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第17話 兄の不満

 なにやら月白お兄様が不満をためこんでいるようです。


「なんで僕が真珠と一緒に寝ちゃダメなんですか?」

「あら、別にいいわよ。月白もわたくしのベッドに泊まりにくればいいでしょう」


 はい、もう真珠ちゃんは黒玄家本館の白絹お祖母様のお部屋に引っ越しました。

 一応、隣の衣裳部屋だったところを改装してパンダあふれる子供部屋もできたけど、ほとんど立ち入ったことはない。

 だって、お祖母様のお部屋、めっちゃ広いんだよ!


 亡くなった夜壱お祖父様と一緒に使ってたから広さ倍増らしいけど、くつろぎの居間にキッチンとかトイレがついてて、さらに主寝室にシャワールーム付きの高級ホテルみたいな広いバスルームがあって、その上さらに別のトイレ! そこの男性用トイレを改装して、子供用の、真珠ちゃんのトイレトレーニング用の場所までできてる!

 主寝室の大型クローゼットなんて、二十畳くらい? お祖母様のあとをついて、よちよちからハイハイしてたら、迷子になったもん……迷路っていうか、迷宮! 先が見えない!


 なので、もちろんお祖母様のベッドも広い。大人十人くらい寝れそう。あんまり広いから、赤ちゃん用寝具、別に敷いてくれた。だって、ふわふわ羽毛布団とクッションまくらのあいだにもぐりこんじゃうから、「真珠ちゃんどこ!?」って朝、大騒ぎになるし……。

 だから、月白お兄様が泊まりに来る場所は余ってるんだけど、来月から小学二年生になる男の子にはプライドがあるらしい。


「僕、もうお祖母様のベッドで寝るような子供じゃありません」

「だったら仕方ないわね。真珠はわたくしのところで寝るんですもの」


「だから、時々は僕のベッドに泊まらせてもいいでしょう!」

「ほほっ、真珠はまだ赤ちゃんですもの。おむつ交換が必要なこともあるから、おばあちゃんと寝るほうがいいわよね」


 ねー、と顎をくすぐられて、真珠ちゃん、キャッキャとうなずきます。

 お祖母様の居間で月白お兄様に抱っこされてソファーに座ってるんだけど、お祖母様も隣。そして、スライムクアアはわたしが抱っこ。

 向かい側のソファーに竜胆叔父様がニコニコしながら座ってて、ばあやとすすきさんはメイドさんとお茶の準備してくれてる。

 のどかなアフタヌーンティー。だけど、月白お兄様の不満はなかなか解消されない。


「僕だって、真珠のおむつくらい替えられます!」

「まあ、将来、だんなさまになるかもしれない男の子におむつを替えてもらうなんて、真珠の黒歴史になるでしょう。女の子に恥ずかしい思いをさせちゃダメよ」


 うん、これはお祖母様の言い分が正しいね。

 ていうか、今だっておむつ卒業したいけど、身体の作りがまだまだだし、ダンジョン産素材を使ったおむつが高性能!

 もとはダンジョンを探索する女性冒険者のために開発されたらしくて、排泄物を吸収、分解する機能が備わってるから、最高級大人用おむつは超薄型なのに最長一週間まで対応できるらしい。

 赤ちゃん用はそこまで高性能じゃないけど、丸一日交換しなくても漏れもにおいもかぶれもない。しかも体調の異変を知らせるセンサー付き!

 でも、真珠ちゃん、むちゃくちゃ過保護に育てられてるから、わりと頻繁に交換されてるけどね。


 ていうか、汗かいたら全身着替え。じゃなくても、可愛いからって、着せ替え人形なんだよ。


 なにせ、お洋服がいっぱいある。今しか着れないサイズのがほんとにいっぱい。

 今、目の前のソファーに座ってるお兄さんが送ってくる着ぐるみシリーズだけじゃなくて、ばあやとお祖母様がうきうき選んだ女の子っぽいフリフリドレスとか、ミニサイズ振袖とか、衣装に合わせた靴と靴下と髪飾りとか、もうわけわかんないくらい大量。

 なので、月白お兄様の本物の妹の赤ん坊がもうひとり増えても、服は余裕。むしろ、九割くらいそっちに回しても、わたしひとりじゃ着きれない。


 でも、なんだかんだと月白お兄様の最大の不満は、


「あれもダメこれもダメって、じゃあ、僕もダンジョンに行かせてください! 赤ちゃんの真珠がスキル覚醒して魔法を使えるようになって、僕がまだなんて、そんなの僕が男として恥ずかしいです!」


 ということらしい……。


 ダンジョンからあふれた魔素の影響で、いまやこの世界のだれもが魔力を持って生まれてくる。魔力の質や量に個人差はあるけど、魔力が多いからといって生まれつき魔法を使えるわけではない。

 魔法はダンジョンに入って、魔物を倒すことで経験値が上がり、スキル覚醒してようやく使えるようになるもの。

 別名、魔素操作術。

 そう、この世界の魔法は本人の体内魔力や大気中の魔素を操作して起こす超常現象。先天的な魔力量と後天的な魔法レベルによって、個々人が使える魔法の種類や強さはまったく違う。


 で、自覚はまったくないけど、スライムクアアはわたしがスキルでテイムしている状態なので、なんとわずか一歳にして真珠ちゃんは魔法を使ってるんだって!

