃんと過ごす時間のほうが長くなった。
沙華さんのおかげもあるけど、ミルクちゃん、もうすっかり闇王パパになついていて、お父さん大好きっ子。
当然、闇王パパは沙華さんにもミルクちゃんにも双子にもデレデレに甘くてほぼ言いなり。
憲法は教育方針とか優秀な人材発掘とかすごい魔道具の提供はするけど、子育てに直接関わる気がない。というか暇もないくらい多方面の仕事してるっぽい。
宵司は例外、問題外。
ということで、ミルクちゃんと双子の最終的なお叱り係が月白お兄様になってしまった……。
いや、わたしも物の道理とか善悪を教え諭しはするんだけど、身体がちいさいからね。気がつくと圧し潰されそうになってる。特に双子は子犬のようにじゃれてくるし。
そこで新たに設立される黒玄学園(仮称)は、わたしと双子を完全に引き離すシステムにするらしい。
「幼稚部の上の初等部は小三から小五まで。中等部を小六から中二までにして、僕は中等部の新一年生になる。中三からは黒玄魔法アカデミーと統合して、単位制の大学みたいな学校にするつもり。幼稚部、初等部、中等部を三学年ずつで区切れば、真珠と双子は違う校舎に通うのが当たり前になるからね」
入学年齢から学年の区切りまで国の方針を無視して好き勝手に設定するっていうのが、黒玄家のパワーを感じる学校だね……。
でも、それだとひとつ不満がある。
「まじゅ、おにいさまと、おなじこうしゃにかよえない?」
年齢差が六歳だから、もともと月白お兄様と同時期に小学校に通うことはない。ミルクちゃんがいるから寂しくはないけど、せっかく学校を作るなら一緒に通学したかったな……。
まだ身長伸びないショックが残っているのか、ぐずっと目の奥から涙が溢れそうになる。そのわたしの背中を慣れた手つきでトントンしながら、月白お兄様は言った。
「最初の三年は別の校舎だけど、僕は中等部と並行して大学で教員免許を取るよ。だから真珠が初等部に上がったら、真珠のクラス担任になるから」
「え? おにいさま、がっこうのせんせいになるの?」
「うん。ちなみに学園長は竜胆お兄様。竜胆お兄様は保健室の先生と黒玄魔法アカデミーの教授も兼ねるけど、僕が十八歳になったら学園長は僕が引き継ぐ予定」
十四歳で小学校教師、十八歳で学園長。
年齢的にはおかしいけど、月白お兄様だと能力的には問題ないかもしれない。だけど、めっちゃ勤労少年だし、さすがに権力使い過ぎって気もする。
「そういうの、せいふのひとにおこられない? くろげんけはおうぼうで、みんしゅしゅぎにはんしてるって、こうぎかつどうがおこらない?」
「大丈夫。飛び級・飛び入学制度と教員免許の下限年齢の引き下げはもう法案が閣議決定したし、黒玄学園は寄付金による入学者枠を設ける代わりに、すべての生徒の学費諸経費を無料にするから。まあ、ぼったくり寄付枠の定員が二割で、八割が優秀な一般入試組ってことにしておけば、さすがにミルクが焦って勉強するんじゃないかな」
「そっかぁ」
権力財力ごり押ししまくりで、根回しとっくに完了済。これって月白お兄様の希望で憲法手配の最優先案件だったんだろうね……。
わたしはおうち学習でもいいから、その学校が本当に必要なのは野生児ちゃんたち。
おまけにミルクちゃんへの目標は小二までに読み書きの基本。けっして多くを求めないところに、月白お兄様の妹への深い愛情を感じる。
初代学園長を引き受ける竜胆叔父様にもメリットがあるみたい。
「最初から月白が学園長でもいい気がするけど、一応、世間体があるしねぇ。お飾りの学園長引き受ける代わりに、僕の遺伝上の子供たちも優先的に入学させてもらえることになったら、僕としては助かるけど」
※次話はほぼ竜胆の話です。