第27話 おうちでパンダ
パンダをちらりとも見なかった残念旅行。
でも、黒玄家の権力で色々貸し切られてて、最先端の乗り物駆使だったから、なんとおやつの時間には日本に帰りついたよ! 日帰り中国旅行、すごいね!
ずっと快適だったし、途中でお昼寝もしたけど、なんだかんだと疲れたらしく、その日はわたしも月白お兄様も夕飯を食べてすぐに寝てしまった。
そして、翌日、無駄に広い黒玄家本館の玄関にて。
「ふあぁ、ぱぁだ!」
思わず、歓声!
パンダがいっぱい! わたしくらいの大きさのから、体長三メートル近くありそうなのまで、とにかくいっぱい!
白黒じゃなくて、白茶とか、白ピンクとか、色違いや模様が微妙にずれてるのがあるのは、もちろんぬいぐるみだから。たぶん百個くらいあるのかな。白絹お祖母様に抱っこされてるのに全部見渡せないくらい、パンダパンダパンダ、パンダの大群!
「真珠のために集めたぬいぐるみがだいぶ増えていたようね。真珠はどのぬいぐるみで遊びたい? ああやって乗ることになるから、あまり大きいのは跨りにくいわよね?」
パンダぬいぐるみが勢ぞろいした上空を、月白お兄様が乗ったペガサスぬいぐるみがぶんぶん飛んでる!
月白お兄様が大きくなったからか、羽の生えたお馬さんからちょっとおしりがはみ出してるけど、それでも軽々と上下左右、自由自在に飛び回ってるよ!
「僕が乗せてあげるから、ちょっとは大きいぬいぐるみの方がいいと思うよ。真珠はまだ小さいから、一人じゃ危ないもんね」
白絹お祖母様に抱っこされたわたしの目の高さで、ふわっとホバリングする月白お兄様。音もなく静かにその場に浮かぶペガサスぬいぐるみ。
いやぁ、すごいね、憲法印の空飛ぶおもちゃ! これって、おもちゃのレベル、越えてるよ。しかも落ちた時には防御シールドが自動で展開するって、魔女のほうきより魔法技術が高そう……。
「月白と一緒に乗るなら、この魔道具くらいの性能がいいかな。基本は乗り手の体重移動に合わせた歩行で、こっちのリモコンで飛行モードにも切り替えられる。上限速度を時速二キロにする代わりに耐荷重量を三百キロに設計したから、宵司兄さんが面白がって乗っても壊れない。でも、宵司兄さんが乗りにくいように小さめのぬいぐるみにしておこう。このパンダなら関節の動きもスムーズになるだろう」
開発設計担当者の憲法も来てるんだけど、どこからともなく運び込まれた長机の上に魔道具がいっぱい並べられてる。
あ、並べたのは憲法じゃなくて、白衣姿の三人の男性。憲法の部下みたいけど、憲法より年上っぽい。三人とも目の下にどす黒いクマができて、髪の毛ボサボサになってる。ブラック職場ですか?
机の上の魔道具は首輪型とかバッジ型で、色も形も大きさも多種多様。
そのうちの首輪型のを憲法が体長一メートルくらいのパンダぬいぐるみの首に装着して、付属リモコンのスイッチを入れた。そしたら、ぬいぐるみがぶわっとしたよ。うん、わけわかんないけど、ぶわっとした!
