第43話 ゴリラといっしょ!
遊んだらおねむ!
目が覚めたら、んまんま!
「おいち! ちゅいか、おいち!」
「うん、このスイカ、シャリっと触感がよくて種もなくて甘くておいしいね。宵司伯父様、おいしいスイカ、持って帰ってくれてありがとうございます。真珠もお礼、言えるかな? ありがとう、ダッドって言ってみて」
ちいさく切られたスイカを手づかみでお口にもぐもぐしながら、背後からばあやにお口ふきふきされながら、月白お兄様に促されてスマイルゼロ円!
「あーと、だっだ!」
「……状態異常解除に疲労回復、熱中症で死にかけの人間の内臓まで完全回復させられる超高級ダンジョン産スイカ食ってようやくありがとうか……。ったく、さんざん馬になって遊んでやったってのに、このお姫様は……」
ぼやくゴリラはちゃぶ台の向こう側でゴリゴリ皮ごとスイカかじってる。
ここは白絹お祖母様の隣のお部屋で、真珠ちゃんの遊び部屋ってことになってるパンダ部屋。
まあ一応、竜胆叔父様を呼びつける理由を白絹お祖母様の急病ってことにしたから、つじつま合わせで白絹お祖母様はもろもろの予定をキャンセルして寝室へ。
でも、元気な一歳児のわたしと七歳児の月白お兄様は遊ぶのも仕事だから、隣のお部屋で遊ぼうってことに。白絹お祖母様は寝室でその様子をライブ映像で楽しみながら、あれこれ手配するらしい。
ちなみにわたしのパンダ部屋はめっちゃ広い。
「この広さで四十畳なんだ。僕の部屋より狭いけど、真珠の遊び場にはちょうどいいくらいだね」
って、前にセレブな月白お兄様が言ってたけど、畳四十畳ってたぶん学校の教室くらいの広さがあるよ。
床は畳、壁紙は竹林、天井はよく晴れた空模様で、室内はいろんな区画に分かれてる。
パンダぬいぐるみゾーンとか、パンダおままごとセットゾーンとか、パンダ絵本おえかきコーナーとか、パンダ遊具いっぱい遊び場エリアとか、巨大なパンダベッドとパンダ柄絨毯ソファの休憩場所もあるけど、今いるのはパンダちゃぶ台の置かれた喫茶コーナー。わたしが立ったまま自分の手でおやつ食べるのにちょうどいい高さだよ。
でも、ふだんはお祖母様のお部屋とかサンルームとか闇王パパのお膝で遊ぶから、この部屋自体ほとんど使わない。
だけど、筋肉ヒゲゴリラがどうしても一緒に遊んでほしいっていうからぁ、しかたなくお馬さん遊びしてあげてぇ、疲れて月白お兄様も一緒に巨大パンダベッドでごろんとお昼寝して起きたって感じぃ?
え? パンダじゃなくて馬ってなにかって? もちろん、ゴリラ……じゃなくて、宵司とのふれあいお馬さんタイム。
いやぁ、わたしは別にふんわり柔らかパンダぬいぐるみに乗って、トテトテ歩いて、ふわっとぐるぐるするのでキャーだったのに、なんか大きい構ってちゃんが激しく父親面しやがりましてねぇ……?
「よし、人生には娘とのふれあいタイムも必要だな。人類の危機は過ぎ去った。報告書なんざ後でいいっつーか、俺じゃなくていいだろ。あんな誰にでも書けるもんより、今の俺は父親として優先してやらなきゃいけないことがある。さあ、チビ、ダッドと遊ぼう」
要は宵司が闇王パパに命じられた反省会をさぼるための口実、言い訳。
でも、白絹お祖母様も憲法も、宵司とわたしとのふれあいタイムに賛成した。
「そうね、無理してできないことをしてイライラして壁ドンだったかしら? 家中の壁を破壊されるくらいなら、真珠の踏み台かトランポリンになった方がましでしょう。真珠の天使みたいな可愛らしさで邪悪な魔力が浄化されるかもしれないし」
「今の宵司兄さんの身体はアドレナリンとともに魔力が即座に全回復する仕様になってるんじゃないかな。たぶん、どんな魔力制御装置もほんのちょっと興奮するだけで破壊することになる。さすがに素材も作る時間も勿体ないから、身体が落ち着くまで真珠に調節してもらえばいい。予想では真珠の魔力調整に関する潜在能力は竜胆より上だ。上限もなさそうだから、そのうちぜひきちんと実験してみたいが……」
憲法がろくでもないことを言い出しそうだったので、月白お兄様は話の途中でわたしを連れて部屋を出た。ゴリラもそれに乗じてとんずら!
