第58話 金魚鉢はきれいでおいち!
月白お兄様の夏休み最後の日は、朝から白絹お祖母様と沙華さんとのお茶タイム!
憲法という名の悪霊退散祈願のために、白絹お祖母様ってばわざわざ京都まで縁切り神社詣でに出かけて、昨夜遅くに帰ってきた。
でも京都までフランシスおじいちゃんがハワード氏と一緒に追いかけてきて大変だったって。
まあ、縁結びの神社と偽って、フランシスおじいちゃんにこっそり縁切り神社で沙華さんとのことを祈らせようとしたら、ハワード氏にバレて慌てて止められたらしいけど……さすが白絹お祖母様!
なので、昨夜もおとといの夜もわたしと月白お兄様は闇王パパの広いベッドでお泊り!
憲法ががんばってお仕事するから、闇王パパ、おとといの午後から昨日も一日丸々お仕事お休みだったんだよ!
なので、昨日は一緒にプールでボール遊びもしてくれた。
バレーボール。浮き輪でぷかぷか浮かぶネットを挟んで、子供と沙華さんチームVS闇王パパ単独による水中ボール対決っていうか、ひたすら遊んでもらう時間。
わたしとミルクちゃんは浮き輪魔道具で浮かんでたけど、浅い子供用プールだから月白お兄様は自分の足で立ってた。
まあ、色とりどりのビーチボールが十個くらい飛び交う時点でバレーボールじゃないし、大きなボールに紛れてわたしが行方不明になるからって常に私の傍にはすすきさんがついててくれた。
わたしは飛んでくるボールじゃなくて、水に浮かぶボールをクアアとつんつんしてただけだけどね。いや、ボール、にゃんにゃん追いかけるの楽しかった!
でも、月白お兄様はネットの向こうの闇王パパにちゃんとボールを打ち返してた!
それを見ていたミルクちゃんもすばらしい運動能力で、えいっと飛んでくるボールをパンチ。さすがにネット越えは無理でも、横の沙華さんとはボールのやりとりしてたよ!
闇王パパはネットの向こうから常に月白お兄様とボールをやりとりしながら、ミルクちゃんや沙華さんにも飽きさせないようボールをパス。わたしの近くにも色の違うボールを時々配置してくれた。
うん、これって、闇王パパにお仕事並みに気を使わせてるね。ボールが飛んでくる速度もぜんぜん違う。
月白お兄様とミルクちゃんへはそれなりの速さだけど、わたしのところに来るのはふわっと浮かぶボール。
ていうか、これ、魔法? ボール、空中でとまってる! 下に入れちゃう! ぴょんってして頭に当てられる!
キャー、楽しい! お水ぱしゃぱしゃも気持ちいいし、プールでボール遊び、いいね! クアアも楽しい? うん、でも、疲れてきちゃったから、そろそろいつものパンダプールかなぁ?
あ、なんか初めて体調変化のお疲れブザーが鳴りはじめた! ミルクちゃんのはまだぜんぜんっぽいけど、わたしは一足早くおねむの時間になっちゃったよ。
という風にわたしは休憩時間の方が長かったけど、闇王パパとのプール遊びもしっかり満喫!
闇王パパが一緒でもミルクちゃんもぜんぜん泣かなかった。
憲法が定期的にミルクちゃんの父親としての時間を作ってるみたいだけど、憲法は憲法だからね。信用できないっていうか、宵司も宵司だから、わたしや月白お兄様の最終的な保護者はやっぱり闇王パパ。
夏のあいだに毎日プールで思いっきり遊んで、ミルクちゃん、黒玄家の環境にもすっかり慣れた。それこそ宵司がプールに出現しても、最初の二、三回は泣いたけど、自分に近づいてこないことがわかって無視できるようになった。
でも、実の父娘関係が発覚してから……というか、ホワイト家の問題で忙しくて、闇王パパはわたしとさえほとんど遊ぶ時間がなかった。ミルクちゃんとは論外。
だけど、プールで向かい合っても闇王パパを怖がって泣かないくらいには、ミルクちゃんにとってすでに闇王パパは宵司以上に安全な存在。
だって、普段ミルクちゃんと一緒に遊んでるわたしや月白お兄様が喜んで近づいていく人だからね。
なので、このままお互いに自然と慣れていって、とりあえず伯父と姪くらいの関係にはなってほしいし、憲法が憲法だから、ミルクちゃんも闇王パパをパパと呼びたくなるかもしれない。
で、そうするとなんとわたしとミルクちゃんは姉妹!
生まれた時間はわたしのほうが早いみたいだから、わたし、ヒロインの姉!
これってダンレン原作、完全に改変だよね?
ヒロインと悪役令嬢がいとこ通り越して、姉妹! ハッピーエンドに向けて夢がふくらむ!
