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第37話  もうひとつのふれあいタイム


 実はふれあいタイムはもうひとつある。


 わたしと沙華さん。


 病院で生まれたばかりの赤ん坊を取り替えてしまった沙華さんは加害者だけど被害者でもあった。なにしろ犯行時というか、わたしを出産したのは十七歳のとき。宵司と出会ったのなんて、十六歳!

 当時はまだ未熟で物の善悪の判断ができなかった年齢っていえるし、生まれ育った環境がひどすぎて情状酌量の余地ありすぎだった。


 あの病院で沙華さんの様子がおかしいことに気づいた看護師さんが彼女を保護してくれて、その後の沙華さんは行政のサポートを受けてきた。

 その中で判明したのは沙華さんが一度も学校に行ったこともなければ、そもそも出生時に戸籍登録されていなかったという衝撃の事実。

 行政の調査では沙華さんの親や彼女が育った児童養護施設を突き止められなかったけど、黒玄家と憲法の徹底した調査の結果、彼女の母親にまでたどりついたらしい。


 沙華さんの母親はダンジョン街のクラブで働いていたホステス。色素が薄く目鼻立ちのくっきりした「ガイジン」さんで、水商売従事者だった母親を早くに亡くし、身寄りがないと言っていた。この女性も自分の母親同様、父親のわからない子供を妊娠し、自宅での孤立出産時に命を落とした。

 のちに沙華という名になる生まれたばかりの赤ん坊を発見したのは、借金の回収に来た闇金業者。


 赤毛で青い瞳の赤ん坊は母親の借金のカタとして売り飛ばされた。

 購入者は表向きは児童養護施設の施設長、裏で児童売春を営んでいた悪徳代官! いや、そういう感じの人。社会福祉に貢献している地元の名士なのに、裏の顔がひどかったらしい。


 ちなみにその児童養護施設は一年ちょっと前のダンジョン崩壊による地震で建物が全壊して大勢の死者が出てしまった。届け出のなかった地下部分があり、建物の耐震基準がまったく満たされていなかったらしい。

 瓦礫の下からは施設長と職員や子供たち以外にも、幾人か成人男性の遺体が見つかった。

 だから、沙華さんの育った児童養護施設は今はもうないけれど、皮肉なことにその施設はわたしが生まれた病院と同じ街にあった。


 裏で児童売春の温床となっていた完全ブラックな児童養護施設に沙華さんは九歳までいた。けれど、食べ物をろくにもらえず、空腹に耐えかねて抜け出したところを一人の男性に保護された。

 だけど、この男性も、悪徳施設でも、そしてその後、彼女を引き取った犯罪売春組織でも、周囲の大人が彼女に望んだことは彼らの欲望を満たすこと。ずばり性的搾取。

 奉仕、サービス、売春、その時々で呼び方が変わって、特に犯罪組織の派遣型風俗店では日本全国いろいろなところを転々とさせられたらしい。だけど結局、させられることは同じ。そして、まわりまわって本人も知らないうちに、もともといた児童養護施設のあった場所に戻って出産することになった。


 そんな滅茶苦茶な環境にいたから、沙華さんは妊娠したことにも気づいていなかった。幸か不幸かつわりもなく見た目の変化もなかった。

 なので、沙華さんからそれまでの生い立ちや事情を聞いた相済真津子さんや行政の人たちのだれもが触れなかったというか、調べようとしなかったことがある。

 それが沙華さんの赤ん坊の父親。

 おそらくどころか確実に売買春の結果だし、そんなサービスを利用する客の男を突き止めたところでふつうは時間の無駄になる。

 だから沙華さんは憲法から、


『ああ、そうか、きみは真珠の父親が誰かわかっていなかったんだね。ついでに、兄さんの名前も。さっき玄関にいた僕の兄が宵司って名前で、きみの娘の実の父親だよ』


 と言われるまで、赤ん坊の父親について一度も考えたことはなかった。

 そもそも彼女がまともな性教育を受けたのはあいすみ母子寮に入ってから。

 周囲の女性が妊娠したり出産したり赤ん坊を連れてきたりもしていたから、赤ん坊がどこからどうやって生まれるかはわかっていた。けれど、どうすれば赤ん坊ができるのか、生命の誕生と自分がさせられていることとの関係性を具体的に理解していなかったようで……。


「あたしが産んだけど、あたしだけじゃなくて、半分は冒険王……じゃなくて、宵司様のイデンシって不思議な感じ。でも、真珠ちゃんの耳の形、ほんとに白絹様にそっくりなんだね。おばあちゃんにも似てるって、イデンってすごいんだね」


 膝に抱っこしたわたしと隣に座る白絹お祖母様をしみじみ見較べる沙華さん。


 ていうか、黒玄真珠、さすが物語の登場人物! 不幸で複雑な出生の秘密盛り込まれすぎ! でも、ばあやとすすきさんにぬくぬくべったり甘やかされて育ったわたしが不幸っていうのも変な話かも。

