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第64話 守護騎士志願者

 がしっと倒れこむようにスカートに抱き着いたわたしを、ばあやはすぐさま抱き上げてくれた。


「何日か会えませんが、すぐ帰ってきますから。帰ってきたら、いっぱい遊んでもらいましょうね。それに守護騎士になってもらったほうが薄さんにずっと傍にいてもらえますし……ああ、そういえば、お土産にサツマイモを持って帰ってくれるそうですよ。せっかくですから、真珠お嬢様のお好きなものが手に入るダンジョンにと、鹿児島まで足を延ばすことにしたようです」


 あったかふわふわなばあやのお胸でよしよしされて、ぐずぐずしながらちょっとだけ浮上。


「ひっく……おいも?」

「ええ、ダンジョンでは旬のものが少し早めに収穫できますから。熟成した紅はるかをじっくり焼き芋にして、この時期ですから冷たくして食べてもいいでしょう。甘くておいしい焼き芋をたくさんいただきましょうね」


 そうか、もう九月だから、サツマイモシーズンになるんだね。紅はるか、おいしいよね。前世で焼き芋食べたことあるよ。

 でも、食欲よりすすきさん!


「ねーた、ちゅぐかえる?」

「え、ええ、すぐ……そうですね。セーフエリアに入ればダンジョン通信電話が使えますから、あとで憲法様に連絡を取ってもらいましょう。ええ、一週間ではなく、なんとか五日ほどで帰ってきてもらえるように……」


 一週間は論外だけど、五日も長すぎ! 幼児には永遠!


「やっ! ねーた、あちょぶ! ねーた、だっこなのぉ……!」


 ふえふえ、ぐずぐず泣きじゃくる一歳児。

 なのに、やさしく慰めてくれるばあや以外の人の反応がまたムカつく。


「真珠ちゃん、夏のあいだ、月白と楽しそうに遊んでて、いつもニコニコしてたからなぁ。泣き顔が新鮮で可愛い。まだ赤ちゃんなんだなぁって感じだし、やっぱり子猫の着ぐるみが一番似合いそうだね。でも、大きな尻尾のリスさんも可愛いだろうなぁ」


 夏だから暑苦しい衣装を控えてただけみたいで、竜胆叔父様は相変わらず着ぐるみ衣装着せる気満々、赤ちゃんペット化ダメダメ大人!

 それ以上に混ぜるな危険憲法はクアアとわたしにマッドな視線を向けてくる。


「これだけ泣き顔が珍しい赤ん坊もレアだが、そのスライムの潜在能力がまたすさまじい。実質的にテイマー本人たる真珠がS級冒険者のようなものだろう。この桁外れの能力をどこまでホワイト家に明かすべきか迷うところだ」


 なんかさぁ、守護騎士契約魔法っていうのは誓約魔法よりガチガチに契約者同士を縛り付ける特殊な魔法らしい。

 なので、複雑怪奇な魔法陣が必要で、魔法陣を描くためのインクも契約者の魔力量に合わせなきゃいけないから、昨夜、憲法が自らゴリゴリ魔石インクを調合したんだって。


 わたしのためだからって、ホワイト家に稀少価値の高い魔石を提供させて、それを砕いてインクにしている映像も送り付けて、今日の儀式もライブ配信でホワイト家と共有。

 昨日から闇王パパの再教育に入った白絹お祖母様も別室のモニターで見守る中、まず憲法と宵司があれこれ説明してから、深川少年がわたしの前で跪いて誓いを立てた。

 だけど、すすきさんいないよ?


「……ねーた、どこ?」


 長ったらしい説明も深川少年の誓いもスルーして、わたしは手の中のクアアと一緒にこてんと首を傾げた。

 シーンと静まり返るその場。


「ばぁば、ねーた! ねーた、どこ?」


 ばあやヘルプ! 魔法陣の外のばあやに駆け寄ろうとするわたし。


「や、待て、チビ」


 その時、引き止めようとする宵司の手がわたしの肩に触れて、わたしの手からクアアが滑り落ちた。

 そしたらパアーッと光って、クアアが触れた部分の魔法陣のラインが消えちゃったらしいけど、わたしは前方のばあやしか見てない。たどり着いたばあやのお胸ですんすんぐすぐす。


 この一回目の失敗の時点で憲法はホワイト家との通信を切った。で、クアアに魔法陣の上を走らせて、能力の検証とかあれこれしはじめる。


 なので、先は長いと悟ったばあやがわたしを部屋に連れ帰ろうとしたんだけど、深川少年が土下座でお願いしてきてうるさい。

 仕方なくわたしは床に寝そべった宵司の背中をクアアと踏みつけて気晴らし。

 そのあいだに憲法が魔法陣を描き直し。


 二回目の失敗は、わたしからクアアを引き離して一人で魔法陣の中に立たせた時点で決まったね。いや、一人じゃなくて、目の前に深川少年、隣に宵司が付き添ってたけど、どっちもすすきさんじゃない。