なので、今日のお茶の時間も闇王パパに参加してほしかったんだけど、もうお仕事が山積みらしい。
だって、憲法、ホワイト家に協力させて、魔力の型の識別システムをワールドワイドに展開しようとしてるからね。
いくら憲法が全面的に手掛けるっていっても、黒玄グループが関わるビジネスだから、闇王パパも進捗状況をチェックせざるを得ない。場合によってはあのストーカーのストッパーにもならなきゃいけないだろうし……。
あ、でも、白絹お祖母様はすっかり元気になったっていうか、沙華さんとのお茶タイムにミルクちゃんが同席してもぜんぜん平気になったんだよ!
まあ、そうするとわたしが沙華さんに抱っこされる時間がなくなるけど、この夏は月白お兄様がわたしべったりだったからね。今もソファでお膝抱っこ。
ミルクちゃんも向かいのソファで沙華さんに抱っこされて、楽しそうに和菓子を食べてる。
「夏も終わるけど、やっぱり錦玉は金魚鉢が可愛いわよね。ミルクや真珠のために甘さは限界まで控えてもらったから、いっぱい食べてもお昼ごはんには問題ないでしょう。沙華さんはまだまだ細すぎるから、こちらの水まんじゅうもたくさん食べてね。つるんとしておいしいわよ」
ふふっと勧める白絹お祖母様の京都土産、実は和菓子そのものじゃなくて和菓子職人さん!
水分量の多い和菓子ってすぐ食べなきゃだし、わたしやミルクちゃんはまだ一歳半だからね。甘すぎるおやつだとごはんが食べられなくなっちゃう。
だから、白絹お祖母様、贔屓にしている京都の和菓子屋さんから職人さんに出張してもらって、砂糖超控えめだけど見た目キラキラな錦玉羹を作ってもらうことにしたらしい。
「ふあぁ、きれー! かぁいー!!」
テーブルの上に十個くらい並んだその芸術品にわたしはうっとり!
寒天でできたちいさな金魚鉢の中に小石とか水草のねりきりが敷かれてて、色鮮やかな金魚が泳いでる! めっちゃ可愛い!
金魚鉢の水も透明なのだけじゃなくて、青みがかったのとか、緑っぽいのとか、三種類くらいあるし、中の金魚も赤とか白が混じったのとか、ゴールドのもいる! 全部の色がキラキラ違う組み合わせで、ミニ金魚も本物みたいに色鮮やかで、見てるだけで幸せ! 職人技すごい!
「真珠、どれがいいか決まった? ミルクはもう二個目に入ったよ? まだ見てたいのかなぁ。こういうのが好きだと、真珠は万華鏡も好きかもしれないね」
好きなのを選んでって勧められたけど、あんまりきれいだから、じーっと見ちゃうよ。見惚れちゃうよ。
わたしが金魚鉢を一個一個じっくり見較べてるあいだに、ミルクちゃんは二個目をぱっくん齧りはじめた。手づかみでボロボロこぼしながらだけど、白絹お祖母様はほほえましげな視線を送るだけ。初めて会った日を思えば、すごい関係改善だね!
「万華鏡もいいけど、熱帯魚の水槽を置いてもいいかもしれないわね。真珠はスライムが水の中で遊んでるのを見るのも好きみたいだし、熱帯魚くらいならテイマースキルが問題になることもないでしょう」
ソファの隣の月白お兄様の膝に座るわたしの頭を撫でながら、白絹お祖母様がおっしゃる。
「じゃあ、念のために真珠が見てても大丈夫な熱帯魚の水槽をお父様に頼んでおきます。だから、真珠、この和菓子、ひとつくらいは食べてみたら? あ、僕と半分こして食べよっか?」
すかさず憲法に仕事頼む気満々の月白お兄様。あれ? これって、まわりまわって闇王パパの仕事が増えたりしないよね? うん、水槽の魔道具くらいなら憲法が部下とか生徒に作らせるはず……。
それより、せっかくの芸術的な和菓子。食べるのもったいないけど、食べないのももったいないから、「あい、にーた!」と月白お兄様と半分こ。
「あ、すごい。これ、ほんとに甘くない。水の部分の寒天はほとんど砂糖なしで、金魚だけふつうの羊羹なのかな? でも、小石とか水草のねりきりも甘いから、ちょうどいい感じだね。これくらいなら真珠がもう一個食べても平気じゃないかな」
「きれー、おいち! まじゅ、あっち! ぷるぷる、たべゆ!」
「ん? ああ、あっちの水まんじゅうも食べてみたい? じゃあ、これも半分こにしようか」
水まんじゅうも月白お兄様と半分こ。これも赤ちゃん用は別に作ってくれてたみたいで、甘さ超控えめ! だけど、つるぷる食感でとってもデリシャス!
