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第5話 勇者は綺麗なお兄さん

 月白お兄様の誕生日はクリスマス。

 そして今日は前日のクリスマスイブなので、真珠ちゃんはサンタコスプレ! 

 玄関の吹き抜け空間には五メートル級の巨大クリスマスツリー登場!! というわけらしい。


「あぶあばぁ……!」


 このうち、ほんとに個人宅? ありえない!

 あ、この玄関は本館の玄関。

 ふだん真珠ちゃんが暮らしているのは離れの一角で、さっきおじさんと初対面したのは離れの応接間だった模様。


 あのあと、おじさんのすべすべのスーツに頬をすりすり、抱っこされたままつれてこられたのが黒玄家本館。

 離れと本館が冷暖房完備の渡り廊下でつながってるなんて、どこぞの高級リゾートホテルという感じで、すでに方向感覚ありません。家の中で迷子になる自信満々、ハイハイで冒険したら行き倒れ確実レベルに広いし、怖いくらいにシーンと人気ひとけがありませんよ、この豪邸!


 ちなみにおじさんは父の一番上の兄なので、漢字表記は伯父でした。

 その名も闇王やみおうって、名は体を表す魔王疑惑の高まる闇王伯父様。まあ、偽物真珠ちゃんはどうせ血のつながりないけどね。

 いまだ会ったことのない父親は三人兄弟の末っ子で、年の離れた兄二人。

 闇王伯父様以外のもうひとりの伯父の名は宵司しょうじで、三男の憲法と合わせると三権分立三兄弟。


「行政の闇王、司法の宵司、立法の憲法などと、亡くなられた旦那様は三人の息子に過大な期待を込めて名付けられました。お三方とも父親の期待通り、立派に育ったといえなくはないでしょうが、これほど孫に恵まれないとは旦那様も予想していなかったことでしょう」


 あまりに巨大なクリスマスツリーにお口あんぐり、ぽけっと見上げるわたしのよだれを横から拭き拭きばあやが教えてくれる。

 闇王伯父様のスーツの胸元もちょっとテラテラしてるけど、そっちは無視のばあや、ナイス!

 うん、このやたら柔らかくて肌触りのいいスーツ生地、家庭の洗濯機で回せるわけじゃないからね。赤ん坊抱っこするのにこんなの着てくる人が悪い! けっして真珠ちゃんがよだれかけしてないせいじゃない。せっかくおめかししてるんだもん。あ、袖口もテラテラしてる……。


「月白お坊ちゃまは待望の初孫でしたから、むしろ名前はその孫を産んでくれた母親がつけるべきだと旦那様がおっしゃって、ですから月白お坊ちゃまも真珠お嬢様もお母様が名前を考えてくださったんですよ。露茄様は白絹大奥様にあやかって、白にちなんだ色から子供の名前を決めてくださって、本当に情に厚い心優しいお方でした」


 ばあやは大奥様と同年代で、それこそ三権分立三兄弟が生まれる前、白絹大奥様がこの黒玄家に嫁いで来る前からお仕えしていたらしい。

 なので、ばあやの優先順位一位は白絹お祖母様だけど、年齢的にもちろん大きいお坊ちゃまたちのおむつを替えてきたわけです。ええ、小さいお坊ちゃまな月白お兄様も含めて。


 となると、いくら闇王伯父様が護衛を従えたラスボスちっくなお偉い様でも、ばあやに言い返す言葉はないようで、さきほどからひたすら「…………」で抱っこしたわたしのお尻をトントンなでなでしてくれてる。

 これって一歩間違えばセクハラなのに、赤ちゃんの身体だと不思議と落ち着く。ご機嫌スマイルニッコニコ! とっても、ふわふわいい気持ち! 



 それにしても三権分立って、小説っぽい名前だね。

 真珠もキラキラだと思ったけど、わたし、この名前で助かった。名づけのお母さんありがとう!

