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第39話  ゴーアウェイ!


 きっかけは月白お兄様の直球質問だった。

 

「沙華さんって、宵司伯父様のこと、どう思ってるんですか?」


 というか、これ、たぶん白絹お祖母様も聞きたかったんだろうけど、分別のある大人だからね。聞くに聞けないことがある。

 でも、夏休みに入った月白お兄様がわたしと沙華さんのふれあいタイムに参加。子供ならではのストレート勝負!

 慌ててフォローする白絹お祖母様。


「別に答えなくていいのよ沙華さん! あなたみたいに若い子があんなおじさん本当にごめんなさい!! あんな犯罪者を産み育てて本当に世の中すべてに申し訳なく謝罪申し上げ……」

「あ、や、あたしは、ふつう? でも、あの、宵司様はあたしのこと嫌いだと思う」


 今って朝のおやつタイムでもあるから、沙華さん、抱っこしたわたしにちいさく切った桃を食べさせてくれててね。この直球問答の合間にも、


「もも、おいち!」

「おいしい? 真珠ちゃんのおしゃべり可愛いね。ミルクはやっと『まんま』って言えるようになったよ。おしゃべりは真珠ちゃんが早いけど、ミルクはからだの成長が真珠ちゃんより早いみたい。あ、まだ食べられる? うん、真珠ちゃんもいっぱい食べて大きくなろうね」


 わたしとも同時並行で会話。お互い抱っこするのもされるのも慣れて、桃のもぐもぐ受け渡しもスムーズ! この桃、ジューシーで甘くてやわらかくてすごくおいしいよ! 


「……え? 宵司があなたを? いえいえ、違うでしょう。あなたが嫌うのは当たり前だけど」

「宵司伯父様が好き嫌い? 人間相手に? まさか。モンスターとダンジョンの攻略法しか興味ないのに」


 不思議そうに首をかしげる白絹お祖母様と月白お兄様。

 朝寝したあと、ばっちりごきげんなわたしはおいしい桃をみんなにおすすめ。テーブルの上にはちゃんと器に盛られた全員分の桃も準備されてるよ。


「にーた、もーも! まぁま、もーも! かーた、もーも!」


 そうそう、沙華さんのことをわたしは「かーた」と呼ぶことに。

 ほら、まだ舌が呪われてて「さ」の発音がいまいち。なので、さえかの最後の一文字の「か」といずれ「かあさん」って呼ぶかもしれないから、かけあわせて「かーた」。


「真珠ちゃん、えらいね。みんなに桃食べてって言ってるんだ? そんなにおいしいなら真珠ちゃんの桃、一口もらおうっかな? うん、おいしい。ありがとう」

「もも、おいち!」


 わたし用にちいさく切られた桃を一口ぱくんとして、にっこりする沙華さん。

 おいしいねって、すぐにわたしの口にも入れてくれる。うん、ほんとにこの桃いい匂いがしておいしい。ほとんど噛まずにごっくんできちゃう!


「白絹様も月白くんも、真珠ちゃんが桃、食べてって。おいしいよ、この桃」

「……ええ、桃はおいしいし真珠も沙華さんも可愛いわ。たとえ送ってきたのが宵司でも桃自体に罪はないの。ないんだけど……沙華さん、その、とても聞きにくいんだけど、あなた、宵司と会った時のことを覚えているのね?」


「うん。じゃなくて、はい。だって、冒険王って有名で……って、あれ? あたし、そういえば、あのとき、もらったお金、どうしたんだろ? 寝込んでるときにおねえさんたちになにか買ってきてもらったのかな? あ、でも、宵司様、あたしのこと臭くてつまんないって嫌そうだったのに、チップはいっぱいくれたから、客としてはすごくいい人だったよ」


