第30話 推しイチゴ
「あら、若いのに目ざとい子ね。そう、だから、竜胆様に真珠お嬢様が露茄奥様の娘ではないと言われた時もピンとこなくて……白絹大奥様や宵司お坊ちゃまとこんなにそっくりなのにって」
頬に手を当ててつぶやくばあや。
ばあやは気づいてたっぽいけど、気づいてなかった人たちっていうか、室内にいるみんなの視線が白絹お祖母様と宵司とわたしの耳の形を見較べてる! 月白お兄様なんて指でわたしの耳の角度測ってるし!
一応、メイドさんとか護衛の人とかはこっそり見てるけど、うんうんって頷いてるから見てるのバレバレ。
当事者のわたしは白絹お祖母様と宵司を見ようとしたけど、自分の背が低すぎて見えない。残念!
でも、宵司は白絹お祖母様とわたしを交互に見て驚いてるし、白絹お祖母様はほほっと口元をほころばせた。
「まあ、本当に宵司と真珠の耳の形は同じね。でも、同じに見えないくらい真珠の耳はちいさくて可愛いこと。今の大きさの耳形を取っておきたくなるくらい可愛いわ。憲法になにか便利な道具を作らせようかしら」
「新生児の頃に手形足形の記念プレートを作りましたが、さすがに耳形までは作りませんでしたね。憲法様なら写真からでも作れそうですから、月白お坊ちゃまの分と合わせて作ってもいいかもしれませんね」
「そうね。並べて飾るように息子三人分も作らせようかしら。宵司だけわたくし似で、闇王と憲法は夜壱さんにも似たのでしょうね」
「ええ。ですが、憲法様にも大奥様の血が流れているから、真珠お嬢様の耳の形は隔世遺伝でお祖母様に似たのだとばかり。こうなると、真珠お嬢様は将来的にもっと宵司様に似てくるかもしれませんね」
そのばあやの言葉を、植木鉢を床に置いた青髪少年があっさり否定。
「あ、たぶん、耳以外の見た目は父娘でまったく似ませんよ。ぱっと見でわかりやすい目鼻バランスとか顎とか頭の形はぜんぜん違うし、指の長さ比や爪の形は一緒っぽいけど、女の子はネイルするし、ボスは筋肉で変形してて原型とどめてないっすからねー」
「おまえ、それ、ほとんど似てねーっつってるだろ」
「や、その子、そんな奇蹟的に可愛いんだから、似てないほうがよくないですか? あ、でも、我が子に似ててほしいって、ボスも人の子だったんですね。ダンジョンで戦うの見てると、この人、とっくに人間やめてるとばかり……ギャー! 痛いっす!!」
床に座ってたゴリラ宵司がいつのまにか青い髪の少年の背後に立って、プロレス技みたいなのかけてる! イジメダメダメ! 虐待反対!
なんだけど、痛いギブって叫びながら、少年、へらへら笑ってる。マゾ?
「てめー、命の恩人になんて口のききようだ? 生意気なんだよ、クソガキ!」
「や、助けてもらった百倍くらいボスの爆撃に巻き込まれて死にかけて、感覚的には人生百周目、今更やりたいことも欲しいものも行きたいところも何もなかったんっすけど、オレ、最後の希望できました! 推しとの握手、お願いします!」
「あぁ? おし?」
「はい、全財産差し出すんで、姫を抱っこさせてください! おさわり厳禁ならツーショット写真でもいいっす! あんな可愛い子、初めて見たっす! オレ、一生、ボスの姫、最推しします!」
なんか、この世界にもやっぱりオタクって生息してるのかな?
