第22話 器用だけど不器用
「憲法、おまえ、露茄さんのためだけに新たに作った魔道具はどれくらいあるの?」
床にぴくぴくしながら転がるゴリラ次男を放置して、白絹お祖母様がこちらにやってきた。
差し出される両腕。さては真珠ちゃん抱っこでいやしタイムですな!
喜んで手を伸ばして、「まぁま!」と甘えるビバ真珠ちゃんクオリティ! できる赤ちゃんなわたしは、さらに白絹お祖母様の腕の中からつぶらな瞳で昨日までの敵を見上げる。
「きれきれ、あーと!」
きれいにしてくれてありがとう!
ラブリー幼女なわたしにお礼を言われて、憲法は一瞬、目を瞠った。
「試作品が多いから正確な数は覚えてないけど……でも、そうだね。よく見れば、その子は露茄の娘じゃないとわかったかも」
憲法はじっとわたしの目を見る。いや、目じゃなくて、ちょっと上?
「露茄の理想とするまつ毛だね。長くて、くるんとカーブしてて、髪の色は金色に近いのに、まつ毛の色は赤褐色で濃くはっきりしてる。その理想的なカーブと目を閉じた時に邪魔にならない適切な長さと、髪や目や肌の色とマッチする色合いの、取れないつけまつ毛を作るのは、意外に難しかったよ。既製品だと自然さや耐久性、肌への負担に問題があったから、まず素材の厳選が必要だったし」
なんだかなぁ、なんでだろう……。人としてどうかと思っていた三男憲法が、すごく気の毒な人に思えてきた……。
たぶん次男ゴリラに接したあとのせいなんだろうけど、憲法って本当に自分の才能も手間も労力も、なにより愛情のすべてを露茄さんに捧げてきたんだね。
白絹お祖母様も、ため息。
「大量のスパイグッズとか、振動のほぼない空飛ぶ車だとか、ピアノ奏者のためのマッサージ器具だとかで手一杯だと思っていたのに、まさか直接美容に関するような細かいものまで作っていたとは……でも、そのつけまつ毛、一般販売可能な素材でできてるわけじゃないのよね?」
「着脱が自由自在で、アイラインも兼ねる肌にやさしいつけまつ毛を目指したから、本体はフェンリルの毛、染色剤は数種のドラゴンの鱗と生血のブレンド、接着剤はケルベロスの牙とトレントの炭とスライム粘液で、他に魔力定着安定剤としてユニコーンの角と……」
フェンリルって北欧神話の魔獣だよね? このダンジョン世界って、ドラゴンもいるの? うわ、ファンタジー!
でもそういう前世の架空生物って、映画で見るのはいいけど、実際に対面したくはないような……うん、真珠ちゃんは冒険しない方向で! 謎生物はスライムのクアアだけで十分!
だけど、この世界でも憲法の口から出てくるファンタジー生物はかなり特殊なものみたい。白絹お祖母様、言われるたびに首を振って、ユニコーンって言われた時点で切り捨てた。
「もういいわ。質問を間違えたようね。おまえが露茄さんのために作った美容グッズの中で、一般販売可能な素材でできたものはある?」
憲法は白絹お祖母様に抱かれたわたしを見ながら答える。
「なくはないけど、さすがに今は露茄の娘探しに専念するよ。確かに早く見つけてあげないと可哀相だ。こんな人見知りもせずに、人間離れした冒険者にもモンスターにも怯えることなく、いつもニコニコしている可愛い子と較べられるなんて、なるべく小さいうちに見つけないと……いや、いっそ、見つけない方があっちの子の幸せな気がしてきた」
前半はよかったけど、後半! いやいや、それ困る!
そりゃあ、真珠ちゃんはそんじょそこらにいないくらいの美幼女でいつもニコニコ可愛いけど、憲法くん、きみの娘はヒロインだよ?
小説の主人公なんだから、悪役令嬢より可愛いに決まってるし、わたし、悪役になる気ないから! 喜んでヒロインに黒玄家のアイドルの座を明け渡して、余生はばあやとのんびり暮らす!
