第38話 パパといっしょ!
月白お兄様と白絹お祖母様によるミルクちゃんとのふれあいタイムは失敗っていうか終了したけど、実の父親である憲法はミルクちゃんと普通の父子関係を築けたらしい。
忙しい仕事の合間を縫って週に二回は訪問し、離乳食を食べさせたり発育状況に応じたおもちゃを与えたり……って、普通の父子関係ってそういうのだっけ?
まあ、ばあやが「このうちの方々としては十分でしょう」って言ってるからきっと大丈夫。ばあや正義!
なにはともあれミルクちゃんも憲法の顔を見て笑う、抱っこされて喜ぶ、バイバイするのを嫌がるってくらいには懐いたんだって。
でも憲法、わたしを黒魔術もどきのいけにえにしようとしたせいで、基本的にはわたしとの接触禁止!
クアア関連の魔道具のこととかでどうしてもってときは、白絹お祖母様か闇王パパの許可と同伴があれば面会を許されるって警戒ぶり。
あの事件の取り調べの中で、わたしでダメなら月白お兄様をいけにえにしてでも露茄さんの復活をもくろんでいたことも自白したから、月白お兄様も父親に会うときには祖母か伯父の付き添いが必須になってる。
ただし、月白お兄様、頼みごとがあるときは父親にすぐ連絡。
欲しいものなんでも買わせるっていうか、作らせるっていうか、わたしのテイマースキル封じの魔道具だとか、ミルクちゃんとの兄妹ふれあいタイムの捏造映像とか、好き勝手にこき使ってるみたいだけどね。
だけど、その分も闇王パパがわたしと月白お兄様の頼れるお父さんになってくれてる!
闇王パパ、わたしをいつでも抱っこできる距離にって始めたテレワークなんだけど、なんだかんだとわたしはまだ食う寝る遊ぶな一歳児。
なので、わたしを抱っこしながら月白お兄様のお話は聞けるし、片手でハグして頭撫で撫でするのも余裕。わたしを抱っこした月白お兄様を膝に乗せるのだって、超軽々! 手足長い!
月白お兄様が学校の愚痴つぶやいても、白絹お祖母様だとすぐ旅行とか海外逃亡ドリーミングタイムになるんだけど、闇王パパはうんうん頷いて、
「私がおまえの年齢くらいの時はダンジョンで気晴らししていたが、今はそういう時代じゃないからな。一緒に何かスポーツを始めるか? クラスメイトはどんなスポーツが得意なんだ? とりあえずボール一つでできるサッカーくらいから始めてみるか」
サッカー、野球、バスケ、テニスって、伯父甥で球技デビュー。
月白お兄様は天才児で、ヴァイオリンとか音楽の才能がすごくて、運動神経もよくて一通りのスポーツのルールはわかってるけど、それでもまだ小学二年生。
体育の授業以外で友達とスポーツするっていう発想がなかったみたいで、休み時間にクラスメイトとサッカーするようになってから動物園……じゃなく、騒々しい学校生活もまだましになったみたい。
ちなみに闇王パパは娯楽としてのスポーツは経験ゼロ。
幼いころから父親に連れられてダンジョンに入ってたから、運動神経も身体能力も抜群で、体力測定の結果がよすぎて周りの子供に怪我させちゃいけないって、スポーツイベント不参加。その分もダンジョン通い。
おかげで魔力も順調に増えて、冒険者ランクを駆け上がって、人間離れした体力に明晰な頭脳と強靭な精神力でリーダーとしての素質が開花。闇王パパをリーダーにすると探索チームが効率アップ、難関ダンジョンでも生還率百パーセントに!
まさに黒玄家の若獅子ってカリスマ性抜群に育っちゃったから、魔道具開発を優先させたい祖父や、ダンジョン探索にしか興味のない父親に代わって、十代のころから黒玄グループの経営に携わるように。
で、そのままずっと仕事ダンジョン仕事ダンジョン仕事仕事仕事ダンジョン、気がつけば黒玄皇帝陛下って崇められるように……。
結婚生活は隙間時間のほんのちょっとだけだったから、政略結婚でさえ即破綻。闇王パパの歴代のお嫁さんたちに関しては白絹お祖母様やばあやも遠い目で幸せをお祈りしてた。
闇王パパ、なまじ能力があって、周囲に気を遣えるからこそどんどん仕事を押し付けられるって、早死に過労死一直線コース!
