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第19話 ビフォーばんごはん

「おいおい、なんだ、このやべぇ臭い! 魔素だまりどころじゃねぇ、こりゃ、ダンジョン五十階層のボス部屋モンスターだろ! 冗談じゃねぇ、そのスライム、どんだけ魔力貯めこんで進化してんだ!? 燃やすぞ、おら!」

「ふにゃっ!?」


 不審者情報! なんか変な人が来たよ!

 わたしに抱っこされたクアアを見るなり、お行儀悪く指差して、ぽわっと指先に光を集めはじめた。

 でも、その光、すぐに消えて、変な人はその場にがくっと膝をつく。


「宵司兄さんでも攻撃魔法が使えないみたいだから、リニューアルした結界の強度は十分だね。登録された魔力の持ち主の一部とみなされるモンスターは排除しないって条件を組み込んだから、強度に多少の不安があったんだ。まあ、これなら僕以外の人間には破れないかな」


 変な人の後ろから現れたのは、もっと変な人! じゃなくて、月白お兄様のお父さん……。

 月白お兄様はすぐに椅子から立ち上がって、ばあやに抱かれたわたしをかばうようにして立つ。


「真珠に何かしたら、僕、お父様のこと許しませんからね!」

「その子の能力には興味があるけど、露茄の娘じゃないからね。月白は露茄の血を引く自分の身を心配した方がいい。まあ、おまえたちに何かあったら、竜胆が悲しむから、むしろ僕が全力で守るよ」


 物騒なはじまりになった夕食の席。

 黒玄家本館のめっちゃ広いダイニングルームの中央にはすっごい長いテーブルが置かれていて、上座に白絹お祖母様。

 お祖母様からむかって右側の席に月白お兄様、ばあやに抱っこされたわたし、竜胆叔父様が座っている。

 わたしたちの向かい側には闇王パパひとりなんだけど、今日はその横に空席が二つあった。


 離れから白絹お祖母様のお部屋に引っ越して、わたしもこのダイニングルームで朝ごはんと夕ごはんを食べることが多くなった。

 といっても、まだ離乳食だし、ばあやに食べさせてもらわなきゃいけないけど、お仕事が忙しい闇王パパがわたしと触れ合える時間ってそんなにないんだよ。

 闇王パパ、おうちにいない時間が長いし、夕食後もまた仕事で外出。でも、パパにとってはばあやにごはん食べさせてもらった後の真珠ちゃんを膝に抱っこして、指をガジガジされるのが楽しいみたい。父娘の貴重なふれあいタイム!

 なので、ふだん、ここでごはん食べるときはわたしはばあやに抱っこされて、今の向かい側の席、闇王パパの隣に座っている。

 ところが今日は違った。

 闇王パパがお昼には帰ってきて、一緒にお花見して、家族写真! わーい、楽しいな!って思ったら、落とし穴があるのが、この転生人生。ダントラ! ダンジョンの数だけ罠がある!のパターンがなんとなくわかってきたよ……。


「いきなり攻撃魔法なんて、お行儀の悪いこと。ダンジョンに一般常識を捨ててきたのかしら。四十近くなった男に礼儀作法を教えてくれるしつけ教室なんてないと思うけど、代わりに犬のしつけ教室にでも通う?」


 ほほっと白絹お祖母様、高笑いの嫌味攻撃!

 その変な人、身長は憲法より高くて、たぶん闇王パパと同じくらい。でも、髪が金色でツンツン立ってるから、二メートル以上の巨人に見える。

 しかも不潔な無精ヒゲはやしてて見るからに不審者だし、マッチョ度合いがおかしい。まだ肌寒い季節なのに、迷彩柄の半袖Tシャツにジーンズ。ラフすぎる格好だからこそ、際立つ筋肉ぱつぱつ!

 腕の力こぶ、真珠ちゃんの頭より大きいよね? それ、石、入ってる? 太腿に武器隠してない? 