その『推し』って、たぶん前世の人間不信の覆面ラノベオタク作家が使ってた言葉な気がするんだけど、わたし同様、宵司も特殊用語の連発に首を傾げた。
「……言ってることの意味が半分もわかんねーんだが、要はあのチビが気に入ったってことか?」
青い髪の少年は熱意のこもった目で宵司を見上げて、ダーッと早口でまくしたてる。
「そういうレベルじゃないっす! 可愛すぎて激萌え神尊いっす! この距離でもめっちゃいい匂いするし、半径三メートルの空気売ってください! お坊ちゃまと兄妹で箱推しするんでペア写真に課金させてください! もうこの先一生、オレを姫の下僕認定でお願いします姫パパ閣下!」
宵司は未知の生物を見る目で少年から手を放した。そして、壁際で作業していた作業着姿の男性の一人に声をかける。
「……門灯、こいつの言ってること、翻訳しろ」
門灯と呼ばれた男性は三十代半ばくらい。糸みたい細い目でニコニコしてて優しそうだけど、襟元からちらっと肌に特殊模様が浮かび上がっているように見える。うん、それって、入れ墨っていうよね……。
他のツナギ作業着姿の人たちも、よく見れば微妙にどす黒い雰囲気の男性ばかり。
だけど、中でも飛びぬけて目つきもガラも悪いのは宵司だし、その宵司でも闇王パパほどラスボスの風格ないからね。白絹お祖母様の前じゃ、宵司なんて吹けば飛ぶ三下小物だよ!
なので、真珠ちゃん、もうおじさんたちを無視して、月白お兄様と楽しくイチゴ摘み再開。月白お兄様、明日から学校だから、こんな風に遊べるの今日までだもんね。
今夜食べるデザートの分と、あ、闇王パパの分も準備しなきゃ。
「ぱぁぱのいぃご!」
「真珠は偉いね。ちゃんと闇王伯父様の分のイチゴを摘んであげたんだ。ばあや、闇王伯父様に動画送ってあげてね。きっと早く帰ってくるよ」
「はい、もちろんですとも。真珠お嬢様、次のイチゴは竜胆様のジャム用にしましょうか。りーたのイチゴって言えますか? りーたのイチゴですよ」
「りーたのいぃご!」
わたしとお兄様がばあやと白絹お祖母様に見守られながら、キャッキャとイチゴ摘みしてる脇で、おじさんたちはぼそぼそ低い声でお話合い。
「深川はボスの娘が可愛すぎてファンになったので、一緒に写真を撮ってほしい、ファンサービスしてくれるなら全財産差し出すって言ってるみたいですね。まあ、そいつは一生借金生活なんで、差し出す金なんて一円もありませんが」
「そのファン……ってのは、恋愛とか、ロリコン趣味ってのとは違うのか?」
「俺もそんなに詳しいわけではないので断言はできませんが、ボスの娘が世界一可愛い赤ん坊だというのは確かです」
「世界一って……つーか、やっぱあのチビ、普通じゃねぇよな? あんなちっせー赤ん坊がおまえらみたいな殺気ダダ洩れ反社闇社会ブラック連中と同じ空間にいて呑気にイチゴ食ってるなんざ、狂気の沙汰だよな?」
「我々ごときを脅威と恐れる必要がない絶対的な強者、生まれながらに帝王の器を備えていらっしゃるのでしょう。この俺でもあの姫君になら誠心誠意お仕えしますよ」
「あー、めんどくせぇ。あのチビの警護、どんだけ厳重にしなきゃなんねーんだ。いっそダンジョンに連れてった方が安全なくらいだ。人間は味方のふりして裏切るが、モンスターは百パーセント敵だからな」
おっと、聞き捨てならない言葉が!
真っ赤なイチゴを「まぁまのいぃご!」って白絹お祖母様にあーんしてあげて、お返しにちゅーしてもらったご機嫌真珠ちゃんの耳に、ゴリラ父のダメダメ発言が届きました。
「くぁあ、いぃこ!」
足元で跳ねてる紅白パンダなクアアにイチゴ、どーぞ。
ぷにっとクアアのちいさい口が大きなイチゴにくっつくと、あら不思議、イチゴが消えた! 緑のヘタも綺麗になくなったよ。
普段はわたしの魔力を自動吸収してるクアアだけど、テイマーのわたしが与えた食べ物ならある程度、栄養になるらしい。
そういう実験をどっかのマッドサイエンティストがぶつぶつ言いながら試してた。空飛ぶパンダで遊んだ日に、手下の研究者三人こき使って!
