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第48話 わたしにできること

 白絹お祖母様は憲法の問いかけにうなずいた。


「ええ、そうね。わたくしは竜胆さんが生まれていなければもうこの世にいないし、たとえ竜胆さんが存在していても、真珠が真珠でなければとっくに寿命を受け入れていたでしょう。ええ、たしかに露茄さんは二人目の子供を妊娠する必要があったのね。でも、もう少し穏便なやり方はなかったの? 子供を作るだけなら相手は闇王でなくてよかったでしょう?」

「僕がそれを彼女に問わなかったとでも?」


 ふっと自嘲的に笑う憲法に、白絹お祖母様は大きくため息をついた。


「そうね、愚問だったわ。……ああ、でも、この仮定は宵司では成り立たない。たとえ完全に意識を奪っても、宵司の肉体は異変を感知すれば無意識下で反撃してくる。かといって目が覚めた状態の宵司を説得するのも無理だったでしょうし、闇王もね……」


 横から宵司がばっさり言った。


「つーか、愛だの恋だのババアどもが妄想するのは勝手だがな、俺も兄貴も、憲法が最初っから弟だってのと同じくらい、憲法の嫁は最初っから妹だ。弟相手と同じレベルで、妹相手に勃つわけねーだろ」


 おおっ! 珍しく宵司がまとも! ゴリラにもタブーはあったんだね!

 うん、惜しい。未成年の沙華さんへの犯罪行為がなければ少しは見直してあげたんだけどねぇ、この性犯罪野獣!


 でも、そうすると以前に聞いた露茄さんの『どうせ闇王様はわたしをさらってくれないもの』発言は、竜胆叔父様の『真珠ちゃん、僕と駆け落ちしよう!』と同義語だったのかもね。


 ずばり、現実逃避……。


 だってもう現実大変すぎ! こんなの逃げて直面したくない!

 だけど今、ここにわたしがいて、ミルクちゃんがいて、沙華さんがいて、白絹お祖母様が元気で存在している。

 なのに、もし竜胆叔父様が生まれていなくて、露茄さんの死後、自暴自棄になった憲法が自爆して、白絹お祖母様が病死して、宵司がどこぞのダンジョンでモンスターのエサになっていたら、ここにいる黒玄家の人々の中で残っているのは闇王パパと月白お兄様。

 そんな世界だと闇王パパはお仕事もっと大変になるから、過労死一直線。

 そして、最後に残されるのは……。


 いや、そもそも露茄さんの選択次第では月白お兄様が存在しない可能性もあった。その場合、今ここにいる他の人々は、この世界はどんな風になっていたんだろう。


 たった一人の人間ができることは限られているし、どんなすばらしい功績も相手によって受け取り方が異なる。竜胆叔父様や月白お兄様が生まれていなかったら、この世界でもっと幸せになれた人もいるのかもしれない。

 だけど、今ここにいる人々に限定した場合、露茄さんの選んだ未来はここにいる全員が存在している現在になる。


「わかりました。つまり、僕はお母様が残してくれた実の妹を適度に可愛がって、お母様が引き合わせてくれた真珠と結婚して幸せになって、そのための手段として、もうとっくに死んでたはずのお祖母様やお父様や伯父様たちや、この世に生まれていなかったであろう竜胆お兄様を思う存分、こき使えばいいってことですね」


 吐き捨てるように言って、月白お兄様は椅子から飛び降りた。


「僕はもう今日はずっと真珠と遊びますから、大人たちは好きなだけ議論してください。でも、僕と真珠が幸せになれるように全員で協力して知恵を振り絞ってください。お父様もお父様だけど、お母様みたいも結局、ホウレンソウができないチンゲンサイだったってことですよね? 僕、もうそういうのうんざりですから!」


 ああ、前世の記憶をかすめるビジネス用語、「報告、連絡、相談」の「ホウレンソウ」に、「沈黙して、限界まで言わず、最後まで我慢」って「チンゲンサイ」……。

 言い方はきついけど、月白お兄様の顔はゆがんでいる。必死にこらえてるけど、そりゃもう泣きたいよね。どんなに頭よくても七歳の子供にこんな無茶苦茶な話ひどすぎる。


 竜胆叔父様の配慮が足りないっていうか、これは完全に大人だけで話すべきことだった。竜胆叔父様も混乱してたんだろうし、月白お兄様もわたしの体調については知りたかっただろうけど、一度、子供たちを下がらせるチャンスはあった。

 なのに、ミルクちゃんの父親問題を子供抜きで話せばよかったのに、口火を切った竜胆叔父様も、憲法も……って、そういう意味か、さっきの言葉!


『竜胆、他ならぬきみが知りたいというなら僕の知っているすべてを話そう。だが、忘れないでほしい。知ることを望んだのはきみだ。今この状況を招いたのはきみの選択によるものだということを』


 露茄さんは悩んで模索してより多くを幸せにするためにがんばったんだと思う。だけど、その過程で生まれたミルクちゃんの存在が、残された人々に複雑な感情を抱かせる。

 それこそが憲法にとっては最大の愛情表現になるのかもしれないけど、我が身を犠牲に泥にまみれても……って自己犠牲精神は、ある種の自己陶酔。不幸に酔っちゃいけない。

 うん、それはさ、自分が我慢すれば周りが笑顔になるからって、どんな仕事も断らずにハイハイ引き受けて健康を犠牲にした前世のわたしが身をもって今も経験しつづけてる。

 なにしろ生まれ変わっても人生、罠だらけ! 赤ちゃんのときからダントラ! ダンジョンの数だけ罠がある転生人生なんてイヤーっ!


