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第29話 イチゴまつり


「ふぁああ! いぃごぉ!」


 イチゴ! イチゴ! イチゴがいっぱい!

 真っ赤なイチゴが鈴なりになった植木鉢やプランターが部屋中、ところせましと置かれてる! 甘酸っぱい果実と緑の新鮮な香りもいっぱいだよ!


「憲法が寄越した残留農薬だの害虫だのの魔道具チェックも済んでるから、そのまんま食べられるらしいぞ。ああ、でも、このチ……じゃねぇ、姫が土ごと食べたらどうなるかは知らねぇが」


 筋肉ゴリラな宵司は、実はこのイチゴ部屋が出来上がったってことを知らせに白絹お祖母様のお部屋に来たらしい。

 でも、呼ばれてすぐに行けるほど、真珠ちゃん、おヒマじゃありませんので!


 朝のルーティーンは着換え、ごはん、楽しい遊び時間。

 その後、朝のおいしいおやつタイムのあと、ちょっとだけ朝寝。

 で、起きたら昼ごはんなんだけど、宵司が来たのは朝の遊び時間。

 今日は春休み最後の日だからって、ふだんはこの時間にお勉強してる月白お兄様がいっぱい遊んでくれたし、色んな人に送る動画撮影もしたから、真珠ちゃん、疲れて、朝おやつもなしにねむねむしちゃった。


「体力ねぇチビ……あ、いや、姫はまだちいさいからな。どうせこいつ、あと十年は寝てばっかなんじゃ……」


 なんか夢うつつに誰かさんが余計なこと言って、白絹お祖母様に「ちょっとそこに座りなさい、宵司。正座で!」とかトゲトゲしく言われてた気もするけど、真珠ちゃんはばあやのお胸でふわふわ極楽入眠。

 お目覚めは美少年王子様のほっぺにちゅー!


「寝顔も世界一可愛いけど、もうお昼だよ、真珠。ごはん食べたら、イチゴ狩りに行こうね。宵司伯父様が準備してくれたんだって」


 なので、昼ごはんの後でイチゴイチゴしいフリフリワンピースに着替えて、イチゴ狩りに来たよ。黒玄家本館と渡り廊下でつながっている西の別館に!


 この西の別館はもとは冒険者な夜壱お祖父様が自宅訓練場として建てたものらしい。

 夜壱お祖父様本人だけじゃなくて、ダンジョン探索のためのチーム構成員とか自宅の警備員とかも使えるように本館より広く頑丈に作られていて、地下には魔法練習のための結界空間もあるとか。

 で、新月ひいお祖父様と憲法が面白がって増改築を繰り返した結果、ダンジョンみたいな異空間になったから、ふつうの泥棒はまず入ってこれない迷宮迷路。入館許可証を持ってる人間でも迷子になるくらい入り組んだ作りになってしまったらしい。


 夜壱お祖父様が亡くなってからは白絹お祖母様も足を踏み入れたことのない宵司の粗大ゴミ置き場。

 その宵司もダンジョン遠征ばかりだし、休暇中も呑む打つ買うばっかで帰ってこないから、今回、一年以上ぶりにまともに足を踏み入れたらしい。


 一応、この家で働いている護衛の人たちが地下訓練場とか一階の筋トレルームは毎日使ってたらしいけど、二階以上は宵司の魔窟。伝説の武器とか神話級の防具とか毒入り危険な特殊素材が廊下まで積み上げられたままだったから、宵司が手下を総動員してお片付け。

 だけど、それでもまだ見えないところに変なものが隠れてるかもしれないから、真珠ちゃんが入れるのは一階だけ。それも位置情報発信装置とか、憲法印の安全機能付きリストバンドとか、防犯グッズ必須っていうのが微妙な場所だよね……。


 でも、初めて会った日からこの五日間、宵司は宵司なりに努力して娘に捧げるイチゴ狩り部屋を準備したみたいだし、本館のダイニングルームからここまで抱っこして連れてきてくれたから、


「あーと、だぁだ!」


 できる幼女はスマイルゼロ円お返し!