クアアがわたしの魔力以外の魔石や魔素を含んだ食べ物を食べるかとか、その場合のクアア本体の魔力量の増減とか、クアアはどういう条件で他の生き物に変身できるか、とか。
結論は、ぜんぶわたし次第。
わたしがあげたら魔素を含まない食べ物でもクアアの魔力が増えるし、わたしが魔力をあげて強く願えば他の姿にも変身できる。でも、クアアが変身するにはわたしの魔力をめちゃくちゃ消費するから、当分禁止。
そもそもクアアが紅白パンダに変身したのも、わたしにとって一番身近で一番可愛がってたのが、ばあやのくれたパンダぬいぐるみだったから。
テイマーたるわたしの思い入れの深さで今の姿になったから、むしろスライム原型のほうが不自然。わたしにとってなじみのない姿。
というか、クアアがわたしのクアアになる前のスライム状態って、わたし、ほとんど見てないからね。暗かったしスプラッタっぽかったし……。
なので、クアアはスライムから進化して、わたしのペットになった『クアア』って新種生物。
なのに、『モンスターは百パーセント敵』って、そう言うゴリラなおじさんこそ敵だよ! クアア、こんなに可愛いのに!
ヘタ付きイチゴ、もう一個あげるね。おいしい? 可愛い!
「ボス、姫君が従えてるあの謎生物って、やっぱりぬいぐるみとか、おもちゃじゃなくて、モンスターの一種ですよね? けっこう強い魔力感じるんですが……」
おじさんたちは相変わらずぼそぼそ喋ってる。
でも、視線はこのラブリー真珠ちゃんwithクアアにくぎ付けだよ。ふふん、わたしもクアアも可愛いもんね!
「あー、俺もよくわかんねーから、あとで憲法に事情を説明させるが、門灯、おまえにゃ裏であのチビの警護とちょっくら人探し頼むことになる。表のはそこの女帝と兄貴の手配したので十分だし、裏もでかい組織には根回ししたみてぇだが、おまえんとこみたく特殊な連中もいるからな」
「おや、裏切りこそ本分な我々を信用すると?」
ガラっと一瞬、その場の雰囲気が変わったっていうか、すすきさんと月白お兄様の護衛数人がおじさんたちとわたしたちの間に立った。
なので、見えない。なにが起こったのかちんぷんかんぷんだけど、月白お兄様も白絹お祖母様やばあやも表情をこわばらせてる。
でも、宵司はガハハと笑う。
「裏切っても、あのチビに途方もない可能性と価値がある限り、おまえはあいつを殺さない。あいつが生きてるなら兄貴と憲法が必ず助け出すし、そもそも裏切りは生存本能だ。死神に憑りつかれてる俺より、いっそおまえに預けた方があのチビは長生きするだろうよ」
「敵いませんね。ですが、ご安心ください。貴方が後継者を残さずに死ぬ時はこの地球がモンスターの魔窟になる時だ。黒玄宵司様、貴方こそが人類の希望、最後の砦、我々は貴方と貴方の姫君に永久の服従と忠誠を誓いましょう」
「好きにしろ。ま、これで雑用も済んだし、身を粉にして働いた父親にねぎらいの一つでも寄越せ、チビ」
うーん、わかんない……。
真珠ちゃん、まだ一歳だから、ムツカシイお話、耳がスルーしちゃうみたい。ついでに男の人の低い声って聞き取りにくいんだよね。
まあ、生まれてこの方ずっと聞いてたのはばあやとすすきさんの心地の良い声だし、月白お兄様は声変わり前の高い声だから、低い男性の声って自分に関係ない、無視していいやって聞き流しちゃう。あ、闇王パパと竜胆叔父様の声は別だよ。
ゴリラ宵司の声も聞き分けられるけどさ、言葉遣いが悪いから自分の教育に悪い気がしてスルーしたくなる。子供って悪い言葉ほど覚えちゃうし。
おまけに宵司は行儀も悪い。わたしの横の床にどっかり座った姿は全身丸ごと野生のゴリラ!
