第52話 条件反射
三日後、真珠ちゃんはさらにパワーアップしました。
「どーと、たっち、みー! ごあぇい! ぐばい!」
秘儀スマイルゼロ円スペシャルとともに繰り出されるカタコト英語でイヤイヤ攻撃!
すぐさま金髪イケオジなハワード氏が宵司に詰め寄る。
「宵司! きみは娘に何を教えているんだ!? なんであんな天使のように可愛いらしい赤ん坊が口を開けば『触るな! あっち行け! さよなら!』なんて言うんだ!? 普通はハローだろう!」
おおっ! 真珠ちゃん英語、ちゃんと外国人にも伝わってるね! すごいよ、わたし、この年にしてバイリンガル!
とはいえ、英語で話しかけられてもぜんぜん聞き取れないけど、喋る方は月白お兄様が絵本とかお歌の合間合間にエンドレスリピート教育してくださいました。
しかもタブレット画面でホワイト家メンバーの写真を見せられながら、
「この顔見たら言う言葉だよ。いい? どの顔見ても、条件反射で言えるようにしようね」
パブロフの犬的な「ドントタッチミー!」の徹底指導だからね……。
でも、無垢な赤ん坊の真珠ちゃんは素直に条件反射がんばりましたとも。
えー? だって英語圏に連れていかれるのヤだしぃ?
だから、本気でホワイト家の皆様にはもう一生会わなくてよかったんだけど、ありとあらゆる国家権力からの圧力でどうしようもなかったみたい。
むしろ、ご対面まで数日稼げたのは闇王パパの交渉能力のおかげで、その間に憲法がたっぷり準備したらしいよ。宵司レベルの化け物が百人がかりでも打ち破れない鉄壁の防御バリアとかもろもろ……。
それ以前の譲れない条件として、黒玄家の敷地内に入れるのはフランシス氏とその息子四人だけ、魔道具の持ち込み不可、ボディチェックあり、能力封じの魔道具装着が必須。
で、実際のご対面の場となった黒玄家のゲストハウスには憲法が幾重にも罠を仕掛け、ホワイト家ご一行を先に応接間に通してから、宵司と竜胆叔父様ごとあちら様を鉄壁バリアの向こうに封印!
そうして、ようやくその場にこちら陣営のご入場。
ばあやに抱っこされたわたしの背後にはすすきさん、足元にはクアア、月白お兄様は白絹お祖母様とお手てつないで、沙華さんは闇王パパがエスコート。壁際には他の護衛さんたち多数。
ミルクちゃんは最終兵器っていうか、状況に応じて召喚すべく相済真津子さんとともに別室待機らしい。
で、わたしや沙華さんを見て、まず「オオッ!」ってフランシスおじいちゃんが立ち上がった。すぐさまこちらに駆け寄ろうとするも、見えない壁に正面衝突! 「オーノー!」とかなんか騒いでる。
息子たち四人も椅子から立ち上がって、じっとこちらを凝視。
だから、目が合ったわたしは条件反射!
「どーと、たっち、みー! ごあぇい! ぐばい!」
だってさ、写真より本気でゴリラ!!
おじいちゃんも息子四人も全員が全員、宵司と同じかそれ以上の巨人! 筋肉っていうか、立派な衣服に隠されてるけど、首の太さとか肩幅とか身体の厚みとか太腿とか、もうぜったいムキムキゴリラ!
ノーモアゴリラ! ゴリラは宵司だけで余ってるの! そんなガラス玉みたいな目をもっと丸くしてもダメ!
ハワード氏以外の三人も年齢より若くてかっこいいけど、めっちゃ硬そう! イヤ! 抱かれ心地ぜったい悪いから拒否!
で、ハワード氏にがーっと詰め寄られた宵司は事実をありのままに説明。
「おまえな、俺があんなちっせーガキに言葉なんて教えられると思うか? 普通に抱くのも一苦労ってか、あのチビに怪我させねーように触るの、どんだけ大変だと思ってんだ? 俺が一方的に踏まれて蹴られて叩かれてるだけでも、こっちを勝手に叩いたあのチビの手が赤くなったって文句言われるんだぞ?」
……あれ? 宵司から聞くと、まるで真珠ちゃんが凶暴で家庭内暴力してるみたい?
いや、そりゃ、ちょっと踏みつけて足蹴にしてお手てでドンドンしたけど、あれって遊んであげただけだよねぇ? 最初に会ったときなんて、だれかさんが魔力注ぎすぎたせいで真珠ちゃんの気分が悪くなったしぃ?