「……っとに物怖じしねぇガキ。いや、お姫様だな。さあ、姫、イチゴ、好きなんだろ。好きなだけ食え」


 父親歴ほんの数日の宵司はばあやに厳しく指導されて、わたしを縦抱っこ中。

 わたしの股関節の角度や膝の位置から、顔や口の場所に常に注意して、左右対称にコアラ抱っこしろって、基本の型を叩き込まれた段階で、宵司、汗だく。

 だけど、髭はきれいに剃ってるし、迷彩柄だけど肌触りのいいシャツ着てるし、肩をぷるぷるさせながらもわたしに負担をかけないようがんばってるから、ここまでおとなしく抱っこさせてあげたよ。

 でも、このプランターのイチゴ、せっかく幼児が立って取れる位置にいっぱい生ってるのに、抱っこしたまま変な体勢で採らせようとしなくてよくない? もう腕から降ろしてくれていいよ? ぴょんぴょんついてきたスライムクアアも床で楽しそうに跳ねてるしさ!


「あぅあ? あい、いぃご?」

「あー、何言ってんのかわかんねぇけど、そのまま、もいで食え」

「真珠はもう降ろしてほしいんですよ、宵司伯父様。真珠、おいで。あっちのイチゴがおいしそうだよ」


 翻訳してくれる月白お兄様、すごい!


「変に緊張して、腕が固まっちまったんだよ。しゃーねーな。ほら、こっから自分で降りろ」


 未熟な父親はわたしを腕に座らせたまま、ずずずっと床に寝そべるようにして肘をついた。ある意味、すごい体勢。これって普通の人の筋肉じゃムリ!


「ばいばい、だぁだ!」


 なので、気遣い真珠ちゃんはイチゴまっしぐらする前に、お手てフリフリ追撃サービス!

 宵司はべしゃりと床にひれ伏し、一緒に来た白絹お祖母様やばあやはにっこり。


「長生きしてよかったわ。真珠は本当に世界一可愛い赤ちゃんね」

「ええ、真珠お嬢様は見た目以上に性格がおかわいらしいですよね。そんなに食い意地もはっていないので大丈夫でしょうが、月白お坊ちゃま、真珠お嬢様の適切な生イチゴは四個までですので、おいしそうなものを食べさせてあげてくださいね」


 よちよち歩くわたしと手をつないで真っ赤なイチゴプランターに近づこうとしていた月白お兄様は、驚いたように振り返った。


「え? 四個? 真珠、イチゴ、四個しか食べられないの?」

「一度に大量に食べるとおなかを壊しますし、昼ごはんを食べたばかりですからね。ですが、余った分はシェフに頼んで、ジャムやデザートに加工してもらいますから、イチゴ摘みは好きなだけ楽しんでください」


「はーい。じゃあ、真珠、先にイチゴ採って、おいしそうなのをあとで食べようか。そんなにいっぱい食べられるわけじゃないなら、一番甘そうなのがいいよね。真珠の摘んだイチゴなら、闇王伯父様も喜んでくれるだろうし、竜胆お兄様にはジャムをプレゼントしようね」

「あい、にーた!」


 ということで、小さなお手てで一生懸命イチゴを摘みます。

 でも、さすが一歳児、不器用! 毎日ばあやが手入れしてくれてるから爪も伸びてないのに、両手でよいしょうんしょってもいでる途中で果肉に傷がついちゃう。力加減難しいね。それにこのイチゴ、びっくりするくらい大きい! 幼児の両手に余ってる!


「あー、いぃご……」


 ぽとぽと果汁が垂れる傷イチゴ。

 すすきさんがすぐそばでイチゴを入れるための容器を持ってスタンバイしてくれてるんだけど、これはそこに入れちゃ駄目だよ。となったら、自分で食べるしかない!


「ん、んまんま! おいち!」


 ぱくっと齧ったら、すっごい甘いし、果汁たっぷり、したたる豊潤さ!


「おいしい? そうだね。先に食べた方がいいかな。こっちのも甘そうだけど、じゃあ、僕がそっちの残りを食べてあげるから、真珠はこっちのをどうぞ」


 月白お兄様が別の真っ赤なイチゴを差し出してくれるので、ついつい、ぱくっ!


「んまんま! あーと、にーた!」


 とってもおいしい! わたしが抱えていた食べかけイチゴは月白お兄様がそのままぱくっと食べちゃった!


「うん、おいしいね。でも、いろんなの食べたいだろうから、こっちの残りも僕が食べてあげる。真珠は今度はあっちのがいいかなぁ?」


 真珠ちゃんが一度に食べられる生イチゴは個数制限があるからね。月白お兄様のおかげでいろんなイチゴをひと齧りずつ、おいしいとこどり!


