第65話 幼女心と秋の空
沙華さんと闇王パパの世界一周ウエディングフォトツアーは九月から三カ月間の長期にわたって執り行われた。
もちろん、わたしもそのすべてに同行して、めっちゃ着飾って一緒の写真に写ってる。
ミルクちゃんと一緒によちよちフラワーガールとかブライズメイドっぽいこともやって、月白お兄様とのツーショットなウエディングフォトっぽいのもいっぱい撮られてる。
ウエディングドレス姿の沙華さん綺麗!
花婿コスプレの闇王パパかっこいい!
美少女にも見える着飾った月白お兄様すてき!
民族衣装姿のミルクちゃんめっちゃ可愛い!
白絹お祖母様もばあやも年齢超越優雅な貴婦人!
って、華やかな場所で着飾った人々に囲まれて、写真を撮られる瞬間瞬間は楽しくて笑顔。
だけど、毎朝毎晩、折に触れて思い出すたびに、すんすんぐずぐず、ねーたねーた……って、すすきさんを恋しがって泣きっぱな。
秋空の下、とっても情緒不安定で一日に何度も泣きわめいていたわたし。
だけど、一歳児ってそれがふつうっていうか、まあ、なんだかんだとわたし以上にミルクちゃんが四六時中泣き叫んでたからね。
いや、だって、わたしにとってのすすきさんの存在も大きいけど、ミルクちゃんにとっての沙華さんはたったひとりのお母さん。わたしにとってのばあやとすすきさんを合わせた以上に、もっと本能的に恋しい人。
沙華さんにとってもミルクちゃんは大切な我が子。つねにミルクちゃんを気にかけて抱っこしてかまってあげてた。
だけど、結婚式の主役は花嫁さん。どうやったって着付けだのヘアメイクに時間がかかる。そのあいだも沙華さんの腕にはミルクちゃんが抱かれてたし、誓いの儀式や写真撮影でも沙華さんがミルクちゃんを抱っこして、闇王パパがわたしを抱っこ。
夜もなんだかんだと沙華さんはミルクちゃんと一緒に寝てたみたいなんだけど、このウエディングフォト撮影会、イギリスのウエストミンスター寺院を皮切りに世界各国、いろんな伝統衣装でたぶん十回くらいは行われたんだよね。
しかも、その一番の目的はダンジョン。
ホワイト家が世界各地に所有するダンジョンの名義人を変えるには、もとの所有者と譲渡される側の双方が該当ダンジョンの中に入って手続きをしなきゃいけない。
新たな所有者はそのダンジョンの最下層ボスと同等以上の強さを証明する必要もあるから、沙華さんの代理人は夫たる闇王パパ、わたしの代理人は実父の宵司。
契約の立会人として憲法と竜胆叔父様にも一緒に来てもらって、あれこれ用事を済ませていくと、毎回毎回ダンジョン関連で相当な時間がかかって、そのあいだ地上に置いていかれるミルクちゃんは沙華さんと離れ離れ。
いやぁ、これは赤ちゃん、泣いちゃうよね。
まあ、黒玄家もホワイト家も環境の変化に弱い幼児のために最大限の配慮をしてくれていた。
移動手段の飛行機や車はおうちのリビングと変わらないくらい広くてくつろぎ空間。揺れとか振動がぜんぜん身体に伝わってこない幼児に優しい仕様。
宿泊場所はホワイト家所有の超高級邸宅だけど、寝室はほとんどそっくり黒玄家と同じインテリアにリフォーム済み。顔なじみのメイドさんや護衛の人たちも一緒だから、目が覚めたときはいつも日本にいるような気さえする。
おかげでわたしが認識できた外国はイギリスだけ。その後訪問した国々は北半球か南半球かさえわかんなかった。
だって、毎回泊まる部屋は同じに見えるし、季節も秋だか春だか冬だか夏だか、屋内も屋外も魔道具でつねに快適温度と快適湿度。
結婚式も訪問国の文化に合わせた伝統的な仰々しい雰囲気だったけど、アジア風にしてもヨーロッパ風にしてもそれ以外の地域にしても、ホワイト家が準備した花嫁衣装は豪華絢爛、裾も袖もベールもだらだら長いのばっかで、凝りすぎててなにがなにやら……。
しかもホワイト家にしても黒玄家にしても神への信仰心が薄いようで、結婚式という名のコスプレ撮影会に宗教関係者の立ち会いなし。宗教施設の一番綺麗な場所を借りて、ホワイト家と黒玄家が親族として縁組する契約式がさくさくと行われていった感じで、メインはあくまで写真撮影。
地上での結婚式より、両家にとって大切だったのはダンジョン内での名義人変更手続き。
ホワイト家が所有するダンジョンは並みの冒険者では太刀打ちできないからこそ、所有国が権利放棄した難関ダンジョンばかり。
とはいえ、譲渡手続きは第一階層でできるけど、その最初のフロアでも魔素濃度が濃くて強敵モンスターが出てくる。
なので、憲法と宵司は初めて足を踏み入れたダンジョンに興味津々、沙華さんやわたしのことそっちのけで敵を倒して先に進もうとする。憲法に至ってはわたしの可愛いぷにぷに紅白パンダをモンスターと戦わせようとさえするんだよ!