「ああ、ちゃんと本体強化機能も働いてるね。回路も問題なく繋がっているみたいだし、よくできてるよ。これを作ったのは飛木主任だったかな? 腕を上げたね」
「っ、所長にお褒めの言葉をいただけるとは、光栄です!」
白衣姿の三人の中で一番若い……といっても、三十代後半の男性が嬉しそうに『憲法所長』に頭を下げた。
「あら? おまえが作ったんじゃなかったの、憲法?」
白絹お祖母様の問いに、憲法が苦笑する。
「さすがに昨日はDNA分析装置の汎用化のための、代用素材探しで手一杯だったよ。まあ、これくらいのおもちゃなら新人魔道具師の練習にちょうどいいかと思ったけど、設計図を見るなり稲康部長が自分で作るって言いだして。蘭竹室長と飛木主任も加わって、三人で徹夜で作ってくれたらしいよ」
部長、室長、主任って、実はすごく偉い役職に就いてるっぽいおじさんたちは口々に言う。
「いえ、所長、これは新人の手には負えません。うちの研究所には世界中から特別な才能を持つ神童天才が集まってきますが、この複雑怪奇にして精密精緻で、芸術的に美しくもあり、恐ろしく難解な魔法陣をそっくりそのまま模写できるのは中堅以上、私たちでも完全に理解しているわけではありません。そもそも、ベースとしてドラゴンとペガサスの骨を錬金合成しろと言われた段階で、退職者が続出します。ほとんどの人間にとっては魔力も足りなければ、迂闊に触れるのも恐ろしいほどの稀少素材を駆使して作られているんですよ!」
「ですが、最初から富裕層をターゲットにすれば、おもちゃどころではなく、あの新型空飛ぶ車に匹敵する夢の乗り物です! 既製品の椅子に取り付けても自動で飛んでくれるなんて、飛行魔法が不得手な人間の夢ですよ! いえ、飛行魔法が得意な人間だって、これには絶対ハマります! 自分のお気に入りのぬいぐるみが空を飛ぶなんて、まさに大人の夢です」
「究極のところ、ぬいぐるみなんて必要なく、この魔道具をつければ人間がそのまま浮かんで飛べるっていうのが、またすごいですよね。医療分野に応用すれば可能性は無限大だし、さすが所長! まさに不可能を可能にする神業魔道具師! 魔法陣の構成は極悪非道の悪魔的難解さでしたが!」
やたらハイテンションで目を輝かせて叫ぶ研究者たちに、白絹お祖母様ははたと気づいたように言った。
「……防御シールドに気を取られてそれどころじゃなかったけど、ぬいぐるみが空を飛ぶ魔道具なんて、一般的に売られているわけがなかったわね。そうよね、憲法が露茄さんに頼まれて作った月白のためのおもちゃなんて、それ自体が革新的な魔道具だったのに、すっかり見落としていたわ……。まあ、飛行魔法なんて、我が家じゃだれでも使えるから、空を飛ぶことが売り物になるなんて考えたこともなかったし……」
意外な盲点! 黒玄家の人たちってみんな魔法が得意なんだね。ばあやや白絹お祖母様も空飛べちゃうのかな?
ていうか、将来的にはわたしも魔法で空を飛べるんだね! 楽しそう! 魔法が使えるようになるのがすごく楽しみ!
でも、今はちっちゃな幼児。パンダぬいぐるみに乗り移った月白お兄様が、おいでおいでってしてるから、「にーた!」って、お兄様の前に座らせてもらった。
月白お兄様がわたしをしっかり抱えて体重を前にかけたら、パンダぬいぐるみがものすごくゆっくりと歩きはじめる。
あ、これ、ちょうどわたしがよちよち歩くのと同じくらいの速さだよ。トテトテ、楽しい! めっちゃ可愛い!
「ぱぁだ! あーく! あーと! とーた!」
思わず憲法を振り返って、ありがとう、とーた!
「わあ、真珠、昨日教えたばかりなのに、お父様のこと、とーたって、ちゃんと覚えてたんだね。偉いね、いい子! お父様、ありがとうございます。真珠が喜んで、僕も嬉しいです」
トテトテパンダを憲法の方に方向転換して、わたしに続いて月白お兄様もにっこりお礼。
さすがの憲法もほほえんだ。
「確かに真珠は言葉を覚えるのが早いね。こちらの言っていることもかなり理解しているようだけど、月白が支えないとバランスは取れないみたいだから、身体能力は月齢並みだろう。滑り落ちても本体の防御シールドが働くはずだが、念のためにこのリストバンドを装着しておきなさい。一定以上の速さで落ちた場合に身体の周りに瞬時に空気膜が張られる防具だ。頭から転んでも衝撃を和らげてくれる。月白は念のためだが、真珠はまだ頭から転びやすいからね」
言いながら、憲法はわたしと月白お兄様の手首にリストバンドを巻いてくれた。巻くっていうより、一センチ幅のリボン状のものを手首に当てたら、しゅっとつなぎ目のない輪になってくっついたんだけどね。
「りー……りーと! あーと、とーた!」
「ありがとうございます、お父様! よかったね、真珠。これで空飛ぶモードにしても安心だよ」
「ぱぁだ、とーぶ?」
「うん。このパンダ、さっきの僕のペガサスみたいに飛ぶんだって。でも、もうちょっと身体が慣れてからにしようか。真珠、こういう乗り物で遊ぶの、初めてだもんね」
「あい、にーた!」
トテトテ、幼児の歩く速さでゆっくりと動くパンダぬいぐるみ!