「んまんま、おいち!」

「うん、よかったね。イチゴで真っ赤になった真珠も可愛い」


 イチゴ果汁でベタベタになったわたしの口元に、すかさずキスする月白お兄様。

 真っ赤になったお手てにもちゅーされて、ふたりでキャッキャしてたら、なんか床に転がってるゴリラがぶつぶつ言ってる。


「……なぁ、あれ、いいのか? いとこ同士は結婚できるとはいえ、一歳の赤ん坊に夢中って、月白のやつ、憲法よりやばくないか?」


 いやいや、一歳児だから無邪気に思う存分、可愛がられてるのに、おじさん、わかってないね。

 わたしのイチゴ摘みを動画撮影中だったばあやが、撮影の手を止めて笑い飛ばす。


「月白お坊ちゃまがお母君を亡くされ、お父君に放置されていた間、あなたはどこで何をしていたのですか、宵司お坊ちゃま? 伯父として親族として、あなたは甥っ子の心にどう寄り添ってきたのですか?」

「あー……っと、人間ってのは、百階層のボスより手ごわくて手に負えねぇな……。俺にできるのはせいぜい月白のランク上げの手伝いくらいだな」


 このゴリラ、ほんとに筋肉バカ決定! 真珠ちゃん、育ててくれたのがばあやでほんとによかった! こんなのに父親面されてダンジョンに連れていかれたら、わたし、死ぬから! もうイチゴもいっぱい食べたし、筋肉ゴリラはダンジョンに帰っていいよ。なるべく遠くのダンジョンプリーズ!

 なのに、ばあやの隣で白絹お祖母様ってば、とんでもない夢を語る。


「あら、真珠を産んだ女性を探し出して、土下座してもう一人子供を産んでもらうことができたら、おまえはわたくしの世界一すばらしい息子になるわよ。安心しなさい、必要経費は全部わたくしが出すわ」


 さすがの宵司も即座に拒んだ。


「いや、俺は一生、あんたの最低の息子だ。産んだことを死ぬまで後悔してくれ。つーか、そもそも、そんな女、ほんとにこの世にいたのか、いまだに疑問だぞ。あの姫が実は露茄さんの産んだ娘だって方が現実的な気がする……」

「え、けど、あの赤ちゃん、ボスの娘ですよね。そっくりですもん」


 と、そこで若い男性の声。

 なんか最近、環境に慣れてきたというか、このおうちって廊下とか壁際に誰かいるのが当たり前なんだよね。

 わたしの世界がばあやとすすきさんだけで回ってたときも、メイド服姿の女性とかスーツ姿の男性がそこここにいた。でも赤ちゃんって、視力が発達してないから、距離があると識別できないんだよ。

 ばあやとすすきさんは匂いや声や抱っこの仕方で判別できるくらい、いつもべったり抱っこしてくれてたから覚えたけど、他の人は遠くに誰かがいるなーって感じ。


 赤ちゃんのわたしにとっての大切な人は、ばあやとすすきさんだけだった。

 そこに月白お兄様が加わって、闇王パパと竜胆叔父様、そして白絹お祖母様。さらに憲法と宵司と、家族が増えた。

 最近ようやく、たぶん最初からわたしを見守ってくれていた気がするメイドさんや護衛の人たちの顔の区別がつくようになったけど、この人たちって仕事中、ほとんど喋らないからね。ばあやの旦那さんの庭師の柴山さん含め。


 なので、その若い男性の声にまったく聞き覚えがないのは当然なんだけど、植木鉢片手に宵司に話しかけてる姿を見ても完全に知らない人!

 だって、髪の色が青い!

 前世のビジュアル系バンドの人みたいな前髪長い髪型で、男性っていうより少年? 身長一六〇センチくらい、まだ十代半ばの華奢な中学生みたいだけど、他の人と同じ青いツナギ作業着を着てるから、宵司の手下っぽい。

 そう、このイチゴ狩り部屋、一緒に来てくれた護衛の人たち以外にも作業着姿の人が何人かいて、プランターや植木鉢を動かしてたんだよ。月白お兄様とわたしがおいしそうなイチゴを取りやすいように!


「あぁ? これっぽっちも似てねーだろが!」


 怒鳴る宵司をおそれることなく、上から下まで青い少年はずばりと言った。


「いや、そっくりですよ、耳の形。ボスって、大奥様と耳の形がそっくり同じなんですね。あの赤ちゃんもまるっきり一緒ですよ」


 へー、そうなんだ。そういえば自分の耳の形って、見たことないね!

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