だけど、このままだとわたしとのふれあいタイムはなくなる一方だし、白絹お祖母様が好き勝手に旅行に連れ出して、いつのまにかわたしが添い寝したり膝抱っこしていい幼女じゃなくなっちゃうかも!?って、危機感で異次元の働き方改革!
結果、わたしを抱っこしてデスクワークするだけじゃなく、抱っこしてサッカーっていうね……。
なんか、もう四十も半ばなのに、闇王パパってば今からプロ選手目指せるんじゃないかってくらい身体能力すごい。
プロ選手の動画ちょっと見ただけで同じ動きがサッカーでもバスケでもできる。ボールコントロールがまさしく異次元!
黒玄家三兄弟は全員、冒険者ランクだとS級まで上りつめてて、そのレベルの人って世界に数えるほどしかいないんだって。
だから、月白お兄様にせがまれて精鋭部隊の護衛相手に本気で……っていっても真珠ちゃん付きでテニスやっても、闇王パパ、息も切らさずに勝てちゃう。
憲法印の魔道具でがっちり守られてるわたしの周囲にさらにバリア張って、だけどテニスラケット振るときは純粋に自分の筋肉だけなのに、その上で完勝するから護衛のお兄さんたち、がっくり膝ついてた……。
スポーツといえば、このダンジョン世界。四年に一度のオリンピックとかスポーツイベント自体は前世と同じみたいだけど、競技とかルールとかけっこう違うみたい。
まあ、前世のおばさんはバレーもテニスもバスケもラグビーも点数の数え方さえわからないスポーツオンチだったっぽいから、どこがどう違うのか正確なところはわからないんだけど。
とりあえず出場者枠に「一般人」と「冒険者」って括りはなかったよね?
しかも能力を偽装する人がいるから、「一般人」枠の参加者は魔力封じの魔道具必須って、そもそも前世は魔道具がなかったし!
人気スポーツも、前世だと世界的にはサッカーが一番。でも、日本は野球の方が人気っぽかったけど、この世界の一番人気はダンジョン探索。
ただし、スポーツとしてのダンジョン探索大会で使われる会場は本物のダンジョンじゃなくて、模造のフェイクダンジョン。それなりにリアルに作られてはいるけど、人造フェイクダンジョンを探索しても魔力は増えないし、魔法レベルも上がらない。
なので、黒玄家三兄弟はだれもダンジョンスポーツに参加したことはないらしい。
っていうか、そもそもフェイクダンジョンが作られるようになったのは、高ランク冒険者の不妊問題が明るみに出た二十年前から。
若年者のダンジョン探索は将来のために控えてほしい。でも、探索開始年齢を十六歳にするとその後の魔法レベルが上がりにくくなる可能性が高い。
苦肉の策としてできたのが魔素のほとんどないフェイクダンジョンで、ここでめいっぱい身体能力や探索技術を上げておけば、リアルダンジョンに入ってスキル覚醒したあとはすぐにモンスターを倒してレベルアップしていけるんだって。
この世界に活断層の数だけあるかもしれないリアルダンジョン。
誰も立ち入らずに放置されたダンジョンからはモンスターが溢れてスタンピードを起こす。それを防ぐには誰かがダンジョンに入ってモンスターを倒さなきゃいけないから、冒険者って社会的に必要な職業。
なんだけど、ただでさえ危険の伴うお仕事。モンスターとはいえ生き物を殺すのは野蛮で残酷って人もいる。
まあ、単純に怖がりな人もいるよね。うん、クアアは可愛いけど、わたし、ガーッて牙むく猛獣と戦うなんてムリ! 月白お兄様に戦ってほしいとも思わないけど、宵司はOK。あの筋肉はダンジョンで活かさなきゃ!
ともあれ冒険者、とにもかくにも裾野の挑戦者を増やさなきゃいけない。
そんな各国政府の思惑にダンジョン資源で稼いでいる黒玄グループみたいな民間企業が乗っかって、スポーツとしてのダンジョン探索はすぐさまオリンピック競技に採用されたらしい。
各国政府や企業が主催する国際的なダンジョン探索大会もあって、優勝賞金も桁外れ。
で、数あるその手の大会の中でも一番人気は黒玄グループが主催する世界大会で、ラスボスが宵司、優勝賞品は宵司と一緒にダンジョン探索。
え? なにそれ誰得? って思うけど、ラスボス宵司は老若男女問わず大人気。参加者も動画配信のアクセス数も世界一らしい。
真珠ちゃん、なにが面白いのかぜーんぜんわかんないし、映像でまで筋肉もゴリラもぜーんぜん見たくないし、リアルでもあの固い筋肉に抱っこされるの好きじゃないんだけどなぁ……。
おいしいフルーツ付きなら仕方なくポンポン踏みつけるくらいはしてあげてもいいけどぉ?
