第53話 パンダ型水鉄砲プール
ホワイト家効果で逆に白絹お祖母様や月白お兄様のミルクちゃんへの態度はすばらしく改善した!
このところ午後は毎日、プールで一緒に遊んでるんだけど、ミルクちゃん、憲法印の魔道具を装着してるとはいえ、もう完全に一人で泳いでる。
月白お兄様と泳ぎ競争できちゃうくらいだから、白絹お祖母様が宵司の子守り担当だった家庭教師たちを招集。運動神経のよさを活かす方向で育てていこうってなってるらしい。
ここんちのプール、広いからね。水の中で好きなだけ泳いでる限り、ミルクちゃん、泣かないし、大声で叫んでも音が拡散。
なので白絹お祖母様も耳栓不使用に! 宵司子育てのトラウマ克服しつつあるかなーって感じ。
しかも毎日思う存分身体を動かしてるせいか、ミルクちゃん、どんどん痩せてってる! もちろんおなかぽっこり幼児ボディだし、ぽちゃぷにほっぺだけど、こう、全体的に引き締まって、お目めぱっちり可愛い幼児に!
やっぱりっていうか、さすがっていうか、ヒロインのポテンシャル高いよ。
将来、確実に黒髪黒目の和風美少女! 運動神経も抜群っぽいし、その気になったらダンジョンで活躍するアイドルみたいな冒険者になりそう。
月白お兄様もそんな妹を可愛がるっていうか、
「あー、ミルクはあと一往復無理だよね。ほら、もう疲れたんだろ。そろそろブザーが鳴っちゃうよ。だから、ビービーなる前に休憩したほうがいいって。あれ、すっごいうるさいし。え? 邪魔だから外せって? ダメダメ。小学校入るまでは必須だし、ミルクみたいに猪突猛進で体調管理できないお子ちゃまは大人になってからもお知らせブザーが必要かもね」
プールで並んで泳いで体調管理してあげつつ、煽ってるような……。
でも、まだちゃんとした言葉が出てこないミルクちゃんの言わんとすることを察してあげられるくらいには仲良くなってる。
なのに、わたしとミルクちゃんの距離はまだまだ遠い。
だって、せっかくお子ちゃま用プールに来てるのに、どういうわけか、わたしの居場所はプールサイド。
なんかさ、二回目に来た時には幼児用プールの横に、パンダ型のビニールじゃないけどそういう素材っぽい水遊びプールが置かれてたんだよね。しかも紅白パンダで可愛いんだけど、浅くてぽちゃんと座るだけみたいな……。
「真珠にはまだプールが早かったみたいだから、ここで遊びましょうね。憲法がアカデミーの生徒に水遊びの魔道具を作らせたんですって。このボールをぎゅっとしたら、パンダの目から水がぴゅっと出て、こっちのボタンを押したら音楽とともに中の水が回りはじめて、こっちのボタンで周りから水が噴水みたいに噴き出すのよ」
パンダ型プールの横には白絹お祖母様やばあやの観覧席も準備万端。
うん、このパンダの目から水鉄砲、面白いよ? 発射した水を当てるための的も設置されてるよ。的の中心に顔写真が貼られてるし!
「あ、これ、ラスボスが宵司伯父様なんですね。一番近いのがホワイト家の四男で、三男、次男、長男、フランシス氏ときて、最後に宵司伯父様の順か。そうなると掛け声は『目標捕捉、シュート!』かな?」
というわけで、真珠ちゃん、プールサイドでも英語のお勉強!
でも、おかしい。おかしいよ! ミルクちゃんはプールですいすい泳いでる。なのに、わたしはぷにっとしたボールをぎゅぎゅっとしてパンダ水鉄砲発射!
「たげっ、ろお、ちゅーとぉ!」
「そうそう、うまいうまい。真珠はおりこうだね」
月白お兄様も一緒にボールを握りながら遊んでくれる。だけど、せっかくプールに来たのに、わたしの水遊びに付き合わせるの悪いからね。
ミルクちゃんも一瞬だけパンダプールに入ってくれたけど、すぐ飽きて泳ぎに行っちゃった。なので、月白お兄様も行っていいよって、気遣い真珠ちゃんはお手てフリフリ。
「にーた、みーた、と、およぐ! ちゅいちゅい!」
「真珠って言葉を覚えるのは早いのに……うん、でも、そうだね。ミルクと泳ぐっていうか、まあ、僕も体力はつけた方がいいから泳いでくるよ。真珠はあとで一緒にお歌歌おうね」
そして一人残されたわたしは回る水の中でクアアとぱちゃぱちゃ……。
あ、もちろん保護者の監視付き。ものすごく生温い視線だけどね。
でも、これほんとに楽しいよ。わたしの運動神経や成長度合いにぴったりで、すごく楽しいんだよ。むしろ泳げないのにプールに浮かんでる方がわたしにとってはふんにゃりふやけるだけ。
だけど、ミルクちゃんにとってはパンダプールは退屈で、自分で泳ぐほうが楽しい。
なんかさ、運動神経って一歳でこんなに違うもの? 才能一択?
