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第60話 本物のヒロイン

「もしうちに赤ちゃんがいっぱい増えるなら、僕、すごく嬉しいです!」


 子供の父親問題はさておいて、赤ちゃんが来るかもという話に月白お兄様は瞳を輝かせた。


「僕、ずっと弟が欲しかったんですけど、ミルクが妹だってわかってからも、生まれてくるの、すごく楽しみにしてたんです。でも、それでお母様がいなくなって……そのとき見た赤ん坊は真珠だったんですけど、最初はくしゃっとおサルさんみたいだったし、こいつが生まれたせいでって悲しくてつらい気持ちになったから、それで去年、アメリカに留学したんです」


 明かされる過去。

 そういえばばあやが見せてくれた過去の映像の中で、月白お兄様は両親と一緒に妹が生まれてくるのを楽しみにしていた。誕生石の話してたけど、あれって女の子はキラキラジュエリーを欲しがるだろうって、事前に調べてたんだよね。それだけ心待ちにしてくれてたんだろう。


 だけど、露茄さんは出産で命を落とし、月白お兄様は最愛の母親を亡くした。

 しかも父親である憲法は使い物にならなくなって、白絹お祖母様も入院中。闇王伯父様も竜胆叔父様も多忙で会いに来れず、宵司は論外。


 家庭教師や子守りや護衛、慣れ親しんだおつきの人々が何人傍にいるにせよ、六歳の幼い子供はどれほどの孤独に突き落とされたことか。そんな絶望的な心理状態で、泣いて寝てばかりの新生児が可愛いと思えるわけはない。


「だけど去年、夏に帰ったときに、真珠、可愛くなってて……髪とか目とか、見た目が僕と違うから、お母様が可愛い赤ちゃん欲しがって、白人男性の子供産んだのかなとは思ったんですけど、でも、それでも抱っこしたらあったかくて、すごくすごく可愛くて……」


 生後半年くらいだったわたしの記憶にはほとんどないけど、去年の夏の時点で月白お兄様はわたし抱っこで癒されていたらしい。しかも母親の浮気を疑いつつ、それでも異父妹を受け入れようって心の広さがすごい!


「だから、それからはばあやに真珠の写真とか動画いっぱい送ってもらってて、冬に帰るときはもう半分以上、日本に帰る気持ちだったんです。それで実際に会った真珠は映像の何倍も可愛くて、だから、その分、悔しくて……もっと早く、最初から可愛がってあげればよかったなって。お母様の分も僕が真珠のこと、抱っこしてあげなきゃいけなかったんだなって」


 十二月に会った時、わたしはほぼ初対面気分だったけど、月白お兄様にとっては完全に可愛いがるべき存在だったらしい。うん、実際すごく可愛がってくれた。


 それに月白お兄様、ミルクちゃんに対しても口では辛辣なことを言ってたけど、どんなに噛まれたり叩かれたりしても自分からは手を出さなかった。七歳児にしては驚異的な忍耐力だよね。


 え? 宵司もわたしに対して同じくらい我慢強い? 違う違う。あれはわたしが叩いたり踏みつけたりしてもノーダメージだから!

 痛みどころか、かゆさも感じないから、蚊がとまるのより問題なし。ほんっと次に会うときは「かたいおくつ」必須だよね!


「僕、真珠やミルクがもっとちいさい赤ちゃんのときに可愛がれなかった分も、沙華さんの赤ちゃん、いっぱい可愛がります! 真珠もぬいぐるみとか好きだから、ちっちゃい赤ちゃんのこと、すごくすごく大事にすると思いますし、ミルクも遊び相手が増えるのは喜ぶんじゃないかな」


 月白お兄様の愛情深い笑顔に、沙華さんもにこやかに宣言した。


「うん、じゃあ、あたし、がんばるね。あたしの子供でも十人くらいいれば、ひとりくらいは字が読めるかもしれないし、十人で戦えば宵司様と同じくらい強くなるかもしれないから、いっぱいいっぱい元気な赤ちゃん産むね!」

「はい、お願いします!」


 おおっ! 月白お兄様も嬉しそうだし、沙華さんが自分を犠牲にするわけじゃないなら大歓迎の展開だよ!

