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第23話 ポンポン!


 正確には両手両足伸ばして床に大の字で寝そべってたゴリマッチョ宵司のおなかの上にそっと座らされたんだけどさ、この腹筋硬い! 大理石の床より硬い! 鉄板!!

 だから、バンッと反動きて、おしり痛くて、ドンッ!と勢いよく落とされた気分!!


「っちゃっ!」

「憲法、おまえって子は……!」


 わたしの可愛い悲鳴に、即座にお怒りモードな白絹お祖母様。


「大丈夫だから、ちょっと待って」


 でも、憲法ってばすぐに駆け寄ってきた月白お兄様や闇王パパをとめて、宵司にアドバイスし始めた。



「ほら、宵司兄さん、たぶん宵司兄さんがこんなちっちゃい子を抱っこできるのは人生で最初で最後だから、そうっと両手で支えてあげて。あ、力は入れちゃ駄目だよ。手は触れるか触れないかのところでそっと添えるだけ」


 なんか言ってること、さらっとひどいよね、憲法くん。

 まあ、この強面ゴリラに接近されて泣かない赤ちゃんなんて、この世でこの真珠ちゃんくらいだろうけどさ。


「…………」


 宵司は無言で自分の腹の上に座っているわたしの身体の周囲に手を添えながら、ゆっくりと頭を浮かした。

 さすが全身筋肉。おなかの上のわたしをそのままに、角度十五度くらい上体を持ち上げた状態、キープできてる。目と目が合うけど、ほんとに目つき悪い。ギョロリと睨みつけられてるみたいだよ。

 でも、実はむこうの瞳に浮かぶのは驚きと戸惑い。敵意はない。むしろ、興味津々って感じなんだけど、それにしてもこの椅子、硬い……。


「っちゃ……」

「……し、しゃべれるのか? こいつ、マジ、ちいせぇし、体温、高っ……」

「月白でさえ、闇王兄さんや宵司兄さんと同じ部屋にいて泣かなくなったのは、三歳過ぎてからだったからね」


 黒玄家三兄弟の中で唯一まともに子育て経験のある憲法は、さきほどの宵司の行動がきちんと分析できてしまうらしい。


「こんな小さい子が自分の前で泣かずに、しかも平気でごはんまで食べるなんて驚いたんだろうし、闇王兄さんの魔力を受け取ってるから試してみたくなったんだろうけど、その前にもっと最低出力の精度を上げないと無理だよ。抱っこして分かっただろうけど、この子、まだ体重が十キロもないんだからね」


 うわ、迷惑な脳筋! 赤ちゃん試すな!

 てか、たしかに普通の赤ちゃんは同じ部屋にいるだけで泣くよ。殺気漂わせてる肉食獣そのものだもん。

 だから、こんな可愛い赤ちゃんが近くにいたら、思わず見惚れちゃうのはわかるけどさ、その獲物を狙うハンターの目で見られたら、不審者通報。かけつけたおまわりさんが泣いて逃げる破壊力だね。


「十キロ? いやこれ、まだ三キロくらいだろ? 子犬か子猫並みの軽さじゃねーか」


 腹時計ならぬ、自分の腹にかかる圧力でわたしの体重を量る宵司。

 対する憲法は抱っこしたわたしの体重を正確に理解している。


「だから、誤差がひどいって自覚して。九キロと三キロじゃ見た目の大きさからして違うし、体重五十キロの標準的な成人女性が受け入れられる魔力と、この子に適切な魔力量は全然違うから」

「…………わかった。で、こいつ、いつ、五十キロになるんだ?」


 色々アウトな宵司に、憲法からもイエローカード。


「女の子に五十キロって聞くのは、デブ肥満って、いじめるのと同義語だから二度と言わないほうがいいよ」

「今、おまえが五十キロったんだろが!」


 なにが悪いのかわかっていない宵司に、憲法はふうっとため息をついて、具体例を示した。


「宵司兄さん、あそこの壁際に立ってる真珠の護衛女性と、うちの母さんの身長、どれくらいかわかる?」

「あぁ? どっちもチビ……いや、母さんの方が低いな」

「身長一五〇センチの母さんくらいだと、体重四十キロでも若い女性は太っているかもしれないと気にする場合があるし、一七〇センチの薄みたいな女性だと五十キロでも痩せてることになる。たぶん、兄さんの娘なら薄くらいの身長にはなるだろうけど、その場合でも五十キロなんて言ったら、反抗期の父親嫌いに拍車がかかるよ」


 そうそう、女の子に五十キロって駄目だよね。宵司は完全に真珠ちゃんが体重五十キロを超える前提で話してるからアウト!

