番外編⑤ ラヴィアンローズ
※沙華編ラスト。文字数もっと増量キャンペーン!
「真珠を産んでくれてありがとう」
黒玄グループの皇帝陛下は実際に会うとものすごく威厳があった。CMの中でピンク頭の赤ん坊を抱っこしてる人とは完全に別人。
あ、でも、CMの後半で『黒玄グループは子供たちの未来のために、今度もこの国に生まれてきたすべての子供に利益を還元し続けることを誓います』って言ってる姿は堂々としていて立派で強そうで、いかにもこの世界の実質的な王様って感じがした。
だけど、前半の赤ちゃんにデレデレなインパクトが強いから甘く見てた。画面と実物は迫力がぜんぜん違って怖いくらい。
なんだけど、たぶんこの黒玄陛下が部屋に近づき始めたくらいからミルクがぐずりはじめて、扉が開くと同時にギャー助けて!って大泣き。だから、怖がるまもなくミルクをあやさなきゃいけなくて、
「沙華、大丈夫かい? ミルクのお気に入りのおもちゃ持ってきたけど、遊ぶどころじゃなさそうだね」
「おかあさん!」
おまけに黒玄陛下と一緒に相済のおかあさんが部屋に入ってきたから、あたし自身が半泣きになった。
だけど、黒玄憲法はミルクの泣き声を無視しておかあさんに話しかけた。
「相済真津子さん、初めまして。僕は黒玄憲法、相済一花として登録されているミルクちゃんの父親です。闇王兄さんから説明があったとは思いますが、我が家は今回の件を公表する気はありませんし、沙華さんに感謝することはあっても危害を加える気はありませんからご安心ください」
ちなみに黒玄家の大奥様ご一行はもうこの部屋にいない。
あたしが産んだ赤ちゃんが冒険王の黒玄宵司の娘って知らされて唖然と固まってたら、腕の中のミルクがぱちっと目を覚ました。完全におっき。顔をあげて、じいっと向かい側の席の人たちを見る。
たぶん、ミルクとしては自分と同じくらいの赤ちゃんに興味があったんだと思うけど、目が合った途端に黒玄家の大奥様は立ち上がった。
「あとのことは息子たちに任せてあるから、わたくしはこれで。もしなにか相談があったら……いいえ、なくてもいつでも連絡してきてちょうだい。画面越しなら泣き声は消せるし、赤ん坊の笑顔の動画なら大歓迎よ。ああ、憲法、沙華さんがわたくしに直接電話できるよう手配しておいてね」
黒玄憲法はあたしにこの家の人たちとすぐつながるってスマホをくれて、少し早い晩ごはんを手配してくれた。ごはんとお味噌汁と焼き魚と煮物って和食。デザートにメロンもついてる。
あたしが食べてる間、ミルクは幼児の用の椅子におとなしく座って、黒玄憲法の手からごはんや離乳食の煮物を食べさせてもらってた。
黒玄憲法、赤ん坊にごはん食べさせるのがうまい。さすが実の父親っていうか、お互いにもうすっかり慣れたみたい。おいちいでちゅねとかの赤ちゃん言葉は一切使わないで、
「ちゃんと飲み込めたかい? もう一口食べる? ああ、こっちのは今が旬のアスパラガスでね。緑色のじゃなくて白いから色も気にならないだろう。柔らかく煮てあるし、甘味があっておいしいよ。きみの口にも合うはずだ」
落ち着いた声で話しかけながら、一口ずつ丁寧に食べさせていく。
そのついでのように話してくれたことによると、黒玄憲法の母親は次男の子育てのときに泣き声で鼓膜が破れたらしい。
赤ん坊のときの冒険王は噛み癖もひどくて乳首食いちぎられそうになったり、ぐずって暴れるので大奥様の体中があざだらけになったり。大奥様はすっかり育児ノイローゼになって、だから、次男と三男の憲法のあいだに八歳の年齢差があるんだって。
でも長男と次男も六歳離れてて、毎回赤ん坊の泣き声がトラウマレベルでひどくて、三男の子育てのときには高性能の耳栓。
だけど、憲法も自分で自覚があるくらい幼いころからこだわりの強い育てにくい子供で、長男の黒玄陛下も早熟で力が強くて筋肉質な抱っこしにくい子供だったらしい。