あれ? でも、今の予定だと、わたし、月白お兄様の嫁だっけ……。
うわ、本家の嫁かぁ……なんかこう、もっと楽な立場で、ストレスのない生活がいいんだけどなぁ。
「馬鹿なこと言わないで。どんな子だって真珠と分け隔てなく可愛がって育てるに決まってるじゃない!」
白絹お祖母様は愛おしげにわたしにほおずりしながら、きっぱりおっしゃる。
「だって、女の子なのよ? 生後一カ月でも今の真珠より骨太でずっしりみっちり重くて、乱暴に両手両足動かして暴れて、いつも汗臭く大声で泣き叫んで、ミルクも抱っこもおむつもお風呂も五人がかりでないとお世話できなかったおまえたち三人に較べれば、どんな一歳児も天使みたいに可愛いわ!」
えっと、白絹お祖母様大変だったんだね……。横でばあやも、うんうん頷いてる。
しかし、憲法は冷静だった。
「だから、たぶん、それだけ真珠が特殊なんじゃないかな。真珠に較べたら、わりとご機嫌だった月白でもいつも泣いて愚図ってる赤ちゃんだったことになるよ」
うん、色々と残念だけど、この人、ほんとに月白お兄様のいいパパだったんだね。子育てに積極的に参加してる感じ。
でも、そうなんだよね。真珠ちゃんは中身が前世の記憶持ちのおばさんなので、いつもご機嫌で聞き分けのいい可愛い赤ちゃんなんだよ。だって、赤ちゃんプレイ、恥ずかしいからさ……。
なので、同じ年頃の赤ちゃんに較べると、異常。
だけど、異常に手のかかる取り扱い厳重注意な息子三人を育てた白絹お祖母様は一向にひるまない。
「ええ、そうね。おまえたちに較べれば、月白でも天使だったし、真珠はおまえたちの凶暴さを埋め合わせてくれるくらい可愛いわ。だけどね、我が家には赤ちゃんがあと百人同時にやってきても、全員を一番に可愛がるだけのお金があるの。人材も環境も愛情もすべて揃えてみせるから、いますぐ見つけていらっしゃい!」
そういえば、真珠ちゃん、ばあやとすすきさんにべったり過保護に育てられてたけど、だから、周囲の大人の愛情を疑う必要はなかった。
そう、赤ちゃんが何人いても、それぞれを専属で甘やかしてくれる人を何人でも雇えちゃうくらいには、黒玄家にはお金がある。
直接の関わりはないけど、月白お兄様にもいつも一緒に行動している子守りなんだか教育係なんだか護衛なんだかって人が何人もいる。
ふだん黒子に徹してくれてるメイドとか護衛とか執事とかの人たちも、真珠ちゃんや月白お兄様を見る目がやさしいし、その人たちと白絹お祖母様や闇王パパとの信頼関係もばっちりっぽい。
というか、真珠ちゃんに危害を加えた大人って、今のところ、ここんちの次男三男だけなんだよね……。
こんな頭おかしい息子たちに較べたら、たしかに一歳の赤ちゃん、しかも女の子は天使だよね、白絹お祖母様にとって。
「そういえばそうか。じゃあ、父親としての僕は一番優先するのを露茄の娘ってことにするから、月白は二番で我慢してくれる?」
納得したらしい憲法は、父親からわたしを守るべく白絹お祖母様の隣に立っていた月白お兄様に問うた。
ここで我が子に順番をつけちゃうのが、この人だよね。この性格、もうどうしようもないんだろうね……。
「そこは両方一番でしょう! 子供になんてこと聞くの!?」
白絹お祖母様、激オコモード。
それを冷静に宥めたのは月白お兄様だった。
「お祖母様、お父様って感情面が不器用だから、順番つけないと機能しません。それに僕の一番は真珠だし、今、僕の中でお父様はお祖母様や闇王伯父様、竜胆お兄様より地位が下だから、お互い様です。あ、でも、お父様、僕は竜胆お兄様の次の三番くらいでいいので、僕の妹はだれよりも優先してあげてください」
うわ、この春、小学二年生になったばかりなのに、月白お兄様、大人! 不憫!