ハワードおじさんもちらちらわたしを見ながら、絶賛わたし擁護。
「それは……まあ、きみに近づかれるのがよほど嫌だったんだろう。大きいし威圧感があるし顔も怖いし、そもそもあんな繊細で可愛らしいbabyに触ろうとするきみが悪いよ」
「そのまんま、こっちのセリフだ。ったく、だから、あのチビの養育もしつけも教育もババーズと憲法の息子の仕業だ。俺は一切関知してない」
「憲法の息子か……。まあ、彼の息子だけあって相当頭もよさそうだし、我々を警戒するのも仕方ないか。先が楽しみな子だ」
うん、ハワードおじさんも宵司に対して辛辣っていうか、三日前にぐしゃっと自分を床に這わせた憲法には一目置いてる感じだね。
憲法、今もこっち側で、透明な壁の向こうにホワイト家の人々を宵司と竜胆叔父様と一緒に閉じ込めてるけどね。
まあ、竜胆叔父様は竜胆叔父様で、あちら側の閉鎖空間でにっこりなんかやってるっぽいけど……。
なにはともあれ、もうわたしとホワイト家親族とのご対面は終了。
月白お兄様は満面の笑みを浮かべて、ばあやの手からわたしを抱きとる。
「真珠、えらいね。ちゃんとご挨拶できたね。うん。もうご挨拶終わったから、お部屋に帰って遊ぼうか? 今度海に行くから海のお歌、覚えようね。海でお散歩するときに歌おうね」
「おうた!」
「うん。じゃあ、闇王伯父様、あとよろしくお願いします。沙華さんもミルクが寂しがってる頃じゃないですか?」
「え? あ、そうかも。じゃあ、あたしも失礼していいかな? どうせ英語でしゃべられてもわかんないし」
そう、実は沙華さんもまったく気乗りしていなかったホワイト家とのご対面。
最大のハードルは言語! わたし同様、沙華さんも英語がぜんぜん理解できないらしい。そりゃそうだよね。日本で生まれ育ったのに公教育も受けてないんだし、公教育何年受けても前世のわたしにとっての英語は宇宙語。
しかも、沙華さん、見た目に関しても逆外国人コンプレックスっていうか、沙華さん自身の意識では自分は日本人。なのに、見た目でガイジン扱いされてきたから、ガイジンさんの見た目が苦手。
ミルクちゃんとわたしを較べて、百人中百人がわたしを可愛いと言っても、沙華さんだけは別枠でミルクちゃん派。黒い髪に黒い瞳のミルクちゃんが沙華さんにとっては正義で、この世で一番可愛いんだから、今さら見た目も言語も違和感ありまくりの親兄弟ができてもねぇ……?
そもそも沙華さん、母子寮で過ごしていたときも過食拒食の摂食障害を起こしたりなんだり精神的に不安定になることがあって、最近ようやっとわたしを可愛いと思えるようになってきたかな、ってくらいだったらしい。
ほんとにもう、竜胆叔父様が先走ってホワイト家に余計な事知らせるから……。
ってお詫びもあって、今日の竜胆叔父様は透明な壁の向こうでホワイト家の面々とご一緒。いざとなったらどんな手を使ってもあちら様を止めてくれるらしい。
なので、さっさと永遠のさよならしようとしたんだけど、透明な壁にベタンと貼りついてたおじいちゃんが叫んだ。
「サエカ! マジュ! マッテ! ワタシ、オハナシ、シタイ、デッシュ。オ、オミヤゲ、タベテ、クダシャイ!」
あれ? これ、日本語? すっごい英語訛りだけど、一部日本語が混ざってた気がするよ。うん、英語訛りの日本語、聞き取りにくいけどね!
すぐさまハワードおじさんが綺麗な日本語で補足説明してくれた。
「沙華、真珠、待ってくれ! 父は日本語の勉強を始めたし、今、ここでの会話は私が英語に訳して伝えることになっている。だから、きみたちは日本語で好きに喋ってくれていいから、もう少し、その、そこのお土産を食べる間だけでもここにいてくれないかい?」
フランシスおじいちゃんが阻まれている壁のこちら側にはフルーツてんこ盛りのテーブルがずらり。
というか、普通の応接セットの横にフルーツ盛りテーブルが五個くらい置かれてて、さらにケーキ屋さんのショーケースみたいなのも並んでる。ここんちって天井高くて部屋が広いから気にならないけど、これ、たぶん、フルーツとケーキの中身だけで六畳間がぎっしり埋まるよ。めっちゃ大量。
色とりどりのフルーツタルトにイチゴケーキにチョコレートケーキにチーズケーキに、ショーケースの中にはホールケーキだけでも二十個以上。シュークリームとかゼリーとかプリンとかマカロンとかきらびやかなチョコレート菓子もいっぱい並んでる。
この部屋に入るときから甘い匂いがするとは思ったんだけど、これがおじいちゃんの「お土産」ってことなのかな? こんな大量に運んでくるの大変だっただろうね、業者さんが……。
一緒に来たメイドさんが応接セットのテーブルにささっとお茶とか取り皿とか準備してくれてるのを見て、月白お兄様がわたしに聞いた。
「おやつの時間にはちょっと早いけど、真珠、あの中に食べたいのあるかなぁ?」
まだお昼ごはん食べてから一時間も経ってないからね。ランチについてたメロンも食べたし、ばあやも渋い顔で言う。
「原材料と製造過程がわからないものは何が入っているかわかりませんから、真珠お嬢様が食べられるのは果物だけですね。ですが、どれもダンジョン産の魔素成分の多そうなものですから、真珠お嬢様のお口に合うかどうか……」
ラブリー真珠ちゃんはすかさずおねだり。
「ばぁば、カリカリ!」
以心伝心、わたしのことをよくわかっているばあやは四次元ポケットからすぐさま小魚せんべいを取り出してくれた!