でも、真珠ちゃんもクアアもおなかいっぱいだし、今、両手で抱えてるイチゴ、指でぐしゃっとしちゃったから、ジャムにも微妙。しょうがないから、ゴリラに餌付け。
「だぁだ、あーん! あーん!」
クアアにあげたようにお口にあーんってあげようとしたんだけど、宵司ってあぐらかいて座っててもわたしより大きいから、背伸びしないと届かない。
でもつま先立ちって難しい。ぐらっとしたわたしを宵司が支えて引き寄せてくれたから、すかさず両手に持った大粒イチゴをお口にぐいっ!
あ、手ごと食べられちゃった! 両手ともに! おじさん、口、大きすぎ!
「キャー、んまんま?」
「ん」
口からわたしの手を出した宵司は、そのままわたしを片腕抱っこしながら、イチゴ丸呑み。ヘタ付きだったんだけど、そのまま食べちゃったよ。大丈夫?
「あーう?」
「っとに、おまえ、物怖じしねぇっつーか、泣かねぇな。けど、チビすぎだ。イチゴの次は桃か? メロンか? 腹いっぱい食って、でかくなれよ」
「んまんま!」
真珠ちゃん、桃もメロンも好きですので! おいしい果物、いっぱいくれるのは嬉しいよ!
そして、その後はよくわからないまま、ラブリー真珠ちゃんによるキビ団子代わりのイチゴ桃太郎大会となりました。
あの青い髪の少年が、
「キングボス閣下! 姫のお恵み、ちらっと恵んでください! あーんじゃなくていいですから、この手にひとつ! あ、次の給料そっくりそのまま姫に捧げますし、なんならスパイとか裏切りとか暗殺とかなんでも引き受けますんで!」
って、宵司に土下座してお願いして、宵司が「うるせー」って、ぶちっとむしったイチゴをわたしに手渡してきたから、それを少年の手にぽとんと落としてあげたら、同じことをその場の全員にすることになったんだよ。
宵司の手下らしき作業服の男の人たちだけじゃなくて、月白お兄様の護衛の人とか含めた全員……。
いやぁ、ばあやがお手て拭き拭きしてくれたとはいえ、わざわざ幼女の不器用な手から渡されなくても、イチゴ、自分で摘んで食べた方がおいしいと思うんだけどね。
宵司のイチゴのむしり方、乱暴だし、手近なプランターとか植木鉢からぶちぶちむしりながら、おいしそうなのはしっかり自分の口に運んで食べてるし。
でも、そういえば作業着の人とか護衛の人たちって、今、仕事中なんだもんね。わたしがあげるまで遠慮しなきゃいけないのかな?
「あい、いぃご!」
だったら、真珠ちゃん、喜んでプレゼント。食べごろ完熟イチゴがこんなにいっぱいあるんだから、みんなでシェアしたほうがおいしいよ。はい、どうぞ。甘いイチゴ、みんなで食べようね!
「推しからのイチゴ……え? これ、永久保存するにはどうすりゃいいんっすか? 冷凍? 真空パック? フリーズドライ? いや、なんか魔法でこういうの保存する方法あるっすよね? よく死体の保存で……」
「黙りなさい。姫君の前で次に余計なことを言ったら、その舌ひっこ抜いて犬に喰わせますよ」
楽しいから、外野のぼそぼそなんて聞こえない。
早く闇王パパと竜胆叔父様帰ってこないかな。真珠ちゃん、イチゴ食べさせてあげるの楽しみに待ってるよ!