ちなみに日本では小中学生の校外学習とか修学旅行にもフェイクダンジョン探索が組み込まれてるらしい。
まさに国を挙げての取り組みで、月白お兄様も三年生になったらフェイクダンジョンの日帰り体験授業があるんだって。
「じゃあ、夏休みに一度、フェイクダンジョンに行ってみるか? 真珠がお昼寝している間に私とおまえで探索すればいいだろう。この手のことは宵司と憲法に任せていたから、私もフェイクダンジョンに入るのは初めてだ。初心者同士で社会見学だな」
「えー、闇王伯父様は本物のダンジョン探索のプロだから、怖がったりするの、僕だけですよ! あ、でも、フェイクダンジョンの強度を測定するのにちょうどいいって、お父様が喜んで実験しそう。宵司伯父様はフィジカル、お父様は魔法、闇王伯父様は戦略が最強なんでしょう?」
サッカーボールを蹴りながら楽しげに語らってる闇王パパと月白お兄様。真珠ちゃんはパパの腕抱っこ。
だけど、強度実験と聞いて闇王パパの声が暗くなった。
「いや、強度実験は宵司だけでも大赤字だったし、憲法がダンジョン作りに湯水のようにレア素材を使うせいで、赤字補填に宵司を客寄せラスボスにするしかなくなって……いや、そんなことより、月白、せっかくの夏休みなんだからクラスメイトを誘うといい。私が付き添うし、日帰り探索でうちから送迎車も出すから、クラスメイト全員でも大丈夫だ」
「えー、あいつらに真珠を見られたら困る……。あ、でも、真珠が午前中に寝てる間に終わらせればいいのか。じゃあ、あいつらは午前中に一時間くらいサクッと見学させて帰らせましょう。午後から伯父様と僕でもう一度探索に行ってくださいね。真珠がお昼寝してる間に」
わたし、まだ赤ちゃんだから午前も午後もお昼寝しちゃうんだよね。
午前中は寝なくてすむ日もあるんだけど、今の時期って夜明けが早いから朝早くに目が覚めちゃうんだよ。
え? 年寄りだから朝が早い?
違う違う、わたしは自然とともに生きる一歳児!
不思議と毎朝、朝日が昇るのに合わせてお目めがぱちっと開くんだよね。
でも、そうしたら一緒に寝てる白絹お祖母様も起きてくれるから、クアアを連れて早朝のさわやかなお庭散歩。
お庭ではばあやと庭師のじぃじが出迎えてくれて、お花の名前を教わったり家庭菜園のトマトやキュウリをもぎもぎクアアにあげて、メロンの実が大きくなっていくのをじいっと観察。ダンゴムシ転がしたり、アリとクアアと徒競走したりもするよ。
で、闇王パパと月白お兄様も加わって朝ごはんして、毎日のルーティーンあれこれしてたら朝九時前には闇王パパのお膝で眠くなっちゃう。
午後は午後で昼ごはんのあと、ちょっと寝ておかないと夕方六時におねむになっちゃうからね。なるべく早めにお昼寝して、月白お兄様が帰ってきたら遊んでもらうようにしてる。
そんなこんなでべったり闇王パパや月白お兄様に構ってもらってるから、「パパがんば!」「パパふぁいふぁい!」「パパちゅごい!」っていろんなおしゃべりがすっかり得意になった。
そう、「ぱぁぱ」じゃなくて、「パパ」!
はっきり発音できるようになったよ! なにせおうちでお仕事な闇王パパに朝から晩までつきっきりで日本語教わってるもん!
……うん、自分に前世の記憶があることは忘れよう。赤ちゃんプレイ気のせい、わたし赤ちゃん! 舌も顎もまだまだ未熟な一歳児なの!
あ、だから、もちろん「にーたがんば!」「にーたふぁいふぁい!」「にーたちゅごい!」も得意。
月白お兄様にはなにかにつけて「だぁちゅき!」も欠かせないし、そうすると闇王パパにも白絹お祖母様にも「ちゅきちゅき!」攻撃!
ばあやとすすきさんには自発的に「ちゅき!」って言ってるけど、そんなこんなで日本語の大特訓中な真珠ちゃん。
そして英語もお勉強!
「ちょーじ、ごあぇい! ぐばい!」
なんとわずか一歳にして、宵司あっちいけさよなら、って言えるようになりました!