表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/78

第56話 残念な人


 多方面からのすさまじい重圧と仕事と責任しょい込んで、思考がすっかり独裁者な魔王化してしまった闇王パパ!

 それって危険! ダメダメ、過労死一直線コース! 方向転換プリーズ!


 この場合の困ったを投げる先は……やはり憲法くん、きみだ!


「とーた! パパ、ねむねむ! パパ、まじゅ、と、ねむねむにゃの!」


 手の中のぬいぐるみをぺいっとして、闇王パパの首にぎゅうっと両手でしがみつく。

 ちらっと横目で憲法をみたら、気持ちは伝わったらしい。


「なるほど。真珠は闇王兄さんに休憩が必要だとわかっているんだね。言語能力以上に判断力が大人並みなことに感心するよ。だが、そのわりに身体能力は一向に成長しないが……いや、もう五歳児並みの体力と運動能力がありそうなミルクと較べるのも酷な話か」


 うう、一言も二言も多い! わたし、まだ一歳なの! 二歳にもなってない赤ちゃんが泳げないのなんて普通! たぶん?

 でも、頭が重いから転びやすくても仕方ないの! よちよち歩きで走れないのも当然!

 むしろミルクちゃんがすごすぎ! スーパーアスリートヒロイン!


「真珠は本当に優しい子だな。だが、パパは大丈夫だ。ホワイト家の連中は宵司みたいな奴らばかりだからな。あんな赤ん坊の抱き方も知らない野蛮な連中に付き合わされたら真珠が可哀相だ」


 とろけるような目でわたしを見ながら、頭なでなでしてくれるのは嬉しいんだけど、闇王パパ、そんなに一人で世界を敵に回してがんばらないで!

 隣の月白お兄様もソファの座面に転がったぬいぐるみを拾いながら、妥協してくれた。


「闇王伯父様になにかあったら困りますから、ちゃんとお休みっていうか、真珠と一緒にお昼寝してあげてください。ホワイト家のことはお父様に任せておけば何とかなりますよ。お父様、真珠からの誕生日お祝い動画って、今すぐ必要なわけじゃないんですよね?」


 ああ、とうなずく憲法。


「ハワード以外はすでに全員、今年の誕生日を過ぎている。だが、だからこそ真珠の純粋で愛らしいハッピーバースデーの歌は彼らの胸に深く突き刺さったようだ。我々同様、ホワイト家の人間は他者から打算なしの愛情を容易に手に入れることができる。能力も財も容姿も彼らにはすべてが備わっている。しかし、愛おしいという感情を真珠ほど彼らに強く惹起させた存在はいないだろう」


 えーと、それっていろいろ極めたお金持ちが、人から好意や愛情を寄せられるのも飽きて、自分からだれかを愛したいってってことですか?

 そういうの前世の歌の題名にもあった気がするけど、愛されるより愛したいならペット飼うのが一番だと思う。うん、ご主人様になってくれる猫とかいいんじゃないかな。


 ……え? お金持ちはもうとっくにそういうのやってる?


 まあ、ホワイト家、大富豪みたいだし、競走馬だろうが珍しい鳥だろうが錦鯉とか希少生物も好きなだけ飼い放題だよね。もふもふ動物王国、天国! わたしは絶対にそっちの方がいいけどぉ、真珠ちゃん、可愛いもんね!


 でも、めっちゃ反抗的だよ? 相手選ぶよ? ゴリラにはいつだって『ノー』!

 それに英語の勉強だって嫌だし、ダンジョンで戦う気もないし、人の役に立つ仕事とかも前世でこりごりだから、ホワイト家の人たちの愛情にはまったく応えないと思う。


 だけど、だからこその高貴なお猫様、真珠姫!

  

「ほんっと、恵まれない孤児に援助して、気に入った子と養子縁組すればいいのに、それだとどうしても『選ぶ』立場になっちゃうからねぇ……」


 ホワイト家にさんざん付き合ってきた竜胆叔父様が、ため息交じりにぐちぐちぼやく。


「選ぶならやはり目の色・髪の色・肌の色がどうこう、将来的な才能だ魔力だスキルだ外見だのなんだの我が儘放題条件付けしまくって、でも、そうなると最終的な理想は黒玄家のCMの菫色の瞳の赤ん坊だって、なんだかんだとあそこんちの長男も次男も血縁関係知る前から、CMの真珠ちゃんにメロメロだったし……」


 おおっ! さすが悪役お嬢様、黒玄真珠! わずか一歳にして外見だけでお金持ちを虜にしていたってことですか? 傾国の美女! 玉の輿に乗り放題!