 え? いつダンジョンに入ったの!? だよね。

 実は先天的に魔力の多い人間なら、ダンジョン未満の魔素だまりでもスキル覚醒することがあるらしく、その辺はぜんぶ、どっかのストーカーのせい。


 憲法が愛妻復活の黒魔法儀式を行おうとした病院跡地というか、あのあたり一帯はダンジョン崩壊の影響で魔素だまりになっている。

 だから、一般人は立ち入り禁止だけど、ネズミとかイノシシとかの野生動物が魔物化して、どこからともなくダンジョンから忍び出たモンスターも引き寄せられてきていた。

 危険なので、魔素バランスを整えて浄化する必要があるけど範囲が広いし、まだ魔素が濃すぎてちょっとやそっとの魔法使いや魔道具じゃ太刀打ちできない。露茄お母様のご実家の縹家一族が総出でも足りない。亡くなった露茄お母様を加えてようやく浄化できるくらい。


 なので、今は範囲が広がらないように結界を敷いて、国の雇った冒険者が定期的にモンスターを駆除している。でも、広範囲の結界魔法陣にはもちろん憲法が関わってるから、憲法の立ち入りは自由だったんだって。


 あんな危険思想のストーカーを野放しってどうよ?って思うけど、能力はあるからね……。

 使いようによっては役に立つんだけど、基本クズなのがあの迷惑男。

 憲法は我が身を魔道具で守ってたけど、あの場所に至るまでにモンスターがいっぱいいて、ばあやとすすきさんは傷だらけになって、わたしのために駆けつけてくれた。

 でも、ボロボロのばあやに対しても、ぼーっと突っ立ってるだけだった憲法。ばあやの身体、食べられてたのにひどいよね! 暗くてよく見えなかったけど、実はあれがスライムだったらしい。


 怒りの真珠ちゃんはパンダぬいぐるみを、えいっ、と投げつけた!

 そしたら、真珠ちゃんのばあやへの愛のパワー炸裂!

 スキル覚醒!

 スライム調伏!!

 テイム完了!

 真珠ちゃん、勝利!! となったらしい。


 大前提の条件として、魔素操作する術者本人の魔力が十分にあるっていうのが必要だから、ふつうの赤ちゃんじゃ不可能。

 わたしが生まれつき魔力の多い血筋の子供で、前世の記憶持ちの強メンタルがあってのことだと思うけど、月白お兄様なら条件を満たしているかもしれない。

 だけど、竜胆叔父様はしみじみこぼす。


「魔法なんて、早く使えるようになってもそんなにいいことないよ」


 竜胆叔父様はわたしの体調が心配だからと、休暇ではなく、黒玄家に雇われてる状態なんだって。

 他の仕事は一歳の姪っ子が危篤で、自分の体調も悪いって言い訳して全キャンセル。矢面には黒玄家がグループ総出で立っているらしい。


「僕、十六歳で魔医療師のスキル覚醒してから、ろくに休みもなく強制労働させられっぱなしなんだよ? 月白は音楽が得意だから、魔医療師じゃなくて、縹の浄化スキルに目覚めるかもしれないけど、どっちにしても馬車馬みたいに働きづめの人生になるよ」


 稀少な魔医療師はほんとにブラック労働環境! 縹家の浄化スキルも祖父母が孫の月白お兄様に会いにこれないくらいには大忙し!

 だけど、月白お兄様はわたしをぎゅぎゅっとしながら、お坊ちゃまの我が儘を炸裂させた。


「それは嫌ですけど、僕も真珠みたいに人と違うスキルになるかもしれないし、黒玄家の力で内緒にしとけば大丈夫です!」


 まあね、あの憲法の闇すぎる性格を内緒にしてる黒玄家だからね。そのくらいの力はあるだろうし、白絹お祖母様もにこやかにおっしゃる。


「月白、わたくしはおまえが望むならどんな国家権力でも使ってあげるわ。内緒にするまでもなく、十五歳以下の子供のダンジョン立ち入り禁止の国際法を正式に改正してもいいのよ」


 現在は国際ダンジョン組織の取り決めで、ダンジョンに入れるのは十六歳の誕生日以降ってなってるらしい。


「でも、そもそもそんな国際法ができたのは、高ランク冒険者ほど子供ができにくい傾向が世界的に確認されたから。魔力の強さや相性もあるけど、最終的にはダンジョンの濃密な魔素が幼い子供の生殖器官に悪影響を及ぼすことがわかったから、満十六歳になるまでダンジョンに入らないほうがいいってことになったの。特に男性は影響を受けやすいみたいだけど……どうする?」