 あ、でも、期間限定ネームだ。

 入れ替わりヒロインって、あのむちゃくちゃ犯罪者お母さんになんて呼ばれてるんだろう……? たぶんふつうに読めない漢字の、人間っぽくない名前だよね? そりゃ真珠しんじゅも人間じゃないけど……。



     ◇◇◇◇◇



 巨大クリスマスツリーを堪能した後でお供引き連れ、みんなでやってきたのは、たぶんダイニングルームと思われる場所。

 家族で食事するところをそう呼ぶはずだけど、このうちの場合は高級レストランって呼んだほうがいいような気もする。

 だだっ広い空間の中央に白いグランドピアノが鎮座していて、その周りにクリスマスっぽい花と蝋燭の飾られた丸テーブルがいくつも配置。

 テーブルとテーブルの間には高さ一メートルくらいのミニツリー。あ、感覚がおかしくなってる。庶民の家じゃ、わりとふつうの大きさのツリーがいっぱい置かれてるよ。

 大きな窓のむこうの庭は光の動物園! 動物の形のイルミネーションがいっぱいキラキラしてる。

 ていうか、シャンデリアって一つの部屋に一つじゃないんだね。壁のアンティークな照明とか立派な額縁入りの巨大な絵とか、完全に貴族のお屋敷! 高級ホテル! ここってふつうは幼児立ち入り禁止だね。高そうな壊れ物が多すぎ!


「こんばんは。闇王様が帰ってるなんて思わなかったな」


 と、ピアノの音色みたいに澄んだ声が響いた。

 抱っこされたまま、闇王伯父様全自動で振り返った先にいたのは、やたら綺麗なお兄さん。

 髪も瞳も茶色がかっていて、二十歳前後の大学生くらい? でも、学生にしてはしぐさが優美で上品で、華やかなスーツがよく似合ってる。切れ長の瞳の端正な顔立ちはだれかに似ているような気もするけど……。


「本日はご招待いただきありがとうございます。父母も楽しみにしていたんですが、急な仕事で……月白、寂しい思いさせてごめんね。代わりにクリスマスと誕生日プレゼントは預かってきたんだけど、先にこれだけ渡しておくよ」


 どこからともなく現れた中年男性がテーブルの上にヴァイオリンケースを置いた。そのまま手袋をした手で慎重にケースを開ける。中に入っているのはもちろんヴァイオリン。

 前世のわたしは楽器のことに詳しくなかったみたいだし、今のわたしも知識ゼロ。だけど、このヴァイオリン、見るからに立派! この家の格調高い家具同様に磨きこまれて飴色に輝く年代物!

 

「え? これって、はなだのお祖父様が愛用されているグァルネリですよね? 僕に貸してもらえるんですか?」


 その、ぐぁる…なんとかはよほど高級品なのだろう。一目散に近づきながらも、月白お兄様はちょっと背伸びして、触れずにうっとりケースの中の楽器を眺めている。

 声も綺麗なお兄さんはそれはそれは綺麗な顔に、それはそれは綺麗なほほえみを浮かべた。


「ううん。僕が捨てる前に月白に渡すって。もう名義変更もしたらしいし、僕が触っちゃダメってうるさいから、月白のおもちゃにして。まあ、そこまで悪い気は感じないけど、こういう古いのって色々呼び寄せやすいから、僕は捨てたほうがいいと思うんだけどね」


 由緒ありそうな芸術品に、このお兄さん、無茶苦茶!

 月白お兄様もあきれ顔になる。


竜胆りんどうお兄様は相変わらずですね。でも、ありがとうございます。大切に使わせていただきます。お祖父様にもすぐにお礼を言いたいのですが、今、どちらに?」

「たぶん飛行機? 明日の朝にはイタリアに着いてるんじゃないかな。ちなみに母はニュージーランド。どっちもダンジョン崩壊で魔素バランスが大変なことになってるって、緊急要請が入っちゃって」