「だから、うちの母は真珠に夢中でね。初孫の月白の時は嫁の露茄に対する遠慮もあっただろうし、父が亡くなって母自身も病気になったりしたせいで、物理的にも精神的にも余裕がなかった。その点、今は孫を可愛がる時間もある上に真珠は軽くておとなしくて抱っこしやすい子だからね。この先のことはゆっくり考えてから決めればいいが、できればうちの母も真珠の子育てに参加させてあげてほしい」
シセツ時代に暴れる子供はいくらでもいたし、客の中にも噛む殴る蹴る首絞めるって癖が悪いのもわりといた。だから、大奥様が乱暴な男の子を嫌がるのもちょっとはわかる。
だけど、そういうのとミルクを一緒にしないでほしい。
だって、ミルク、ほんのちょっと泣き声が大きいだけで、あとはすごく可愛いんだよ。ごはん食べさせてもらったからか、そのあと、黒玄憲法に抱っこされてもニコニコご機嫌。だけど、黒玄陛下が部屋に近づいてきたときからぐずぐずグズりはじめて、
「やっぱり母親が恋しいみたいだよ。お願いできるかな、沙華さん」
黒玄憲法にイヤイヤして、あたしに必死にしがみついてきた。そのときはもうなんかいつもの倍くらいミルクが可愛いかった。泣き声もあたしが好きって言ってるみたいに聞こえた。
だけど、ミルクがあんまり顔を真っ赤にして泣くから、黒玄グループの皇帝陛下はあたしに「真珠を産んでくれてありがとう」って一言だけいって、急いで部屋から出て行った。
黒玄憲法、実は自分の兄をパシリに使って、あたしのために相済のおかあさんを迎えに行かせたみたい。
「僕は兄さんたちと相談してくるから、きみは相済さんと今後について話し合っていてほしい。相済さんには闇王兄さんからこちらの事情の説明があったと思いますが、否応なく巻き込んでしまったことについては僕からも謝罪します。なにより感謝を。僕の最愛の女性の娘がすこやかに成長してこれたのはあなたの善意と献身のおかげです。あなたの運営する母子寮に沙華さんが託されたのはこの上のない幸運でした。本当にありがとうございます」
そして、室内にはあたしはミルクと相済のおかあさんの三人だけになった。
途端にミルクは泣き止んで、あたしはおかあさんに頭を下げる。
「ごっ、ごめんなさい! あたし、ごめんなさいっ!!」
おかあさんはミルクを抱いたあたしをソファーに座らせて、隣に座った。あたしにチーンと鼻をかませてから諭すように訊いてくる。
「一応ね、親としちゃ、我が子が悪いことしたら叱らなきゃいけないんだ。結果的に今回はこの家の人たちが不問にしてくれるけど、沙華、おまえはもし自分が孤児じゃなくて、どこかのお金持ちの家の子と取り換えられた子供だったらどう思う?」
「え……?」
「たとえば、おまえの本当の両親はアメリカだかフランスだか海外に住んでいて、おまえはその家から赤ん坊の時に誘拐されて、日本に捨てられた。なのに、おまえの両親は何も知らずに誘拐犯の子を我が子として可愛がっていたって、そういうのがあとでわかったらおまえはどう思う?」
あたしは最悪な底辺の環境で生まれ育ってショウフになるしかなかった。だけど、もし、それが赤ん坊のころに取り換えられたせいだったとしたら、って考えると痛い。胸が痛くて、自分が嫌になる。
胃がキリキリする。ああ、やっぱり終わってる。あたしの人生終わってる。悪いことしすぎてもうどうしようもなさすぎる。
「……っ、あの、あたし、ダメすぎる、から、あの、警察って、あの、でも、ジシュしたら罪が軽くなるって……そういうの、ダメだよね。あの、おかあさん、通報していいよ。あたし、もう一生牢屋に入る!」
だけど、おかあさんはあたしの目をまっすぐに見て言った。
「それはできない。黒玄家には今回の話を表沙汰にできない事情があるから、おまえはとても悪いことをしたのに罪に問われることはない。償うこともできずに一生自分の中で罪悪感を抱えて生きていかなきゃいけない、っていうのがおまえに課せられた罰になるんだよ」
