第40話 ダンジョンバカ
宵司は沙華さんが初めて黒玄家に来た日に白絹お祖母様に呼び出されて帰ってきたけど、その後、高難度の海底ダンジョン送りだったんだって。
脳味噌筋肉なダンジョンバカだから、薬物中毒患者のヤク切れみたいに禁断症状が出て……っていうのは、白絹お祖母様のブラックジョーク。
実際には宵司じゃないと手に負えない海底の深層ダンジョンに崩壊の予兆が出たから、国際機関の要請でオレTUEEボス戦アタック!
黒玄魔法アカデミーの最強決定戦で新築の校舎を半壊させた赤字補填とか、アカデミーの優秀な生徒を鍛えるための多国籍合同演習とか、ついでに憲法の作った最終兵器っぽい魔道具の実証実験も兼ねてたから、わりと正式なお仕事だったらしい。
でもおかげで宵司、いつものダンジョン探索と違って、行きも帰りも遊ぶ暇なし。
呑む打つ買うを完全に封じろって白絹お祖母様の厳命で、逃走経路も隙もない完璧なスケジュール管理は闇王パパ、物理的な脱走防止装置は憲法印の凶悪魔道具だったとか……。
だけど、高難度ダンジョンからほぼほぼ直帰した宵司って、それはそれで歩く公害、傍迷惑な放射性汚染物質!
「いいか、チビ、俺は大規模海底ダンジョン崩壊から地球を救った救世主だ。南半球が壊滅してもおかしくない未曽有のスタンピードが起こるところだったのを、たった一カ月でダンジョンコア破壊してディザスタードラゴンのお宝素材まで手に入れてきた人類最強の勇者様だ。しかもおまえの実の父親だ。そのありがたいお父様にむかって、出迎えの言葉はなんだ?」
「ちょーじ、ごあぇい! ぐばい!」
「っ、だから、違う! ダッドだ、ダッド! 何がゴーアウェイだ! おまえ、こないだまでおかえりっつってただろーが!」
「おかぁり、だだ!」
「あー、よしよし、それでいい。ただいま、チビ」
「ぐばい、ちょーじ!」
「だから、それは違うっつってるだろが!」
形としては、海外の海底ダンジョンから帰国した宵司がチームメンバーと一緒に今回のダンジョンアタックのスポンサーに、帰還のご報告。
だけど、黒玄グループトップの闇王パパはおうちでお仕事中。
だから、宵司はまず闇王パパの仕事部屋に行って、それからわたしの顔を見に来たらしい。手下の青い髪の少年、深川と一緒に。
ていうか、逆だね。深川少年にせがまれてわたしの顔を見に来た感じ? 深川少年、すっごいわたしのファンみたいで、今も宵司の片腕に座らされたわたしをうっとり見つめてる。
「姫、マジ可愛ゆす。ニコニコめっちゃ笑顔ですっげー塩対応なのに、キラキラ透明感が増して、声も前より高く澄んで、受け答えもしっかりして見るからに賢そうな美人ちゃんで、あー尊い! 神萌!」
「てめーは黙ってろ。このチビにこれ以上、わけわかんねー言葉教えるな。つーか、こんなちいせぇのに、おまえ、ほんっと魔素許容量ハンパねぇな」
なんかさぁ、せっかくすすきさんに抱っこされて月白お兄様と楽しくお勉強してたのに、背後から急にひょいっとされたら、ゴリラのドアップだったんだよね。
それも超ヒゲ面むさくるしいバージョン! 髪の毛のトゲトゲ度も増してるし、本気で「ちょーじ、ごあぇい! ぐばい!」だよ。
宵司がいつ部屋に入ってきたのかも知らないけど、高ランクの冒険者って身体能力すごくて気配とか足音、完全に消せるらしい。闇王パパもそういうのできる。闇王パパすごいんだよ! 護衛のお兄さんたちより強い!
なので、このおうちで一番強い警護担当者は月白お兄様とわたし優先らしいけど……あれ? 壁際に立ってるその護衛さんたちの顔色が悪い?
いつのまにか部屋中、静まり返ってるし、白絹お祖母様もばあやも額に汗。メイド服のお姉さんたちなんてへちゃっと床に座り込んでるよ!
「あーあ、護衛も全滅か。っと、使えねー。もちっと気合入れろよ、月白。平常モードはこのチビだけ……じゃねぇな。なるほど、母子揃っての体質ねぇ? こりゃ珍しい」
え? 振り向くと月白お兄様、真っ青になって苦しそう! すすきさんも動くに動けないって感じで硬直。
だけど、部屋中のみんなが具合悪そうなのに、ただひとり、沙華さんだけきょとんとしてた。
「え、冒険王? え、あれ? 白絹様? ばあやさん? 月白くんも、みんな、なんで急に……?」
「高濃度の魔素が充満した海底深層ダンジョンで最強ラスボス倒して、ダンジョンコア破壊して、純度の高い魔素たっぷり吸収したあげく、いまだかつて人類が到達したことのない領域までレベルアップした状態でそのまま帰ってきたからな。憲法の魔道具で抑え込める上限なんてとっくに超えてる。そりゃ、B級以下の冒険者は俺から漏れ出した魔力に中てられて死ぬ目に遭うだろうよ。だから、おまえとこのチビだけ特殊だ」
うーん、やっぱりさぁ、前世の常識にないダンジョンとか魔素とかぜんぜんわかんないんだよね。魔素って目に見えないし。
でも、確実なのは、
「ちょーじ、ごあぇい! ぐばい!」
宵司が悪い! 有害物質まきちらしながら帰ってくんな! さっさとどっか行け!