「はい、どうぞ。そうですね。こうも魔素の濃い果物を並べられると、香りだけで甘いものに飽きてしまいますものね。月白お坊ちゃまもいかがですか? あられや塩昆布もありますよ」
月白お兄様の腕の中で、わたしは幼児らしくすぐさまおせんべいカリカリ。
ばあやはポケットから他の塩菓子も取り出そうとしたけど、月白お兄様は首を振って止めた。
「部屋に戻ってからにするよ。僕、そんなに魔素耐性高くないから、これ以上、ここにいると気分が悪くなりそうだし。あ、沙華さんはどうしますか? こういうケーキとか果物、僕のお母様は全種類一口ずつお皿に盛らせて、ちょっとずつ味見するのが好きでしたよ」
さすが露茄さん! 憲法の調教師! 迂闊に好きなもの指定したら、憲法、毎日同じものプレゼントしてきそうだもんね……。
でも、たいていの女性は飛びつくスイーツ食べ放題に、沙華さんは浮かない顔だった。
「こういう場合って、ほんとのこと言っていいのかな? それともお客様対応した方がいいのかな?」
「もちろん本音をどうぞ。沙華さんは将来、僕の義理の母親になる大切な方ですから、沙華さんの身は僕が父や伯父たちに全力で守らせます」
すっかり開き直って親族こき使う気満々の月白お兄様。しかも沙華さんが義理の母親って、わたしとの結婚確定ですか?
沙華さんはぱあっと瞳を輝かせた。
「そっか。月白くんが真珠ちゃんと結婚したら、月白くんがあたしの息子になるんだね。うん、ミルクのお兄ちゃんがあたしの息子になるって、すごく嬉しい!」
あれ、どうしよう? この流れ、もうぜんぜん止められる気がしない……。
だって外堀も内堀もぜんぶ埋まってるっていうか、相手、この月白お兄様だよ?
権力も武力も財力もなんでも使い放題で、今、真珠ちゃんの一番の遊び相手! ゴリラはもう一匹たりとも必要ないけど、月白お兄様に遊んでもらえなくなったら困る!!
なので、黙っておせんべいカリカリするわたし。あ、かけらが落ちちゃった。クアア、食べてくれてありがとう!
ふにゃっと笑うわたしの隣で、沙華さんは過去の悲惨な思い出話をぶっちゃける。
「お金持ちのパーティで、たまにあったんだよね。こういう風にケーキがいっぱい並べられてて、罰ゲームみたいに顔に投げつけられるの。まあ、顔だけじゃなくて服脱いでいって身体にってのもあったし、酒飲まされるよりましだったけど……。でもさ、だから、ケーキがこういう風にいっぱいあるのって、あたし、見るのも嫌だったみたい。あ、もちろん、白絹様とのお茶はぜんぜん違うよ。和菓子って、一個一個がすごく綺麗で、見てるだけで楽しいし」
はい、アウト! 善意のつもりが悪意のナイフ! トラウマ抉って突き刺して、ホワイト家のおじさんたち、ないないバイバイ!
「ああ、そういえば沙華さん、生クリーム系のケーキはフォークの進み方が遅かったから、和菓子だけ出すようにしたんだったわ。わたくしも和菓子の方が好きだし、これから茶室でお茶にしましょう。気分転換に浴衣に着替えるのもいいわね。ええ、真津子さんとミルクちゃんもご一緒にね」
オホホッとはれやかに勝利宣言なさる白絹お祖母様。
というわけで、ホワイト家の方々とは永遠におさらばすることになりました!
「っ、宵司! きみが言ったんだろう! 真珠はダンジョン産の果物が好きだって! 沙華も甘いものが好きだって!」
なんか遠くの方で聞こえる声は気のせい気のせい。
速やかに立ち去るために、わたしをすすきさんの手にゆだねた月白お兄様がぼそり。
「宵司伯父様に聞く時点で終わってますね」
ばあやもだれかさんたちに聞こえるようにため息。
「一度好きだといったものを馬鹿の一つ覚えでそればかり大量に送ってくるから飽きられるんですよね。そもそもダンジョン産フルーツは病人や年寄りが一口食べるだけで元気になる薬のようなものだからこその高級品ですのに」
背後で閉まる扉のむこうで竜胆叔父様がとどめグサグサ。
「うん、わかるよ。闇王様は相手しないし、憲法兄さんには聞くだけ無駄っていうか、真偽織り交ぜたもっともらしい嘘情報で混乱させられるだけだもんね。だけど、宵司様にダンジョン以外の質問するのって、その時点でまともな人間関係の構築、捨ててるようなものだから。もう諦めて皆でアメリカに帰りなよ。血の繋がりのない他人のほうが確実にあなたたちに媚びて甘えてご機嫌取ってくれるし、そこの高級フルーツひとつで盛大に喜んでくれるからさ」
そうそう、遠くの親戚より近くの他人!
ホワイト家の皆さんは今アメリカで周りにいる人たちと仲良くしてね! グッバイ、フォーエバー!