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第59話 チンゲンサイよりホウレンソウ


「月白に相談?」

「僕に? 真珠のことですか?」


 首をかしげる白絹お祖母様と月白お兄様。

 わたしもきょとりだったけど、沙華さんはミルクちゃんを抱っこしたまま頷いた。


「うん。真珠ちゃんにも関係するんだけど……えっと、ホウレンソウだっけ? あのときは意味わからなかったけど、あとでおかあさんに聞いたら、報告して連絡して相談するのが大切だって教わったから」


 報連相なホウレンソウ。そういえばお野菜ビジネス用語、月白お兄様が口にしてたね。あの例の、憲法がいろいろぶっちゃけた家族会議の時に……。


「ああ、はい。もちろん、なにか不安や悩みがあるなら早めに相談してもらえると嬉しいですけど、白絹お祖母様じゃなくて、僕が相談相手でいいんですか?」

「うん。だって、あの、えーと、こういうの、すごく失礼だし、正直に言っていいのかわかんないんだけど……」


 言い淀む沙華さんに白絹お祖母様がほほえんだ。


「わたくしがいると話しにくいなら席を外しましょうか? 必要だと思えば、月白があとで報告してくれるでしょう」


「あ、や、いてくれていいよ! むしろ、いてほしい。でも、あの、失礼なんだけど、あたし、ちゃんとした家族っていたことなかったから、親しい人が死ぬのってよくわかんなくて……あと年齢っていうか、年をとって先に死ぬっていうのがいまいちピンと来てないんだけど、その、相済のおかあさんもだけど、白絹様、よく老い先短いって言うよね? だけど、月白くんならあたしより長生きするのかなって」


 白絹お祖母様だけではなく隣のソファに座っていたばあやも、ああ、と苦笑した。


「ごめんなさい。もう口癖のようになっていたわ。そうね。露茄さんのようなこともあると思えば、自分は年寄りだから先に死ぬっていうのは言い訳だったわね。これからはもっと沙華さんや真珠の頼りになる年長者を目指すわ」


 前向き宣言をなさる白絹お祖母様、すごい! 高齢者の鏡!

 でも、そういえば前世のわたしもおばさんを免罪符にしてたっけ。

 もうおばさんだから……を挑戦しない言い訳にするのはダメなんだけど、ストレス過労死はもっとイヤ! だから、これからの人生は枯れたおばさんメンタルでひきこもりたいような……。


「ううん! 白絹様、今も本当に頼りになってくれてて、あたしのこと、すごく守ってくれてるってわかってる。だけど、その、将来、あたしも年取って、それで、あたしのほうが真珠ちゃんやミルクより先に死ぬよね? っていうか、あたしは頼りにならないから、真珠ちゃんがこの先一番頼りにできるの、月白くんかなって」


 わたしの背後で月白お兄様が背筋をぴしりと伸ばした。


「はい、お任せください! 真珠のことは僕が全力で守って幸せにします。沙華さんも義理の息子の僕をいつでも頼ってくださいね」


 力強く宣言する月白お兄様、立派! 強い子、男の子!


「うん、ありがとう」


 にっこり頷く沙華さん。白絹お祖母様にわたしの保護者枠のばあややすすきさんまでほほえましげに見守ってるよ。


 え、これ、確定? わたし、もう月白お兄様の嫁決定?

 母親も祖母も公認。覚悟を決めるしかないの?


 というか、わたしの自主性に任されたら前世同様、たぶん一生結婚しない気がする。身軽で気楽な単身おひとりさま。

 だけど、だからこそ、仕事をどんどん押し付けられて死ぬほど働いた苦い経験を思えば、このまま流されていったほうがいいのかもしれない……。


 まあ、今の時点でも月白お兄様に遊んでもらえなくなるのは困るし、兄嫁に敵視されるのも嫌だし、兄弟でもいとこでも結婚して子供ができたら職場の同僚より会わなくなるもんね。

 そういうのって寂しいから、大きくなっても月白お兄様に他に好きな子がいなかったら、家族続行してもらおう。


 でも、子供ってすぐ気が変わる生き物。

 だから振られたら、真珠ちゃん、傷心でおひとりさま! クアアとのんびり暮らすよ!


 あ、クアア、OK? ぴょんぴょんお返事ありがとう! 魔力いっぱいあげるから、長生きしてね! スライムの寿命ってどれくらいなんだろう? そうだ! わたし、将来、そういうの調べる研究者になればいいんだ!