 だって、ダンレン原作完全崩壊!! やったね! ありがとう沙華さん!


 思わずぴょんぴょんしたら、ミルクちゃんとクアアも楽しそうにぴょんぴょん! つきそってくれているばあややすすきさんも嬉しそう。 

 白絹お祖母様も幸せそうだし、みんなで笑顔。めでたしめでたし!


 ハッピーエンドでダントラ終了!


 とならなかったのは、闇王パパでした……。



     ◇◇◇◇◇



「話はわかった。だが、明らかに私がなるべきなのはきみの夫ではなく、父親だろう」


 白絹お祖母様からお昼ごはんに呼び出された闇王パパ。

 でも、本題に入るのは食後、リビングに場所を移してからになった。

 白絹お祖母様の息子へのささやかな慈悲。「闇王の消化に悪い話になるでしょうからね」って……。


 実際、話を聞くうちに、わたしを膝に抱えてニコニコしていた闇王パパの声も表情もどんどん無になっていく。

 

「私と養子縁組をしよう、沙華さん。来年、きみが二十歳になったらお見合いを始めて、気に入った相手と子供を作るといい。もちろん、父親として私が責任をもってきみときみの子供の面倒をみるから、子供の父親と結婚する必要はない」


 冷徹な財閥総帥モードで諭すように提案する闇王パパ。ただし、お膝に一歳半の赤ちゃん(わたし)付き!

 対する沙華さんもミルクちゃんを抱っこしてるし、沙華さんの横には白絹お祖母様、闇王パパの横には月白お兄様も座ってるから、どうやってもこの場はシリアスな雰囲気にはならない。

 横の椅子に座ってるばあややすすきさんも、床でぴょんぴょんしてるクアアも、闇王パパ以外の全員がにっこりその気だからね。


 しかも沙華さん、めっちゃ強い。


「でも、闇王様は真珠ちゃんのパパで、ミルクの実のお父さんだよね?」


 禁句。もはやこのうちの誰も口にしないできない公然の秘密をガツンと突きつける。

 さすがに狼狽する闇王パパ。


「い、いや、その子は憲法の……」

「てか、血の繋がりとか、そういうのはどうでもいいけど、真珠ちゃんは闇王様のこと、『パパ』って呼んでるでしょ。そしたら、ミルクも闇王様のこと、パパって人だと覚えちゃうと思うんだ」


 沙華さん、学歴とかなくて、教育のきの字も受けられない環境で生きてきたけど、ものすごいエリートな闇王パパに理詰めで猛攻!


「あたし、闇王様にミルクからパパって呼ばれて変な顔しないで欲しいし、それが嫌だからってミルクに会わないようにして、将来、そういうのを知ったミルクが傷つくのもイヤ。だから、あたしと闇王様の子供が他にもいっぱいいれば、闇王様、ミルクからパパって呼ばれても気にしなくなると思うんだよね」


 うんうん、納得の理由だけど、闇王パパ絶句。


「それにね、ミルクは闇王様の娘なんだから、闇王様の子供を産めば、あたしはミルクの本当の母親になれるでしょ? 真珠ちゃんとミルクと、あたしをどっちの娘の母親にもできるのは闇王様しかいないよ」


 まあそうねぇそうだわねぇ、って白絹お祖母様もばあやも感心したようにうなずいてる。

 わたしを抱っこする大きな手がじっとり汗ばんでる気がするけど、それでも闇王パパ、必死で抵抗を試みた!


「……っ、とにかく、きみが二十歳になってからだ。来年の誕生日を迎えてからもう一度話し合おう」


 だけど、その気になった沙華さんはすごかった。


「あたしさぁ、ここに来てから、好きなこととか楽しいことしなさいって、いろいろ買ってもらって、ホワイト家が来る前には旅行に連れ行ってもらったりもしたし、勉強とか運動も便利な魔道具いっぱい作ってもらって、この三カ月でそれまでの人生の何倍も何十倍もいろんなこと経験したんだよね」