罪悪感が罰って、ちょっとわからなかった。
でもたぶん、この胸とかおなかがシクシクするのがずっと続くってことだよね。痛いけど、あたしはとても悪いことをしたから我慢しなきゃいけない。
「う、うん……胸とか痛いの、我慢する。でも、あの、それであたしが悪いことしたのがなくなるの?」
おかあさんはそっと手を伸ばして、あたしの頬に触れた。ちょっとガサっとしてるけどあったかくてやさしい手。その手であたしの頬を撫でてくれる。
「いいや、罪は消えない。だけど、償うことはできる。おまえの罪はこの先、ミルクとおまえが産んだ赤ん坊が幸せになることで償い終わる。だけど、幸せっていうのは人それぞれだし、人生にはいい時もあれば悪い時もあるからね。正式に私の娘におなり、沙華。親として私がおまえと一緒におまえの罪を背負って、死ぬまでおまえを見張っててあげるよ」
おかあさんはあったかくてやさしい。まだ書類上の本当の親子じゃないけど、あたしにとっておかあさんはこの世でただひとりのあたしの母親。
だけど、だからこそ。
「そんなのダメだよ! おかあさんの胸も痛くなる!」
「なに、これくらい、旦那と息子二人を一気に亡くした時の痛みに較べれば大したことないよ。それに私はおまえを残して先にあの世に逝っちまう。だから、その前におまえの娘たちが分別のつく年齢まで育っててくれてるとありがたいね。私の遺言でおまえを許してやってくれって頼んであげるよ」
おかあさんはずっとあたしのことを「あんた」って呼んでた。だけど、今日ここに来てからは「おまえ」って呼んでる。
おかあさんは国語の先生だったから言葉遣いに敏感で、もうすぐ社会に出ていくお姉さんたちはおかあさんからちゃんとした敬語を教わってる。
あたしはまだミルクと同じ精神年齢だから、言葉遣いは気にしなくていいって言われてきた。「あんた」と「おまえ」って、たぶんそんなに大きな違いはないんだと思う。
だけど、なんとなく嬉しい。
悪いことをしたのがバレて、もう関係ないって捨てられてもおかしくなかったのに、おかあさんはあたしを別の呼び方にして自分の娘にしてくれる。罪ごとあたしを受け入れてくれるって、おかあさんの覚悟。
「あ、あたしっ、あたしも、おかあさんみたいになりたい!」
もしあたしにまだこの先が、未来があるなら、あたしはおかあさんみたいな母親になりたい。
「ミルクが悪いことしても一緒にがんばるし、あの子、マジュって、あたしが産んだ子が悪いことしても、あたしはぜったいに捨てない! あの子の罪もあたしが背負う!」
「そうだね。親としての心構えはそれでいい。だけど、大前提としてはまず子供が犯罪者にならないように育てなきゃいけない。……なんだけど、天下の黒玄家には庶民の常識は通用しないみたいだからねぇ」
あたしはおかあさんと話し合って、ミルクとあたしの産んだ子供の子育てに関わらせてほしいってことにした。
親としての権利とかそういうのはぜんぶ黒玄家の好きにしていいし、あたしは親と名乗れなくていい。お手伝いさんみたいな仕事でもなんでも給料なしで働くから、どっちの赤ちゃんにも会わせてほしいって。
そういう希望をおかあさんがまとめてちゃんとした言葉にしてくれて、その夜は話し合いのためにおかあさんも黒玄家に泊まることになった。
あたしはもう晩ごはん食べてたけど、おかあさんはまだだったから、おかあさんは晩ごはん、あたしとミルクは夜のおやつみたいなのを食べて、それからすっごい立派な客間に案内された。居間とか寝室がいくつもある客間って、なんなんだろう。ここだけであいすみ母子寮全部より広い。
お風呂場もすっごい広くて、ミルクとおかあさんとあたしと三人で一緒に入ってもまだまだ余裕だった。
用意された部屋着に着替えて、うとうとしはじめたミルクを寝室のベビーベッドに寝かせて、それから隣の居間で黒玄憲法とおかあさんとあたしの三人でお話合い。
