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第26話 テイマーの罠


 悲報!

 真珠ちゃんのパンダ対面、足音のみ!!

 パンダ、見えません! なにが起こったのか、わかりません!


 国家権力で貸し切られて、さわやかにガラーンとした中国最大のパンダ研究基地。


「真珠、よかったね。パンダにエサやりして、赤ちゃんパンダと写真撮影できるんだって」

「ぱぁだ!」


「でも、赤ちゃんパンダ、生後八カ月だと二〇キロ近くあるんだって。真珠よりだいぶ大きいよね。やっぱり真珠が一番可愛いよ!」

「ぱぁだ!」


 敷地が広いのでパンダのいるところまで行くのに、わたしはばあや抱っこ、月白お兄様は護衛のお兄さんに手をつながれての移動。

 わたしもお姫様だけど、月白お兄様も黒玄家の御曹司だからね。憲法印の防御用魔道具をたくさん身に着けてるけど、それでも知らない場所では護衛にがっちり周囲を固められてる。

 でも、本来の駐車スペースじゃない施設のすぐ入り口で車から降りたのに、上り坂がはてしなく続く。ばあやの体力、すごいね! 前世のわたしだったら、十キロ弱の幼児抱えて、息も切らさずこんなの無理!


「真珠とパンダ、可愛いんだろうな」

「ぱぁだ!」

「お父様に浄化用の魔道具ももらったから、パンダを綺麗にしてから、真珠を乗せてもらおうか? でも、写真が流出したら、絶滅危惧種がどうのってうるさいもんね。並んで写真撮るだけでいいか」

「あい、にーた!」


 ちなみに月白お兄様もわたしもおそろいの可愛いパンダリュック背負って、わたしはラブリーパンダ服だから、写真はめっちゃかわゆく撮れるよ! 月白お兄様、服は普通のだけど、パンダ帽子とパンダ靴だし相乗効果!


「うーん、ふわふわした羊とかなら、真珠を乗せても可愛いかな。次は動物と触れ合える牧場に行ってみようか? 真珠がもうちょっと大きくなったら、僕がポニーに乗せてあげるね」

「にーた、ちゅき!」


 児童と幼児のほのぼのな掛け合いを周りの大人はほほえましそうに見守り、白絹お祖母様は政府の偉い人と通訳まじえてお話ししながら後をついてくる。

 そして、まずはガラス越しにパンダとご対面のはずだった。

 なのに、ドドドドッて地響きが聞こえてきた。


 きょとりと首をかしげるわたしと月白お兄様。

 慌てた様子で駆けつけてくる制服姿の現地スタッフたち。それから、ダーッと早口で飛び交う中国語と日本語の叫び声。


「異常事態発生! 保護区内のパンダやレッサーパンダが多数、こちらを目指して駆けつけている模様! おそらくほぼ全頭、範囲は全域!」

「モンスターの姿は未確認、魔素だまりやダンジョン発生の兆候もなし! 原因不明ですが、至急、この場から退避を!!」

「要警護者の安全確認! お坊ちゃまとお嬢様は先に離脱!」


 すぐさまわたしはばあやからすすきさんの腕に渡され、月白お兄様を抱き上げた護衛のお兄さんとすすきさんは、もと来た道を猛スピードで駆け戻る。

 いや、駆けるっていうより、これ、飛んでるよね? 一歩が十メートルくらい、びゅんびゅんって!

 なんでも、わたしや月白お兄様の専属護衛は魔法で身体強化できて、いざというときに身ひとつで長時間『逃走』できることが第一条件だったらしい。


 あれよあれよという間に空飛ぶ車に乗せられたわたしと月白お兄様。

 白絹お祖母様の到着も待たずにふわりと空に浮かびあがる車。

 窓から見下ろす下界は、なんだか不穏。むこうの山の中から土煙がもうもうと近づいてきてる!


「大奥様との合流は空港で! 原因不明ながら、ダンジョン発生の可能性もあるため、このまま日本に帰国するとのことです!」


 なにがなんだか呆然自失だったけど、気がついたら日本に帰国する飛行機の中だった……。



     ◇◇◇◇◇



「真珠がテイマーだから? なんなのよ、それは?」


 白絹お祖母様はテレビ電話で憲法とお話中。

 大きな画面の向こうの憲法は手元のタブレットやPC画面を見較べながら、この異常事態の原因としてわたしの体質を挙げた。


「四川省のどの地点においても現在、魔素濃度に特に変化は認められない。突発的なモンスター出現の気配もなし。となると、今回のイレギュラーは世界で初めて確認されたテイマーである真珠がその場に行ったからだろう。しかも、目的が『パンダ』だったからね。モンスターさえ懐柔して使役できる、生まれながらのテイマー体質の人間なら、会いたいと望んだ動物を自分のもとに招き寄せてもおかしくない」


 さすがダントラ! ダンジョンの数だけ罠がある!! 真珠ちゃん、会いたいと思ったパンダを招き寄せちゃう、招き猫体質みたいです!