「っ、このチビ、普段の動画はおかえりだの好きだのおいしいだの、CMでもあんだけ兄貴に甘えてるくせに、実の父親にむかって何だその態度は!? あの桃も俺がダンジョンから送ってやったやつだろ! 他にもさんざんダンジョン産のお宝メロンだのサクランボだの、俺が貢いでやってるんだぞ!?」
もうさぁ、このゴリラ、文句の内容が低レベルでうるさい。おなかすいてイライラしてるのかなぁ?
だったら、あっちのテーブルに籠に盛られた桃がいっぱいあるよ。真珠ちゃん、甘すぎてもういらないし、ゴリラは皮つき丸ごとでも呑み込めるよね。
「もも、んまんま! ちょーじ、もも!」
「……って、おまえ、俺に桃、食えっつってんのか? あー、っと、ニコニコしやがって……おまえ、俺のことちっとも怖くねーんだな……」
だって、ゴリラは人間じゃないっていうか、宵司、ツンツン頭が昔のヤンキーみたいだもん。ヤンキーは小動物とか子供には優しいんじゃなかったっけ? あ、でも、不良って弱い者いじめする人? ヤンキーと不良って別物?
よくわかんないけど、弱いものいじめ反対! おじさん、そのごつい指でほっぺたちょんちょんするの犯罪!
「やっ! いちゃい!」
「あー、はいはい。ったく、相変わらずどこもかしこもふにゃふにゃと……おまえ、ほんとに大きくなるのか? つーか、むしろ縮んでねーか? 動画の半分の大きさしかねーぞ」
わたしが宵司と顔を合わせたのは数えるほどだけど、実はゴリラはわたしの動画鑑賞が趣味らしい。深川少年が明かす。
「ボス、それ、行き帰りの機内の姫の動画鑑賞会のこと言ってます? あのスクリーンの姫って、実物の百倍くらいは拡大されてましたよ。でも、実物の方が千倍可愛いって、逆詐欺っす! あの動画でもみんなメロメロで早くダンジョンクリアしてごほうび鑑賞会ってなったのに、実物の姫見たらやる気一万倍、戦闘力百万倍になりそう!」
おおっ! 真珠ちゃん、知らないうちにスクリーンデビュー!
でも、わたしの動画って時々リビングの巨大テレビで流されてるんだよね。主に乳飲み子の時の哺乳瓶ゴクゴク……。
白絹お祖母様にも月白お兄様にも闇王パパにもまともに会う以前の、寝返りうったときとか、はいはいしはじめた頃の映像とか、ばあやとすすきさんが上手に撮影してくれてる。最近は憲法が仕掛けたストーカー撮影魔道具がわたしの可愛い瞬間をもれなく録画してるらしい。
こないだの初めてのヘアカットとか、海辺の別荘での初水着だとか、もちろん霧の摩周湖の思い出映像もたっぷり。
七夕イベントコスプレもあるよ。ミルクちゃんの別撮り映像が捏造合成されてたのもあったよ! まあ、一応ミルクちゃんはミルクちゃんで沙華さんや真津子さんと七夕イベント楽しんだみたいなんだけどね……。
わたしが目にする映像はわたし的にどうでもいい自分メインだけど、月白お兄様もいっぱい出てくる。白絹お祖母様や闇王パパ、竜胆叔父様やばあややすすきさんが映ってる映像もあるけど、そういえば宵司とは一緒に写真撮ったの一回だけかも?
でも、そんなことより、月白お兄様!
「にーた、たいたい? ちょーじ、やっ! にーた!」
「おわっ!? わかったわかった。ったく、降ろしゃいいんだろ降ろしゃ」
ゴリラの分厚い胸を叩いてイヤイヤブンブン全身振ったら、宵司があきらめたように床に降ろしてくれた。
月白お兄様にすぐさま駆け寄る。トトッと急ぎすぎて転びそうになったけど、距離が短かったからね。お兄様の足にしがみついてセーフ。
でも、月白お兄様、椅子から滑り落ちそうなくらい、苦し気に胸元を抑えてる。息も絶え絶え、汗だらだらでめっちゃ苦しそう!
「にーた! たいたい、あっち! たいたい、ばいばい!」
身体をくの字に曲げた月白お兄様の頭に手が届いた。やわらかい髪をなでなでしながら、いたいのいたいの飛んでいけ!
「…………っ、うっく……っ、え? 真珠……? あれ……」
月白お兄様が顔を上げた。まだ額から汗してるけど、少しは呼吸が楽になったみたい。大きく息を吐いて吸ってを何回か繰り返して、
「……ありがとう、真珠」
椅子から降りた月白お兄様はわたしをぎゅっと抱っこした。
ほっぺとほっぺがくっついても月白お兄様はすべすべだから、むしろすりすり! だけど、冷たい! ひやっと体温下がってる!
「にーた、たいたい?」
「……うん、だいじょうぶ。でも……宵司伯父様、お父様と闇王伯父様を呼んでください。家族だけでお話しがあります」
なにやら月白お兄様、きりっとシリアスモード。
というわけで家族会議となりましたが、その前にお昼ごはん! みんなの具合も確認しなきゃ!
ほんとにダンジョンバカって迷惑な存在、ゴーアウェイ!