 生まれてこの方、苦労しつづけてきたのは沙華さん。だけど、沙華さんの人生もミルクちゃんに会ってから改善されたらしい。


「ずっと一緒にいたのがミルクだから、ミルクがあたしの人生、変えてくれたと思ってたけど、ほんとは真珠ちゃんを産んだから変わったのかな? あたしに似てほしくないのに、色が薄いの、似ちゃったね。ごめんね。ちゃんとした日本人に見えないふうに産んじゃって」


 最初はちょっと遠慮がちだったけど、週に三回ふれあっているうちに沙華さんも慣れてきた。わたしっていうより、白絹お祖母様に。


 対ミルクちゃんとのふれあいタイムは白絹お祖母様と月白お兄様がミルクちゃんのテリトリーを訪問。その場には沙華さんと相済真津子さんが一緒にいるようにして、ミルクちゃんが安全だと思える環境にしているにもかかわらず、毎回ぐずって月白お兄様への暴力がひどかったとか……。


 わたしと沙華さんとのふれあいタイムは沙華さんがこちらを訪ねてくるというもので、ばあやとすすきさんのほかに白絹お祖母様も同席。

 むしろ白絹お祖母様の沙華さんへの距離が近い。毎回必ず同じソファに並んで座ってぐいぐい接近!

 沙華さんは黒玄家の嫁ではないけど、白絹お祖母様的には可愛い真珠ちゃんの母親だからね。孫の母親は自分の娘同然。つまり今のわたしよりドレスの似合う大きな着せ替え人形! 成人祝いの着物もすぐさまフルオーダーしてたよ。


 あ、成人年齢はこの世界でも十八歳に引き下げられたみたい。

 だけど、十八歳ってほとんどが高校生だし、その後、進学するにせよ、就職するにしても車の免許取得とかお金かかるから、最終的には満十八歳まで黒玄家のお金配りの対象年齢にしたんだって。

 十八歳以下か、十八歳未満か。

 ピッドカードの特別給付金の対象年齢については新聞ネットメディア、ワイドショーとかでも議論になって、黒玄グループが身銭を切ってあえて対象年齢を十八歳以下にしたことについては称賛の声多数。

 結果的にはその十八歳議論で制度の周知が進んで、十八歳以下のピッドカード申請が順調に行われているらしい。

 現在十八歳の沙華さんもすぐ申請してくれたからね。よかったよかった。


 で、その分も闇王パパが多方面との交渉で大変だったけど、もうミルクちゃんが見つかったから、諸々無視してテレワーク突入。

 長兄に迷惑かけた自覚のある憲法は、闇王パパ出演CM第二弾を作成。黒玄グループの働き方改革をPRすることになったとか。


『この地球上に現れたダンジョン資源を持続可能な形で最大限に活用し、モンスターの脅威から人々の生活を守る。人類の未来と幸福のために全力で働く一方で、私は我が子の傍にいて、いつでも抱っこしてあげられる父親でありたい』


 世界の偉い人とオンラインミーティングしていた闇王パパが、ぬいぐるみと遊んでたわたしと目が合って、いそいそと抱っこしに行くって父娘共演CM。

 ロングバージョンCMには続きがあって、闇王パパに絵本を読んでもらいながら寝ちゃったわたし。闇王パパはいとおしげにわたしの頭を撫でて、


『きみが覚えていなくてもパパはこの瞬間を忘れない。きみとのかけがえのない時間ときみの未来を守るために』


 次の瞬間、また偉い企業トップに変身!

 まだ一般公開はしてないけど、そのCM、社内で先行上映したらめちゃめちゃ評判よかったらしい。赤ちゃん可愛い! 闇王陛下にお休みを!って。


 で、CMには他にわたしが一人で遊んでるのもあって、例の空飛ぶぬいぐるみ魔道具の紹介を兼ねている。

 わたしを乗せたパンダぬいぐるみがトテトテ歩いて、ふわっと数センチ浮かび上がって、めっちゃラブリーファンタジー映像! その魔道具『ぬいぐるみ動くもん』が来年、予約生産で限定販売されるっていう情報を同時公開。


 黒玄グループのこういう魔道具関連の開発設計製造及び販売の最高責任者は憲法。

 憲法って、ピッドカードの最高責任者でもあるし、竜胆叔父様リクエストのあれこれそれとか、あの空飛ぶ車とか、手掛けてるプロジェクトがものすごく多くて大変そうだけど、本人曰く、


「露茄のための魔道具を試作する時間が無くなった分、前より時間の余裕はあるね。とはいえ、同じ魔道具を何度も作るのは退屈だから、僕の代わりの人材育成を手伝ってあげるよ。世界中から集まってきた黒玄魔法アカデミーの優秀な生徒たちは魔法陣の基礎くらい理解しているんだろう?」


 憲法の基礎って、ぜったい応用以上の天才レベル! うん、月白お兄様の言うように、憲法になにかを教わりたくない!

 せっかく魔法のある世界に転生したから魔法使いにはあこがれるけど、怖いモンスターと戦ったり、難しい魔法陣作ったりするのはどうでもいいなぁ。それより真珠ちゃんは抱っこが好き!