 スライムの生態ならクアアと遊ぶのが一番だから、おうちひきこもりでも仕事してるっぽい! お給料なくても白絹お祖母様に養ってもらえそうだし、スライム研究者って肩書がつけばニートじゃなくなる! うんうん、いい考え。


 って、わたしが月白お兄様のお膝でニコニコしてたら、沙華さんに抱っこされたミルクちゃんと目が合った。

 ミルクちゃんもおいしいおやつですっかり満足したっぽい。にっこりご機嫌。


「みーた、あちょぶ?」

「あう、まーじゅ!」


 あれ? まじゅって呼んでくれた?

 月白お兄様も沙華さんもびっくり。


「あれ、ミルク、真珠って言えるようになったんだ? ママ以外の言葉はまだあんまりはっきり言えないのに、ママの次に真珠なんだ」

「ミルク、ママの次に真珠ちゃんのことが好きなのかなぁ? じゃあ、真珠ちゃんとあっちで遊ぶ?」


 今日のお茶タイムは白絹お祖母様のお部屋のリビングなんだけど、実はミルクちゃんがここに来るのは初めて。和菓子齧りながらも、ソファセットの横の遊び道具いっぱいゾーンをちらちら気にしてた。

 なので、わたしとミルクちゃんはお子ちゃま向け区画で遊ぶことに。

 わたしはぬいぐるみや絵本で遊ぶことが多いけど、滑り台とかトランポリンもあるからミルクちゃんも楽しめるかな? 


 床に降ろされたわたしとミルクちゃんがとてとて歩くのにばあやが付き添い、すすきさんは先回り。

 ミルクちゃんのお世話係は来てないけど、壁際に控えていたメイドさんが二人、近くで見守り体制に入ってくれる。


 ミルクちゃん、すぐさまトランポリンによじ登る。

 わたしもすすきさんに抱えて上がらせてもらって、クアアは自分でぴょんと飛び乗って、みんなで一緒にぴょんぴょん! ミルクちゃんとお手てつないで、ぴょんぴょん! すごい楽しい! これ、もうわたしとミルクちゃん、完全に一緒に遊んでるよ!!


 そして、その間に沙華さんは月白お兄様にご相談。


「あの、これ、一応、おかあさんにも相談して、たぶん大丈夫だろうって話になったんだけど……えーと、あの、そうだ。まずね、あたし、文字が読めないんだよね」

「あ、はい。読み書き障害は真珠にも遺伝しているかもしれないし、将来、真珠と僕の子供にもその可能性があるってお父様から聞きました。だから、お父様が研究所に難読症の方向けの魔道具開発チームを作ったそうですが、沙華さんの手元になにか魔道具が届きませんでしたか?」


 え? なにそれ? わたし聞いてないよ?


「あ、うん。憲法さんがいろんな魔道具持ってきてくれて、文字の読み上げとか録音機能とかすごいし、代筆とか漢字を覚えやすいようにサポートしてくれる魔道具とかもあって、すっごく助かってる。だけど、あたし、自分の名前とかミルクの……一花って漢字の名前、いっぱいいっぱい練習して、やっと書けるようになってたんだけど、ここに来て『黒玄真珠』って漢字の練習してたら、なんか、自分の名前の書き方、忘れちゃったんだよね」


 え? それ、沙華さん、めっちゃ苦労してる?

 たぶん読み書きが困難な障害を持つ人の中でも相当重度で、文字の見え方が黒丸とかってレベル……って、あれ? そういえば、わたし、今、そういう見え方してない?


 でも、赤ちゃんって最初のころ視界がぼやけてたし。

 だんだんはっきり見えるようになってからも、人の顔はわかるけど絵本の字が見えにくくて、まだちいさいものが見えないんだなぁって思ってたけど……。


 わたし、もしかしてこのままずっと文字を文字として認識できないの?


 え? だけど、前世の知識チートあるよね? 同じ日本語だから、大人の語彙力とか漢字の知識はある。

 いや、だけど、いくら覚えてても、字が丸に見えるんじゃ、読むのはムリだし、書くのは……パソコンみたいな魔道具頼り?


「大丈夫です。沙華さんや真珠が自分の名前を読めなくても書けなくても、必要な書類にはすべて僕や弁護士が目を通しますし、サインは拇印で代用できます」


 月白お兄様、頼もしい! ありがとう!

