第32話 ピッと通すピッドカード
黒玄家のマネーパワーってすごいね。
露茄さんの産んだ娘を捜すためにお金をジャンジャン使う計画を憲法が考えたのって、四月のはじめ。
それからあっという間に全国民を対象とした個人識別カードのセキュリティ強化、新カード発行って法案が可決されたらしい。
新たな『パーフェクトIDカード』略して『ピッドカード』は六月から取得申請開始。
以前の個人識別カードからの更新促進のために、十八歳以下の子供全員に百万円の給付金が新カード取得時に指定の口座に振り込まれることになった。
そのための莫大な費用は黒玄家と黒玄グループが私財を投げ打って全面支援。でも、窓口が込み合うから最初の一カ月間は新カードを申請できるのが十八歳以下だけ!
ここが黒玄家にとっての重要ポイント!
見つけたいのはわたしと同じ日に生まれた露茄さんの赤ちゃんだから、まず最初は十八歳以下優先なんだよ。
一応、政府としてもその後の十九歳以上向けとして、新カードの取得で一万円の給付金ってことにしたらしいけど、十八歳以下と金額に差がありすぎるって大問題に。
でも、その辺はピッドカードの周知徹底のために憲法が手掛けたCMが功を奏した。
まあ、真珠ちゃんが闇王パパ見つけて、『ぱぁぱ』ってタタッと駆け寄って抱っこしてもらってる日常風景なんだけどね。めっちゃ可愛い赤ちゃんにデレデレしてた闇王パパが次の画面でカリスマ総帥に変身。
「黒玄グループは子供たちの未来のために、今度もこの国に生まれてきたすべての子供に利益を還元し続けることを誓います」
つまり、子供への一人百万円の給付金は今度も黒玄グループが存続する限り提供されるってことで、しかもいつのまにか闇王パパが『ぱぁぱ』になってる!
黒玄家三男の憲法に息子がいることは知る人ぞ知る事実だったけど、長男でグループトップの闇王パパにも後継者がいるってことになると、黒玄帝国のこの先の継承が確実っていうか、今回のバラマキは我が子誕生で親バカ炸裂!
溺愛する我が子とこの先多く関わっていくことになる若い世代の子供たちに前代未聞のお祝い金大盤振る舞いで先に恩を売ろうとしているのでは……なんて、いろんな想像と各方面の思惑と偉い人たちの深読みが交錯して、給付金が子供優先なのは仕方ないって世論に持っていけたらしい。
まあ、情報操作。闇王パパと白絹お祖母様は表からも裏からも手を回せるし、憲法なんてシステムごと好き勝手に書き換えそうだし、宵司もけっこう黒い交際していそうだったしね……。
そもそも国民の税金からじゃなく、原資はほぼ黒玄家、将来的な配布も黒玄グループからって、めちゃくちゃありえないお金配り!
で、天文学的金額を日本国民に還元するから、バランスを取るために黒玄グループはワールドワイドな経済支援もしなきゃいけなくて、闇王パパ世界各国との交渉で二十四時間働く人! 真珠ちゃんアロマを求めて週に一度は帰ってきたけど、いつも三十分くらいしか滞在できなくて残念だったよ。
白絹お祖母様は基本的にオンラインでミーティングしてたけど、どうしてもっていう時は相手の政府関係者に来させて、毎日お仕事。でも、毎晩一緒に寝てるからさみしくないよ! 月白お兄様も一緒だし!
憲法は憲法で忙しく働いてたみたいなんだけど、魔法陣だの魔素が素材が工場が人材がダンジョンがってバックミュージックみたいなお話を時々オンラインで白絹お祖母様と話し合ってた。なので、聞き流しスルー。
イチゴ狩りから一度も会わなかった宵司は、白絹お祖母様に黒玄グループの新たな高等魔法教育機関、黒玄魔法アカデミーの理事長を任されて、世界各国の冒険者たちとオレTUEE最強決定戦みたいなのをやって、新築の校舎を半壊させたらしい。白絹お祖母様がブチ切れてた……。
うん、やっぱりわたしのお父さんは闇王パパだけ!
わたし、まだ赤ちゃんだから、毎日、楽しくイチゴ狩りに行って、ばあやとすすきさんに甘えて遊んでもらって、月白お兄様とクアアとキャッキャうふふ。
あ、遊び相手に月白お兄様の動物園おみやげの『うーた』が加わったよ! ピンクのふわふわなブタさんですごく可愛い! クアアと並べるともっと可愛い!
そして、そろそろイチゴの季節も終わりかなって六月。ピッドカードの申請が始まって、ほんの数日で見つかった!
なんと、なんと、なんと、真珠ちゃんの産みのお母さんが!!
でも、ピッドカードの申請って、最初の一カ月は十八歳以下だけ。それってつまり……って、犯罪!!
ゴリラ宵司、アウト! 失格退場!!
