第51話 おうちでプール
翌朝の黒玄家の食卓には黒玄家三兄弟と竜胆叔父様が揃ったけど、沙華さんたちはお部屋食。仲間外れじゃなくて、竜胆叔父様がいるとミルクちゃんが興奮状態でごはんどころじゃなくなるからね……。
竜胆叔父様、老若男女問わずに魅了してしまうけど、特にまだ理性のコントロールのできない赤ん坊の誘引度はすさまじいらしい。
というか、わたしが例外なだけで、赤ん坊はもれなく百パーセントホイホイ。月白お兄様も赤ちゃんの頃は自分から抱っこされに行ってんだって。
だけど、月白お兄様はもう卒叔父。
むしろ甥っ子から離れたくないのは、竜胆叔父様。
昨夜なんて、わたしがお風呂の後すぐ寝ちゃったから、月白お兄様はわたしと一緒に白絹お祖母様のベッドで寝ようとしたのに、竜胆叔父様が土下座してお願いしたらしい。
「僕、心身ともに疲労困憊で死にそうなんだよ!? お願いだから一緒に寝て、月白! 僕を癒せるのは月白だけなんだ!! 僕に変な色気出さないのは真珠ちゃんもだけど、やっぱり月白の方が魔力の相性が抜群に……そっか。もうこのベッドで二人の間に寝てしまえば可愛い天国……」
さすがに竜胆叔父様を白絹お祖母様のベッドに泊めるわけにはいかなかったから、月白お兄様がしぶしぶ自分の寝室に行って、竜胆叔父様の抱き枕になってあげた模様。
だけど、今も竜胆叔父様は食事より癒し。朝ごはん中の月白お兄様を膝にのせてうしろからすりすり。月白お兄様の顔がすんっとチベットスナギツネみたくなってるよ……。
その横でばあやがわたしに食べさせてくれる幼児用和定食はおいしいんだけど、なんかさぁ、子供は子供だけでごはんがよかったと思うんだよね。だって、闇王パパも白絹お祖母様もお味噌汁飲みながら、滅茶苦茶言ってるし……。
「ホワイト家や資本家に搾取されたと訴える冒険者崩れのテロリストグループに資金提供して滞在ホテルを襲わせ……いや、我が家も被害者を装って、門前で車ごと爆破すれば……」
「あら、だったらこの家ごと爆破すれば完全な被害者になるんじゃないかしら? きっとホワイト家の方々は不運にも宵司が拾ってきた粗大ごみの爆発に巻き込まれてしまうのよ。止めようとした宵司も巻き添えで大怪我すれば、世間の同情も買えるでしょう。わたくしはたまたま孫と箱根に旅行中だったことにして」
おかしいな。闇王パパって黒玄家三兄弟で一番理性的でまともな人だと思ってたんだけど、一晩経ってもまだキレてるような……あ、きっと憲法のせい!
兄弟間のお話合いで、ミルクちゃんの父親は今後も憲法ってことになったらしい。
だけど、憲法、思考回路が犯罪者。ものの考え方とか優先順位がマイルールで完全に社会規範から逸脱してるから、なんだかんだと最終的には闇王パパが実の娘の面倒見るしかなくなるだろうし……。心中お察し。
なのに、今は憲法がさも常識のある人みたいに爆破を止める。
「単純な爆破だとフランシス氏の髪の毛一本傷つけられないよ。さすがにフランシス氏の長年の経験と人脈はすごいからね。僕と違って人望もあるから、取り巻きの魔法使いはその道の超一流の専門家ばかりだ。おまけに秘匿してきた神話級魔道具で身を守っているから、ちょっとやそっとの攻撃は届かない。それこそ宵司兄さんに直接戦ってもらうしかないね」
単純に戦力分析してるだけ? でも、自分で「僕と違って人望もある」なんて言ってるあたりで冷静だよね……。
だけど、『戦力』指定された宵司も首を横に振る。