 まそバランス……。

 常日頃豪邸ひきこもりのお姫様生活だから忘れそうになるけど、さすがはダンジョンファンタジー世界。意味の分からない言葉が出てくるよ……。


「お二人とも大変ですね。竜胆お兄様もお忙しいのに、今日はわざわざありがとうございます」


 礼儀正しくお辞儀する月白お兄様を、綺麗なお兄さんはふふっと抱きしめた。


「月白は本当に可愛いね。大好きだよ。僕、クリスマスプレゼントにしばらくお休みもらったから、月白のベッドに泊めてね。闇王様のベッドでもいいけど、泊めてくれますか?」


 嫌がる月白お兄様の顔中にキスを降らせながら、綺麗なお兄さんはわたしを抱っこしている闇王伯父様をちらりと見上げる。

 顔が並ぶとよく似た目鼻立ち。このお兄さんはまちがいなく血縁ですね、月白お兄様の。


「きみのために露茄さんが用意した衣裳部屋があるだろう。可愛い弟のために露茄さんは毎シーズンブランドスーツを誂えている、自分にはスーツなんて買ってくれないのに……と前に憲法が話していた気がするが」

「だって、僕は何でも似合うけど、闇王様も憲法義兄さんも姉さんの趣味の服、着こなせないでしょ。特に女装」

「…………」

「姉さんの着せ替え人形、そろそろ月白にバトンタッチって思ってたんだけど、ほんとに残念。姉さんもせっかくの娘だったのに、悔しかっただろうな。その分も僕が月白と妹ちゃんのおそろいコーデ服、準備させたから、明日はいっぱい写真撮ろうね、月白」


 映像で見た露茄お母様も美人だったけど、その弟、母方の叔父に当たるこの竜胆叔父様はそこいらの女性が束になっても敵わないあでやか美人!

 推定身長百八十センチ弱と背も高いけど、だからこそモデルみたい。すらりと細身だから、化粧も女装も似合うよね。指の長いほっそりとした手は爪の先まで輝いてる。

 だからといって、男装している今が女っぽいわけではなく、ひたすら綺麗。

 声から顔立ちからしぐさから、その穏やかで上品な雰囲気まで、すべてが綺麗で、心なしか周囲がキラキラしている気もするよ。

 こんな綺麗なお兄さんににっこり頼まれたら、たいていの人は嫌と言えないだろうけど、月白お兄様は毅然と女装を拒んだ。


「嫌です。真珠に着せるのはいいけど、僕は女装しません」


 しかし、敵もさるもの。甘くやさしく誘惑してくる。


「大丈夫。女装じゃなくて、トナカイファッション。猫とか犬とかウサギとか、ぜんぶ着ぐるみ系で揃えてもらったから、ぜったい可愛いよ」

「ぜったい嫌です! ……でも、真珠は可愛いかも」

「うん、可愛いよ。こういうのはみんな一緒にって、ちゃんと僕のもあるんだけど、さすがに闇王様がいるとは思わなかったからね。サイズ的に服は無理だろうけど、とりあえず一番大きい帽子とカチューシャ、すぐに取り寄せてもらうね」


 おお、勇者! 誰もが恐れそうな強面魔王にも平等に無茶ぶりしてるよ、このお兄さん! 


「必要ない。そんな馬鹿げたことに付き合う気はない」


 もちろん即座に断られるけど、綺麗な勇者は甥っ子にキスするのも、魔王への挑戦もまったくやめない。


「そんな意地悪言うと、写真、分けてあげませんよ? 着ぐるみファッションの甥っ子姪っ子の写真、すっごく可愛いですよ。ちゃんとプロの写真家も手配してますから、明日は闇王様も一緒に撮影、楽しみましょうね」


 なんなんだろう、この不思議な生き物は……。

 見た目は極上、口調もしぐさもおっとり優美で穏やかなのに、なんだか逆らえない。逆らう気力をなくしてしまうって……洗脳?

 ある意味、この場で一番怖い存在かもしれないけど、実は闇王伯父様が見掛け倒しでそんなに強くないのかもしれない。ばあやにも完敗だったし、今も精神安定剤みたいにわたしのお尻をなでなでしてるからね!

 いいですよ、今はおさわりタダにしてあげましょう。その分、将来、就職先、よろしくお願いします、闇王伯父様!

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