 しかも子豚ぬいぐるみもいないから、とっても手持無沙汰。なので、


「クアア、カム! まじゅのとこ、カムにゃの!」


 ペットにおいでおいでするときは『カム』だよって月白お兄様から教わったんだよ。『ゴー』も言えるけど、ステイとシットとハウスはちょっと発音難しいんだよね。幼児の短い舌と未熟な顎が……。

 

 まあ、なんにせよ、わたしに呼ばれて魔法陣の中に入ったクアアは、憲法が描き直した魔法陣のラインを一回目よりも綺麗に消した。


 三回目は憲法がクアアを鉄の容器に閉じ込めるところから始まったんだけど、クアアすごいんだよ! 鉄を溶かせるの! しゅわっと穴を開けて出てきちゃった!

 なので、それからクアアが溶かせない素材を憲法が見つけるまでまた長くてね。

 真珠ちゃん、ばあやに抱っこされたまま小魚せんべいカリカリしたよ。クアアにもあげたよ。もの欲しそうだったから、深川少年と宵司にも恵んであげた。


 で、憲法がクアアを閉じ込めてようやっとさっきの儀式だったけど、そもそもわたし合意しておりませんので!

 だって、すすきさんいないんだよ! すすきさんいないから、まだ今日は一日が始まってないの!


「……つくづくホワイト家は彼らの血統を誇るべきだ。あれだけ高品質で巨大なドラゴン魔石とこの僕の一晩掛かりの労力をほんの一瞬で無にしてしまうスライムを従えた一歳児とは……。あの最高級の魔石の数々を思えば露茄のために作った魔道具なんてはした金だった。むしろホワイト家でないと養えない金食い虫だから、すべての情報を開示して、あちらから超高級魔石と優秀な魔道具師を提供させるべきか……」


 憲法がぶちぶち言ってるけど、わたし、頼んでないから! こんな儀式しなかったら、魔石も憲法もいらないの!


「しゃーねーな。次のダンジョン崩壊に向けて、俺の予定は空けておきたかったが、俺がそのチビのダンジョン巡りについてきゃいいんだろ。突発的な緊急要請は深川、S級冒険者としてのおまえに任せる。ついでにあの薄って護衛も連れてって、S級昇格の要件満たさせろ」


 え、なにいってるの、このゴリラ? すすきさんに危険なことさせようとするのもダメだけど、わたしのダンジョン巡りについてくるって、それ冗談にもほどがあるから!

 だってそれ、例のホワイト家のダンジョンの名義人変更のためでしょ?

 だから、わたし、ダンジョンいらない! 宵司ついてこなくていいから、ダンジョン相続ナイナイ! バイバイ!

 なのに、ブンブンイヤイヤ首を振るわたしを無視して、深川少年も承諾する。


「あーあ、毎日姫の顔見れると思って、すっげーがんばったのに、ここでお預けかぁ。ま、でも、この先ずっと一緒に働く人に、先に恩売れるってのは悪くないっすね。なんせオレっち、今、世界で一番若いピカピカのS級冒険者様ですから!」


 すかさずばあやからの教育的指導が入る。


「深川さん、正式に真珠お嬢様にお仕えするまでに言葉遣いは矯正していただきます。あなたの教育係は薄さんですし、真珠お嬢様にお仕えする人間として、あなたの直属の上司は薄さんであることをくれぐれもお忘れなきよう」

「あ、はい。胸に刻みます、すみませんごめんなさい。オレ、すっげー可愛いドレス姿の姫をこんな間近で堪能できて、ちょっくら調子のってました!」


 かくて、シクシクイヤイヤ涙ぐむわたしをスルーして話は進む。

 毎日毎日すすきさんいないかなぁ、どこかに隠れてるんじゃないかなぁ?って一生懸命捜すのに、ぜんぜんいないし……。


 深川少年が鹿児島まで出張してダンジョン内で追いついて、セーフエリアに入ったすすきさんとダンジョン通信電話で話せたけど、ほんの一瞬! 

 いや、翌日にはすすきさん、A級冒険者になって帰ってきてくれたんだけどね。

 なのに、おみやげのさつまいも置いてまたすぐ消えちゃったの!


「真珠お嬢様、申し訳ありません。これ以上お嬢様の泣き顔を見ていると私の決意も揺らぎそうです。ですが今、心を鬼にしてS級冒険者に昇格しておかないと、この先のお嬢様との未来が……どうか、どうか今だけお許しを! S級に昇格し次第、すぐに戻ってまいりますから!」

「ねーた、ねーたぁ……!」


 なので、わたしがふえええーっと泣き通しだった九月十月十一月。

 その間に沙華さんのウエディングフォトは着々と積み上げられていった。

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