「ハワードとジジイと昨日の特級魔法使い五人までなら、俺と憲法と竜胆の回復込みで相打ちに持っていけるが、昨夜、上の兄貴三人が日本に来たんだろ? なら無理だ。上の二人もまだかなりのもんだが、リチャードは現役バリバリ、俺と同じ次元で戦える。リチャードとハワードの組み合わせだけでも俺と憲法に近い。上の二人を兄貴が抑えても、最後の一人、あの曲者のジジイが子飼いの魔法使いと正面突破してくるぞ」
これって、ぜったいに子供の情操教育によくない会話だよね……。
さすがに竜胆叔父様がたしなめる。
「ねえ、もうちょっと友好的に行こうよ。どうせあっちには赤ん坊を育てる環境はないし、沙華さんのこともあちらが理解できるまで僕がきちんと説明してあげるよ。ちょっと聞いただけでも、沙華さん、それこそホワイト家の血筋じゃなきゃ生き延びられない滅茶苦茶な環境で育ってるから。幸い肉体的には健康だけど、精神的にはまだ治療中っていうか、力がすべてのホワイト家の面々にトラウマ持ちの女性のサポートなんて絶対に無理。ハワード氏は一応努力できるけど、他の人は地雷踏みまくって、沙華さんを傷つけるだけだね」
とはいえ、この竜胆叔父様も甥っ子に土下座して抱き枕になっていただく変人だからね……。
最後の砦の闇王パパが崩壊すると、ここんちの関係者、ほんっとに問題ある人ばかりだって気がする。あ、ばあやとすすきさんは例外! でも血縁じゃないからね……。
とはいえ、武力に直接訴えるより、竜胆叔父様の洗脳みたいな説明の方がましかもしれない。
だけど、憲法って結局、竜胆叔父様に洗脳されてなかったような……洗脳魔法、本当に効き目あるのかな?
一応、わたしや月白お兄様をいけにえに時間を巻き戻すとか、じゃなきゃ後追い自殺しかないって視野狭窄に陥ってた憲法が、その後、魔医療師の仕事軽減のために魔力の型がどうたらこうたらって生産的なことを始めたんだから、洗脳成功?
しかも憲法って、それからミルクちゃん捜索のためのお金バラマキピッドカードとか、普通ならすごく時間のかかりそうな魔道具開発とかシステム作りとか、黒玄グループの好感度アップCMも手掛けてるんだっけ? 合間合間に月白お兄様が便利な猫型ロボットみたく魔道具作らせてた気もするし……うん、憲法、働き者! がんばって!
なんにしても、ホワイト家への対処は大人のお仕事。
わたしと月白お兄様は朝食の席で大人をたっぷり癒してあげたので、もう楽しい夏休みを満喫させていただきます。
そう、夏休み!
月白お兄様の夏休みはわたしにとって、これまで以上に遊んでもらえる楽しい期間。しかも月白お兄様、勉強よりわたしと遊ぶのを優先することにしたからね。ラッキー!
午前中は一緒に日本語のおうた歌って、日本語の絵本読んでもらって、おやつとおねむを挟んで、ポンポン遊具とクアアとぬいぐるみとおままごとセットで遊んでもらって、午後からはプール!
いつのまにか宵司のゴミ置き場だった建物の地下に、幼児用プールができてたよ!
ビニール製のじゃなくて、保育園とか幼稚園にあるような浅いけど本格的な子供用プール! 滑り台付き!
子供用プールの横には大人用の広くて深そうなプールもあるよ!
しかも地下だけど、魔道具照明で太陽光並みに明るい。なのに紫外線カットで真珠ちゃんの弱い肌に安心安全仕様らしい。もちろん憲法印。
記念すべきプール開きにお神酒と塩を持ってお出ましになられた白絹お祖母様がプールサイドで優雅に高笑い。
「日焼け止めの魔道具を使うより、肌に悪影響のない照明付きプールの方が真珠がのびのび遊べるものね。周りで見ているこちらも日焼けを気にしなくていいし、これなら沙華さんの肌にも安心だから、思う存分楽しんでちょうだい」
なんとプールでの水遊びはミルクちゃんと沙華さんも一緒!
ほら、なんだっけ? 敵の敵は味方? 共通の敵で一致団結?