だけど宵司にとって、月白お兄様とわたしがぬいぐるみに乗って、周りをクアアがぴょんぴょんしながら、メルヘン空間でキャーキャーお散歩するのって、すっごく退屈だったみたい。
「…………俺は何を見せられてるんだ? ガキが遊んでるのをぼけっとつっ立って見てんのか? いや、でも、このちいせぇ奴ら、俺が間違って踏んだら確実に死ぬし……こいつらと遊ぶって、兄貴は何してんだ?」
宵司の疑問にばあやが答える。
「闇王様は真珠お嬢様を膝にのせてご本を読んであげて、最近ではごはんやおやつを食べさせてあげるのも上手になりました。積み木のお手伝いも器用になさいます。真珠お嬢様を片手に抱いて、月白お坊ちゃまとサッカーやテニスもなさいますよ。闇王様は手加減がとてもお上手ですから」
「本、エサ、積み木……ちまちま、めんどくせぇな……。つーか、こいつら相手に球遊びって、むしろスロートレーニングか? けど、憲法の安全装置があってもちょっと当てたら死なすし……。とはいえ、これをじっと見てるだけっつーのも……」
ばあややすすきさんは、わたしや月白お兄様が遊ぶのをいつも傍で見守ってくれるし、必要に応じて一緒におままごとしてくれるのに、ゴリラは畳の上にばったり! 仰向けに寝そべって大の字になっちゃった!
このゴリラ、忍耐力ゼロの根性なし! 子育て向いてなさすぎ!!
「うーん、真珠、どうしようか? あそこで寝そべってるダッドと遊んでみたい? 前みたいにトランポリンになってもらう?」
畳だから部屋に入るときにみんな室内履きを脱いで靴下。赤ちゃんなわたしは最初から滑りにくい靴下だけだったけど、野生のゴリラは最初からはだし。そのゴリラの足の指、めっちゃ長い! っていうか、足そのものがむちゃくちゃ大きい!! 巨石!
「あんよ! おっき!!」
「ん? ああ、そうだね、宵司伯父様の足って、真珠の身長の半分くらいありそうだね。較べてみようか?」
というわけで、パンダをくるりと旋回させてゴリラの足元へ。
気分はすでに未知との遭遇。巨人の島探検!
月白お兄様に降ろしてもらってようやくたどり着いた肌色の巨石。にょきっと生えた五本の指はそれぞれがわたしの手より大きそう! べたっと横になってた巨人の足を月白お兄様がよいしょと起こしてくれて、わたしが並んだら本当に腰の高さまである!
「うっわー! 宵司伯父様、どうせなら両足重ねてみてくれませんか? ほら、真珠の身長と較べられるように縦に並べて、そうそう。すごい! 本当に真珠の身長と同じくらいだ! 足だけで真珠一人分!!」
「おっき! あんよ、おっき!」
月白お兄様に言われるままに宵司が縦に重ねた両足は、まさにわたしの身長と同じ高さ! なんか、目の高さにある肌色の物体があまりに巨大で、ぺちぺち叩いちゃったよ。固い! 岩!
しかも足の指とか、ジーンズの裾からのぞく脛にごわごわした黒い毛がいっぱい生えてる! 木とまではいかないけど、岩に長い草がぼうぼうに生えてるみたい! 面白い! 抜いちゃえ! あれ? 指でうまくつかめない!