おしりに触れる感触もふんわりで気持ちいいし、本来滑り落ちそうなぬいぐるみの上なのにまっすぐ座っていられるのは憲法印だからかな? 上半身も下半身も見えない力で支えられてる気がする。まあ、月白お兄様が後ろからがっちり支えてくれているおかげもあるけど。
ちなみにスライムクアアもわたしについてきて、足元でトテトテ自走してるけど、この家の人々は見慣れた光景だから、スルー。
そして今日、新たにこの家に来た白衣のおじさん三人は、大量のパンダぬいぐるみにまぎれた紅白スライムどころじゃなく、ひそひそ内緒話。
「……これって、つっこんでいいんですか? その赤ちゃん、浮世離れして可愛いから、所長が作ったアンドロイドかホムンクルスかと思ったんですけど、なまもので月白お坊ちゃまの妹さんって、所長の娘さん? でも、どう見ても日本人には……」
「きっと突然変異のアルビノだ! しかし、それにしては色合いが……」
「口を慎め! これは黒玄家のトップシークレットだ。我々は何も見なかった何も聞かなかった何も口外しない!」
うん、そうだよね。初めてわたしを見たら、あまりの愛らしさにお人形かと思うよね
まあ、わたしの耳に届くくらいの声だから、憲法が普通にお返事してあげてる。
「別に質問してくれれば答えるけど、真珠が誘拐されたらきみたちにも事情を聞くことになるね。この子、兄さんの娘だから、僕の息子以上に誘拐価値が高くて、この先、すさまじく犯罪組織に狙われるだろうし」
おじさん三人組、悲鳴と絶叫。
「所長、勘弁してください! そんな重要機密、絶対に口外しませんけど、お兄さんの娘って、いつ結婚……あ、いえ、もうほんと、これ以上は絶対聞きません!」
「我々は絶対にここで見聞きしたことは他言しないと誓います! 何なら誓約魔法で口外できないようにしてください!」
「いや、我々が見たのは人形です。寝不足で幻覚を見ているだけです。あとで精神干渉系の魔法が得意な研究員に忘却魔法を……」
現実逃避しはじめるおじさんたちに、憲法はやさしく言った。
「きみたちだって、うちの研究所を狙う産業スパイや国際組織に常に狙われてるんだから、命に係わるときは喋っていいよ。それに、どうせ一生隠せることじゃないんだから、秘密より公然と守る方が容易い」
「あら、憲法、なにかいい手があるの?」
白絹お祖母様が尋ねると、憲法は提案した。
「真珠を抱っこした闇王兄さんで我が社のイメージCMを作って、ホームページ上で流せばいい。ああ、アクセスが殺到することを思うと別サイトを立ち上げた方がいいか。真珠にパパと呼ばれてデレデレしてる闇王兄さんが、この子の未来のためにってつぶやいてる姿を見せれば、黒玄グループの大々的な社会貢献活動を世界中の報道機関が何の疑問もなく、瞬く間に拡散してくれるだろう」
「それは……悪くはないけど、真珠についての問い合わせが殺到するし、将来的に真珠が困ることにならないかしら?」
「ストロベリーブロンドとロイヤルパープルの瞳を持つ赤ん坊が闇王兄さんの実子だなんて普通は思わないから、子役タレントか僕が作った赤ん坊アンドロイドだろうと勝手な憶測が飛び交うだけだ。どの道、真珠は月白以上に日本の学校教育が合わないだろうし、逆に表に出るときは黒髪に変装した方が一般人に紛れられる」
それに、うまくすれば、わたしによく似た女性が名乗り出てくるかもしれないし、そういう女性が好みだと思われたら、闇王パパへのハニートラップ要員として赤毛紫目の女性が送り込まれてくるかもしれない……なんて、憲法があれこれ策略を張り巡らせてるけど、大人の話、つまんない。
「ぱぁだ、ぱぁだ! あーく、あーく!」
わたしと月白お兄様はすすきさんや護衛のお兄さんに見守られながら、ほのぼのトテトテパンダ歩行。
「うん、歩くのにだいぶ慣れてきたから、そろそろ飛んでみようか? えっと、リモコンのこのボタンだね。僕が一緒に乗ってるときはコントロールパネルが僕だけに見えるようにしてもらったほうが便利かなぁ。リストバンド型リモコンでもいいけど……」
そして、ついに、パンダ、浮く! ふわり、すすっと前に進んでる!
「ぱぁだ! とーぶ!」
「うん、飛んでるね。でも、これ、最高で五センチ浮かぶだけなんだね。確かにこれなら真珠にちょうどいいかな。僕がぜったいに落とさないようにするけど、これだけゆっくりなら、万が一の時でもケガはなさそう」
歩くモードもそんなに揺れなかったけど、飛ぶモードだともっと全然揺れないよ! ふんわりふわふわ、空気中を浮かんで泳いでるみたい!
うん、これ、楽しい!
リアルパンダ旅行より楽しい、おうちでパンダ!
でも、おうちが快適すぎるって、これは将来ひきこもりそうなダメダメトラップ発動!?