 マッチョゴリラな大男は床に両手両足をついたまま、負け犬の遠吠えみたく叫んだ。


「違うだろ! むしろ俺が常識的! モンスター抱えてる赤ん坊なんて、明らかに異常だってのに、ここんち、一体どうなってんだ!? たかがスライムっつたって、普通、触れるだけで融かされるぞ! スライムが変形してパンダに擬態するなんて聞いたことないし、なんで素手で触ってんだ!? さっさとそのチビごと処分しろ!」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ―ッと効果音が聞こえてきそうなほど、白絹お祖母様の目つきと声が冷たくなった。


「それくらいならおまえを処分したほうが世のため人のためね。それで、実際に真珠を見て、母親らしき女性に心当たりはあるの?」

「いやいや、違う! 俺は全世界をダンジョン崩壊から救ってる救世主! 正義のヒーロー! そいつはラスボスモンスターの飼い主! 明らかに異常だ! つーか、憲法、さっさとこのクソ結界、なんとかしろ! マジで身動きとれねぇ!」


 どうやらこのマッチョゴリラが真珠ちゃんの血縁上の父親である黒玄家次男みたいなんだけど、もう宵司って呼び捨てでいいよね。

 敬称略したくなる黒玄家の次男三男は、どっちもどっちっていうか、肉体派と頭脳派でメーター振り切れてるっぽい。


「結界内で攻撃魔法を使った場合は自重の百倍の重力が一時間、術者にかかるってだけだから、あとほんの五十八分だよ。がんばって」


 天才魔法使いの憲法がこの家に敷いた結界は凶悪だし、対するゴリラ冒険者も言ってることが完全におかしい。


「一時間も一万五千キロかけられたら、マジで全身の骨、折れるだろ! 兄を殺す気か!?」


 いや、それって自分の体重が百五十キログラムで、その百倍の一万五千キログラムの重力が全身にかかってるって意味だよね? 

 一万キログラムは10トン。たしか10トントラックって、車両総重量が11トン以上の大型トラックのことだから、あのおっきいトラックを体の上に乗せられてる感じ? もうとっくに死んでるよね普通。むしろなんで喋ってるの?


「宵司兄さんほど高魔力の人間で実証実験できる機会なんて滅多にないから、あとで折れた骨も損傷した内臓も再生させて、ついでに移植手術補助の魔道具も試してあげるよ。動物実験も治験希望者で試した手術も完璧だったから、心配しないで」

「その前に脳ミソ、潰れる! これ、俺じゃなきゃ、とっくに全身ミンチで飛び散ってるぞ!」


 うわ、想像、血まみれスプラッタ!

 思わずクアアをぎゅってして、ばあやのお胸にお顔うずめちゃった。ばあや、ふかふか柔らかくていい匂いで幸せ!

 だけど、マッドサイエンティストは容赦ない。


「むしろもう少し、負荷レベルを上げた方がよさそうだね。宵司兄さんランクの冒険者が高度な妨害魔道具を隠し持って侵入してきたら、一度は攻撃魔法が通るかもしれない。魔道具のチェック精度を上げて、重力より真空状態に……いや、攻撃力を千倍にして跳ね返す結界を魔力登録者の方に……」

「おい、ギブ! ギブだ、憲法! マジで死ぬ!」

「憲法兄さん、そろそろ勘弁してあげて。子供の前だし、食欲なくなる光景だから」


 ばあやのお胸からちらっと顔を上げたら、竜胆叔父様が月白お兄様を引き寄せてハグしてた。子供には物騒すぎる話だもんね。月白お兄様の顔色も悪い。

 なので、ようやく憲法がなにかしたらしく、べちゃって音がした。

 そうっと後ろむいたら、ゴリラが床に大の字で仰向けになってる。


「……ここ、どこだ? 俺はまだダンジョンで夢見てるのか? 実家が一番安心できない魔境って、なんだ? こないだのダンジョンボスよりあぶねぇ弟って、もう人間、捨ててるだろ……ここんち、ぜってー、丸ごとモンスターに乗っ取られてる……」


 ぜいぜい苦しげに息を切らすゴリラ。じゃなくて、宵司。

 そんな次男を無視して、白絹お祖母様は三男に質問。


「実物の真珠に会えば、何かわかるかもしれないなんて言うから会わせたけど、時間の無駄だったわ。宵司に関わった女性を探すより、憲法、おまえが自分の娘を探した方が早そうだけど、なにか方法を思いつく?」

「一番お金がかからないのは、放っておくことだろうね。露茄の娘なら浄化魔法を受けつぐ可能性が高いから、ダンジョンに入ってスキル覚醒したら、そのうち縹家を訪ねてくるよ」


 憲法は投げやりに答えて、竜胆叔父様の向かいの席に座った。この人、ほんっとに嫁にしか興味なかったんだね。自分の本当の娘を探す気ゼロだよ!

