第24話 パンダに会おう!
月白お兄様とわたしの春休みパンダ旅行に家族で参加できるのは、結局、白絹お祖母様だけになりました。
いや、わたしにとってはばあやもすすきさんも家族枠だし、ばあやの夫の庭師さんも護衛として参戦してくれてるので、わたしにとっては家族全員旅行だけどね。あ、闇王パパ以外の家族全員!
ちなみに真珠ちゃんは「す」の発音が微妙なので、すすきさんは「ねーた」と呼んでおります。
ばあや繋がりで、庭師の柴山さんは「じぃじ」。
竜胆叔父様は「りーた」。
憲法は月白お兄様のお父様なので、仕方なく「とーた」ということになって、実の父親である宵司は「おんじ」。
最後の二人はパンダ旅行の行きの飛行機の中で呼び名が決まったよ!
もちろん、月白お兄様と白絹お祖母様が話し合って決定。
「将来的に真珠は憲法をお義父様と呼ぶことになるんですものね。闇王がパパで、憲法を『とーた』にすれば区別がつくし、宵司は叔父だから『おんじ』でいいでしょう」
「いいですね。真珠、昨日会ったこの人たち、覚えてる? こっちが『とーた』で、こっちが『おんじ』。ポンポンの人じゃないからね?」
毛足の長い絨毯の上に座った月白お兄様がわたしを足の間に抱えて、タブレット画面を見せてくれる。
すっかりくつろいでるけど、ここ、おうちの居間じゃない。今、飛行機の中、お空の上!
お金持ちの自家用飛行機ってすごいね。機内にふつうの座席がなくて、おうちのリビングみたいに広々とした空間にソファとかテーブルとかクッションが居心地よく配置されてる。
しかも黒玄家の最新式の魔石燃料飛行機だから、ものすごく速くても身体への負担が少ないらしい。耳がキーンとしない、幼児にやさしい設計。空飛ぶ車にもこの技術が応用されてるんだって。開発改良したのは、もちろん憲法!
その憲法もタブレット画面上に映し出されてる。
昨日、夕食後にダイニングで家族写真撮ったんだよ。黒玄家三兄弟が揃うことはそうないからって、みんなで並んでパシャリ。
中心にいる真珠ちゃんは闇王パパに抱っこされてるけど、改めて写真で見ると、可愛いね、自分!
いや、自慢じゃなくて、ほんとに誘拐が心配な美幼女。
赤みがかったつややかな金髪に、写真でもわかるはっきり鮮明な菫色の瞳。雪のような白い肌に薔薇色のふっくらした頬。
昨日は着ぐるみじゃなくて、ピンク色のレースのフリフリワンピースだったから、完璧な西洋人形ベイビィ。でも、どんな精巧な人形でも作りだせないくらいのエンジェルスマイルが、この真珠ちゃんクオリティ!
ラブリー赤ちゃんの周りにいる誰もが笑顔になってるよ。特に闇王パパ!
なのに、写真の両端の憲法と宵司ときたら、苦虫をかみつぶしたようなっていうか、憲法は無表情、宵司は……ゴリラだね。
うん、これはポンポンの人なんて可愛い呼び名じゃなくて、「ヒゲ面おっさん」が相応しいと思う!
「とーた、とーた。ひぅ、げぁ、おぅ……」
とーたはスムーズに言えたんだけど、やっぱりヒゲ面おっさんは難しいね。仕方なく、「……おんじ」とつぶやく。
「まあ、真珠、すごいわ! もう言えるようになったのね。そうよ、とーたとおんじ。どちらもしばらく会うことはないでしょうけど……次に会ったら、声もかけなくていいけど……まあ、あの二人、役に立つこともあるから、便宜上覚えておきましょうね。でも、すぐ忘れていいわ」
ふふっと白絹お祖母様は真珠ちゃんの頭なでなでしてくれる。
スライムクアアは床でぴょんぴょん。
昨日の今日でわたしのビザパスポートなし中国旅行に出発って、ほんとに権力者だよね、黒玄家。
でも、いまいち実感がない。今、ほんとに空飛んでるの?って感じ……。
だって、寝てる間にいつのまにか飛行機に乗せられてて、ここでさっき朝ごはん食べたんだよ。いつも通りにばあやともすすきさんもあれこれお世話してくれるし、気圧とか重力の変化もぜんぜん感じない。
違いはせいぜい室内のインテリア。黒玄家のどの部屋よりも家具調度が貧相で天井が低い。でも、前世基準だと超高級ホテル。そんなホテル行ったことなくて、たぶんテレビで見ただけだけど……。
だけどさ、こうなると、ありがたみがないというか、旅行って事前の計画とか準備とか、乗り物の乗り換えとか、改札で並んだりとか、荷物が重いとか、お金が足りるかとか、そういう不便さ不自由さひっくるめてのわくわくする経験だったんだね。
いや、もちろん、幼児にはこの極楽VIP旅行がありがたいし、じゃなきゃ、そもそも行けない。
なんだけど、黒玄家の三兄弟、特に二人目と三人目がああいう風に育ったのは、なんかこう、ささやかな幸せとか達成感が得られない家庭環境に問題があるような気も……。
「とーたとおんじがすぐに覚えられて、真珠は本当に偉いね。可愛い!」
月白お兄様はわたしに何回か呼び名を練習させた後で、おじさんがいっぱいな家族写真画面をオフして、あっちにぽい。そして、わたしのほっぺにちゅーしてくれた。
真珠ちゃんのささいな成功を喜んで可愛がってくれる月白お兄様。
はっ、そうか! この環境でもまともに育つ例がここにあるんだから、やっぱり生まれつき問題があったのは黒玄家の次男三男!