そういえばダンレン!のヒロインって自力で冒険家になるはずだよね。
お嬢様な黒玄真珠は宵司みたいな高ランク冒険者に寄生してランク上げ出来ても、たぶん貧困家庭で育つだろうヒロインは自力で冒険者ランクを上げていかなきゃいけない。
それって魔力以前に体力必須。武器とか装備にお金かけられないなら、体力運動神経抜群じゃないと冒険者としてやっていけないわけで、そのあたりはミルクちゃんのヒロイン遺伝子に組み込まれてるのかな。
まあ、宵司ほどじゃないにしても、闇王パパも身体能力すごいし、父親の運動神経、しっかり引き継いでるっぽい。
だけどさ、わたしの遺伝上の父親、最強ゴリラの宵司。
で、沙華さんは今、隣の大人用プールで女性のスイミングインストラクターから指導を受けて華麗に泳いでる。
沙華さん、泳ぐの気に入ったみたい。この先、なにをするにしても体力や筋肉はあったほうがいいだろうって、ちょっと教わったらぐんぐん泳ぐの速くなってる。インストラクターが驚くくらいセンスがいいらしい。
なのに、その沙華さんと宵司のあいだに生まれた黒玄真珠の運動神経が残念な感じなのって、おかしくない?
はっ! やっぱりダントラ!
っていうか、これがきっとダンレン!で黒玄真珠がやさぐれて悪役お嬢様になる理由かも?
努力しても運動できないっていうか、努力するだけの運動神経がないなんてひどい! 毎日プールに来て、プールサイドで水遊びって、すごく楽しいけど違う!
違うんだけど、でも、クアアぐるぐる可愛い!
パンダの浮かぶおもちゃもあるよ! あ、ブタのうーたに似たピンクのおもちゃもある!
クアアとみんなで一緒にぐるぐる、ボタン押し続けたら水が高速回転! 色が混ざって溶けあって、これってなんかの絵本みたい!
ふむふむ、こっちのボタンで音楽が切り替わるね。そして、こっちのでシュワワーッと水シャワー。虹が出た! きれい!
あれ? こっちの虹色のボタンなに? こんなのあったっけ?
あ、すごい! シャボン玉! パンダの口からシャボン玉がシュババババーって出てくる!!
「あら、このパンダ、シャボン玉が出てくる機能なんてあったかしら?」
白絹お祖母様も感じたらしい疑問に、ばあやが答えた。
「真珠お嬢様が遊んでいる動画を見せたら、アカデミーの生徒たちが勝手に徹夜して新作を作ったらしいですよ。以前のものは先日のフルーツやケーキと一緒に養護施設に寄付したとのことでした」
「まあ、見た目が同じだから気づかなかったわ。でも、あのフルーツとケーキ、大丈夫だったのかしら? なにが入っているかわからないんだから、やっぱり塩撒いて燃やした方がよかったと思うんだけど」
「運び入れる前に憲法様が毒物チェックは済ませていたようですし、フルーツの大半は病院に寄付して喜ばれたようです。ケーキは魔道具の保管庫付きでしたから、中身を食べ終わったら、養護施設の方で保管庫を売却して運営資金に充てるそうです」
実はホワイト家からのお土産のフルーツもケーキも保管庫も、まともに買ったら億単位になる超高級品だったらしい。
なので、闇王パパは送料こちら負担でも送り返したかったみたいだけど、ホワイト家は拒否。
結局、竜胆叔父様の一存で寄付することに。
「いや、だからさ、ちゃんと確認する前に次のお土産用フルーツとかケーキまで手配済みとかやめてよね。こういうのって僕でさえ飽き飽きっていうか、僕、月白じゃないと癒されないのに、ホワイト家と関わると月白の機嫌が悪くなるからイヤなんだけど。え? 僕の姪っ子? ああ、あの子ね。あの子……うん、可愛いんだけど、残念ながら魔力の型がなんでか宵司様とかホワイト家に似てて、たぶん筋肉と攻撃魔法に最適な……」
竜胆叔父様、今、黒玄家三兄弟と協力してホワイト家との交渉に当たってくれてる。
でも、ホワイト家の人たち、しつこい! 憲法ばりの執着らしい!