「で、申し開きはないのね、宵司?」
だけど、白絹お祖母様に呼び出された誰かさんってば、完全に開き直ってる。
「いや、明らかに俺のせいじゃないだろ。俺は二十歳以上の女って指定してるんだから、未成年者が混ざってた場合、そいつが年齢詐称の詐欺師だったってだけだ」
なんかね、パーフェクトIDカード、略してピッドカードは申請時にセキュリティ強化のための指紋認証に見せかけた機械に、手の指をピッと通すことになってるらしい。足の指でも認証可能。手足がない場合、申請すれば別の装置で網膜認証や耳介認証とか別の方法も可能だそうで。
でも、その個人識別装置、指紋認証もできるけど、実はピッと触れた瞬間に指紋だけじゃなくDNA分析してるってものすごい魔道具。というか、DNA分析が本来の目的だからね。
なので、指紋を偽装して他の人のカードを使おうとしても、百パーセント『一致しません』ってはじかれる。
黒玄グループっていうか、憲法印魔道具のあまりのすごさに世界的な注目が集まってるとかなんとか……その問い合わせでまた忙しいって、闇王パパも白絹お祖母様もお仕事ほんとに大変そう……。
この大掛かりなお金配り計画の一番の目的は露茄さんの娘捜し。
だけど、同時にわたしのDNA分析結果と照合して、三親等以内の親族の可能性がある場合も、その情報が即座に憲法のところに送られる仕組みになってたらしい。とはいえ、わたしの親族らしき人が見つかるのは七月以降になるだろうと予想されていた。
なのに、いきなり大本命発見!
DNA照合の結果、99パーセントの確率で『露茄さんの娘』あるいは『真珠ちゃんの母親』となった場合、憲法印の魔道具は瞬時に憲法の通信機にその情報を送って、さらに該当者を足止め。装置から手が出なくなって、一時停止する仕組みになっていたそうで。
その場合の対応マニュアルも徹底。市役所とかの担当者は該当者に対してひたすら丁重に、
『申し訳ありません。こちらの装置に不具合があったようです。すぐに担当者を呼びますので、どうか少々お待ちください。こちらのミスでお時間をお取りして本当に申し訳ありません』
って、下手に出て絶対に怒らせずに十分に時間を稼いでその場にとどまらせることになっていた。そのためにも黒玄グループがプラスアルファのお金配って、仕事が増えた公務員に臨時ボーナスを支給するよう政府と交渉したらしい……マネーパワー最強!
おかげで知らせを受けた憲法はすぐさまその場に駆けつけた。
まあ、なんでも空飛ぶ車でひとっ飛びすれば、一時間かからずに到着できる範囲内だったようで……。
で、「無事回収したからそのまま家に届けるよ」なんて、人間を物扱い、相変わらず人間性に難のある憲法がその日のうちに黒玄家にわたしの産みのお母さんを連れてくることに。
知らせを受けた白絹お祖母様はどす黒いオーラをまき散らしながら、すべての仕事をキャンセル。そして、性犯罪者を強制召喚。
ちょうど小学校から帰ってきた月白お兄様と同じくらいに宵司が玄関に到着したから、「おかぁり!」って真珠ちゃんは可愛らしくお出迎えしてあげたんだけど、待ち構えていた白絹お祖母様は怒り炸裂!!
「混ざってたって、そもそも一晩で複数人っていうのがおかしいでしょう! おまえ、幾つよ!? 乱交なんて年じゃ……ああ、月白、真珠、ごめんなさい。あなたたちに聞かせることじゃないから、ふたりでおやつを食べてきなさい」
真珠ちゃんのお耳は途中でばあやがふさいじゃったからよく聞こえなかったけど、月白お兄様が「真珠、一緒におやつ食べようね」って言うのはちゃんと聞こえたよ。
なので、真珠ちゃんと月白お兄様はわくわくおやつタイム。
背後から聞こえてくる声はムーシムシ。子供の教育によくないダメダメ。
「大体ね、結婚しろとは言わないけど、せめて決まった恋人を何人か作ればいいのに、どうしておまえは……!」
「次に会える保証もねぇのに、待たせる方が可哀そうだろ。俺は優しい男なんだ」
「このクズ! 未成年との淫行って何年くらいの実刑かしら? おまえみたいな乱暴者を預かってくれる刑務所なんてあるわけないから、どこかの国の強制収容所に……駄目ね。どこの国もああいう施設はダンジョンに作ってるから、全然罰にならないわ。おまえが一日で攻略してまた俺最強なんて馬鹿なことやってる姿しか思い浮かばないから、そうなると魔力筋肉封じの魔道具を憲法に作らせて……」
「いや、だから、そもそもの犯罪者はその女。俺は騙された被害者。罪に問われるのはせいぜい斡旋した女衒までだし、赤ん坊誘拐も加わって、実刑になるのもその女。俺は最悪でも罰金刑」
「法律的にはそうでも、母親としてはおまえを去勢して表社会から葬り去るのが自分にできる最大の社会貢献の気がしてきたわ!」
うーん、今日のおやつ、なんだろ? 最近のお気に入りはイチゴのムースとお野菜カラフルビスケットなんだけどなぁ? もぐもぐ楽しみ!