「にーた! いーこ!」
お兄様、いい子! 月白お兄様はほっぺたすべすべ、やわらかくてあったかいから、くふふと顔をくっつけるのもカモン大好き!
「うん。真珠もいい子。頭もよさそうだけど、大きくなったら僕と結婚するから、もう外国語は勉強しなくていいからね。身を守るための体力強化を優先してがんばろうね」
なんですと? もう英語勉強しなくていいの? ラッキー!
そういえば最近、月白お兄様の英語朗読という名の子守唄、聞かされてなかったね。あれってわたしが妹じゃなくて、いとこだってわかったから……って、囲い込み? 妹は海外に一方通行、行ったままでいいけど、嫁は国内家庭内に監禁するつもりですか?
うーん……やばい。でも、わけわかんない外国語の勉強させられるより、ドメスティック滞在の方がましなような気がする……。
「あら、英語くらい、真珠も喋れた方がいいんじゃないの?」
「駄目です。真珠、海外に行った方がもっとモテるし、竜胆お兄様が言ってました。外国人とコミュニケーション取れたら、余計な仕事が増えるだけだって。だから、竜胆お兄様は日本語以外、理解できないことになっているらしいです」
竜胆叔父様、それって外国語、かなり理解できるってことだよね。
でも、魔医療師って人とコミュニケーション取るほど、泣き落としされて仕事がどんどん増えそうだもんね。言葉わからないふりして、通訳にあいだに入ってもらって、仕事、断ってもらった方がいいか……。
「そうね。竜胆さんは大変だものね。……あら? そういえば、表に出せない素材で、憲法が露茄さんのために全言語翻訳機能付きイヤリングとか作ってた気がするわ。あの子のことだから、聞き取りだけじゃなくて、喋る方の魔道具も趣味で作ったんでしょうね……」
思い出したように言う白絹お祖母様に、月白お兄様が服の下からペンダントを引っ張り出して見せた。
「中国の動物園で迷子になったら困るからって、お父様がそれのペンダント型翻訳機をくれました。このペンダントの半径一メートル以内にいれば、相手の喋ってる言語が日本語に翻訳されて二重で聞こえるから、ふだんは機能をオフにしておいた方がいいって。双方向翻訳機能にすれば、お互いに相手の言ってることが登録した言語で聞こえるらしいです」
出てくる出てくる『露茄のため』グッズ! 憲法ってもう完全に猫型ロボット入ってるよ。
……って、あれ? このダンジョン世界って、もしや、かの有名な子供の夢アニメがない? それって、自己犠牲なアンパンも? そもそも、日本がアニメ大国じゃないかもしれなくて、だとしたら、この世界にはオ・タ・クが存在しない可能性も!?
「そうね、あの子はそういう子だし、たしかに外国語の勉強より、真珠も月白も体力強化のほうが大切ね。ああ、そういえば、北京の動物園でもいいかと思ったけど、せっかくだから去年生まれたパンダがいる四川省のパンダ保護基地を案内してもらうことになったの。みんなでお散歩しましょうね」
「はい! 真珠、本物のパンダと一緒にいっぱい写真撮ろうね。竜胆お兄様が写真と動画、待ってるって」
竜胆叔父様は仕事復帰、昨夜のうちに飛行機でアメリカに飛び立ったそうです。これまで自分の体調不良と黒玄家の仕事ってことにして、仕事キャンセルしまくってたみたいだけど、一月半くらい黒玄家にいたからね。
最初の一カ月は本当にわたしをつきっきりで治療してたけど、その後はお休みっていうか、憲法の調教っていうか、月白お兄様で癒しっていうか……まあ、なんだかんだでお休み満喫してたよね。
で、ここ最近、わたしを着せ替え人形にして撮った写真を見せびらかすように縹家の両親に送っていたら、ブチっとキレられたらしい。
「血の繋がりがなくても、月白のいとこなら真珠はうちの孫だろう! 私たちが会いに行く暇もないくらい忙しいのに、おまえだけふざけるな! おまえが放り出した仕事のクレームが毎日毎日、どれだけ入ってきていると思うんだ!? キャンセル料も何も要らないから、おまえの体調が戻ったら最優先で自国のVIPを治療しに来てくれって、各国の国家元首が毎日電話してくるんだぞ! アメリカ大統領に毎晩電話の向こうで泣かれる立場になってみろ!」
「休みや癒しが欲しいのはおまえだけじゃないのよ、竜胆。月白や真珠に直接会うなんて贅沢は言わないわ。ただせめて、わたしたちも孫の写真じゃなくて、動画をゆっくり堪能する時間が欲しいの。おまえの復帰を願う方々からのアプローチが各方面からあまりに殺到して、電話やメールや移動の隙をついての突撃面会攻撃で、睡眠時間も削られつづけているのよ。わたしたちの本業は浄化であって、おまえへの取り次ぎじゃないの。なのに、おまえだけ黒玄家の鉄壁に守られて……ずるいわ! わたしも真珠ちゃんを抱っこしてみたい! 月白に会わせて!」
黒玄家の三兄弟に較べれば、竜胆叔父様は綺麗でやさしくて思いやりがあって、人間的になにも問題ないって気がしてたけど、親にとっては十分手のかかる厄介な息子のようです……。
いやぁ、ほんとにダンジョンの数だけ罠があるねぇ。
でも、他人事だから、真珠ちゃん、パンダに会いに行くの楽しみ!
うん、なんだかわくわくしてきた。やっぱり旅行っていいよね!