「沙華さんの希望はわかりました。母さんや兄さんたちも僕に任せてくれることになったから、相済さんには失礼ですが、これからは敬語抜きでこちらの事情を沙華さんに説明させてもらいます」
おかあさんからあたしの希望を聞いた後で、黒玄憲法は黒玄家の事情を話してくれた。
「まず第一に宵司兄さんと関係を持った時も子供を産んだ時も沙華さんは未成年だ。だから、今回の件を公にすると世間の非難は宵司兄さんに向かう。宵司兄さんが実刑判決を受けようが、社会的に抹殺されることになろうが、我が家としてはどうでもいい。宵司兄さん本人もこれ幸いとダンジョン探索活動に専念するだろう」
黒玄家って世間的な地位も名誉も山ほどあるけど、ダンジョン新時代の成り上がりだから一族の直系の人ほど体面を気にしないんだって。
だが、と黒玄憲法は続けた。
「世間の誹謗中傷に子供たちを巻き込みたくない。事実を公表すれば、あの子たちは一生色眼鏡で見られることになる。本人たちが望んで公表するのは構わないが、親の罪をあの子たちに背負わせるのは避けたい」
子供たちっていうのは、ミルクと、マジュってあたしの産んだ子と、黒玄憲法の長男も含まれる。三人の子供の未来って大切だし重い。
もちろん、あたしもおかあさんもぜんぶを内緒にするって約束した。
「次に戸籍の問題に関してだが、黒玄グループは大きくなりすぎた。今回の現金配布で多少目減りしたが、同時に立ち上げた新たな事業のせいでさらにビジネス規模は拡大しそうだ。その分勝手に敵も増えるし、狙われるリスクも高くなる。だから、あの子たちの戸籍は複数準備しておいてあげたい」
戸籍って難しくてよくわからないんだけど、ミルクは戸籍上、あたしの娘の『相済一花』って登録されてる。
だけど、黒玄家には『黒玄風花』って黒玄憲法の娘が登録されてて、その戸籍もそのままにするんだって。
あたしの産んだ子は『黒玄真珠』として、なんと黒玄家の長男、闇王皇帝陛下の娘になってるらしい。でも、その黒玄真珠ももうすでに外国の国籍をいくつか持ってて、別人名義のパスポートも取得済みだって。
「要はこの先もミルクちゃんが相済一花として育てられても問題ないということだ。黒玄風花は生まれつき病弱で極秘入院していることになっているし、実際、そういう子供を我が家で複数名援助している。将来的にミルクちゃんが黒玄家の名を捨てたくなった時は黒玄風花が死んだことにもできるが、もし彼女が黒玄グループを望めば、月白は喜んで妹に総帥の座を差し出すだろう」
お金持ちってなんかいろいろ大変みたい。
でも、ミルクは一花でいいみたいだし、普段の呼び名もミルクのままでいいって。むしろ、その方が情報を攪乱できて好都合だとか。
おかあさんはあたしの横で「赤ん坊の時から影武者……」って呆れたようにつぶやいてた。
「そして最後に子供たちを誰がどこでどう育てるかという問題だが、真珠は育ての親が安全基地になっていてね。ミルクちゃんも沙華さんから離せば混乱して愛着障害を引き起こすだろうから、娘たちはこれまで通りの『母親』に育ててもらいたい」
あたしにとってはすごく嬉しい提案なんだけど、本当にそれでいいのかなとも思う。だけど、問題は黒玄憲法の息子なんだって。
「僕の息子は早熟な天才児で、僕には及ばずとも今の時点で情報処理能力は闇王兄さんに匹敵する。だが、さすがにまだ七歳だからね。母親を亡くして、その上、僕が完全にあの子に敵に回ったから、あの子の愛情のすべてが真珠に向かってしまった」
黒玄憲法って、ものすごく頭がよさそうだし、雰囲気が穏やかで、外見や話し方はものすごく常識的な人に見える。だけど本人曰く、