 黒玄家に来る前、いや、ミルクちゃんと一緒にあいすみ母子寮に保護される前までの沙華さんはある種の奴隷。

 自分の人生とか幸せとか自己実現とか自立とか、それ何おいしいの?って最低の環境で生きてきた。ふつうと真逆の生い立ちだった。


 だけど、だからこそ、天下の黒玄グループの総帥とて、沙華さんにとっては等しく『ふつう』の人になる。


 沙華さんは闇王パパをふつうの男性として見ている。

 沙華さんの前で闇王パパは、『ミルクちゃんの実の父親で、わたしの戸籍上の父親』以外の何者でもない。

 その沙華さんがただひとつ望むこと、それは、

 

「だけど、あたしが人生で一番楽しかったっていうか、幸せだなぁって思ったの、ミルクにおっぱいあげてたときでさ。なのに、ミルク、この夏のあいだに完全に乳離れしちゃったんだ」


 わたしとミルクちゃんだけじゃない。自分の幸せのためにも、沙華さんは子供を望むのだと言う。


「あたし、宝石とかそういうのもうひとつも要らないから、来年の誕生日プレゼントは赤ちゃんが欲しい。あたしの腕の中であたしのおっぱい幸せそうに飲む、闇王様に似たちっちゃい赤ちゃんが欲しいな」


 強い意志で輝く沙華さんの瞳に、闇王パパは大きく息を吐いた。


「…………私は父親になるにはすでに高齢だ。相性もあるから、百パーセントの保証はできない。だが、努力はしよう。その代わり、きみが来年の七月までに妊娠しなかったら、私のことは諦めてくれ」


 闇王パパ、陥落! すごいよ沙華さん!

 白絹お祖母様、即座にドリーミングタイム発動!


「まあ、すぐにウエディングプランナーを呼びましょう! ああ、誰だったかしら? 闇王の何人か目のお嫁さんがそういう職業だったわよね?」


 え? 闇王パパのお嫁さんだった人に結婚式の手配頼むのはまずいんじゃ……って思ったら、ばあやが言った。


「おそらく露茄様のウエディングプランナーだった女性のことだと思いますが、あの方は闇王様と結婚までたどり着いておりません。活動的な野心家で、玉の輿狙いを隠さない明るい性格を白絹様も気に入っておられましたし、闇王様も多少はその気になっておられたようだったのですが……」


 ギラギラ積極的に黒玄皇帝にアプローチをかけていたその女性は、ある意味、潜在能力がありすぎたらしい。


「露茄様と接するうちに、あの方は闇王様の子供を産むには自分の冒険者ランクや魔力が足りないことに気づき、熱心にダンジョン通いをするようになりました。素質があったのでしょう。露茄様の結婚式を最後に職を辞し、冒険者として大活躍するように。風のうわさでその後、冒険者仲間の男性と結婚し、もう子供も三人ほど生まれたと聞いております」


 玉の輿より、やはり愛? というか、自分で稼げるようになると闇王パパの奥様業は遠慮したくなっちゃうよね……。


「あら、そうだったかしら? まあ、でも、そういえば、露茄さんの結婚式は憲法の執念が実ったものだったものね。ええ、憲法に手配させましょう。闇王のどのお嫁さんよりも、あの時の露茄さんは輝くばかりに綺麗だったわ」


 白絹お祖母様は自分の夢見る理想の結婚式のためにそそくさと憲法に連絡を取りはじめた。


 闇王パパ、(わたし)にとってはすごく優しくて頼りがいあるけど、見た目が魔王で仕事も魔王。玉の輿ではあるけど、女性にとって愛情を寄せる恋人のような存在にはならないんだね……。


 だけど、沙華さんって、実は望めばホワイト家からも宵司からもいくらでも慰謝料もらえる。過去のことを気にする男性を除外しても、なんだかんだと若くて美人だから恋人も結婚相手も選び放題。

 なのに、わたしやミルクちゃんのために、すっごい年齢差の闇王パパと結婚っていうのは、ちょっと申し訳ないような……。


「ちなみに沙華さん、好みのタイプの男性っていますか?」


 さすが子供のストレートさで月白お兄様は遠慮なく尋ねた。 


「僕のお母様は真珠のことすっごい可愛がったと思うから、きっとストロベリーブロンドとロイヤルパープルの瞳の男の人が一番好みだったと思うんです。沙華さんはミルクのことが可愛いなら、闇王伯父様みたいな男の人、実は好みだったりしますか?」


 あ、そうか。そういう考え方もあるんだね。

 沙華さんはわたし以上にミルクちゃんのことが可愛い。だったら、その実の父親のことも好みなのかも!


