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第3話 兄は天才児

「ほら、お兄様。お兄様って呼んでみな」

「だぁう、あー? だぁまぁぁ。ばぁぅ……」


 いきなりの無茶ぶりです。兄です。血はつながりはないけどね。

 

「あー無理か。なら、お兄ちゃんとか、にーに? でも、蘇芳が弟に、にーにって呼ばれるって自慢してきてうざいからなぁ」

「あーばぁぶぅ」


「おまえ、なんで、あ、とか、だ、とか、ま、しか言えないの? 歯がないからかな? 月白にーにとかも、ぜったい無理だろうし」

「うーあ、あぅあぅぅあぅ……」


 この数日、お祖母様の写真を見ながら「まぁま」、ばあやの「ばぁば」としっかり区別して呼べるようになったお利口真珠ちゃんですが、「お兄様」も「月白にーに」も舌を噛みそうになります。いや、まだ噛む歯もないし、無駄によだれがあふれちゃう!

 昼ごはんの準備をしていたばあやがよだれを拭き拭きフォローしてくれる。

 

「月白お坊ちゃまは生後半年で歯が生え始めて、お言葉も早かったですが、真珠お嬢様はのんびりおっとりお育ちなようですよ。ですが、こちらの言うことはよくわかっておいでですし、夜泣きや癇癪を起こすこともなく、いつもニコニコして、本当にお利口な赤ちゃんですよ」


 ぽかぽか陽気のサンルームで、兄とわたしはコルクマットの上にじか座り。でも、床暖房完備で大きなクッションやぬいぐるみがいっぱい置かれてるから、座り心地は抜群!

 今日は兄とランチらしい。

 なにげに真珠ちゃんがだれかと一緒にごはんを食べるのは初めてかもしれない。いつもばあやかすすきさんに食べさせて……ミルク飲ませてもらってばかりだからね。


 離乳食も食べ始めたけど、赤ちゃんの手でスプーン動かすのって想像以上に難しい。手づかみで食べようとしても、こぼしてばかりで口に入らない。

 だけど、自分でやりたいって、口や手や服やテーブルを汚しても、中身入りの食器をひっくり返しても、ばあやとすすきさんは怒らず根気よくわたしのしたいままにさせてくれる。プロ! 

 しかも、今日は赤ちゃんのわたしに合わせてサンルームの一角にちゃぶ台まで準備してくれた。なので、わたしはばあやの膝に抱っこされて、月白お兄様はすぐ隣で一緒にお子様ランチ。

 メニューはハンバーグとオムライスとサラダにコーンポタージュスープ、デザートはイチゴヨーグルト。兄のオムライスにはアメリカ国旗、わたしの方のには日本国旗が飾られてるよ。


「なんか、赤ん坊って、思ったより大きくなるのに時間かかるね。夏より大きくなったけど、勉強教えてあげるのはまだまだ先かな」

「まーぅああぅばぁ」


 いえ、お兄様、真珠ちゃんはぜひお勉強を教えてほしいです。そして子供らしく途中で飽きて、幼児にタブレットを与えたまま放置してください。

 そしたら、「母子 DNA鑑定」とか「取り替えっ子 カッコウ」とか検索しておくので、あとはご想像にお任せします!


「あとで絵本を読んであげてくださいな。真珠お嬢様は英語の絵本もお好きですよ。音の出るものも好きですから、ピアノを弾いてあげると喜びます。はい、真珠お嬢様、料理長特製ハンバーグのお味はいかがですか? おいしいですか、よかったですねぇ」

「あぅあ、ばぁば、あー!」


 一口ずつ飲み込んだことを確認しながら、ばあやはわたしの口に根気よくほんの少しずつ食べ物を運んでくれる。

 うん、ばあやの育児は完璧。テレビスマホタブレットお任せ育児なんて論外だからね。隙が無くて、どうしようもない……。

 それにしても真珠ちゃん、ハンバーグ初めて食べるけどおいしい! なめらかに舌の上でとけて、あっさりしてるのにコクがある。うまみたっぷり、つけあわせのポテトサラダもうまうまおいしいよ!


「ピアノか。ヴァイオリンのほうが得意だけど、まあ、おもちゃのピアノで遊ぶのもいいか。あれ? 真珠のハンバーグ、僕のとなにか違うの?」

「月白お坊ちゃまのハンバーグも大人が食べるものに比べれば、ずっと薄味ですが、真珠お嬢様はまだ半分ミルクでもいいくらい赤ちゃんですからね。ハンバーグもオムライスも見た目だけ、お豆腐や鶏のささ身をつぶしたものを野菜で色付けしたり、お米もおかゆに近いですね」

「あむあぁ!」


 そうだったんだ。見た目はとろっとソースがかかってて、月白お兄様のと同じに見えるのに、素材から違うとは。手間暇かかってる。さすが料理人の常駐してるお金持ち!

