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第2話 父不在でも子は育つ

 わたしを膝に抱っこしたばあやが、いつになくタブレット端末を見せてくれる。


「こういう画面は目に悪いですからね。触れても冷たいだけですし、本当は先に生身のお父様と出会ってからと思っていたのですが、たとえ映像でも家族の顔や声に触れておくことは大切でしょう」


 幼児にとってはかなり大きい一〇インチの画面に映し出されているのは、三十歳前後の綺麗な女性。ソファに座って、いとおしげに大きなおなかを撫でている。


『おなかの子供が女の子だって聞いたときにね、急に窓の外で雪が舞ってきたの。晴れてるのに花びらみたいにきれいな風花かざはなだったから、ふうかって名前にしようかとも思ったんだけど、きらきらした白い雪が真珠みたいにも見えて、だから『真珠まじゅ』って名前に決めたのよ。はやくあなたに会いたいわ、真珠ちゃん』


 女性の両隣には夫らしき男性とおかっぱ頭の男の子が座っている。


『パパも待ってるよ、真珠ちゃん。女の子かぁ。露茄あきなに似て可愛いんだろうなぁ。月白げっぱくも、ほら、妹になにか言うことは?』

『弟のほうが一緒に遊べたけど、妹ならお母様の着せ替え人形にちょうどいいから、親の遊び相手よろしく?』


 女の子みたいな顔をして、生意気そうな……いや、頭のよさそうな男の子である。この少年も妻にデレデレな男性も黒い髪に黒い瞳だけど、女性の髪と瞳の色は少し茶色がかっている。

 とはいえ、この世界、前世の日本と違和感ないファッション生活様式だから、髪は染められるしカラーコンタクトレンズだって存在してると思う。だから、髪や瞳の色は見た目では判断できないんだけど、夫と息子が黒髪黒目なのは確実。

 タブレット画面の中の親子は、おなかの大きな女性を中心に楽し気に語らっている。


『もう、月白ったら、ひどいわ! 罰としてドレス着せちゃうわよ』

『着ないから。早く生まれておいで、いけにえの妹ちゃん。まあ、勉強くらいはお兄様が教えてあげるよ。ちなみに真珠は六月の誕生石だから、三月が誕生予定日のきみはアクアマリンのアクセサリーをお父様にねだるといいんじゃないかな』


『アクアマリン? じゃあ、露茄とおそろいの指輪……はまだ早いか。とりあえず一揃い準備しておこう。露茄は何か欲しいジュエリーがあるかい?』

『アクアマリンだと、ピンク色のが可愛いと思うわ。モルガナイトっていうんだったかしら。真珠とモルガナイトで、桃の花みたいな可愛いデザインのジュエリーがいいかしら』


 産着を頼むようにナチュラルにジュエリーをねだる女性。

 この映像が撮影されている部屋の家具調度も見るからに豪華で立派なものだけど、たぶんこの家のどこか一室。

 黒玄家の真珠お嬢様って、ほんとうにお金持ちのご令嬢だよ。

 ……わたしは偽令嬢だけどね!

 

「この方が真珠お嬢様のお母様の露茄様で、こちらがお父様の憲法様。月白お坊ちゃまは夏休みのあいだに何度か真珠お嬢様を抱っこしてくださったのですが、もう四カ月も前のことですものね、お忘れになったでしょうか。月白お坊ちゃまももう七歳になられるんですね。真珠お嬢様もこんなに大きくなったのに、本当に成長がないのはあのふがいないお坊ちゃまだけ……」


 背後のばあやの顔は見えないけど、このいらっとした声からして眉間のしわが絶対に深くなってる。


「ばぁ! あー、だぁ!」


 ばあや、大丈夫! この偽真珠ちゃんぜんぜん気にしてないから!

 父親が会いに来なくても、取り替えっ子の事情を知ってるわたしからすれば当然の流れ。

 だけど、わたしを本物の真珠お嬢様といつくしんでいるばあやからすれば薄情な父親まっしぐら!