「うちの家族は全員、生まれつき魔力が多くて何らかの才能に恵まれているが、その分も癖が強くて性格に問題がある。一番無難なのが闇王兄さんで、一番極端なのが僕だ。僕にとってこの世の人間は露茄か、それ以外かでしかない。露茄が白だったとしたら、残りの人間は等しく黒だ」
唯一の白だった大切な人を失って、残りすべての人間が黒い世界って、なんかもうあたしとは比べ物にならないくらいの孤独。
どういう風にか詳しくは話さなかったし、聞いてもわからなかっただろうけど、だから、黒玄憲法はあたしの産んだ赤ちゃんだけじゃなく、自分とアキナさんの息子もいけにえにするつもりだったんだって。
父親から殺されていたかもしれないって、それってもしあたしがおかあさんにそういう目に遭わされたらって、絶望。そんなのムリ、立ち直れないって思う。
「露茄を失った僕は真珠を殺しかけて、あの子はしばらく寝込んでいた。その治療中にあの子が露茄の産んだ子供ではなく、けれど、宵司兄さんの娘であることが判明した。だから、ピッドカードにからめて露茄の娘探しをすることになったんだが、先に真珠の母親が見つかるとは思わなかったよ」
さらっとどうでもいいことのように言ったけど、おかあさんはぎょっとしたように叫んだ。
「まさかそれであの百万円配りを!?」
「もともと露茄の娘が受け継ぐはずの遺産だし、我が家にとって大した金額じゃない。だが、将来どころか今でさえ僕の息子はそれ以上の金を自由に使える。僕はあの子の願いをすべて叶えるし、母さんも兄さんたちも露茄の実家もあの子の言いなりになるだろう。その僕の息子が今、この世で一番大切にしているのが真珠だ。いとこ同士は結婚できるし、真珠も月白に懐いているから今は問題ないが、この先の月白の心の安定のために二人を別の家に住ませるわけにはいかない」
黒玄憲法の息子は今、大奥様とあの子と一緒に暮らしていて、黒玄憲法の魔の手からマジュを守るためにがんばってるらしい……。
息子にすっごい警戒されてる黒玄憲法だけど、まったく気にしてなさそうな口調でズバッと断言した。
「ここで問題になってくるのが、ミルクちゃんの精神状態だ。ミルクちゃんは僕にとっては露茄に似ていて可愛い赤ちゃんだけど、客観的に見れば真珠に較べて不細工だ」
うん、ほんとに黒玄憲法って、アキナさん以外どうでもいいみたい。自分の娘に対して容赦ない。いや、一応、アキナさんに似て可愛いとは言ってるけど、それってあんまり褒め言葉になってないような……。
「真珠とミルクちゃんを一緒に育てたら、較べられたミルクちゃんがコンプレックスの塊になる。精神的に屈折するだけならいいが、幼児ならではの単純さで暴力に訴えることもあるだろう。そうするとうちの母のトラウマが刺激されてミルクちゃんは母から嫌われるだろうし、月白は実の妹に報復しかねない」
いや、報復ってなんだかなと思うけど、この黒玄憲法の息子ならなんでもやりかねないとも思う。
というか、冒険王も冒険王だし、さっきちらっと会った黒玄陛下もすっごい威圧感だったし、大奥様も突き抜けてる感じだし、ミルクだって泣き声は人一倍すごいから、この家の人たちはみんな人並外れて色々すごそう。
だから、と黒玄憲法は言う。
「相済さんを祖母として、沙華さんとミルクちゃんと三人で家族として暮らしてほしい。社交の都合上、この黒玄家の本宅にはうちの母が住むしかないから、この場所以外なら日本でも外国でも望む場所に家を手配する。住み心地のいいところが見つかるまで世界中を優雅に旅する形でもいいよ」
あいすみ母子寮に関してはおかあさんの代わりの寮母さんを手配してくれるし、もちろん今後もおかあさんやあたしが訪ねていくのは好きにしていいって。
ただ人の出入りがある場所だから、母子寮に住むのはダメっていうか、もし母子寮にあたしとミルクが住むとなると警備員を何十人も配置することになるから他の人に迷惑だろうって。
そして、ミルクの父親に関してはあたし次第らしい。