って、近づきすぎたのか、もやっと変なにおい!
「やっ! くちゃい!」
「あー、ちょっと臭うかも。真珠、お手て綺麗にしようね。ばあや、念のために浄化魔法お願いできる?」
「はい、お顔もぜんぶきれいきれいにして、水拭きもしておきましょうか。真珠お嬢様、珍しいのはわかりますが、こちらはあまり清潔とは言えませんので、お顔を近づけてはいけません。足より手の方がましでしょうが、ああ、おなかでポンポン遊んでもらってはいかがですか?」
「ぽんぽん!」
なので、久々の腹筋トランポリン! って、横からおなかによじ登ろうとしたら、巨体がぐるんとひっくり返った。
「月白も一緒に上がっていいから、せめて背中にしろ。マッサージだ。つーか、俺の身体をおもちゃにするたぁ、このチビの躾はどうなってんだ……」
畳にはいつくばった宵司に言われて、月白お兄様が多少は遠慮したのか、わたしに確認する。
「真珠、どうする? あっちの本物のトランポリンで遊んでもいいよ? パンダの顔で可愛いし」
「こっち! ぽんぽん!」
あっちのパンダ顔のトランポリン、可愛いから踏みつけるの可哀相! でも、こっちはぜんぜん、ぜーんぜん平気!
月白お兄様とお手てつないで宵司の背中ポンポン踏みつけ! クアアも加わって、二人と魔物でポンポン筋肉をあしげにして飛び跳ねる!
で、しばらくキャッキャ遊んでたんだけど、じっとしてるのに飽きた宵司がどうしてもお馬さんになりたいって言うからぁ、しかたなく月白お兄様に後ろから抱えられて跨った。でも、この馬、高さありすぎ!
「いつものパンダより高さがあるね。真珠、怖い? ん? 楽しいの? そうだね、このお馬さんだと眺めがいいかもしれないね」
「おうま!」
「うん、お馬さん。真珠、どっちの方向に行きたい? あっち? じゃあ、あっちって言ってみて」
「あっち!」
「よくできました。真珠はすごいね。世界で一番可愛くて賢いよ」
「にーた、ちゅき!」
「うん、僕も真珠が一番好きだよ」
月白お兄様とわたしを乗せたお馬さんは、静かなパンダぬいぐるみと違って、とっても独り言が多い。
「……背中の上でラブラブバカップルにいちゃつかれて、俺は何してんだ? 俺は人類を救ったメシアでヒーローじゃねーのか? どんな最強モンスターの前でも負ける気しないのに、なんでだ? なんでこのチビどもに勝てる気がしねぇんだ……?」
ねえ、お馬さん、ぶつぶつ言ってないで、もうちょっと早く動いてくれていいよ。高さがあって見晴らしいいし!
「おうま、あっち! おうま、こっち!」
「宵司伯父様、真珠がもうちょっと早く走ってほしいそうです。でも、あんまり急に早くしないでくださいね。ちょっとだけ早くですよ」
「…………子守りってのは、ガキの相手っつーのは? 攻略法、マジわかんねー。そもそもガキってのは泣くもんだろ? 泣いて怖がって、勝手に俺から離れてくのに、このチビは……」
それからしばらくお馬さんで遊んで、最後は月白お兄様と交互に高い高いしてもらって、わたしはキャッキャ楽しんでたけどゴリラはばあやにやりすぎだって叱られて、そうこうしているうちに体力という名の電池が切れて、バタンキューでお昼寝。
月白お兄様も午前中に宵司の魔力に中てられたりして疲れたみたいで、わたしと一緒に寝ちゃったみたい。ついでにゴリラも。
なので、わたしと月白お兄様はふんわりパンダベッドで寝かされてたけど、猛獣は畳でごろん。まあ、ほんの数日前まで難関ダンジョン走り回ってたらしいからね。本当に疲れてたみたい。
だけどさぁ、わたしも月白お兄様もズゴゴゴゴーッてすっごい地響きで目覚めたんだよ? 宵司のいびき! やっぱりゴリラ! あれ、ゴリラっていびきかくんだっけ?