沙華さんとわたしを連れて行こうとするホワイト家に対抗することに較べれば、ミルクちゃんの泣き声なんて、ぜんぜん大したことない。しかも白絹お祖母様、憲法にターゲット指定できる魔道具耳栓も作らせたみたいだし……。
憲法は『〇歳からの安心安全水遊び魔道具セット』を改良して、泳いだことのない沙華さん用のも作ってくれたらしい。
この水遊びセット、もとは憲法が愛妻に頼まれて月白お兄様のために作ったもので、浮力補助水着と手首足首バンド型筋力補助魔道具と浮き輪型自走魔道具と、いざという時はエアバッグみたいに頭の周囲に透明な空気層がぶわっと展開される帽子型魔道具、体調変化のお知らせブザーなどなど。
わたし用のはGWに作成済だったけど、水着は作りなおしたみたい。前のはピンクのワンピースだったけど、今度のは白。フリルいっぱいで可愛いよ。
ミルクちゃんの水着はセパレート。トップスがギンガムチェックで、紺色のボトムスもスカートっぽくなってて、ミルクちゃんにぴったり似合って可愛い。
しかもミルクちゃん、沙華さんに抱っこされて水に入って、最初はぐずったけど、すぐに慣れてすーいすい! 浮き輪をぽいっとして、自分だけで泳いでる!
あ、沙華さんもすぐにコツをつかんで泳ぎ始めた!
あれ? でも、おかしいな?
今日からスイミング始めた二人が泳ぎ始めたのに、どうして経験者のわたしは浮き輪でぷかぷか浮かんでるだけなんだろう……?
前に進まないっていうか、こう、月白お兄様やすすきさんが引っ張ってくれた時は動けるんだけど、一人で手足をバタバタさせても同じ場所でバシャバシャしてるだけみたいな……これ、憲法印の魔道具なかったら溺れてるよね?
あ、クアアがわたしの周りをくるくる高速旋回しはじめた。目が回る! でも可愛い! 見てるだけで幸せ!
って、たしかにGWのプール遊びもこんな感じだった。
だけど、あの時は較べる相手がいなかったから、ぜんぜん疑問に思わなかった。一人だけ赤ちゃんだし、前世の記憶にも該当行為がヒットしない。たぶんじゃなく確実に前世のわたし、泳げない……。
だけど、だけどさ、英語力同様、運動神経まで前世の呪い受け継ぐの? やっぱりダントラ!
「真珠は泳ぐの、下手なのかなぁ? あ、でも、真珠はミルクよりずっと痩せてるから水に浮かびにくいんだよ。身体も小さいし、うん、もう上がっておやつにしよっか。いっぱいお昼寝したら大きくなるよ」
「真珠お嬢様は泳ぐのより、お歌の方が好きですものね。せっかくお兄様に遊んでもらえるのですから、この機会にたくさんお歌を覚えましょう」
同じ一歳児のミルクちゃんとわたしを較べて、月白お兄様もすすきさんもなにかを察したらしい。
わたしのスイミングならぬ水遊びはほんの三十分ほどで終了しました。
その後、わたしはおやつとお昼寝だったけど、水遊びが気に入ったミルクちゃんはまだまだまだまだ遊ぶと泣いてぐずって夕方近くまで地下プールにいたんだって。
あ、もちろん途中で水分エネルギー補給しつつだよ。憲法印の高性能お知らせブザーは装着者がちょっとでも疲れたらミルクちゃんの泣き声よりけたたましく警報音が鳴り響くんだって。わたしは一度も鳴らしたことないけどね。
まあ、でも、おうちプール、黒玄家仕様で広いからお互いの距離はあるけど、それでも、ついにミルクちゃんと一緒に遊べるようになった!
うん、同じ場所で遊んでるんだから、これって一緒に遊んでることになるよね?
わたしはぷかぷか浮かんでクアア見てるだけで、ミルクちゃんは自分で泳いでるって、お互い、やってることもぜんぜん違う気がしなくもないけど、同じ水の中にいるんだから、大きなくくりで言えば一緒!
ついにヒロインと仲良く遊ぶ作戦成功!
やったね、着実にダントラ回避!!