 興味をひかれたらしい月白お兄様が、横から真珠ちゃんプレートのハンバーグをひとくちフォークで持ってった。


「うわ、ぜんぜん味ないや。おまえ、こんなの、おいしいの? でも、おまえ、すっごい幸せそうに食べるね」

「うまぅまぅあ」

「ふふっ、本当にお可愛らしいでしょう。ですが、月白お坊ちゃまもお母様の作ってくれた離乳食をおいしそうに食べていましたよ。料理長の作るものより、露茄様が作ってくれるもののほうがお気に入りで、生後半年で違いが判るとは、と皆で驚きましたわ」


 ばあやが語るエピソードに、月白お兄様は表情を曇らせる。


「そっか。真珠って、お母様の作ってくれたごはん、食べられないんだ……。見た目は料理長のがきれいなのに、なんでかお母様のが味はおいしかったんだけどな。ねえ、お母様の料理のレシピって、なにか残ってるかな? お母様が使ってた料理の本とかレシピサイトとか、わかる?」

「それはちょっと……憲法様がご夫婦の寝室や露茄様のお部屋に鍵をかけて、そのままですから……」

「あー、だよね。まあ、会えない母親の思い出なんて、なくてもいいか。おまえはおまえでこれから強くたくましく……ああ、可愛いね、真珠。うん、そうだね。お母様の分もお兄様が可愛がってあげるよ。僕、留学やめて、日本の小学校に編入する」


 突然言い出すお兄様。

 このおかっぱ頭のきれいな顔のお兄様と真珠ちゃんは、実はほとんど会ったことがない。

 夏休みにお兄様が何度も妹の顔を見に来てたとか、可愛いっていっぱい抱っこしてくれたとか、ばあやが何度も同じ話を繰り返してくれるから記憶が改竄されるけど、生後半年の脳みそにはほとんど刻まれていないから!

 だって、月白お兄様、そのとき三日間しか日本にいなかったし、抱っこされたのもたぶん寝てたとき。最初からアウトオブメモリー! 

 

「月白お坊ちゃまがそばにいてくれれば、真珠お嬢様もお心強いでしょうが、よろしいのですか? 日本だと横並びに小学一年生の授業を受けることになるから退屈だと、わざわざアメリカのギフテッド教育を受けることにされたのに」

「あっちでも半分オンラインで大学の授業受けてるから、日本でも一緒な気がしてきた。それに英語はもういいから、わざわざ現地留学するならスペインポルトガルか、アラビア語圏かな。中国語でもいいけど、それだとそれこそ日本で語学教師雇えばいいし」


 月白お兄様は年齢的には小学一年生。なのに、すでに英語で大学教育を受けられるくらいの並外れた天才児であらせられるらしい……。

 ふつう、転生ってチートがあるものじゃないんでしょうか?

 どこぞのオタクが、転生者はいかさまみたいに能力すごいぜ的なことを言っていた気がするのに、ばあやが流暢な発音で読み上げてくれる英語の絵本、真珠ちゃん、ちっとも聞き取れません。そういえば前世の自分は英語が苦手だった気が……。

 それに英語の発音、ばあやは英国式、すすきさんは米国式だそうで、ふたりとも日本語並みに英語が話せるようです。

 黒玄家の関係者って、全員転生者ですか? スペック高すぎませんか? こういうのをチートっていうんじゃないですか?


 切実に、本格的なお勉強が始まる前にわたしはヒロインと交代しなきゃいけません。前世の記憶があるのに、この家じゃ落ちこぼれまっしぐら!

 わたし的には、恵まれない環境なのにすごく計算が得意ってくらいの、もっと期待値が低いレベルで育つほうが幸せ!

 なのに、心優しいお兄様はおっしゃいます。


「どうせ僕、ほとんど家で勉強することになるだろうから、一緒に勉強しようね、真珠。一歳になったら喋れるようになるだろうから、今から一緒に中国語の勉強すれば、おまえも日本語と中国語のネイティヴになれるよ」


 うん、心折れそう……。

 フツーの子供の迷惑だから、どうぞ天才児だけの学校に行ってくださいお兄様。

 わたし、偽令嬢ですので国際的に活躍することはありませんし、人の上に立つストレス過多人生も遠慮させていただきます。早期教育いりません。読み書きは日本語だけで充分。日本から出たくないです!


 あ、でも、イチゴはおいしい!

 月白お兄様、自分の分までつぶして真珠ちゃんに小さなスプーンでちょっとずつ食べさせてくれて、ありがとう! ヨーグルトも酸っぱくなくておいしいよ!


「まあ、真珠お嬢様ったら、お兄様に食べさせてもらうといつもよりおいしそうですね。イチゴも綺麗につぶしてくださって、月白お坊ちゃまは赤ちゃんのお世話をする才能があるのかもしれませんね」


 ほほっとばあやがほほえましく見守る中での兄から妹への餌付けタイムで、真珠ちゃんすっかりご機嫌です。

 その後、お昼寝のためにお部屋に戻った真珠ちゃんに、月白お兄様がついてきました。ベビーベッドをのぞきこみながら、お兄様は妹の頭をやさしくなでてくれます。


「おまえはあったかいね、真珠。お父様の子供じゃなくても、お母様の産んでくれた僕の大事な妹だからね。僕より長生きして、ずっとこうしてあたたかいままでいてね」


 どんな天才児でも、この子はまだ母親を亡くして一年にも満たない幼児おさなご

 ええ、当然さみしいのでしょう。心細いのでしょう。どうぞ可愛い赤ちゃんで癒されてください。

 ですが、真珠ちゃんはウトウト絶賛おねむタイム……眠い……。


「まずは幼児教育の育児本を百冊読んで、色々と教材そろえなきゃ。赤毛ってスコットランドとかイタリアのほうが人口が多いんだっけ? どっちみち紫の瞳はレアだから、真珠が将来どこで暮らしたいかが問題になるけど……日本だと居心地悪いだろうから、いっそ日本語無視して、英語とスペイン語のネイティヴ目指す?」


 なんかすごいことを言われている気もしますが、眠い……。

 それに、いずれ確実にお別れの日はやってきます。それまで仲良くしましょう、月白お兄様。

 でも、外国語のお勉強は幼児特権のイヤイヤ泣き真似で拒否! 外国語で話しかけられても無視しますからね!

 本当に悪役にとってはダントラ! ダンジョンの数だけ仕掛けられた罠をいかに避けるかが悩ましいようです。

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