「やっ! クアア、まじゅのとこカム! クアア、まじゅの!」
毎回毎回、わたしが泣き叫んで、弟二人を必死で引き止める闇王パパ……。
だけど、それってホワイト家にとってはむしろ好都合なアタックチャンス!
フランシスおじいちゃんと四人の伯父さんたちは沙華さんとわたしに接近し放題になるわけで、しかも、いつのまにか全員、流暢な日本語が喋れるようになってた!
まあ、それも憲法の仕業っていうか、ホワイト家の人々ってハワード以外は沙華さんと同じ難読症、先天的に文字の読み書きが困難な脳構造だったらしい。
だからこそ冒険者としての能力がずば抜けていて、文字を介さない瞬時の状況判断能力が……って、誰かさんがわけわかんないことつぶやいてたけど、要は憲法が秘密兵器な言語習得魔道具を作ったらしい。
うん、ほんと、意味不明だよね。だって憲法、翻訳の魔道具作ってたよね?
なのに、魔道具を介していたら誠意や真意が伝わらないとかなんとか、夏のあいだにホワイト家の人々と秘かに交渉して、どっさり素材を提供させたんだって。
英語話者がほんの半月で日本語を話せるようになる魔道具って、憲法、鬼才ぶりが激しすぎてやっぱり人外悪霊! しかもそのあいだ、闇王パパが孤独な魔王になりかけてたのに、兄を兄とも思わない人でなし!
おまけにさ、
「今日の花嫁衣装もとてもよく似合っていたね、沙華。娘の結婚式に参加できて、私はとても幸運な父親だ。きみを産んでくれた女性には感謝してもし足りない。残念ながら共同墓地に埋葬されていたから、彼女だけのお墓を作ることはできなかったが、彼女の遺骨が埋葬された場所の近くに音楽ホールと公園を作ることにしたんだ。私が生きているあいだに完成しなくても、いつかきみと真珠と一緒に訪ねてあげてほしい」
フランシスおじいちゃんの口から音楽ホールとか出てくる時点で憲法、わたしの情報、高値で売りつけてるよ! まあ、情報っていうか、単純に動画かもしれないけど、わたしが月白お兄様に遊んでもらってる映像は音楽絡みのが多いからね。
だけど、沙華さんにしても、顔も知らないとはいえ母親の墓参りなんて言われたら無視するわけにはいかない。
「う、うん、ありがとう。あの、でも、だから、えーと、フランシスさんも一緒に行けるといいね」
「ああ、もちろん! その、それでだが、フランシスさんという呼び名は長いだろう。だから、私の呼び名はグランパというのはどうだい? 私はきみの祖父のような年齢だし、真珠にもグランパと呼んでもらえれば……」
いや、九十一歳と十九歳って、祖父どころか、ひいおじいちゃんでもおかしくないよね?
でも、フランシスおじいちゃん、沙華さんの過去を気にすることなくひたすら下手にご機嫌取ってくるから、沙華さんは頷くしかない。
「あ、うん、わかった。でも、グランパかぁ。うーん、さすがの真珠ちゃんもまだ難しいかなぁ? ミルクはぜったい言えなさそう。真珠ちゃん、グランパって言える?」
「ぐ、ぐら、ぐらっ、ぱ……」
「あ、すごい、言えるんだ! 真珠ちゃん、すごいね! グランパ、この人、真珠ちゃんのグランパだよ」
沙華さんに嬉しそうにされると、わたしも「ぐらんぱ」の発音練習がんばるしかない。
なんか違うことやってるけど、今って本来沙華さんのハネムーン期間。
新婚ほやほや、可愛い花嫁さんなんだよ、沙華さん! 幸せになってほしいのに、おじいちゃんとかおじさんにばかり囲まれて気の毒に……って、そりゃ花婿が中年おじさんの時点でいろいろ終わってるけどさ……。
なので、せめて沙華さんが笑顔でいられるように、わたしにできることはしてあげたい。
「ぐ、ぐらっぱ! ぐばい!」
「おおっ! なんて賢くて可愛いんだ! 真珠、わたしのただ一人の愛する孫娘よ! 私はきみのグラッパだ!」
いや、グッバイって、もうお別れバイバイなお手てフリフリなのに、このおじいちゃんポジティブっていうか、ぜんぜんめげない。
一応憲法と取り決めたらしいお触り厳禁ルールは守ってくれてるけど、こう、手の動きがね。わたしを抱っこしたくてたまらないってむずむずわきゃわきゃしてるのを、手首のブレスレットが抑えてる感じ。たぶんっていうか、確実に憲法作の特殊な魔道具ブレスレットだね……。