「露茄様が命をかけて産んでくださった大切なお嬢様なのに、たかが髪や瞳の色ごときで疑うなど、言語道断。突然変異で二月の誕生石のアメシスト色の瞳になっただけでしょうに、まったく。結果が怖くてDNA鑑定もできないなど、戯言をぬかすなら我が子として可愛がればいいだけのものを!」

「あーだぁ」


 うんうん、ふつうの乳幼児には理解できないだろうけど、大人だった記憶のあるわたしにはよくわかるよ、ばあやの気持ち。

 この世界にもあるらしいDNA鑑定、それやっちゃえばわたしが自分の子供じゃないってはっきりするのにね。

 でも、取り替えっ子なんて想定外だから、まず疑うのは妻の浮気。

 だけど、その奥さんが出産時に亡くなってると、いろいろと難しい。


 そう、真珠お嬢様の産みのお母さんは娘を出産後まもなく死亡。

 しかもその時、ダンジョン崩壊とかモンスター氾濫とかいろいろあったらしくて、その混乱の中でわたしの実母が他人の赤ん坊に初乳を与えることになって、そのままわたしと本物のお嬢様を取り替えたと推測される。


 その辺の事情はよくわからないというか、真珠ちゃん、まだ生後十カ月だから!

 R指定だと、R〇。乳児の前で刺激の強い話は厳禁なので、テレビもスマホもタブレットもばあやがしっかり遠ざけてくれてます。

 なので今のところ情報源は、ばあやとすすきさんの世間話と絵本くらいだけど、限られた情報の中でもわかることはある。


「憲法お坊ちゃまの幼いころと違って、夜泣きもせずにいつもニコニコされて、真珠お嬢様は本当にお可愛らしいこと。この先、なにがあっても、ばあやは真珠お嬢様をぜったいにお守り申し上げますからね」

「あぁう、だぁだぁ!」


 ばあや、大好き!

 もし親子鑑定して、実は自分と血のつながりがなかったなんて、男の人にとっては托卵。妻の裏切りに浮気と、衝撃の結果になってしまう。

 だから、徹底して何もしない、娘にも会いに来ないってのもしょうがないけど、とりあえず、亡くなった奥さんとわたしのあいだの母子鑑定やってくれないかな? そうすればわたしが取り替えっ子って一発でわかるんだよ。まともにしゃべれるようになったら、すぐ頼むけどね!

 そしたら、ほんものの真珠を探せ!ってことになるのに、どうしてこう世の中の男の人は臆病なんだろう。


 真珠ちゃんが自分の子供じゃないって疑ってて、確信していても認めたくなくてぐずぐずぐずぐずと先延ばしして、言い訳して締め切り守らず現実逃避して……って、別のクズオタクの話だった、これは。

 それに世の中の男の人ぜんぶがそんなのじゃないし、男女差別も時代錯誤。コンプライアンス、SDGsの持続可能な開発目標でも差別をなくさなきゃいけないから、パワハラモラハラ対策として言動にはくれぐれも注意……って、胃がきりきりする前世の自分の幻覚が……。


 うん、もう思い出さなくていいかもしれない前世。


 でも、その点、ばあやは年の功でさすが!

 突然変異で二月の誕生石のアメシスト色の瞳になるって、発想がナイス!

 本当の名前は違うっていうか、わたしはばあやの信じる真珠お嬢様じゃないけど、将来どうなっても、ばあやに可愛がってもらった分は恩返しするからね!