 でも、白絹お祖母様は質問を重ねた。


「だったらお金をかければ、すぐに発見できる方法があるってことね?」


 人間性に問題あるけど、頭脳と、ついでに顔もわりといい憲法はほほえんでうなずいた。


「竜胆のために開発した分析システムを組み込んだ魔道具なら、触れるだけで個人の魔力の型とDNAを解析できるよ。さすがに直接肌に触れないと測定できないから、体重計だと難しいかな。体温計も最近は非接触式が主流だし、確実を狙うなら注射針だろうね。幼児用の痛くない注射魔道具を黒玄グループが無償で提供することにして、日本全国にばらまけば、一歳半検診の予防接種で見つかるんじゃないかな」


 なんて残念な性格! 

 頭脳も見た目もよくて、能力も経済力もあって、その上、赤ん坊の一歳半検診とか予防接種のスケジュールも知ってるなんて、本来よき父親!

 そこの床に転がってるゴリラはぜんぜん意味がわからない顔してるし、闇王パパもはっとした表情だから、たぶん、赤ちゃん検診とか知らないよね。

 まあ、箱入りお嬢様な真珠ちゃんはお医者さんに往診してもらってるから、普通の検診には行ってないけど、一般家庭に育っている赤ちゃんならたしかにその方法で見つかりそう。

 それに前世の知識がある分、予防接種のちくっとするの、嫌だったんだよ。痛くない注射魔道具はぜひ欲しい!


「あら、痛くない注射魔道具は真珠のためにもなるわね。それはすぐに作れるの?」


 白絹お祖母様に問われた憲法は、すごく当たり前のことのように答えた。


「露茄が注射が痛くて嫌だって言ってたから、露茄のために作ってあるよ」

「……商品化の打診を聞かなかった理由を聞いてもいいかしら?」

「趣味とビジネスは別物だよね? 魔法陣や設計図の簡素化も、コスト削減のための代用素材探しも面倒だし、なにより仕事を増やして、露茄と過ごす時間が減るなんて、僕に何のメリットが?」


 白絹お祖母様は頭痛をこらえるようにこめかみを押さえた。


「そうね。おまえはそういう子ね……。でも、月白だって痛くない注射は大歓迎だったでしょうし、おまえだって痛い注射は嫌でしょう?」

「注射が痛いなんて思ったことはないし、どうしても必要なら、自分に痛覚麻痺魔法をかければいい」

「痛覚麻痺魔法なんて、このわたくしでも聞いたことないわよ!」


 つくづく露茄お母様は偉大! たぶん憲法は天才すぎて規格外。一般人とは感覚が違いすぎる。

 でも、月白お兄様を膝に抱っこした勇者がすかさずおねだり攻撃!


「僕は痛くない注射が欲しいな。特に点滴。あれ、針がやたら太いし、時間かかるのに寝返りも打てないし。だからって、ポーションとか貼り薬じゃどうしようもない時があるから、なんとかできるならしてほしい」


 ふふっと甘くほほえむ竜胆叔父様に、ご機嫌で笑み返す憲法。


「竜胆の分くらいはすぐ作れるよ。予防接種と点滴と、まあ、何種類か作っておこう。商品化は、幼児用も大人用も完璧な魔法陣と設計図は提供するから、母さんと兄さんが好きにしていいよ。この先の商品開発に一切、関わらない条件で、僕の権利は放棄する」


 やる気があるようでない憲法! いや、能力はあるけど、この人にとっては人探しも、痛くない注射もどうでもいいもんね……。

 白絹お祖母様と闇王パパは深々とため息。


「またすさまじく難解で細かい魔道具師泣かせの魔法陣と、コスト度外視のレア素材が大量に必要な設計図なんでしょうね……」

「露茄さんと憲法の本物の娘を探すためなら金は幾らでも用意するが、問題はそれだけの人材と素材をどう集めるか……。難関ダンジョン最深層のラスボスレベル素材は勘弁してくれ……」


 なにはともあれ、ヒロインを探す目途はついたようです。めでたしめでたし!

 あれ? なんか忘れてるような……気のせい気のせい!


「ったく、ダンジョン崩壊、未然に防ぐヒーローの人権無視しやがって……地上の奴らはこれだから嫌なんだ! カネだのガキだの、くだんねー。あー、もうちょっとであのボスにとどめさせたってのに、ったく、あそこでもうちょい装備の耐久性が……」


 うん、床から音とかするはずないから、真珠ちゃん、なんにも聞こえなーい!

 今夜のばんごはん、なにかな? ばあやのお胸、あったかだし、ここんちの離乳食おいしいんだよね。楽しみ!

※黒玄家三兄弟おじさんの簡単なまとめ。

 長男・闇王 45歳 常識良心担当。

 次男・宵司 39歳 コメディ担当!

 三男・憲法 31歳 猟奇的ストーカーロマンスホラー担当……。

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