でも、一番が真珠ちゃんって、愛情は嬉しいけど、本家の嫁って立場はぜんっぜん欲しくないんだけど……。
「竜胆は弟だから別枠だよ。父親として、娘が一番で、次に月白のために努力するようにするよ」
「だったら、義理の娘枠で真珠をお願いします。姪っ子枠でもいいですよ」
憲法はそこでようやくわたしの立場を理解したらしい。
「そうか。この子、僕の姪っ子なんだね。姪っ子は初めてだな。僕にも抱っこさせてくれる?」
確かにこの人、感情面が不器用。
白絹お祖母様、わたしを吸って気持ちを静めようとしてるけど、この息子が相手じゃね……。
「まったく、おまえって子は……。真珠、どうする? このおじさんは目的のためなら手段を選ばないし、好き嫌いが激しくて飢え死にしても嫌いなものは食べない性格だけど、身内に危害は……いいえ、身内だから、容赦ないことも多いけど、たぶん今は大丈夫……なはずよね? 憲法、おまえ、真珠にこれ以上、何かしたら、本気で研究所に隔離するわよ!?」
「ひどいな。これでも僕は愛する人を喜ばせるために生きてきたし、これからも露茄が愛した人たちのために努力できるよ。まあ、将来、その子が大きくなって、露茄の孫を産んでくれたら、その時に孫を抱っこさせてもらうのでもいいけど、母さんもひ孫の顔を見るまで長生きしてね」
ドリーミング孫! 気が早すぎ!!
なんだけど、
「あら、ひ孫? そうね。きっとあと二十年もしないうちにまた真珠みたいな赤ちゃんが抱っこできるのね。長生きしなきゃ」
白絹お祖母様はご機嫌になって、月白お兄様も闇王パパも竜胆叔父様もつぶやいてる。
「真珠と僕の赤ちゃんかぁ。女の子だったら何人でも欲しいな」
「真珠の子供か……孫か……」
「うーん、たしかに二十年もしないうちに月白が結婚するだろうな。真珠ちゃん、表に出したくない可愛さだもんね」
すっかり妄想タイムに入った人たち。
白絹お祖母様はしかたないわねというように憲法の手にわたしを近づけた。でも、最終的な決断はわたしっていうか、憲法とわたしでお互いに目を合わせてお見合い。
一応視線はやさしいから大丈夫かな? なにか問題があっても竜胆叔父様がなんとかしてくれるはず。
「だぁう?」
「ありがとう。抱っこさせてくれるんだね」
抱っこする?って尋ねた意図は伝わったらしい。
白絹お祖母様から憲法の腕に移動。
と、すぐにしっかり支えられて、適度な揺らぎでやさしく包み込まれた。
「ああ、本当に軽いね。不思議だね。こないだはやたら重く感じたんだけど、ふわふわしてる。起きてるからかな。確かに月白が首が座ったばかりの頃の軽さみたいだ。可愛いね、真珠。僕はきみの叔父だけど、名づけの母の夫だから、これからは父親の一人としてきみを守るよ」
真珠という名前を娘のために考えたのは露茄お母様。
ということで、憲法も真珠ちゃんの名づけの父になるみたいなんだけど、うわ、やばい! この人、むちゃくちゃ抱っこが上手! 両手が長くて安定感がある分、ばあやより上手かも!?
闇王パパもうまくなったけどレベルが違う! こう、ゆらゆら度合いが強すぎず弱すぎずの絶妙さ。呼吸に合わせて欲しいところであやされるから、どんなに泣き叫んでいる赤ちゃんも一発で泣き止む! あったかくて気持ちいい! 即ねむねむ落ちしそう……!
「憲法、おまえ……本当に、露茄さんのことが残念だわ」
「そうだね。でも、たぶん、この子を我が家に連れてきてくれたのは露茄だよ。露茄のことがなかったら、この子がこうして黒玄家に迎え入れられることはなかった。この子の本当の母親が宵司兄さんの子供を産んだと名乗り出ても、兄さんの性格上、絶対にDNA鑑定には辿り着かなかっただろう」
「そうね。これからは宵司の子供候補が現れたら、すぐにDNA鑑定を行わせましょう。可能性はあるんですもの。全世界の黒玄グループ関係者に通達しておいて」
白絹お祖母様がだれかに指示してるっぽいけど、ゆらゆらねーむねむ。
真珠ちゃん、もうお休みタイムでいいよね。ばんごはん……は食べたけど、吐いた気もするけど、眠い……。
「眠くなった? そうだね。寝ててもいいけど、もうちょっとだけ付き合ってくれるかな? この後はまたしばらく会えなくなるだろうから」
「……ぅにゃ……?」
真珠ちゃん、めっちゃ眠いのに、ドンッと落とされたのは筋肉ゴリラの腹の上だった!