 久しぶりに白絹お祖母様の背後からゴゴゴゴゴゴゴゴーッて効果音が聞こえてきそうなくらいのどす黒いオーラが立ち上りはじめた。

 危険を察した月白お兄様がすぐさまわたしを避難……じゃなく、遊びに誘いにくる。


「真珠、おいで。僕と一緒にお歌の練習しよう」

「おうた?」

「うん。僕は十二月だけど、お父様も闇王伯父様も宵司伯父様もみんな今月末が誕生日だから、ハッピーバースデーって言えるようになろうね。真珠ならちゃんとお歌も歌えるようになるかもしれないし、そうだ。歌えるようになったら白絹お祖母様に最初に歌ってあげようね。お祖母様は四月が誕生日だったんだよ」


 そういえば、四月にそれっぽいイベントがあったかもしれない。

 でも、わたしが可愛い格好して写真撮影っていうのはいつものこと。休日にちょっと豪華なお昼ごはんを皆で一緒にっていうのも毎週恒例だし、そのくせわたしが食べられるものは限られてる。

 砂糖と生クリームたっぷりな本物のケーキはまだまだ禁止。季節の高級フルーツは毎日食べ放題なんだけど、糖度の高い果物って甘すぎてすぐおなかいっぱいになっちゃう。だから、一度にそんなに食べれない。


 それはともかく、たぶんわたしの初めてのヘアカットでキャッキャうふふしながら動画撮影して、月白お兄様の赤ちゃん筆見せてもらって、月白お兄様がヴァイオリン演奏してくれた日。あれが白絹お祖母様の誕生日だったんじゃないかな? 曲は誕生日の歌じゃなかったけど。

 でも、来年の四月はがんばるね。大きな声でハッピーバースデー歌ってあげるからね、白絹お祖母様!


「おうた!」

「そう、お歌。ハッピーバースデーって、真珠にはまだハの音が難しいかなぁ?」


 今日の沙華さんとのふれあいタイムは月白お兄様が一緒だったからか、初めて来るピアノのあるお部屋。

 このおうち、迷路っていうか、迷宮っていうか、広すぎて見覚えのない部屋や廊下がいっぱいで、今自分がどこにいるのか、白絹お祖母様のお部屋と月白お兄様のお部屋以外よくわからない。とりあえず今いるのは本館の一階。ふだんは月白お兄様が楽器の練習で使ってる部屋っぽい。

 グランドピアノがデーンと置かれてて、壁際にヴァイオリンとかチェロとか楽器が飾られた棚がある。いくつか置かれたソファセットや椅子はどれも座高が低め。子供でも座りやすい高さ。わたしが沙華さんと一緒に座ってたソファはふかふかクッションのだったよ。


「うーん、真珠はすすきさんに抱っこしてもらおうか?」


 お手てつないでわたしとピアノに近づいた月白お兄様は、その場にいくつか置かれた椅子とわたしを見較べて言った。うん、どれも背もたれのない椅子だから、わたしひとりじゃ不安かな。

 なので、わたしはすすきさんに抱っこされて椅子に座って、月白お兄様はすばらしい指遣いでピアノ演奏しながら誕生日のお歌を歌ってくれる。

 名演奏とボーイソプラノの綺麗な声、うっとり聞きほれちゃうんだけど、同じ部屋だからね。やっぱり聞こえてきちゃうんだよね……。


「……そう。そうなの。札束ばらまいて『やっぱ臭ぇな、ガイジンさん』だったのね。ええ、忘れられない言葉ってあるわよね。え? 続き? 『ハイハイつまんねーし、それ持ってとっとと帰れ』って、そうなの。印象最悪ね……ああ、でも、チップは百万? ええ、わかったわ。そうね。大金ね。あなたに渡されたのがそのうちの一枚だけでも、アンパンなら一万円でたくさん買えたはずね。なのにそれから熱を出して一週間寝込んで、そのお金がどこに行ったのかわからなくなったのね……」


 表面上にこやかに白絹お祖母様は沙華さんを事情聴取……っていうか、沙華さんは白絹お祖母様に聞かれるままに話してるだけなんだけど、これは相当やばい。内容がひどい。女性蔑視の人権侵害。

 ハッピーバースデーを演奏していた月白お兄様の指が途中から別の曲を奏で始めちゃった! たぶん聞いたことある曲。えーと、えーと、そうだ、ベートーヴェンの悲愴!