 ……うん、おばさんメンタルはそんなの面倒だからひきこもりたいけど。


「おまけに真珠ちゃんの性格がねぇ……。人見知りもせずだれに対してもニコニコ可愛いのに、こう、宵司様限定で塩対応なのがツボっていうか、単純な武力で言えば一番強い宵司様を恐れるどころかむしろ服従させる。その一方で血の繋がった身内より、育ての親のばあやさんの腕の中で一番幸せそうに笑うっていうのが、愛情深く気高いプリンセスって絶賛で、自分もあのお姫様から下僕に選ばれたいって、屈強な男の秘めやかな隠れマゾ願望? なんか真珠ちゃん、特殊なテイマースキルか誘発フェロモン発してるような……」


 竜胆叔父様の声、後半とっても聞こえにくくなったんだけど、それより前半の人見知り! そうだよ! 幼児にはそういう便利な言葉があるよ! 他にもイヤイヤ期とか、反抗期とか!


 うん、わたし、次からゴリラに会ったら、イヤイヤ泣くね。ばあやのお胸にしがみついて!

 あ、でも、パパのお胸でもいいかなぁ? この夏用シャツのさらっとした肌触り好き! パパの匂いも長い手も大好き!

 だけど、月白お兄様のほっぺたすりすり抱っこも好きだし、白絹お祖母様もいい匂いがして柔らかくて毎晩一緒に寝てて幸せだし、沙華さんの抱っこもお胸がムテキにステキ! すすきさんも慣れ親しんだ安定感が最高だし、もう選び放題で迷っちゃうなぁ?


 あ! クアアがぴょんぴょんアピールしてる!

 うん、クアアのぷにぷにも特別。抱っこしてもよし、頭に乗られても意外に軽くて夏はひやっと適温。枕になってもらうと最高なんだよ。


 飽きやすい赤ちゃん脳なわたしがついつい別のことに気を取られているあいだに、憲法が語っていた。


「真珠はあの日も泣かなかったからね。ホワイト家の誰にとってもあの距離でこんなちいさい子に泣かれなかったのは初めてだろう。どんなに高性能な魔道具を装着していようが、あの五人に兄さんたちまで揃っている空間でニコニコ喋る子供なんて他にいない。場慣れしている護衛やメイドもかなり顔色を悪くしていた。月白の方が元気だったくらいだよ」


 この人、ほんとに残念な人だよね……。

 心理学とかいろんなことをいっぱい勉強してるっぽいし、愛情についてもとことん考えて、初めて会った時から露茄さん一筋。永遠の愛をたった一人の女性に捧げてる。

 でも、だからこその狂気。誰よりも憲法自身が己の危うさを自覚してるっていう……。

 なので、まったく人間性は信用できないけど、それでも憲法の頭脳や能力は別格。


 たぶん、わたしがホワイト家の人々へ向けた誕生日おめでとうソングを歌ってあげればなんとかなる!ってところまで、この一カ月、憲法は水面下でホワイト家と交渉してきたんだろう。闇王パパを矢面に立たせて……。


 ほんっと、闇王パパ可哀相! ごめんね。真珠ちゃん、パパがお仕事大変なのも知らずに毎日遊んでばっかりだったよ。今日はもう一緒にお昼寝して、夜も一緒に寝ようね!


「パパ、ねむねむ! パパ、ちゅき!」

「真珠……ああ、そうだな。愛おしいと私が心から思えたのもおまえが初めてだ。おまえを守るためにずっと元気で長生きしないとな。だが、憲法、一度応じれば、ホワイト家からの要求はさらにエスカレートしていくだろう。まさか、真珠をまたあちらに会わせるつもりじゃないだろうな?」


 闇王パパの懸念に、憲法はにこやかに応えた。


「その前にフランシス氏の落とし胤がもう一人くらい見つかるはずだ」


「どういうことだ?」

「フランシス氏の子供が他にいるというの?」


 驚く闇王パパと白絹お祖母様。

 わたしや月白お兄様も唖然だったけど、憲法は明言した。


「むしろ確率的に存在しないはずがない。フランシス氏は七十歳を過ぎてさえ妊孕能があったし、劣悪な環境ですら沙華さんは肉体的に健康に育った。しかも、少し話を聞いただけでもフランシス氏は十代の頃から宵司兄さん並みに多くの女性と関係してきているからね」


 あー、フランシスおじいちゃん、宵司と同類だもんね……。

 奥さんが二人いてもそれとは別に世界中で好き勝手に遊んできてるんだから、フランシス氏に知らせずに子供を産んだ女性がいるかもしれない。だけど、妊娠を偽る女性も多かったらしい。


「これまでフランシス氏は彼の子供を妊娠したと訴える多くの女性にそれなりの援助をしてきたようだ。だが、実際にフランシス氏の子供を産んだのは結婚相手の二人だけ……いや、逆か。初めの結婚はともかく、托卵詐欺が多すぎて、二人目のエミリア夫人とは生まれた子供との親子関係が認められてから籍を入れた。つまり、フランシス氏の子を産めば妻になれるとわかっているのに、名乗り出ない女性など存在するはずがないと信じていたようだが、沙華さんの母親のような社会的弱者もいるからね」