 月白お兄様は膝の間に抱えたわたしをむぎゅぎゅっとしながら、画面の向こうの父親に尋ねる。


「お父様、それって、真珠はふつうの動物もテイムできるってことですか?」

「元々群れで生活する犬や狼だったら、序列トップのボスと認識させるのは簡単だろう。パンダは意外だったが、まあ、脳細胞があるかどうかもわからないスライムさえテイムできたんだから、将来的にはトカゲからドラゴンまで簡単にテイムできるだろうね」


 憲法はわたしが抱っこしているスライムクアアをじっと見た。

 画面上の憲法の顔って実際より大きくて鮮明だから、視線の動きがよくわかる。たぶん向こうからもこっちがよく見えてるんだろうけど、クアアを見る憲法の目って、猟奇的でマッドなサイエンティスト! こう、感情がないっていうか、実験・解剖・分解する対象物に対する冷徹な研究者の目!

 思わずクアアを手で隠しちゃったよ。ぜんぜん隠れてないけど……。


「こんな赤ちゃんの真珠が動物に囲まれたら押しつぶされるじゃない! 元はと言えば、おまえのせいで赤ちゃんの真珠がテイマーになったんだから、なんとかしなさい、憲法!」


 そうそう、わたしがスライムクアアをテイムすることになったのは、画面の向こうの誰かさんが黒ミサのいけにえにしようとしたからだからね……。

 お怒りモードの白絹お祖母様に、憲法は目をキラーンとさせる。


「能力封じの魔道具自体はすぐ作れるけど、そうするとそのスライムが干からびて死ぬよ。そのスライムがダンジョン外で多量に魔力を要する変形までして生存できるのは、真珠の能力あってのことだ。かといって、特殊な能力に目覚めた進化スライムをダンジョンに還すと、ダンジョン内の生態系バランスが崩れる原因になるから、しばらく僕が預かって飼育実験を……」

「やっ! くぁあ、まじゅの!」


 クアアの危機! 実験動物に狙われてる! ダメダメ! クアアはわたしのペットなんだから!

 って言ったつもりだったけど、月白お兄様が反応したのはそこじゃなかった。


「え? 真珠、今、なんて? 今、自分のこと、ちゃんと『まじゅ』って言えたよね? すごい! 真珠、天才! もう一回、まじゅって言ってみて!」


 あれ? 『まじゅ』って意外にこの短い舌でも発音できちゃうから、自分のことそう呼んでるつもりだったけど、心の中で言ってただけだったのかな? 

 それにしても、赤ちゃんってすごいね。自分の名前呼ぶだけで、褒められちゃうよ! 


「くぁあ、まじゅの」


 わたしがもう一度言うと、白絹お祖母様も大喜びして頭を撫でてくれた。


「まあ、すごいわ、真珠! 自分の名前が真珠だってちゃんとわかってるし、二語文も完璧なんて、おりこうね。そうね。そのスライムは真珠のペットですものね。なんとかしなさい、憲法」

「真珠の外出時とか、他の動物に触れ合う時だけ能力封じの魔道具をつけるようにすればいいんじゃないかな。試してみないとわからないけど、使役者との絆は名づけで確立したはずだから、真珠の能力を封じてもそのスライムがテイマーの存在を見失うことはないだろう。エサ代わりの魔力の補充は普段、遊んでいるだけで足りてるみたいだしね」


 平然と答える憲法に、白絹お祖母様はため息。


「おまえ、それ、わかってて言っていたわね……。いいわ、竜胆さんにおまえが真珠をいじめたって報告しておくわ」


 だよね! 憲法、性格悪いっていうか、クアアのこと実験動物に狙って、大げさに干からびて死ぬとか言ってたよね。ひどい!

 でも、竜胆叔父様に言いつけるって、白絹お祖母様、それはそれで間違ってるような……。


「幼児用の能力封じの魔道具となると、本人の成長を妨げない配慮が必要で、かつ肌にやさしく着脱が容易なものがいいね。まあ、ちょっと手がかかるけどペットの魔力の減少を感知する機能も組み込むから、それで許してほしいな」


 ……間違ってなかった! 憲法ってば、竜胆叔父様に言いつけられるのが相当、イヤみたい。でも、クアアがおなかすいたってわかる機能つきの魔道具、いいね! それ、欲しい!