 いや、すすきさんみたく一七〇センチだったら、五十キロはモデル体型、褒め言葉なんだけどさ、まあ、若い女の子に体重の話はしないほうが無難。

 え? おばさん? おばさんは体重より目の前に積み重なった仕事の片手間に新人教育とか、片づけなきゃいけないことが多すぎて、要再検査って健康診断の結果さえスルーだよ。優先順位を仕事にした結果が今だから、生まれ変わった人生はなるべく楽な方向に流れていきたいけど、楽っていえば、楽しいこと。

 うん、すごく硬いんだけど、もしかしなくてもこの椅子、弾力強い? 低反発じゃなくて、高反発! となると……。


「いやいや、成人して五十キロじゃ、骨と皮だろ。筋肉のかけらもねぇ病人っつーか、じゃあ月白は何キロなんだよ?」

「月白は小学二年生になったばかりの子にしては発育がいいけど、それでも一三〇センチ三十キロってとこだね」


「あれで三十キロ? じゃあ、こいつ、あと十年以上はちいせぇままなのか?」

「冒険者の世界にはデリカシーなんて必要ないけど、この先、娘の成長に少しでも関わりたいなら、小さいも大きいも禁句だね。どうせ宵司兄さんに子供の躾なんて無理だから、娘には『可愛い』しか言わないほうがいいよ」


「おまえ、まだ娘を育てたことないだろ!」

「実際に育てたことはないけど、露茄の娘を育てるために予習したから、頭でっかちな机上の空論とはいえ、今、ここにいる人間の中で子育てに関する知識量が一番多いのは僕だね」


 ずばっと言い切る憲法。

 いや、まあ、言ってることはたぶん間違っていない。露茄さんのために生きてきた憲法は、最愛の人のためにあらゆる努力を積み重ねてきたんだろう。

 宵司の真珠ちゃんに対する心情も正確に読み取ってるし、この機を逃したら宵司が娘に触れ合うチャンスは二度とないかもしれないから、やってることも間違ってはいない。

 なんだけど、露茄さん復活のためには我が子の命を犠牲にしてもかまわないって考える人だからねぇ……。


「……僕、お父様見てると、机上の勉強だけじゃなくて、自分の世界とか興味の対象を可能な限り広げた方がいいんだなってつくづく思います。学校行事だけ参加しておけばいいかと思ったけど、新学期からちゃんと毎日学校に通って、広く浅くめんどくさい人付き合いして、子供でいられるあいだに人との関わり方を学んでおきます」


 おおっ! 月白お兄様がまともなこと言ってる! 憲法、反面教師!


「まあ、嬉しいわ、月白! まさか、協調性のかけらもない憲法の息子が、自分から他人と積極的に関わろうとするなんて思いもしなかったわ! さすが露茄さんの息子ね! でも、じゃあ、やっぱり、パンダ旅行のおみやげはお友達の分をいっぱい買わなきゃ!」

「大奥様、月白お坊ちゃまはまだ小学生ですから、小さなキーホルダーをクラスの人数分くらいにとどめておいた方がいいですよ。タオルハンカチ程度でしたら、学年全員分でも構わないでしょうが」

「あら、いいわね。わたくしからプレゼントしてもいいわね。子供が毎日普通に学校に行くなんて、闇王以来ね。宵司はダンジョン一筋、憲法は露茄さんのストーキングと研究所とレベル上げのダンジョン探索で……あら? でも、闇王も年の半分はレベル上げだの大学の講義だの……」


 過去を思い出して、表情を曇らせる白絹お祖母様。

 苦笑いって感じの闇王パパと月白お兄様。

 竜胆叔父様や憲法も微苦笑してるけど、ひとりだけ反応が違う。


「……なあ、チビ、おまえ、さっきから何してんだ?」

「ぽんぽん!」


 さっきばあやが靴下まで脱がせてくれたから、真珠ちゃん、はだしだったんだよね。つまり、すべりにくい!