「え? 好み……って、え? どうだろう? なんか見慣れたら髪の色とか目の色とかってどうでもいいし、もちろんミルクは可愛いけど、最近、真珠ちゃんも、この子、ちょっとトロいけど、ちっちゃいのにこんなにおしゃべりできてすごいな、可愛いなって思うし……」


 向かいの席からわたしを見つめる沙華さんの目はやさしい。最初に出会った時の戸惑いの色はなく、トロいけど可愛いって、ある意味、わたしの欠点も愛おしんでくれている。


 でもさ、たしかにわたし、トロいし小さいよ。だけど、たいていの赤ちゃんはミルクちゃんに較べて運動神経にぶいし、わたし、ミルクちゃんに較べてちっちゃいだけだから! ミルクちゃんが色々すごいんだよ!


 それはさておき、沙華さん、綺麗になった。

 こけていた頬の血色がよくなって、ほとんどすっぴんでも超美人なのに、笑顔は輝くばかりに美しい。

 この環境に慣れて、相済真津子さんや白絹お祖母様を始めとする周囲の人々の愛情を信じることができて、さらに沙華さん自身も愛情を感じているんだと思う。ミルクちゃんやわたしや真津子さんに。白絹お祖母様に、月白お兄様に。

 その愛情でキラキラした目でこちらを見ながら、沙華さんは言う。


「だけど、好みっていうか、こういう人、いいなぁって、あたしが一番思うのは月白くんとばあやさん」

「は? 僕とばあや?」

「うん。手がね」


 言われてその場のだれもが手元に視線を落とす中、沙華さんは指摘する。


「真珠ちゃんを絶対に傷つけない手。爪がね、いつも痛々しいくらい短く切られてて。あたしも気をつけてるよ。おかあさんも白絹様も闇王様も短いんだけど、月白くんとばあやさんはいつ見ても他のだれよりも短い」

「ああ、僕はヴァイオリンを弾くのに邪魔だから」

「うん。だけど、月白くん、楽器より真珠ちゃんをだいじにしてるから。月白くんは真珠ちゃんを幸せにしてくれると思う。だけど、宵司様は長い時もあるから、真珠ちゃんが抱っこされるの嫌がるのもわかるし、そういう意味だと大人の男の人の中であたしが抱かれたいのは闇王様」


 沙華さんの深く澄んだ青い瞳がとらえているのはわたしではなく、わたしの背後。はっと息を飲む音がわたしの頭上で響く。


「時々そうじゃないときもあるけど、今も、真珠ちゃんを抱っこしてる時の闇王様はぜったいに真珠ちゃんを傷つけないようにしてる。爪も髭も。あたしは真珠ちゃんほど守ってもらう必要はないけど、そういう風にやさしくしてもらえたら嬉しいなぁって思うから、赤ちゃん作るなら闇王様とがいいな」


 ああ、沙華さん、犠牲じゃないんだね。ちゃんと闇王パパのこと好きなんだね。

 なんかもう、これぞヒロイン! 沙華さんが本物のヒロインだよ!


 うん、わたし、沙華さんのこと全面的に応援する!

 闇王パパのお膝は沙華さんに譲って、パパっ子じゃなくて、おばあちゃんっ子になって、白絹お祖母様とばあやべったり……って、今と一緒? あ、月白お兄様もクアアもちゅきちゅき!


 で、赤ちゃんが生まれたらいっぱい可愛がるし、わたし、お姉ちゃん! ミルクちゃんのお姉ちゃん!

 もう完璧にダントラ回避!!


※ここまでお読みくださった方々、本当にありがとうございます!

 ブックマーク評価いいね!等、大変励みになっております!


 本日は第58話から第60話まで、3話更新しています。

 微ロマンスでハッピーエンド完結!とはならずに、次話は往生際の悪い長男がストーカーに追い詰められる話となります。乞うご期待!(笑)

 来週水曜日の更新を予定しております。

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