 実はこの取り決めができたのはほんの二十年前。


 だからその時、五歳だった竜胆叔父様はまだダンジョンに入っておらず、十六歳になってから初めてダンジョンに入ってスキル覚醒した。


 憲法は十一歳で、父親の夜壱氏や二人の兄に連れられてすでに何度もダンジョン入りしていた。ただし不妊の問題が明らかになってから、憲法は十六歳になるまでの五年間、ダンジョンに入らなかった。

 そのおかげか、上の二人の兄に較べれば魔道具作成に夢中でダンジョンにこもる時間が少なかったせいか、あるいは単純に露茄お母様との相性がよかったのか、黒玄三兄弟の末っ子、憲法は子供を授かった。


 ちなみに露茄お母様は縹家の方針でダンジョンに十二歳になってから入る予定だったから、国際法の取り決めに則って十六歳になってからのダンジョン入りになったらしい。


 けれど、黒玄家長男・闇王伯父様や次男・宵司は小学校入学前から父親につれられてダンジョンに入っていた。なので、二人とも十代で高ランク冒険者にはなったけれど、闇王伯父様は何度結婚しても子供を授からなかった。


 その兄を見て育った宵司は、

『ラッキー。つまり、兄貴以上に魔力が多い俺の辞書に、避妊だのガキだの責任っつー単語はないってことだな。代わりに俺は世界一の冒険王になるぜ!』

 という具合に好き勝手し放題だったと、白絹お祖母様がわたしを寝かしつけるときにシクシク愚痴ってた……。


『あんな子に育ててごめんなさい。あんな子が父親でごめんなさい。憲法もひどいし、闇王も不甲斐ないし……でも、だから、あなたは奇蹟の赤ちゃんなのよ、真珠。ええ、あなたのことはおばあちゃんが責任もって育てるし、あなたが百年先まで遊んで暮らせる財産は準備したから、なにも心配しないで大きくなってね』


 真珠ちゃん、お金には一生困らないみたい!

 愛情も、ばあやと白絹お祖母様のふたりだけでも両親分はあるし、雇われてるとはいえすすきさんも愛情たっぷり可愛がってくれるし、兄や叔父や闇王パパは大甘、甘やかされ放題!

 この環境だとむしろダメな子に育つ心配しなきゃいけないとこだけど、大丈夫。精神年齢大人なわたしはますます理性的に育つよ。


 でも、将来に不安がないわけじゃない。

 いまだ見ぬ脳筋冒険者な父と、完全アウトな犯罪者な母と、わたしの結婚相手に立候補中のこの月白お兄様!


「真珠が出産でなにかあったら、僕もお父様みたいなことになると困るから、僕、子供はいりません! 一生ふたりで仲良く生きていきます」


 うん、だからそのストーカーっぽい考え方、えーと、オタク用語でヤンデレとかいうんだっけ? 病んでるデレデレ? そういうのって、よくないよね。

 聞き流しBGMで、ほかにツンデレとか推しとか尊いとかもよく聞いた気がする。オタク用語全開でしゃべられると、逆にPC作業が進んだけど……じゃなくて!

 月白お兄様に抱っこされたまま、わたしは両手に抱えているスライムクアアで兄の手をトントンつっつく。


「にーた、あーちゃ」


 お兄様、とりあえずお茶にしましょう。紅茶、いい香りだよ。

 ほら、竜胆叔父様なんてもう二杯目飲んでるもん。きっと高級茶葉だよ。柑橘系のすごくいい匂い。なんか、真珠ちゃんも飲みたくなっちゃった!

 竜胆叔父様はふふっと真珠ちゃんの意図を読み取ってくれた。


「真珠ちゃんも紅茶飲みたい? でも、カフェイン入ってるからまだダメなんだよね。うーん、ほんとに宵司様の娘とは思えないくらい、おとなしくていい子だよね。将来、真珠ちゃんが赤ちゃん産んだら、男の子でも女の子でも可愛いだろうな」

「え……真珠は、あの、真珠がまだ赤ちゃんです!」

「うん、僕にとっては月白だってまだ赤ちゃんだよ。大人からすれば、僕だって半人前の青二才。で、そんな風に昔の記憶を引きずるっていうか、偶然とか、たまたまで片づけて、昔の人たちが高ランク冒険者の不妊問題を長年、放置し続けてくれたせいで、魔医療師の仕事に不妊治療まで加わって、僕、休み全然取れないんだよ。だから、今わかってる範囲で身体に悪そうなことはしないでほしいんだけどな?」


 おおっ! さすが苦労人魔医療師、言うことに実感がこもってる!

 さすがに月白お兄様も諦めてくれました。


「……わかりました。でも、僕、今夜はお祖母様のところに泊まりにいきます!」


 うんうん、しばらく真珠ちゃんと一緒に寝てなかったもんね。寂しかったんだね、お兄ちゃん。もちろん大歓迎! 今夜は白絹お祖母様と真珠ちゃんと仲良くねんねしようね!

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