「あーだぁ、ばぁ」

「真珠お嬢様はほんとうにお話を聞くのがお上手でいらっしゃいますね。そろそろお言葉も出てくるでしょうから、どうぞこちらを」


 ばあやが次に見せてくれたのは、和服姿の老夫婦が並んで立っている写真。

 恰幅のいい男性は六十代、女性はもうちょっと若くて小柄、どちらもお金持ちそう!というか、成功者の自信と余裕と存在感に満ち溢れている。


「大奥様の還暦祝いの時の写真ですから、もう五年ほど前のものになりますけれど、このすぐあとに旦那様が亡くなられて……こちらが真珠お嬢様のお祖父様の夜壱よいち様。そして、こちらがお祖母様の白絹しらぎぬ大奥様でいらっしゃいます。今は病院におられますが、実は毎日、真珠様の動画を見るのを楽しみにしていらっしゃいますのよ。ですので、おばあさま……ばぁばとお呼びする練習をしましょうね」

「ばぁ、あぅだぁ!」


 ばあや、すごい!

 煮え切らない父親に見切りをつけて、権力ありそうな大奥様を味方につけてる、真珠ちゃんのために!

 そう、最終的にわたしが取り替えっ子だってわかろうが、その前に嫁の浮気の子扱いされようが、理性的な大人の目から見れば無力な幼子に罪はない。


 はじめは全身介護してもらわないと寝返り一つ打てないレベルの新生児なんだから、その命を守るためにはだれかがちゃんと面倒を見ないといけないわけで、その気がないならさっさと親子鑑定して養子に出せばいい。

 でも、どうしても白黒はっきりつけるのが嫌なら、いっそこの偽真珠ちゃんの可愛らしさを愛でればいいんだよ。

 え? 自分で可愛い言うなって? でも、どこからともなく聞こえてくる声がなんか言ってた気がするよ。


「ヒロインも可愛いんっすけど、実はダンレンキャラ人気ナンバーワンは黒マジョなんっすよ。スーパーモデルばりの美貌と長身と、毎回ヒロインに負けてダンジョンを去り際に言う『それでもこの世はあたくしのために回っているのよオーホホホホ―っ』って負け惜しみがいいんっすよね」


 後半はどうでもいいけど、前半の「スーパーモデルばりの美貌と長身」は要チェック。必ず覚えておかなきゃいけないことだから!

 見た目が保証されてるなら、あとは取り替えっ子トラップを解除してしまえば、わたしの人生、けっこう順調。

 だって、日本語の読み書き完璧! きっと勉強できる子間違いなし!

 それに見た目のファーストインプレッションは世渡り就職ですごく大事。赤毛に紫の目って日本じゃ浮くけど、髪は染めればいいし、眼鏡で多少はごまかせる。

 いずれ養護施設に預けられても、今のうちに情が移れば、ばあやや大奥様がたまには会いに来てくれるかもしれない。もしかしたら、就職引っ越しの保証人になってもらえるかもしれないんだから、


「あぁう、だぁだ、ばぁ……ばぁ、ば、ばば、ばぁばぁ?」


 タブレットに映し出された祖母を指さして、ひたすら練習。

 ええ、権力にはこびて甘える気満々ですとも! 実の母は頼りないどころか、犯罪者だから! 托卵サレ父の顔と名前はスルーでいいけどね!


「まあ、今、ばぁばとおっしゃられましたか、真珠お嬢様? どうしましょう。お嬢様の初めてのお言葉がお祖母様だなんて、大奥様がどれほどお喜びになられることか。ああ、そうだわ、薄さん、撮影を! さあ、真珠お嬢様、もう一度おっしゃってみてくださいな、ばぁばと」


 うーん、でもこの場合、そう呼びたいのは画面の中の人じゃない。わたしはもぞもぞと体を動かして、背後のばあやをつぶらな瞳でまっすぐ見上げる。


「ばぁば!」

「真珠お嬢様!」


 うん、相思相愛。

 父親いなくても問題ないから、このままわたしがちゃんと喋れるようになって、母親とDNA鑑定してもらうのを待つがいい、なんたらお坊ちゃま。

 わたしはきみに一生会わなくていいけど、きみの本当の娘は日本のどこかのダンジョンで親の迎えを待っている! さあ、早く探しに行け!

 つーか、おまえが親子鑑定から逃げなきゃすぐ判明することなのに、まったく、妻と本物の娘に土下座して謝れこの愚か者めが!

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