竜胆叔父様、何度も何度も懇切丁寧に説明したんだって。
沙華さんは英語も外国人もケーキ食べ放題も、それ以外にもふとした拍子に過去の嫌な記憶が蘇る。その引き金となるものは沙華さん自身にもわからないくらい色々あるから、言葉も通じない父親とか兄とかとコミュニケーションどころじゃないって。ホワイト家の人たちが上から目線でトラウマ刺激するたびに沙華さんは自己否定とか自己嫌悪に陥るだけだって。
なのに、ホワイト家からの提案は無茶苦茶だった。
「一流の精神科医もカウンセラーも手配したが、結局トラウマの克服は不可能に近いだろう。色々な経験をして自分で折り合いをつけていくしかないが、だから、記憶消去魔法はどうだい? ああ、うちのお抱えの冒険者たちのあいだで安全性は確認されているし、その後のサポートについても万全を期する」
英語が話せないことになっている竜胆叔父様と直接会話して交渉してくるのはハワード氏だったけど、上の兄たちより人間性がましなハワード氏でさえそんなありさま……。
「あのさ、そんなに沙華さんの過去をなかったことにしたいなら、そっちが彼女の存在を忘れればいいんじゃない? 彼女は彼女で十八年間がんばって生きてきたんだよ。なのに、その過去を全否定する人たちと仲良くするのって、絶対に無理!」
てな具合に竜胆叔父様がんばったらしい。
だけど、沙華さんがどうしても無理なら今度はわたしってことになる。
「では、沙華のことは憲法の娘の養母として黒玄家に任せるとして、だがしかし、真珠についてはこちらに会わせてくれてもいいだろう。あの子は我々以上に父フランシスの血を濃く受け継ぐ、生粋のホワイト家の人間だ。月に一度の面会と、年に数度の旅行くらいならば……」
「フランシス氏だって息子が何人いても、赤ちゃんなんてろくに抱っこしたことないだろうし、真珠ちゃんにとってあなたたちは宵司様と同列扱いになるよ。宵司様と真珠ちゃんの面会動画見せてもらったんでしょ? 真珠ちゃんのあの表情見た? 抱かれ心地悪いってすっごい嫌そうだし、踏みつけてお馬さんにしてようやっとにっこりするんだよ。ああいう扱い受けたいの? ……え? ああ、そうか……。むしろ、あれがご希望か……」
ということで、竜胆叔父様がパンダプールで楽しく遊ぶわたしのところに交渉に来たんだけど、もちろん拒否!
「のー!」
「うん、そうだね。真珠ちゃん、意味わかって『ノー』って言ってるよね……。っていうか、この射撃の的になってる顔、ホワイト家と宵司様だもんね。そうだね。僕ももうこれ以上、月白に嫌がられることしたくないから、真珠ちゃんが敵をやっつけてる動画を見せて諦めてもらおう。さあ、真珠ちゃん、どんどんターゲットロックオンして、シュートしちゃって」
そして、わたしのパンダ型水鉄砲動画を見たホワイト家の反応たるや……。
「……ねえ、真珠ちゃん、今度、あの射撃の的が生身の人間になっていいかな? なんかさ、実際に的になって水をぶつけられたいっていうか、真珠ちゃんの射撃の水、ぜんぜん的まで届かないもんね……。なるべく近くで真珠ちゃんが遊んでるのを生観覧したいみたいなんだけど、あの人たち、あのプライドの高いホワイト家の人たちだよね? ハワード氏はともかく、長男次男って、ゴリゴリの人種差別主義者で見栄っ張りの気取り屋で、僕もイエローモンキーの分際でホワイト家絡みの仕事断ろうとするなんて分不相応にもほどがあるって、英語わからないふりするのも大変なくらい罵詈雑言浴びせられ続けてきたんだけど……」
竜胆叔父様は竜胆叔父様でほんとに苦労してるんだね。
でも、わたしの答えは決まってる。
「のー! ほわいと、ぐばい!」
イヤ! ホワイト家、さよなら!
ちゃんと月白お兄様に「ホワイト」も教わったよ。Hの発音、ハッピーバースデーのお歌で練習してしっかり言えるようになったんだよ。
ふふん、このところ月白お兄様がいっぱい遊んでくれるから、苦手発音も克服中。
なのに、水泳は先天的に才能が……。
射撃もいまいちどうかなーってレベルのまま……。
「……うん、そっか。そうだよね。嫌だよね。僕も人生いろいろ考えるところがあるから、もう交渉仲介やめるよ。あとは黒玄家三兄弟にお任せしよう!」
ということで、竜胆叔父様、ホワイト家との交渉放棄!
穏健派の竜胆叔父様リタイアでどうなるこの先!?と思ったけど、粘着質のストーカー対策にはやっぱりその道の専門家が一番だった。