「おいち! まぁま、おいち、あーと!」
「うん、とってもおいしいね。お祖母様、お土産ありがとうございます。でも、次に京都に行くときは僕や真珠も連れて行ってくださいね」
「ええ、もちろん、おまえたちも沙華さんやミルクも一緒に紅葉狩りに行きましょうね。沙華さんは栗のお菓子、好きかしら? 和菓子もいいけど、モンブランはお店によって味も形も違うから、色々と食べ較べても楽しいわよ」
あー、モンブランってホールケーキもあるけど、一個ずつ小さな山型になってるのが一般的だもんね。
この金魚鉢の和菓子みたいに、テーブル上に小さいモンブランを並べるのなら、沙華さんは過去の嫌なことを思い出さなくてすむかもしれない。白絹お祖母様、気配り上手!
「え? あ、はい。あの、でも、あたし、そんなに気をつかわれなくても……って、そうか、わかった!」
言いながら、途中でなにかに気づいたらしい沙華さん。
「うん。そうだ。あたし、あのとき、なんかやだなーって思ったの、たぶん、あの場にケーキとかぜんぜん好きそうじゃない男の人がいっぱいいたからだ。いかにもお金持ちって感じの人ばっかだったし。うん。だから、あたし、白絹様とか月白くんと一緒のこういうときなら、ケーキがいっぱいあっても、おいしそうとしか思わないよ」
なるほど。ホワイト家とのご対面で沙華さんがトラウマ記憶を呼び覚ますことになったのは、大量のケーキ以上にその場にいた金ピカセレブ男性たち!
だけど、それだとホワイト家の面々って全員、致命的だね。そもそもフランシスおじいちゃん、宵司同様に『買う』側の、ある種の加害者だったんだし……。
ああ、でも、だったら沙華さん、客だった宵司の恋人になるとか結婚とか、そりゃあり得ないよ。むしろ夏のあいだ、宵司がプールに来ても逃げなかったのが驚きなくらい。
まあ、ここんちのプール広いからお互いに距離はあったし、宵司はわたしを抱っこに来てたんだけどさ……。
ちなみにおととい、憲法が表立ってホワイト家との交渉を始めたことで、宵司のダンジョン通いが解禁になったらしい。
ていうかさぁ、どこぞのストーカーは転生した最愛の女性の魂を捜すとかいう果てしないドリームのために、魔力の型の分析魔道具を大量に作らなきゃいけない。
だけど、その魔道具作りに欠かせない素材のひとつが、ホワイト家所有のダンジョンからしか出てこないんだって。
しかも、そのダンジョンってすっごく強いモンスターばかりが出てくる高難度ダンジョンで、だからこそ所有国がダンジョン崩壊を防ぐことを条件にホワイト家に完全譲渡したらしい。
おまけに憲法が欲しいレアメタルは最下層のひとつ前のフロアのボスモンスターからしか取れないとか。メタルゴーレムがなんたらかんたらって、闇王パパが月白お兄様に説明してたんだけど、わたしにとっては完全に子守唄。ほぼほぼ宇宙語ネムネムだった……。
とにかく手に入れるのが難しいし、市場にもほとんど出回らないレアメタル。それを自分の野望のために大量に必要とする憲法は、ホワイト家をうまく言いくるめて、宵司に採りに行かせることにしたらしい。
宵司としてはホワイト家が独占していて、これまで行ったことのない高難度ダンジョンなんて、挑戦しがいありまくり! でも、あんまりにも最強オレTUEEされすぎても困るから、お目付け役にホワイト家三男のリチャードが一緒に探索に行ったとか。
だから、今ごろ宵司はダンジョンの中かなぁ? いつ帰ってくるか? 知らない。興味ない。むしろ帰って来なくていいから!
いや、もちろん無事は祈ってあげるけど、ダンジョン帰りのゴリラ、めちゃくちゃ野生なんだもん! また月白お兄様を気分悪くさせたら、真珠ちゃん、プンプン! かかとの硬い靴で踏み踏みしちゃうよ。白絹お祖母様に「かたいおくつ」ねだっちゃうからね!
うん、これ、白絹お祖母様ならぜったいわかってくれると思う。だって、白絹お祖母様の今後の楽しい予定に次男三男は最初から頭数に入ってない。
「じゃあ、九月から何度か、真津子さんを入れた女性陣と月白だけで紅葉狩りに行きましょうね。家族の中で女一人だったわたくしが、身内だけの女子旅なんてできるのね。ふふっ、嬉しいわ。ああ、でも、月白の肩身が狭くなるかもしれないから、闇王にも都合をつけてもらいましょうか」
秋の旅行計画だけじゃない。その先のクリスマスまで白絹お祖母様の頭からゴリラとストーカーは存在消去。
「そういえば、月白の誕生日が十二月二十五日だから、我が家ではクリスマスは二十四日にお祝いして、二十五日は月白の誕生祝いをすることにしているの。ちょっと寒いけど、冬はみんなでウィーンに行って、華やかなクリスマスコンサートを楽しみましょうね。ミルクと真珠が楽しめるような可愛らしいイベントもあるといいわね」
だけど、すっかりドリーミングタイムに入った白絹お祖母様に、沙華さんが思わぬ話を切り出した。
「あの、白絹様、その前にあたし、ちょっと相談したいことがあって……その、月白くんとお話しさせてもらってもいいかな?」