 重々しいピアノの音色に沙華さんの声はかき消されるけど、白絹お祖母様の声はよく通る。

 っていうか、低すぎて響く。いつもの声より数段重く、地の底を這うようにピアノの低音域をかいくぐって白絹お祖母様の声が聞こえるよ!


「ええ、そう、それでそれからはそれまで以上におなかがすくようになったのね。ええ、そうね、きっと妊娠していたからよね。ええ、ええ。『世界に名だたる黒玄家の冒険王』は職場の女性たちにも憧れられていた? 羨ましがられた? そうなの、わかったわ。ええ、それで印象的に覚えてて、しかも真珠が母乳を飲まなかったから、あなたのお乳が好きなミルクと取り替えちゃったのね。ええ、わたくしはむしろものすごく感謝しているけれど……」


 この世界の人って声に魔法をかけられるのかな? 白絹お祖母様もそれなりに高ランクの冒険者だったらしいから、沙華さんの声は電話のむこうみたいに聞こえないのに、白絹お祖母様の声はピアノ演奏より強力!


「……そういえば、真珠のために乳母を雇おうとしたけど、真珠は母乳が苦手だったようね。魔素強化ミルクはおいしそうに飲んでて、小さいお口で一生懸命哺乳瓶に吸い付く動画が可愛くて可愛くて、あんまり可愛いから偽物の映像じゃないかって疑ったくらい。黒玄家の血筋にこんな可愛い赤ちゃんが生まれてくるわけないって、わたくしも小春によく叱り飛ばされたわ……。でも、真珠は本当に最初から可愛いすぎるくらい可愛い赤ちゃんだったのに、あのゲスクズ息子は……!」


 月白お兄様、ついに手を止めてわたしをぎゅぎゅっと抱っこ。


「真珠、僕はなにがあっても真珠の一番の味方だからね! この分だと伯父様たちとお父様の合同誕生会は無理だし、僕、宵司伯父様と同じ男だなんて思われたくないから、次に宵司伯父様に会ったらこう言おうね。『ゴーアウェイ、グッバイ』」

「ご、ごあ、ぐ……?」


 前世のわたし、英語が苦手だったっぽいけど、さすがにゴーアウェイの意味はわかるよ。あっちいけ、だよね。で、さよならグッバイって、あの、月白お兄様……?

 だけど、こちらの話を聞きつけた白絹お祖母様が背後に鬼神オーラを背負って参戦した。


「あら、それはいいわね。どうせなら『宵司、ゴーアウェイグッバイ』って練習しましょう。真珠、言う相手は闇王じゃないのよ。宵司。ええ、ダッドだなんて勿体ない。もうこれからは宵司って呼び捨てでいいわ。ゴーアウェイって思いっきりカタカナ英語で、小馬鹿にするように言ってあげましょうね」


 白絹お祖母様のゴーサインが出たら、やるしかないよね。

 真珠ちゃん、月白お兄様と一緒に猛特訓!


「ごあ、ちょ! ちょーじ!」

「ちょーじ、かぁ。舌っ足らずで可愛いね。真珠が言うとなんでも可愛いよ。じゃあ、次はゴーアウェイ、ゴーって言える?」


「ごー、ごー、ごあ!」

「うん、上手上手。ゴーアウェイ」


 で、一語ずつ練習していって、ついに成功!

 そして、なんと、そのナイスタイミングでゴリラがお部屋に!

 なので、すぐさま笑顔でごあいさつ!


「ちょーじ、ごあぇい! ぐばい!」

「……っ、このチビ、何言ってやがるんだ!?」


 久々のゴリラは本当にゴリラだったよ!

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