「黒玄風花は僕の娘だから、風花としてのミルクちゃんは僕を父と呼ぶことになる。だけどこの先、沙華さんが結婚したら、相済一花は沙華さんの夫を父親にしてもいいし、その時はその時でまた話し合えばいい。だが、沙華さんは宵司兄さんの子供を産めたからね。子供が欲しい高ランク冒険者にとってこの世で最も価値のある女性だ」
なんのことって思ったけど、高ランク冒険者ってものすごく子供が授かりにくいんだって、男も女も。
黒玄家の長男、闇王陛下が子供を授からなかったから、黒玄宵司は自分も子供を作れない体質だと信じていて避妊とか何も考えてなかったらしい。実際、これまで闇王陛下や宵司の子供を妊娠した女性はいなかった。
なのに、その冒険王の子供を無事に出産どころか、妊娠に気づきもせずに元気にすごして、出産後もピンピンしていたなんてことが知られたら、あたし自身が母体として狙われる可能性があるって。
それを避けるためにお勧めなのは、
「沙華さん、きみが僕たち三兄弟の誰かと結婚すれば、きみやミルクちゃんを守りやすくなる。きみに好きな人ができたらその度に夫を増やせばいいし、夫とは別に愛人を何人抱えても必要な金はすべて我が家が負担するよ」
黒玄家三兄弟のだれかと結婚するって、なにそれって感じだけど、この三兄弟、今は全員独身なんだって。
だけど、最初から別の夫とか愛人とか、そういうのってセイリャク結婚っていうんだよね。カタチだけの結婚だっけ。
「僕は露茄以外の女性に女としての興味はない。だけどきみの体質や魔力について優先的に調べるためなら、書類上の夫になってもいいくらいにはきみの症例は興味深い。真珠の戸籍上の父親になっている闇王兄さんはうちの母同様、真珠を溺愛しているから、真珠の実の母親であるきみを自分の娘のように可愛がってくれるだろう。ああ、もちろん、きみが娘の父親である宵司兄さんに好意を持っているなら、母がすぐさま盛大な結婚式を挙げてくれるよ。真珠の妹をねだられるだろうがね」
黒玄憲法の実験動物もお断りだし、闇王陛下なんて恐れ多いし、冒険王のお相手は二度とごめんだから、もちろんブンブン首振ってお断りした。
だけど、あとでふたりきりになった時におかあさんが言った。
「黒玄家三兄弟を好きに選べるなんてすごい話だね。ま、おまえの相手としちゃちょっと歳はいってるが、こういうのを逆ハーレムっていうんだったか。これまで苦労した分もきっとおまえの人生はこれから薔薇色だよ。ミルクと真珠ちゃんと、そしておまえも一緒に幸せにおなり、沙華」
おかあさんにはとりあえず頷いといたけど、ジュテームとか、モナムールとか、コロコロ変わってたハケンのお店の名前の中に『ラヴィアンローズ』ってのもあった。それって薔薇色の人生って意味だって、お店のウンテンシュに教えてもらった。
マリアとかマリーの名前をいくら捨てても、こうやってすぐ思い出すくらいには自分の中の過去の記憶は消えない。
そもそも、その過去があったから妊娠したんだし、ミルクに出会って、おかあさんに会えた。
だから、そういうの、ぜんぶひっくるめて、あたしはミルクとマジュちゃんのお母さんになりたい。
なれたらいいなっていうか、これからあの子たちの成長を見守っていけるって思ったら、胸の中がふわっとあったかくなる。同時におなかのどこかがチクチクするけど、薔薇にはトゲがあるもんね。
綺麗に咲く花を守るためのトゲ。
このトゲがあるからこそ、あたしは花のつぼみを守ってあげられる。ミルクとマジュちゃんの薔薇色の人生のためにあたしはお母さんとしてがんばるよ。
まあ、どんなにおなかがチクチクしても、空腹でくぅくぅ動けなくなるわけじゃない。探さなくても食べ物はある。この先、自分だけじゃなくて、ミルクや真珠ちゃんにもおなかいっぱい食べさせてあげられるなら、あたしの人生はきっと薔薇色。
うん、これってすっごくラヴィアンローズ。
※明日から本編再開、『ヒロインとあそぶ!』編です。