とりあえずうるさい怪獣は「うるちゃ!」ってベッドからおなかに飛び降りてやっつけた!
「ぐえっ! このクソチビ! ちいせぇくせになんつー蹴りを……おまえ、ほんっとあのババアそっくりだな……」
白絹お祖母様に似たらオーホホホホッなお金持ち! 生活困らないと思うからむしろ大歓迎!
それより遊んで疲れて寝て起きたんだから、真珠ちゃん、おなかすいちゃったの! ゴリラよりばあや!
「ばぁば、んまんま!」
「はい、真珠お嬢様、今日のおやつはスイカと小魚せんべいですよ」
この小魚せんべい、シェフ特製ですごく栄養あっておいしいんだよ。大好き! スイカも甘くておいしかったけど、三口くらいで飽きちゃった。甘すぎ。
でも、宵司がダンジョンから拾ってきたのってうるさいから、ちゃんとお礼は言ってあげたよ。月白お兄様がどうしてもっていうからぁ、だけどね。
「あーと、だっだ!」
ちゃぶ台の向こうでゴリラはブチブチ独り言つぶやいてたけど、真珠ちゃん、知らなーい。それより、このスイカ、ばあやもすすきさんも食べて!
「ばぁば、ねーた! ちゅいか! おいち!」
「まあ、私たちにも勧めてくださるのですね。このように幼いのに本当に真珠お嬢様はお優しい天使のようでいらっしゃいますこと」
うーん、本音を言うと、ここんちで出される高級フルーツ、甘すぎてすぐ飽きちゃうんだよね。ぜんぶがぜんぶそうってわけじゃないけど、たぶん宵司提供のダンジョン産フルーツ? シェフの小魚せんべいのほうが無限カリカリいけちゃう!
「かりかり、おいち! にーた、かりかり!」
「うん、おせんべいもおいしいね。そうだ。夏休みだから、ふだん行かない厨房に見学に行ってみようか? いつもありがとうって、お礼も言いたいしね」
「あい、にーた! あーと!」
おおっ! 夏休みならではのおうち探検! 賛成!
月白お兄様とわたしがほのぼのしてるのに、ゴリラはぐちぐちうるさい。
「……このチビのありがとうってのは、ずいぶん軽くねぇか? つーか、こいつ、俺に対しての態度、他と違うだろ? なんか、こう、邪険っつーか、適当っつーか、感謝がねーっつーか……」
「宵司様への接し方として、真珠お嬢様の一番身近なお手本は白絹様になりますからね。多少雑な扱いになるのは当然のことでしょう」
ばあや、正義! うんうん、だよね! やっぱり今の対応が正しいよね!
でも、ここでスペシャルゼロ円技が炸裂するのも転生幼女な真珠ちゃんクオリティ!
「ちょーじ、おかぁり!」
「…………なんか、こいつに振り回されて、永遠に足蹴にされ続ける未来が見えたぞ。我が儘で高飛車で恐ろしく傲慢なお姫様が無茶ぶりしてきて……なのに、こいつといると自分がまだ人間だって実感できる。どんな女や賭け事より、俺を人間に引き戻すのが、このチビか……」
宵司、撃沈! うなだれてふがふが言ってるから後半はぜんぜん聞こえなかったけど、さすが黒玄真珠! 小説ダンレンの悪役お嬢様! 幼いころから最強の我が儘お姫様ですとも!
ねえ、だから、ばあや、だっこ! 真珠ちゃん、もうゴリラと遊ぶの飽きちゃった! ふかふかなばあやのお胸がいいの!
※いつも読んでくださる方々、ありがとうございます!
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1日1話更新で走り続けたかったのですが、明日からお休みして、主人公誕生日の猫の日(2月22日)に更新再開予定となります。
書き終わってから投稿すればよかったのですが、残り半分だからいけるだろうという見積もりが甘く……というより、1話で終わるはずだった番外編が長くなりすぎたせいでストックが尽き……無念!