 ……って、あれ? でも、わたし、トラップかかったっけ? 今のところぜんぜん苦労してないんじゃ……?


 毎日二十四時間、衣食住すべての手厚いサポートを受けて、みんなにちやほや可愛がられて、食う寝る遊ぶな極楽生活。ビバお金持ち!

 それに罠だって、ダンジョンの数が減れば、トラップ減るよね?

 この地球上のすべての活断層がダンジョンになるわけじゃなさそうだし、ダンジョンコアを破壊すればダンジョン消滅。あ、でも、ダンジョン資源が必要だから、全部のダンジョン消したらダメか。

 だけど、罠に落ちる前に回避できる程度には間引いていいと思うよダンジョン。実行するのはどこかのゴリラだけど。


 うん、これぞまさしく「コマツナ」と「キクナ」大作戦。「困ったら、使える人に、投げる」と「気にせず休む、苦しいときは言う、なるべく無理しない」だね!

 よし、ゴリラ、ファイッ! 真珠ちゃん、応援したげる! ダンジョンバカ推進、もっとやれオレTUEE最強ダッドすてき! まともに喋れるようになったらほめ殺しで馬車馬のごとくこき使ってあげるね!

 だけど、今は先にやるべきことがある。


「真珠、あそぼう……。にーたと、おうた……っ、ごほん、よんだげる、からっ……」


 椅子から降りた月白お兄様はばあやと宵司の前を素通りして、わたしの前に来た。闇王パパはまだ硬直状態で、他の大人たちも呆然自失。というか、憲法がどんな顔してるのかなんてどうでもいい。

 ここでわたしがすべきこと、ううん、わたしにできることはたったひとつ。

 必死に嗚咽をこらえながらわたしに両手を差し出す月白お兄様。まだ幼いのに早く大人になろうとしているその人にむかって、わたしはわたしにしかできないこと、赤ちゃんだからできる行動を取る。


「っ、ふえっ、ふえええええーっ! うえええええーっ!!」


 ギャン泣き。

 瞬間湯沸かし器のごとく、その気になればいくらでも大声で泣けちゃうよこの身体。だって本来、喋ったり笑ったりするより、泣くほうが簡単な一歳児の肉体構造。それを前世の精神力でニコニコご機嫌に抑えこんできたけど、一度解き放てばもうとまらない。

 溢れ出す涙、自分の耳までキーンとなるほどの大声、せき込んでむせて、目の前が真っ赤になる。これって毛細血管破れそう。だけど、とまらない。アクセル全開!

 そして、ここにいる赤ん坊はわたしだけじゃない。一人が泣けば、他の子も泣き出すっていうのが赤ちゃんルール。


「うぎゃーっ! うぎゃぎゃ、ふぎゃぎゃーぎゃぎゃーっ!!」


 わたしにつられて大声で泣きはじめたミルクちゃん。

 ギャン泣き二重奏!! 耳をつんざく大音量の幼児の泣き声が建物を揺らす勢いで部屋中にこだまする。


「真珠……っ、真珠! お母様、なんでっ……!」


 さすがにつられて月白お兄様の鉄の理性も決壊! 闇王パパの手からわたしを奪い取って、ぎゅっと頬を合わせて泣き叫ぶ。


「こんなの……こんなのって、ヤダ! っ、わっ、わかってたなら、言えば……っ、お父様なんて、死ぬほど利用すればよかったのに! 宵司伯父様なんて、二十四時間働かせればよかったのに! やっ、闇王伯父様だって、ちゃんと結婚すればっ!!」


 もう過去は変えられない。起こってしまったことは取り消せないけど、未来なら変えられた。

 もし露茄さんが予知夢を一人で抱え込まずに周囲に相談していたら……って、それこそただの仮定だし、その場合また違った問題が起きたんだろうけど、今、この瞬間くらい愚痴っていいよね。

 他のだれより月白お兄様にはその権利があるし、なにより泣かなきゃ。涙には浄化作用があるんだよ。なんだっけ、デトックス、ストレスホルモンみたいなのを身体の外に排出するとかおばさん豆知識が聞こえてくるから、わたしも一緒に思う存分泣かせていただきましょう。


 だって、周囲の大人がお通夜状態、ピリピリ緊張感漂わせてるのって、幼児にはめちゃくちゃストレスフルな環境だもん。


「ふええええーっ!」

「ふぎゃぎゃぎゃぎゃーっ!」

「お母様のバカ―ッ! お父様なんか大っ嫌いーっ!!」


 わたしもミルクちゃんも月白お兄様も泣いて泣いて、顔中、二人分の涙と鼻水とよだれでべしょべしょになるのも気にせず泣いていたから、わたしは知らない。

 室内にこだまするのが子供三人の泣き声だけではなかったことを。

 女性も、男性も、その場には大人たちの嗚咽の声が静かに響いていたことを……。

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