 なので、高反発クッションの上に立って、キャッキャと弾んじゃってます! 


「ポンポンって……おまえ、やってること、わかってやがるんだな? あぁ? 嬉しそうに、人の腹の上でポンポンって……」


 ぶつぶつ言いながらも、人間トランポリンはわたしの身体の周りをでっかい両手で取り囲んで、転ばないように支えてくれてる。っていうか、手すりみたいな太い親指につかまって飛び跳ねてるんだけどね。

 わたしがそろっと立ち上がって、ぴょこんとひと跳ねしたあたりで何がしたいのかわかったのか、腹筋によるオート上下機能がスタート。

 足元あったかトランポリン! ポンポン、ぴょんぴょん、弾むの、とっても楽しいよ!


「……ったく、いい根性してるじゃねぇか。俺の血が半分入ってて、この見た目ってことは相手、完全に白人だよな? 赤毛はまだしも、こんな鮮やかな紫の目なんてカラコンでも見たことねぇぞ。この目の色でこいつに似た顔だったら、間違いなく高級娼……っや、あー、こいつ、なんでこんな甘ったるいにおいするんだ? ったく、可愛いじゃねぇか、チビ!」

「うきゃっ!? やっ!」


 せっかく肉体年齢にふさわしいポンポン遊びを堪能していたのに、筋肉トランポリンの逆襲!

 がばっと抱っこされて、いやっ! 無精髭チクチクほおずり攻撃、痛い! 嫌い!


「いちゃい! めっ! やっ!」

「真珠を放せ、宵司! 嫌がっているだろう。真珠の柔肌に傷がつく!」


 さすがに闇王パパが介入してくれて、真珠ちゃん、髭ゴリラから無事に解放。

 うん、闇王パパのスーツはとろとろやわやわ生地で自分からすりすりしちゃうよ! パパの抱っこ、大好き!


「ぱぁぱ!」

「よしよし、怖かったな。もう大丈夫だ、真珠。ちょっと赤くなったから、ほっぺに薬を塗ってもらおうな。いい子だ」

「あい!」


 闇王パパ抱っこで、真珠ちゃん、ばあややすすきさんと一緒にお部屋に帰ることになったけど、そういえば忘れてた。


「ぽんぽん、ばいばい!」


 そう、このラブリー幼女はお手てフリフリ、バイバイができちゃうんです! 

 朝も夜も一日何度も仕事に行く闇王パパを「ぱぁぱ、ばいばい!」ってお見送りするから、すっかり必殺得意技!

 スマイルゼロ円のラブリー攻撃に、ぐしゃっと床にひれ伏すゴリラ。


「……っ、まじ、可愛いじゃねーか!」


 ふふん、ざまみろ! 乙女の柔肌を傷つける奴は床がお似合い、オーホホホホッ!

 ……って、違う違う! 真珠ちゃんはいい子! 悪役令嬢じゃないの!

 はっ! これはまた例のダントラ発動! ダンジョンの罠っていうか、ゲス父親の悪影響!

 白絹お祖母様もそれを危惧してか、息子に教育的制裁……いや、指導してるみたい。


「父親面して真珠に近づかないでね、宵司。あの子があんなに可愛く育ってるのは、悪い影響しか与えないおまえと会ったことがなかったからよ。でも、どうしてもまた会いたいのなら、ゴミの片づけをしなさい。得体のしれない伝説の武器だのなんだのを建物ごときれいさっぱり片づけて、あの場所に真珠のための果樹園を作るの。果物が実ったら、真珠にミカンのひとつでも捧げる許可を出しましょう」

「いや、人を足蹴にして高笑いする性格はババアそっくり……っ、わかった! 片づけるから、ヒールでタマ抉るの勘弁!」


 ふむふむ、ヒールか。よし、次に会う時は外履き用のかかとの固いお靴で、おヒゲ退治しちゃおう!

 なんか、真珠ちゃんをお部屋に連れて行く闇王パパの足取りが早くなった気がするのは、たぶん気のせいだよねぇ……?

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