「くぁあ、くぁあの!」

「うん、真珠、クアアは大丈夫そうだよ。よかったね。お父様、それを付けたら、真珠はパンダに会いに行けますか?」


 くふふっとわたしに頬ずりしながら、月白お兄様は画面の向こうの父親に尋ねる。


「まあ、とりあえずうちの番犬で試してみたらいいんじゃないかな。我が家の一番の猛獣である宵司兄さんをあれだけメロメロにしていたことを思うと、大型犬に突進されそうで危険だけど、そうすると認識阻害も組み込んだ方が……いや、だが、今後の魔力成長を思うと肌に触れる魔道具に持ち主の魔力以上の魔石を組み込むわけにはいかない。かといって、素材レベルを落とすと機能の限界が……複数の魔道具に機能を分散させて、肌に触れないボタンに魔法陣と、別添えでリモート操作が可能な……」


 魔道具の開発者モードに入ってぶつぶつ考えはじめた憲法。そんな父親をよくわかっている月白お兄様は、ばっさり方向を変えた。


「もういいです、お父様。動物との触れ合いは真珠がもっと大きくなってからにするので、能力封じの魔道具はそのうち作ってください。それより、真珠のために、パンダの動くぬいぐるみが欲しいです。真珠を乗せてゆっくり歩くような可愛いやつ」

「あら、それなら可愛いわね。でも、そういえば、月白を乗せたぬいぐるみが空を飛んでいたような……」


 思い出したように言う白絹お祖母様に、憲法は苦笑した。


「月白用に作った空飛ぶペガサスぬいぐるみのせいで、あとが大変だったな。上に乗った月白が落ちても、即座に展開できる防御シールドを組み込んだら、その機能を空飛ぶ車とか冒険者の装備品にも付けろって、母さんにも闇王兄さんにもすさまじく圧力をかけられて……汎用素材探しと魔法陣の簡略化なんて、この上なく退屈な作業だったよ」


 うわ、憲法、有能! 空飛ぶぬいぐるみって、子供の夢だよね!

 でも、真珠ちゃんはまだトテトテ歩くパンダでいいかなぁ。一番好きなのはばあやのふわふわしたお胸だし。

 あ、でも、月白お兄様のやわらかいほっぺも好きだよ!


「じゃあ、おまえの代わりにそれをやってくれる人材を育てなさい。中国政府も国を挙げて黒玄グループの高等魔法教育機関に人材を送り込んでくれることになったわ。政府お抱えの高ランク冒険者も講師として来てくれるそうだから、おまえが彼らをうまく使えばいいわ。ゼロから子供を育てるより、素材集めに熟知した冒険者を自分好みに再教育する方が早いでしょう?」

「一番手っ取り早いのは、宵司兄さんに実の娘のためのレア素材を集めさせることだね。母さんや闇王兄さんだって、真珠のためなら高度な人材をお金と権力で集めてくれるだろう?」


 憲法は根っからの研究者気質で、予算とか妥協とか無視して、自分の興味や欲望の赴くままに、一番最高級の素材や己の全能力を駆使して、新しいものを作るだけの人みたい……。

 それを一般販売できるレベルまで持っていくのが、白絹お祖母様と闇王伯父様の腕の見せ所。

 だけど、大人の難しい話って、赤ちゃんの身体にはよくないね。退屈で飽きちゃった。なので、真珠ちゃんからも月白お兄様にほっぺすりすり。


「真珠、可愛い! パンダは見られなかったけど、代わりにパンダのぬいぐるみに乗って、庭のお散歩しようね」

「あい、にーた!」


「僕もまだあのペガサスに乗れるかなぁ? ちょっと浮かぶくらいなら、真珠と一緒でも大丈夫かもしれないから、家に帰ったら遊ぼうね」

「にーた、あちょぶ!」


「すごい! 遊ぶも言えるようになったんだ! 赤ちゃんて、毎日いっぱい言葉を覚えていくんだ。すごいね」

「にーた、ちゅごい!」


「真珠、可愛い!」

「キャー!」


 くふ、くふふふって、ほっぺたくっつけあってたら、クアアも加わってすべすべぷにぷに! あったかくて柔らかいものって、ほんとに気持ちいいよね!

 今日って正直、旅行した実感はないし、リアルパンダには会えなかったけど、おうちだと月白お兄様、習い事とかお勉強のスケジュールがいっぱいだからね。朝からずっと構ってもらえて楽しい一日だったよ!

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