 一応、このダンジョン世界でも日本は先進国の部類に入るらしい。ダンジョン世紀が始まってすぐに黒玄グループが一大帝国築いたっぽいもんね。


 だけど、その日本にさえ、沙華さんの母親のように孤立出産を余儀なくされる弱い立場の女性が存在する。

 となると、もっと女性の地位や立場が低い国では? もちろん、乳幼児死亡率の高い国だと赤ん坊のうちに亡くなっている可能性も高い。

 でも、それでもあと数人、落とし胤が見つかってもおかしくないくらい、フランシスおじいちゃんは七十年以上もの長きにわたって世界中で女遊びしてきている……。 


 なので、闇王パパがこの一カ月、様々な外圧と孤軍奮闘しているあいだに、憲法はホワイト家の面々と仲良くお話合いを進めていたらしい。

 いかにも憲法らしい早口ダーッなBGM説明が続く。


「とりあえず先進国にはピッドカードと同じDNAによる個人認証システムの導入を働きかけることにした。うちのグループとホワイト家から圧力をかければ発展途上国でも導入可能だが、さすがに魔道具の数を揃えるのが大変だからね。そちらはいずれ冒険者ギルドカードの識別システムの変更で対応していくことにしているが……ああ、そうだ。真珠の件とは別に、僕の研究所とホワイト家が共同でDNAと魔力の型の相互関係の分析と特定を進めることになったんだ。まあ、ホワイト家はあちらが独占しているダンジョン産素材を僕に提供するだけだが、将来的には世界のどの国でも冒険者ギルドカードを通して、健康に育った才能豊かなホワイト家の血縁が発見できるだろう」


 えーと、えーと、話はわかんないけど、憲法がホワイト家といっぱい交渉してたってのはよくわかった!


「おまえ、いつの間にそんな……!」


 ムッと眉を顰めた闇王パパのほっぺに、真珠ちゃん、「パパ!」って咄嗟にすりすり! 闇王パパのほっぺはちょっと固いけど、とってもすべすべであったかくて好き! いっぱいすりすりしがいがあるくらい広いし!


「……っ、真珠。そうだな。まあ、結果的にホワイト家の他の子供が見つかって、真珠が守られるならいいが……」


 そうそう、難しいお仕事は憲法に任せておけばいいよ! パパが仕事一筋の魔王になるの反対!

 だけど、白絹お祖母様は一抹の不安をおぼえたらしい。


「……それはつまり、近いうちに先進国で生まれた宵司の子供がもう一人くらい見つかるかもしれないってことかしら?」


 その可能性は憲法が完全否定する。


「いや、宵司兄さんの方でも女衒関係者に徹底的に調べさせたようだし、僕も日本国内に関してはピッドカードで追跡調査したが、さすがに存在しないようだ。まあ、宵司兄さんの子供を産んだ沙華さんは、ダンジョン世紀の麒麟児、フランシス・ホワイト氏の実の娘だからね。逆に高ランク冒険者の血縁者を追えば、フランシス氏の血縁者が出てくる可能性が高い」


「そうね。やっぱり沙華さんがすごいのよね。いいわ。だったら、その諸外国と冒険者ギルドへの働きかけにわたくしは関与しないから、おまえががんばりなさい、憲法」


 うん、そうだよね。世界を相手にする大変な仕事はぜんぶ憲法にぺいっとして、白絹お祖母様はその時間、真珠ちゃんと遊んでくれればいいよ!


 だって、夏休み終わったら、月白お兄様、朝から小学校に行くんだもん……。

 午前中も午後の半分も、真珠ちゃん、すごくさみしくなっちゃう! だから、闇王パパもいっぱい遊んでね! 


 ええ、もう月白お兄様に贅沢に遊んでもらえた夏休みで、真珠ちゃん、すっかり我が儘赤ちゃんになっております。

 しかも都合のいいことに、憲法には莫大な仕事を一人で抱え込まなければならない大いなる野望があったらしい。 


「もちろんこの件に関しては誰も信用できないから、僕が自らすべてのシステム製作に関わって、完璧な捜査網を作り上げるよ。遅くともあと十五年以内に冒険者ギルドだけでなく、全世界の金融機関の認証制度も変更させる。そして、この地球上のどこに生まれ変わったとしても、僕は必ず見つけ出す。露茄と同じ魔力の型を持つ、露茄と同じ魂を持つ存在をね」


 は? 生まれ変わり? なにそれ?


 唖然茫然、絶句するその場の全員。

 ……あれ? だけど、そういえば、わたしって生まれ変わってる?


 転生。生まれ変わり。その一番の実例が今ここにいる、「わ・た・し」!!


 だけど、だけどさ、生まれ変わった露茄さんの魂を捜すなんて執着粘着の極み! 絶望的なストーカー! 怖い! やっぱりダントラ!! 露茄さん、もう他の世界に逃げてー!! 憲法が来るー!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