 沙華さん、ミルクちゃんで慣れてるから、意外としっかりした抱っこで抱かれ心地がいい。お胸もダイナミック!

 顔は痩せてるし腕とか全身が細いのに、胸と腰は別物。ばあやのふかふかよりパツパツ弾力があって、甘さ十倍増しのいい匂いがして体温高め。これって他の人とはっきり区別できちゃうから、ミルクちゃんが沙華さん以外、イヤイヤしちゃうのもしょうがないかも。

 でも、わたしはばあやの抱っこが一番落ち着くし、白絹お祖母様の抱っこも大好き! 闇王パパの抱っこもちゅきちゅきガジガジだよ!


「あら、ぜんぜん気にしなくていいのよ。真珠は人種を超えて可愛い赤ちゃんだし、国籍なんて好きに選べるわ。それに大切なのは見た目より性格だもの。真珠が沙華さんの温厚な性質を受けついでくれて本当によかったわ」


 日本人離れした外見をわたしに謝るくらい、沙華さんは色素の薄い自分の外見に否定的。

 それってつまり、それだけ自分に自信がないってことで、十八歳、これからまだ受け入れて乗り越えていくべきことが多くて大変そう。

 だけど、沙華さんには家族がいる。相済真津子さんとミルクちゃん、加えて白絹お祖母様も沙華さんのことめっちゃお気に入り!


「世の中にはうちの息子たちを必要としている人もいるし、三人とも能力はあるわ。あれはあれで有能な人間なんだけど、幼い頃から三人ともわたくしとなにかが合わなかったの。闇王もこだわりが強いと思ったけど、憲法なんて脳の障害を疑うレベルだったし、宵司に至っては……!」


 というか、白絹お祖母様、息子三人の子育ての挫折感が半端なかったみたい……。


「三人とも妊娠中からつわりがひどかったし、成長してああなったと思ったら、たぶんあの子たちは生まれる前からわたくしとの相性がよくなかったのよ。その点、真珠は信じられないくらい可愛いわ。ニコニコふわふわしていい匂いだし、見ているだけでも可愛いけど、抱っこするともっと幸せで……本当にね、赤ちゃんが天使なんて子育ての嘘情報だと思ってたわ。だから、沙華さん、わたくしに真珠をありがとう。あなたが真珠とあの子を取り替えてくれたおかげでわたくしは今、生きているわ」


 これって聞きようによっちゃ嫌味なんだけど、白絹お祖母様から手を握ってお礼を言われて、毎回服だの靴だのバッグだの、お正月の晴れ着だの、七五三のための娘たちとお揃いの着物だのドレスだの、大量に発注お取り寄せ。

 食べ物からなにから自分あてに毎日どさどさ届くっていうのをこの一カ月たっぷり経験して、沙華さんも白絹お祖母様の本気度が理解できたみたい。


「い、いえ、その、役に立ったならよかった……っていうのも変だけど、あの、そっか。相性って、たぶん、あたし、それはミルクのほうがいいのかも。あ、もちろん、真珠ちゃんも可愛いんだけど、やっぱりミルクを抱っこしてるほうが落ち着くような……」


 そう、自分が産んだ子供よりミルクちゃんの方が可愛いって、こんな本音を沙華さんが言えちゃうくらい!

 でも、それ、しょうがないっていうか、お互い様だから気にしないで。わたしもばあやの方が好き。


 うっすら遠のいてきたとはいえ前世の記憶持ちの真珠ちゃんは何事にも例外があるって知ってるし、親子っていずれ親離れ子離れするものなんだよ。わたしと沙華さん、精神的自立のタイミングがお互いにばっちり合ってるからまったく問題なし!

 白絹お祖母様もふふっと笑って、沙華さんの腕からわたしを抱き取った。


「いいのよ。それだけあなたがミルクに愛情を持ってくれている証拠だし、あなたより薄情なわたくしはあのうるさい子に会うのも嫌だから、あの子への愛情はあなたと真津子さんにお任せするわ。でも、わたくしがあなたに会いたいから、もし真珠が大きくなって親子関係が難しくなったとしても、わたくしには会いに来てね。一緒においしい和菓子を食べましょう」


 沙華さんはアンパンが好物だったみたいで、それを知った白絹お祖母様は沙華さんとのお茶の時間にいろんな和菓子を準備させるようになった。

 四季折々の見た目の美しい和菓子のほかに、日本全国各地のおいしい名産品をお取り寄せ。

 沙華さんは初めて目にする色とりどりの和菓子に目を輝かせておいしそうに食べる。最初は下手だった食べ方も、白絹お祖母様が自らお手本を見せて、お茶の飲み方も段階的にレクチャー。

 今度は着物を着て茶室でちゃんとしたお茶を点てましょうねって白絹お祖母様楽しそう。


 だから、わたしと沙華さんっていうより、白絹お祖母様と沙華さんのふれあいタイムはとっても順調。

 こういうのを積み重ねていけば、きっといつかわたしがミルクちゃんと遊べる日も来るよね?

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