 でも、沙華さんが相談したかったのは、このことではなかったらしい。


「あ、うん、ありがとう。でも、あの、それとね、あたし、竜胆さんから言われたようにダンジョンに行って冒険者ランクを上げるとか、身を守るスキルを手に入れるとか、そういうのもいっぱい考えたよ。考えたけど、あたしがどんなにがんばっても、宵司様とかホワイト家の人たちほど強くなれる気がしないし、あたし一人の力じゃどうにもできないと思うんだ」


 沙華さん、頭いい! これこそ本当の賢さ!

 こういうの、特に黒玄家三兄弟はダメダメだもんね。

 三人とも才能も能力も財力もあって、しかも人より努力もできる。

 だけど、自分一人で大抵の問題を片付けられちゃうからこそ、闇王パパは仕事魔の魔王になるし、宵司は最強オレTUEE突っ走るし、憲法は暴走妄想ストーカーになっちゃう。


 その点、沙華さんは自分の限界とかできないことがわかってるから、ちゃんと人に相談できるんだよ。うん、この人を頼るっていうのも才能だね。見習おう!


 そして、この夏、子供らしく遊ぶことを優先した月白お兄様も、人をうまく使うことを覚えていた。


「強さの面では僕も人を頼る予定です。ダンジョンでスキルは手に入れるつもりですけど、音楽への適正から考えると、僕はたぶん縹家の浄化スキルに目覚めると思うんです。だから、僕や沙華さんを守ってくれる人はいっぱい雇ってもらいます」


 まあ、月白お兄様、すでに憲法を使いこなしているもんね。この先も申し分なく人に頼ることができそう。

 だけど、沙華さんはただ守られるお姫様じゃなかった。


「うん、ありがとう。だけどね、月白くんに頼りっぱなしなのも悪いし、ほら、月白くんも真珠ちゃんより年上でしょ。だから、あたしや月白くんが死んだあとも真珠ちゃんやミルクが安心して生きていくために、あたしにできることって考えて……それでね、あたし、あと十人くらい子供産むつもりなんだけど、月白くん、困るかな?」


 優雅にお茶を飲みながら、うんうん話を聞いていた白絹お祖母様が、ごほっとむせた。

 トランポリンの周囲でもっぱらわたしが転ばないよう気をつけてくれていたばあややすすきさんの動きも止まる。

 室内にいた護衛やメイドさんたちもその場でカチンと硬直した。


「まーじゅ? あーうあ?」 


 ミルクちゃんとクアアだけは変わらずぴょんぴょんしてたけど、わたしがその場でズドーンと石化しちゃったからね。わたし重しでトランポリンが弾まなくなって、ミルクちゃん、どうしたのってクアアと一緒に首をかしげた。可愛い!


 だけど、沙華さん、それ、あまりにドカーン爆弾!

 月白お兄様も動転ハテナ!


「え? 子供って……え? え? 沙華さん、宵司伯父様と結婚するんですか?」

「や、違うよ。宵司様じゃなくて、できれば闇王様。あ、結婚はしてもらえなくていいから、子供だけ」


 月白お兄様、もっと動転クエスチョン!


「は? 闇王伯父様? 子供だけ? え? えっ!?」

「ごほっ、沙華さん、げほっ、そっ、それは、わたくっ、と、お話っ! えっ、ええ、闇王と、けっ、結婚も、子供も、大賛成だけっ、そっ、その話、月白にはまだ早っ……!」


 げほごほ咳き込みながらも白絹お祖母様が介入しようとしたけど、沙華さんは首を振った。


「や、月白くんに相談って、相手のことじゃなくて。赤ちゃんが増えたらうるさくなるから、月白くん、困るかなって。もし迷惑になるなら、あたし、前にいた離れとか、別の家に引っ越しさせてもらおうと思って」


 え? 沙華さん、子供産むのはもう決定なの?


 たぶんそういうの『ダンレン! ~ダンジョンの数だけ恋がある~』原作にはまったくない展開だと思うから、原作改変を切望しているわたしとしてはすごく助かる。

 だけど、沙華さんの人生、ほんとにそれでいいの? わたしやミルクちゃんのためにって気持ちは嬉しいけど、露茄さんみたいに我が身を犠牲にする考え方はぜったいダメダメだよ!


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