おじいちゃんとそんなやりとりしてると、四人の伯父さんたちもそれぞれ自分の名前を呼ばせようとしてくる。
「沙華は私のことをコンラッドと呼べばいいが、真珠はコートよりラドの方が言いやすいか? 真珠、ラドだ。私がおまえの一番上の伯父だ」
「私はミッキーだ。子供にはマイクより、ミッキーの方が覚えやすいだろう?」
コンラッドがコート、ラド。
マイケルがマイク、ミッキー。
ただでさえ覚えにくく忘れやすいカタカナ名前が愛称呼びで分裂増殖! あげくホワイト家には三人目と四人目の伯父までいる。
「じゃあ、俺はリッチだな。真珠は本当に小さくて可愛いな。宵司の娘とはとても思えない」
「真珠は月白ににーたと呼びかけているようだから、私のことはハワードからとって、ハータと呼ぶのはどうだろう? 発音しにくいかい?」
いや、発音以前に情報多すぎ! リッチって、三人目の本名リチャードだっけ? ハワードは覚えた気もするけど、カタカナネーム、忘れるの簡単だね。
しかもわたし、白色人種の顔の区別苦手かも……。
水鉄砲の的の顔写真もおじいちゃん以外の四人はごっちゃになってたけど、リアルで対面すると背格好とか声が似てるからなおさら混乱。金髪碧眼で鼻の高い白人で、年長の二人も若作りだから年齢不詳。
その点、黒玄家三兄弟は高身長は同じでも、雰囲気から性格から喋り方からぜんぜん違ったし、やっぱり慣れ親しんだ東洋人の顔だしさ……。
「あー……ぐばい! ばいばい!」
なので、さよなら! お手てフリフリあっち行ってってバイバイするのに、むしろ四人で近づいてくる。
そこでダンジョン内でわたしの抱っこ係になってる竜胆叔父様が便利な言葉を教えてくれた。
「真珠ちゃん、全員伯父の『あんこ』って呼べばいいんだよ。真珠ちゃんはつぶあんより、こしあん派だっけ? あんこの和菓子おいしいよね。上からこしあん、混ぜあん、リッチあん、葉っぱあんで、『あんこぉ』ってちょっと語尾を伸ばすようにしたら完璧だけど、四人まとめてあんこって呼びかければ十分だから」
おおっ、あんこ、覚えやすい! だけど、真珠ちゃん、まだサ行は苦手だし、どうしても舌が引っかかっちゃうんだよねぇ。
「あんこぉ……こっ、まっ……りっ? はっ! ふぉお、あんこぉ、ぐばい!」
「すごいすごい! フォーって四人って意味だよね? 真珠ちゃん、天才! でもなんだか、和菓子食べたくなってきたね。一度日本に帰って、京都にお月見団子食べに行こうか? お餅にあんこがついたのより、真珠ちゃんはうさぎさんのお団子のほうがいい? それともパンダのお団子作ってもらおうか?」
「ぱぁだ!」
すすきさんいないショックで、わたしは不機嫌が基本モード。
だけど、ホワイト家の伯父からの譲渡でホワイト家のダンジョンの権利は四十パーセントがわたしのものになる。
なので、二十パーセントを父親から相続する沙華さんより、わたしは皆からちやほやご機嫌取られまくり。
というか、単純にか弱い一歳児だからね。魔素耐性の弱い人間はショック死することもある高難度ダンジョンに入るには魔医療師の付き添い必須。
なので、竜胆叔父様はホワイト家からも黒玄家からもダブルで雇われてわたしの抱っこ係。
いやぁ、これも憲法差し金の人選かもしれないけど、竜胆叔父様、乳幼児の扱い、天下一品。別腹デザートみたいに極上の抱かれ心地だし、なんだかんだとご機嫌の取り方がうまくてね。
だって、竜胆叔父様本人もけっこう子供っぽく我が儘言いたい放題できる人だし。
わたしにかこつけて次の目的地と真逆の京都まで戻らせて、和菓子と悪霊退散お守り買ったり、自分の趣味全開な着ぐるみ衣装わたしに着せまくったり、イヤイヤしようにもミルクちゃんとお揃いコーデだからわたしも楽しくなって写真撮られまくったり……。
だけど、わたしと沙華さんがダンジョンに入っている間、どうやってもミルクちゃんは置いてきぼりだったわけで、秋の空と同じく、わたしもミルクちゃんもめまぐるしく気分が変化し続けた三カ月間だった。